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あやかし心療室  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
サトリの少女と心の声
3/23

サトリの少女アルバイトを始める②

 リナは父に連れられて、山深い場所に連れてこられた。

 車で、1時間ほど走らせた場所に、こんな長閑な場所があるとは。

 そんなことを思いながら父の隣で山道を歩く。


「ここに、その、あやかし専門の診療所っていうのが、あるの?」

「診療所じゃなくて、心理相談所だ。お父さんもお母さんも、その先生にはお世話になったことがある。腕は確かさ。俺はよくわからないんだが、あの大江山の酒呑童子さんも彼のお世話になっているらしい」

 唐突に出てきた大江山の酒呑童子という単語に、リナは戸惑った。

 名前は聞いたことはある。

 なんだかそういう名前の鬼が退治されるという昔話があったはずだと思い出して、密かに眉根を寄せた。

 やはり妖怪とかなんだのと言う話は、リナにとっては受け入れがたいものだった。

 妖怪の血が、人の心の声を読み取らせるのだと説明を受けた時は、あまりにも真剣に父が話すものだから、リナも分かったと頷いてみせたが、やはり心のどこかでは信じがたい。

 リナはいままで幽霊とか妖怪とか、そういう類のものとは無縁の生活だった。

 想像が追いついてこない。


「先生に相談して、リナの厄介な力をどうにかできるようになればいいんだが……」

 と父が小さくつぶやくのを聞いて、リナもうんと頷いた。

 今日は、リナの力のことをどうにかするために、二人はこの慣れない山道を登っていた。

 リナの父である徹は、この力を制御するために、最初母の形見の手記を頼った。

 こんな時もくるかもしれないと、母美香子が夫である徹に託していたのだ。


 ただ、その手記によると、制御する方法とはいっても、それはとても簡単なことで、普通にしていればいいということ。

 集中して読もうと思った時だけ、人の心が読める。

 そういう性質の力だったから。

 だけど、その『普通にする』というのが、リナにとっては難しい問題だった。

 確かに、普通にしていれば、心の声は聞こえないのだが、どうしてもリナは、人がたくさんいる場所や、同じ年頃の男子を前にすると、力を暴走させてしまう。

 どうやら、極度の緊張状態に陥ってしまうと、我を忘れて力が暴走してしまうようだった。

 聞きたくもない声が、勝手に入ってくる感覚は、かなりリナの体に負担を与えた。

 近所を少し散歩するぐらいなら問題は無かったが、これでは同年代の男女がたくさん集まる学校には通えない。

 そしてその力の暴走はリナがどんなに努力しても、改善の兆しは現れない。

 そうこうしていると、もう5月に入ってしまった。

 徐々に笑顔が消えていくリナに、父が連れて行きたい場所があると言って今こうして山道を歩いているのである。

 この山道を登った先には、あやかし専門のカウンセラーがいるらしいのだ。

 その先生ならリナの問題を解決してくれるかもしれないと、徹は言ったが、リナは複雑な気持ちだった。

 リナは、未だに、妖怪やらあやかしというものを信じきれていない。

 それにこの力のことについて他人に話すことには抵抗がある。


「お、見えて来たぞ、リナ。粟根先生の心理相談所だ」

 父の声につられて顔を上げると、蔦に覆われた木造りの建物が見えてきた。

 建物の二階の部分にある両開きの窓が少し開いていて、白いレースのカーテンが中ではためいているのが見える。

 その窓の下には、少し錆びついた小汚い横長の看板が飾られており、そこに、『粟根あやかし心理相談所』と書かれていた。


「ここが、お父さんのいっていた相談所?」

「そう。見た目がボロいが、ここにいる粟根先生は本物だ」

 と言って徹がリナに向かって微笑んだ。

 本物って、一体なにが本物なのだろう。その先生とやらも妖怪なのだろうか。

 リナはそんなことを思ったが、それは口に出さずに、父の後についてその相談所の扉をくぐった。


 見た目は山小屋みたいな建物だったが、中は白い壁に白い床で、ちゃんとした病院のような造りだった。しかも意外と広い。

 奥に受付と書かれたカウンターがあったが、人はいない。

 徹に言われるまま、リナは玄関でスリッパに履き替える。


「誰もいないの?」

 リナがそう尋ねると、徹は受付カウンターのようなところで何かを記入しながら口を開く。


「今は先生一人でやっているみたいだからね。ここまで手が回らないみたいなんだ」

「ふーん」

 と言いながらリナは、待合室を見渡した。


 玄関のところに、笠置と下駄箱。

