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あやかし心療室  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
サトリの少女と心の声
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サトリの少女アルバイトを始める④


「では、リナさんは、人がたくさんいる時や、同年代の男子が近くに来た時に、サトリの力が暴走しなければいいんですね?」

「はい、そうです。そうすれば今まで通りに過ごせるんです! 学校にも通えます!」

 リナが力強くそう伝えると、「わかりました」とにこやかに粟根が答えた。


「でしたら、リナさんが、今まで通りの生活を送れるようになるために手っ取り早い方法があります」

「本当ですか!? どうすればいいんですか!?」

 あっさりと答える粟根に、リナが前のめりになって尋ねると粟根は微笑んだ。


「龍神様に頼むんですよ」

 粟根のその言葉に、リナは「えっ」とだけ声を漏らして目を見開く。

「ほら、リナさんは先程、僕の心を読めなかった。それは龍神様のご加護の力のせいです。ですから、リナさんがよく利用する場所、そうですね、学校の生徒はもちろん、町にいる人全てに龍神様が加護を与えてくださればいいと思いませんか? そうすれば、この町にいる限り、力が制御できなくても、勝手に心の声が無遠慮に入ってくるってことは、かなり少なくなるはずです」

 そう朗らかに粟根は説明したが、あまりにも突拍子もない話に隣で話を聞いていた徹も瞠目した。


「たしかに、言われてみれば、そうですが……」

 と、徹は歯切れ悪く答え、一方リナは粟根の発した言葉の意味を吟味していた。


 粟根の発想はあまりにも奇抜すぎたが、でも確かにリナの周りにいる人全て、例えば学校にいる人達だけでも、龍神様の加護とやらがあれば心を読まなくて済む。

 そうなれば、学校に通えるのだ。


「しかし、先生、そもそも龍神様はリナ一人のために町全体に加護を授けてくださるのでしょうか?」

 考え込むリナの隣で、徹がそう尋ねる。


「大丈夫だと思いますよ。龍神様は、加護を授けると言いながら、パラパラと雨を降らせただけでしたし、あっという間でしたよ。お願いすれば龍神様はなんだかんだ協力してくださると思います」

「そ、そうですか。もし、そうしていただけるのなら、有難いですが……。リナは、どう思う?」

 そう徹は答えて、リナに視線を写した。

 粟根もリナに視線を向ける。

 リナは、二人の視線を受け止めて改めて考えてみた。

 よく考えて、その上で、正直あまり乗り気にはなれなかった。


 なぜなら、リナは、そもそものところ、その龍神様加護とやらも、妖怪という存在のことについても、未だに信じきれていないのだ。

 よくわからない、なんとも言えない不安感がリナの中に、しこりのように残っている。


「リナさんは、まだあまり龍神様、といいますか、妖怪のようなものの存在を信じきれていないようですね」

 悩むリナに向かって粟根が面白そう声をかける。

 まるで見透かされている先生の言葉に再びリナはどきりとした。


「えっと、あの、その……。私、自分がこんなことになっているのに、その、未だにやっぱり、妖怪とか、神様とか、そういうは、よく、わからなくて……」

「今までそれを知らないでいたのですから当然ですよ。しかし、そうなると、リナさんは、自分自身の力のことに関しても信じきれずに、これは妄想なのではないか、という思いがずっとついて回ってしまうような気がします。自分のことを信じられなくなるのは辛いことですよ」

