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あやかし心療室  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
サトリの少女と心の声
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サトリの少女アルバイトを始める③


 改めて、リナは目の前にいる粟根という白衣の男を見た。

 見た目がどこかクールな印象であるのに、話し方も声の感じもどちらかといえば柔らかい。

 同年代の男子とは明らかに違う雰囲気に、男性であるだけで少しばかり緊張していたリナの心は落ち着いてきた。


「何があったのか、リナさんの口からも伺ってよろしいですか?」

 そう穏やかに尋ねられたリナはコクリと頷いて、力が最初に目覚めた時の話と、力の制御がうまくいかない話、学校に通いたいなどの要望を話していく。


 正直うまく話せたかといえばそうではない。

 特にサトリの力の説明をしている時などは、自分でもなんでこんな意味不明なことを話しているんだという気にさせられて、舌がうまく回らなかった。

 どうにか懸命にリナは経緯を話し終えると、粟根は「なるほど」と相槌を打って口を開いた。


「それでは、一旦リナさんの力がどういうものかを見せてもらえたらと思います。私が今思っていることは、お分かりになりますか?」

 唐突な質問に、リナは戸惑いつつ一呼吸置いて口を開く。


「あ、はい、えっと、やってみます」

 と言って、リナは、粟根の心を読み取ろうとした。

 粟根の胸のあたりを見て、集中する。耳をすませる。

 そうすれば、頭に直接響くような声が、入ってくる、はずだった。

 しかし、一向に声は届かない。


「あ、あの、すみません、先生、なんだか、先生の心が読み取れない、みたいです」

 リナがそういうと、粟根はおや? と顔を傾げたが、すぐに「ああそういえば」と言って、頷いた。


「もしかしたら、龍神様のご加護のせいかもしれません。先日、龍神様がこちらに来られまして、加護を授けると言って去って行きました。確か魔除けとかそういう類のものだったので、それのせいかもしれません。うーん、どうしましょうか。おそらく心の声を読むというのは、話を聞く限り表象意識のみだとは思うんですが……」

 と、ブツブツ呟いて、考え込むように顎の下に手を置く粟根。

 一方リナはと言うと、唐突に出てきた『龍神』という単語に、少しばかり不信感のようなものを抱き始めていた。

 この力が目覚めてからというもの、妖怪やら、鬼やらの話が出てきて、あげくに龍神様。神様までとうとうでてきたのだ。

 ありえない話にもほどがある。

 サトリの力のことにしても、リナ自身のことながら、信じきれていない。

 しかも、なぜか今日はこの先生に対してその力が使えない。


 本当は、人の心を読み取るなんて力は自分にはなくて、全て妄想なのではないかという恐ろしい仮説が、リナの脳裏によぎった。

 いや、前々からそうなのではないかと思う気持ちはあった。


 優しい父が自分私を傷つけないために嘘を言って、話を合わせてくれているだけなのではないか。

 本当は、父も、今までリナが話したことは妄想か何かなのだと思っているのではないか。

 リナのこれまでの出来事も力についても、自分の妄想の産物なのではないか。

 その方が、妖怪の力という話よりもずっと説得力を感じる。

 自分の妄想だとしたら、今まで優しく接してくれた父も、今目の前にいるこの先生も、自分を憐れな妄想者だと思って、話を合わせてくれてるだけなのかもしれない。

 そう思うと、リナは恐ろしさで震えた。


「リナさん、大丈夫です。落ち着いてください。その力は、妄想とか思い込みとか、そういうものではありませんよ。私とお父さんは、リナさんのいうことを信じていますし、実際にそういう力が存在することも知っています」

 まるで、心を読んだかのような粟根の言葉に、ほっとするよりも先に驚きでリナは目を見開いた。

 そしてややしてやっと震える唇を開く。


「せ、先生も、妖怪の、サトリの、血が……?」

 やっと絞り出した返事がそれだった。

 だって、リナは不安の気持ちを口には出していないのだ。

 それなのに、粟根はリナの心配を見透かしたように声をかけてくれた。

 リナの言葉に、今度は、粟根がキョトンという顔をしたが、すぐに笑顔を向ける。


「いえいえ、僕にはそういう力はありませんよ。私は、普通の人間ですから。でも、リナさんの顔を見ればわかります。とても不安そうな顔です。でも、大丈夫ですから。私もお父さんもリナさんの味方です。リナさんが抱えている問題は解決できますよ」

 そう告げる粟根の暖かな微笑みに、リナは、何か救われたような心持ちがした。

 父に打ち明けて、受け入れてくれた時にも感じた安心感。

 リナですら、疑っている自分のことを、この目の前の男の人は信じると言って、味方だと言って受け入れてくれている。


「あの、あの、では、本当に、本当に私の妄想ではないんですよね? だって、妖怪とかだって、まだ信じられていないですし、よく、わからなくて……私、怖いんです! 妄想の方が、ずっと、ずっと、それっぽいというか……」

「リナさんは、あまりあやかし側の世界のことは知らないで暮らしていたのですから、怖いと思うのは自然なことです。……リナさんにとっては、これまでの出来事やリナさんの力のことが、妄想であった方が良かったですか?」

「それは……そういうわけではありませんけど。でも、妄想だと思ったら、これからどんな声が聞こえてきても、妄想だと思えば……」

 と言いながらリナは顔を下に向ける。

 あの出来事が全部妄想なのだと思って我慢をすればいいのだと、そう言いたかったが、最後まで続かなかった。

 想像しただけで、吐きそうになる程リナにとっては恐ろしい出来事だったのだ。我慢などできるはずもない。


「それはとても大変なことだと思いますよ。聞きたくない他人の声が勝手に頭に響いてくるというのは、どんなに心の強い人でも耐えられるものではありません。リナさんも自分でそれを体験して、その辛さは分かっているはずです」

 粟根の言葉に、リナは小さくうんと頷いた。

 そう、その通りだ。そう思うと、何故か目に涙が滲んだ。


「それに、リナさんの力は妄想などではなく、間違いなくサトリの力です。たしか、その力の制御の仕方はもう知ってはいるのですよね?」

 と言いながら、粟根は手に持っているバインダーに目を向ける。

 受付のカウンターで父が書いていた紙がそこには挟まれているらしい。


「あ、はい。普通にしていれば、大丈夫なんです。ですから、人の少ない場所とかなら心を勝手に読み取らずにいられます。でも、多数の人がたくさんいるときは、どうもうまくいかなくて……」

 たくさん人がいると、あの時のことを、最初に心を読んでしまった体育の授業でのことを思い出して、身がすくんでしまう。

 そして力をコントロールできなくなるのだ。

 リナがボソボソとあの時のことを話すと、粟根はウンウンと頷いた。

「なるほど……」

「人がたくさんいる時でも、私がうまく力を制御でれば、問題なく学校には通えるんです。力が暴走さえしなければ……。でも、どうしてもうまくいかなくて……。こんな力なければいいのに。前みたいに、こんな力が知らないあの時に戻れれば……学校に通えるのに」

 リナが、そう泣きそうになりながら願いを口にする。

 こんな力さえなければ問題ないのだ。

 妖怪やあやかしなんて、そんなものよくわからない。

 よくわからないままのあの時のように過ごしていたい。

 リナが今抱えている不安をなくすためには、もうそれしかない。



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