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河童の親子と気になる黒ずみ①

 自宅での学習に区切りをつけたリナは、先日粟根からもらった自分の顔程の大きさの提灯を取り出して、ため息をつく。


『この提灯に火をつけて道なりにそって歩けばすぐにここに付きますので』


 そう粟根に言われて渡された提灯である。

 正直よく意味はわからない

 父に連れられて、あの相談所に行ったときは、車で1時間ほどかかったはずだ。

 歩いて行ける距離ではない。


 しかし、元来素直な性格であるリナは、まずは試してみようと、父の書斎からライターを拝借して、提灯に火をつけた。


 するといきなり辺りが暗くなってリナは思わず肩を上下に揺らした。


 つい先ほどまで日がくれそうな時間ではあったが、まだ十分に明るかった。

 窓からも緩やかな陽の光が窓から入ってきていたはず。


 慌てて窓があるはずの場所へ目を向けるも、そこに窓はなく薄暗い闇が広がるのみ。


 提灯を持ったリナが見えるものと言ったら、足元にある細い砂利道だけ。

 その道だけが、何故か光って見える。


 そこで、この提灯の持ち主である粟根の言を思い出す。


『道なりに歩けばすぐにつきます』

 と言っていた。


 辺りは薄暗い闇、何もわからないこの状況に、足がすくみそうになるが、リナはどうにか一歩、そしてもう一歩と道に沿って進む。


 そして、何歩か歩いたところで、急に目の前が明るくなった。

 唐突な光の刺激に目をつぶり、そして徐々に目をならしてから、ゆっくりとまぶたをあげると、目の前に先日父といったあの相談所の看板を掲げた建物があった。


 空は日が暮れる時間になっていて、オレンジ色の西日がその建物を照らしている。

 気づけば提灯に付けていたはずの火が消えていた。


 すぐにリナはポケットに入れていたスマートフォンを手にとって時刻を確認する。

 先ほど、提灯に火をつけた時間からおよそ1時間ほど経過していた。


 自ら体験した不思議な体験にじっとりと変な汗が出る。


 自分が妖怪の子孫だったり、人の心を読めるようになったり、色々あったリナだったが、心のどこかで、まだ私は夢でもみているんじゃないだろうかという感覚があった。

 でも、一瞬で別の場所へと歩いて行ったというこの現象を目の当たりにして、改めてリナは、この不思議な世界に自分も足を突っ込んだのだと身に染みた。


「あ、リナさん、きてくれたんですね!」

 そう朗らかな声が聞こえて、顔をあげると、白衣姿の粟根がいた。

 どうやら相談所の外で待っていたらしい。


「粟根先生、こんにちは。あの、今日からよろしくお願いします」

 小さな声でそう挨拶すると、粟根は「よろしく」と言って、リナを相談所の中に招き入れた。

 先日みたのと変わらない内装。


 扉をくぐるとすぐ左側に小さな下駄箱が置いてあり、スリッパが並んでいる。

 そしてそこでスリッパを履き替えて、少し先に進むと目の前に、誰もいない受付カウンターがある。

 カウンターの奥は、暖簾で仕切られていて中までは見えない。


 粟根はここまでリナを連れてくると、そのカウンターの脇にある扉をあけてリナをカウンターの中へと案内する。


「リナさんは、基本的にこちらにいていただいて、ご予約の方がいらっしゃった時に対応していただきたいんです」

 と粟根は説明したが、リナはその待機する場所をみてしばらく絶句した。


 その部屋はちいさな丸椅子が一脚かろうじてあるが、他はさまざまな本や資料などで床は埋め尽くされていた。ほとんど足の踏み場もないほどだ。

 まさか暖簾で仕切られたその先が、こんなことになっていようとは。


 リナは戸惑いながら、口を開く。


「こ、ここで、ですか?」

「ハハ、すみません、ものすごく散らかってしまって……。ご相談希望の方がいらっしゃるまで、この部屋とかも、整理して、掃除などをしていただけると助かります」


 粟根はそう言って、申し訳なさそうに頭を掻いた。

 あまりの有様に少しばかり驚いたリナだったが、もともと掃除や整頓などは好きな部類にはいる。

 自分でもなんとかできそうだと感じたリナは「はい、分かりました」と返事を返した。


 そうしてやっと、リナのアルバイト生活が始まった。

 アルバイト初日は、ずっと受付カウンターの中の書類の整理。

 二日目も、同じく書類の整理と心療室の掃除。

 そして、三日目は相談所の全体的な掃除。


 と言う具合に、リナがここでアルバイトを始めてすでに3日が経過したが、リナの仕事はもっぱら掃除等の雑務である。


 というのも、リナがアルバイトをすることになった「粟根あやかし心理相談所」なるところは、基本的に静かな職場だった。

 ご予約の方がいらっしゃったら受付をするようにとはいわれているが、ここにきて3日の間にご予約の方が見えたことはない。


 予約表をみると、幾人かあやかし達が相談事にきているようだが、全てリナがいない時間帯にきていた。

 そのため、未だに受付業務をやったことはない。


 なのでひたすら、掃除や整理に時間を充てていたが、それもそのうちやることが無くなってしまいそうである。

 それが終われば、何をすればいいのだろう。