 粟根にそう言われて、確かにという思いがリナの中によぎった。


 でも、だからといって、あやかしとかいうよくわかならない存在をいますぐ信用できるようになるかというとそうでもない。

 そうこうしていると、いいことを思いついたとばかりに粟根が「そうだ!」と言った。

「もしよろしければ、リナさん、ここでアルバイトしませんか?」

「へ!? アルバイト、ですか?」

 何を突然そんなことを!? という戸惑いを隠せぬリナが、そう返すと粟根はうんうん頷いた。


「ええ、ここは『あやかし』専門の心理相談所です。もちろん来られる方は、妖怪やら、あやかし混じりやら、神様やらと……そういう方々ばかりです。ここにしばらくいれば、否が応でもあやかし側の方々と接する機会が増えます。リナさんは、そういった世界のことを知った方がいいと思います。そうすれば、自分の力のことを信じられるようになって、力の暴走に振り回されることもなくなるかもしれませんし、龍神様の加護についても前向きに考えられるかもしれませんよ」

「で、でも……」

 とリナは、呟くように戸惑いを示す。

 まさかそんなことを言われるとは思っても見なかった。

 あやかしのことをもっと知った方がいいかもしれないという粟根の話には、確かにそうかもしれないと思い始めてはいるが……。


「なるほど、良いですね! 私のせいで、リナはそういう世界に疎くなってしまったんです。ずっと、それが気がかりで……。あ、でも先生、リナは、一人でここまで来れません。私も仕事があるので、車の運転を毎回するわけには行きませんし……」

 と、移動手段について頭を悩ませている父の姿にリナは目を瞬かせる。

 思ったよりも前向きな姿勢だ。


「ああ、その点は大丈夫ですよ。もののけ道を歩いて来たらいいです。佐藤さんのお家の近くと繋がるようにしておきます」

 粟根がそう請け負うと、徹はほっとしたように頷いた。


「そうですか。それなら……」

 と、頷きかけた徹が視線に気づいてリナの方を見た。

 そこには、不安そうに目を眇める娘の顔があった。


「リナはいやなのか?」

「い、いやって訳ではないし、私も、そうした方がいいかもしれないとは思うけど……」

 と言って、粟根の方に視線を向けた。


「私でお手伝いできるようなことなんでしょうか? その、アルバイトって言われても……自分でもできることなのかっていう、不安もありますし……」

 なんと言っても、未知の世界だ。

 正直、ここであやかし相手に働くということに対しての不安の方が強い。


「不安なら、期限を設けましょう。リナさんが、学校に問題なく通える時までとかで構いませんよ。どうでしょうか? 私としても、人手を探していたんです。リナさんがアルバイトをしてくださると助かります。仕事内容としては、いらっしゃった方の受付とか、その受付表の管理なんかもおねがいできれば。それに、ほら、ちょっと部屋も汚いですし、掃除とか、お茶出しなどをお願いできたら助かります」

 粟根の言葉に、リナはそんなことでいいのかと思った。


 母親を早くに亡くしたリナは、お仕事でいない父の代わりに家のことはリナが担っていた。

 掃除はもちろん、料理もできるし、家事スキルには自信がある。

 でも、不安な気持ちは拭えない。

 そもそもここにきたのはアルバイトの面接に来たわけではない。

 このどうにもならない力で困っている状況をどうにかして欲しくてきたのだ。


「私としては、リナさんが働いてくださると、助かります。今はリナさんのその力を疎ましく感じていらっしゃるかもしれませんが、それもまたリナさんの個性の一つです。誰かの役に立てる力でもあります。実際、私もそのリナさんの力を貸してもらいたいと思っている案件がいくつかあるんです」

 粟根のその言葉に、リナは目からうろこが落ちる思いがした。

 確かに、そう言われてみれば、この力は何かの役に立つこともあるのかもしれない。

 恨むばかりだった。嘆くばかりだったこの力が。


 そう思った時、リナは自然と口が開いていた。


「あの、先生、よろしくお願いします。私ここでアルバイト、してみます」

 自分で言ったその言葉に、言った後で少しばかり驚きつつ、でも、やっぱりやめるという言葉は出てこない。

 不安な気持ちはあるけれど、やってみたいという気持ちが強かった。


 リナの中の一大決心を知ってか知らずか、粟根は今までよりもより一層強い笑みを浮かべて、「よかった」と言った。



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