 部屋の真ん中に、アイボリー色した背もたれのない長いすが2脚と、雑誌が差し込まれたマガジンラック、置物のようなものが少々。

 他には大き目な観葉植物の鉢植えが端っこに2鉢置かれているだけの場所だ。


 しげしげとリナが周りを眺めていると、カウンターの横にある扉が、カチャリと音を立てて開く。

 そして、メガネをかけた二十代ぐらいの長身の男性が現れた。


 黒のスーツに白衣をかけたその人に、リナは思わず目を奪われた。

 それほどまでに彼の容姿は整っていた。

 少し長めの黒い髪に、形の整った眉。

 鼻筋はすっと通っており、シャープな輪郭に涼し気な目元が少し冷たい印象を抱きそうになるも、丸みを帯びたフレームのメガネがそんな彼の印象を和らげるのに一躍買っている。


「粟根先生! 娘を連れてきました」

 父がそう声をかけたので、リナはそこで初めてこの白衣の人がこの心理相談所の先生なのだと知った。

 思ったよりも、若い。

 リナはそう思った。

 父の話では、父も母もお世話になったことがあるというものだから、年配の先生を想像していた。


「佐藤さん、ようこそ。えっと、こちらが娘さんのリナさんですね。よくきてくださいました。こちらの心療室までお越しください。佐藤さんもご一緒にどうぞ」

 そういう朗らかな声も若々しく、やはり二十代ぐらいに見える。


 不思議な気持ちのまま、白衣の男に促されて、廊下のようなところを渡り、心療室と書かれた表札が出ている部屋に案内された。

 部屋はやはりあの小さな見た目の建物の割に広い。

 どう考えても、あの見た目でこの広さの部屋というのは、ありえない。

 ここで、はじめてリナは、ここが「あやかし」専門であることを思い出す。

 もしかしたら、やっぱり目の前のメガネの先生も、『あやかし』なのかもしれない。

 リナはそう思うと、すこしばかり冷や汗が出てきた。


「どうぞ、中に入ってください。今お茶を用意します」

 と言って、この広い心療室のさらに奥にあるカーテンのような仕切りをくぐって、別のところに白衣の男は行ってしまった。


 こんな広い部屋なのに、その先にまだ部屋があるのかと、リナはそんな事ばかりが気になるが、

「先生のお言葉に甘えて座ろうか」

 という徹の声にどうにか気持ちを切り替えて、部屋の中央に置かれている黒革のソファに身を沈めた。


 L字型のおおきな黒いソファの前には木製の長テーブル。

 他には、棚のようなものもあるが、他に家具もない。

 初夏の日差しが白いレースから透けて照らされて、部屋の中は異様に明るく感じた。

 そうこうしていると、白衣の男がお茶を出して、リナの右斜め前の空いている席に座った。


「佐藤さん、お久しぶりです。それと、リナさんは、はじめまして。私は粟根と言います」

 白衣を着た男、粟根はそう言って、人の良さそうな笑みを浮かべた。


「先生、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」

「はい、彼女が、佐藤さんの……徹さんと美香子さんの娘さんですね。美香子さんに目元がそっくりだ」

 そう懐かしむような目で見られて、なんとなく恥ずかしい気持ちになったリナは視線を下げた。

 そして、リナの父の徹が、前のめりになって口を開く。


「私たちの大事な一人娘です。私が、事前に娘に説明しなかったばかりに、辛い思いをさせてしまった。そういう日がくるかもしれないと、一言だけでもいえればよかったのに……。美香子からは、一族の中でも力に目覚めるのはごく僅かだときいていたから、まさかリナがそうなるとは思わず……」

 リナの隣で、父が懺悔するようにそう答えると、粟根は頷く。


「佐藤さんが言えなかった気持ちもわかりますよ。祖先が妖怪だったなんて言ったとして、冗談か何かだと思われるでしょう。それになにより、親なら娘にはそんなことを知らずに普通に暮らしてもらいたいという気持ちもあるでしょう」

 粟根の言葉に、「はい」と一言返した徹は鼻をすすった。


「すみません……ありがとうございます、先生。本当なら、私たち家族で支え合って、娘の傷を癒すべきなのでしょうが、私だけでは、力不足を感じて……」

「そんなことはありません。佐藤さんの支えなしでは、リナさんはここには来れてませんから。ここまでこれたのも、佐藤さんの力添えがあってこそです。あとは、私に任せてください」

 そう言って、徹に頷いて見せたあと、粟根はリナに視線を向けた。

 先ほどまで父と粟根だけで話していたのもあって、油断していたリナはびくりと肩を揺らす。


「よ、よろしくお願いします」

 と、リナはどうにか挨拶すると、粟根はこちらこそと答えてその整った顔で微笑んだ。



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