 そう思いながら、リナが最後の資料をまとめてファイルに収めていると、いつも心療室に引きこもっている粟根がリナのいる受付に顔を出した。


「リナさん、実は先ほど今日の17時の予約が入ったんです。いらっしゃったら、私の心療室までご相談者さんの案内をしてくれますか?」


「えっ! 17時ですか!?」

 そう思って、柱時計に目を向ければ、時刻は16時30分。

 あと1時間もない。


「わ、わかりました! あの、えっと、ちなみにどんなかたなんでしょうか? その、やっぱり、妖怪、ですか……?」

「はは、まあ、そうなりますね。ここはあやかし専門ですから。本日いらっしゃるのは、菅奈川スゲナガワの河童の親子です」

「か、河童、ですか……?」

「はいそうです。河童です」

 今まで妖怪とは無縁に生きてきたリナでも知っている妖怪界のビッグネームである。

 そのビッグネームに、リナは、いままで見てきたテレビや本で聞いた河童の知識を引っ張り出す。


「確か、頭の上にお皿があって、キュウリが好きな、妖怪……?」

「そうですね。あ、大丈夫ですよ。菅奈川の河童ともなれば、結構理性的ですから、突然襲うなんてことはありません」

 と和やかに応えるが、お住いの地域によっては突然襲ったりする河童がいるってことなのかと思って、リナは少しばかり青ざめた。

「あの、その河童、さんは、私みたいに、こう、先祖が河童とか、とかではなく、河童ご本人なんですか?」

 河童ご本人という自分で言っていて意味の分からない単語に戸惑いつつもリナが尋ねると、粟根は頷いた。

「ええ、そうなりますね。河童の妖怪です。すみかも隠世かくりよですし……あ、ちょっと生臭いかもしれませんが、我慢してもらえると助かります」

「ちょっと、生臭いんですか……」

 と河童に対する新たな知識に、リナ少し頭を痛くした。

「それとお願いばかりで申し訳ないですが、今日の相談にはリナさんも立ち会って頂いていいですか?」

「えっ!? 立ち会うというと、心療室で、私も河童さんの相談を聞くということですか……!?」

 アルバイトを初めてして3日。あやかしがくるのも初めてだし、まさかいっしょに相談を受けることになるとは思っていなかった。

「で、でも、私、きっと、何もできないですよ……!」

「いえいえ、リナさんにはサトリの力があるでしょう? それを使ってもらいたいんです」

「サトリの力を……?」

 と呟いて、なるほどとリナは納得がいった。


 粟根心理相談所という名前から察するに、ここでは色々な悩みを聞いて解決するのが仕事なのだ。実際に、自分も問題を抱えてここにきた一人。

 相手があやかしというのは、普通の相談所とは違うかもしれないが、相談事をきくのなら、相手の心を読めた方がやりやすい部分があるに違いない。


 今まで、この力が目覚めてからというもの、悪い部分しか見えなくて、嫌気がさしていた力である。

 なくなればいいのにと、知らなければいいいのにと、ずっと恨めしく思っていた。

 でも、これは使い方によっては、誰かの助けになるような力になるのかもしれないのだ。

 もしかしたら粟根は、それを自分に教えようとしているのかもしれないと思ったリナは、不安半分、期待半分で、声をかける。


「でも、あの、勝手に、心の声を読むというのは、嫌がらないでしょうか? 河童さんは」

「ああ、その件は電話予約をした時点で、お母様の方に許可をもらっていますよ。それに、妖怪は人と比べるとあまりそういうのは、気にしません」

「そ、そうですか。それなら」

 良心が痛むこともなく行えるかもしれないと前向きに考え出したリナだったが、先ほどの粟根の『電話予約』という単語が気になった。

 

 ここって電話予約で承ってるんだ……と電話機を使う河童を想像してリナが気をとられていると、粟根がリナに一枚の紙を差し出した。


「こちら、電話の受付時に聞いた相談内容が書かれています。簡単に説明すると、河童の子どもが、皿の黒ずみを気にして、学校にいかなくなってしまったらしくて、どうにか学校に行くようにして欲しいというお母様からの相談なんです」

 かっぱのお皿、そして黒ずみに学校……。


 どうにも自分の想像力では補えない単語の羅列にめまいを起こしそうになりながら、リナは一番気になった単語を口にした。


「あの、河童さんなんですよね? 学校が、あるんですか?」

「ええ、隠世には、河童が多く住む地域があって、そのあたりでは小さい子河童用に学校なんてものもあるんですよ」

 河童の、学校……想像し難い単語だったが、リナは必死に理解しようとひとまず飲み込んだ。


「そ、そうですか。河童のお子さんが、学校にいけなくなってしまったんですか……」

 河童の学校というところを除けば、今の自分と似ている。

 なんとなくリナはその河童さんに少しばかりの親しみを感じた。


「今日は、その河童のお子さんとお母さんの二人でいらっしゃる予定です。許可も降りてますので、リナさんは気にせずサトリの力を使ってください」

「わかりました。や、やってみます」

 そう言って、リナは大きく頷いた。

 今まで辛い思いしかしてこなかったこの能力が、はじめて誰かの役に立てる、そう思うとリナは、緊張しながらも、なんともいえない暖かい気持ちを感じた。



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