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人魚の涙②

 そうして、忙しくも穏やかに、自宅学習とアルバイトの日々を過ごしていると、とうとうその約束の時が来た。


 事前に粟根からリナはカルテを受け取っていた。


 今日、リナの力を必要としているかもしれない人は女性らしい。

 名前はお梅と言って、人魚なのだという。


 人魚というと、これまたリナでも知っている有名な妖怪だ。

 見た目も想像がつく。

 下半身がお魚のようになっている綺麗な女の人。


 ただ、お梅という人魚は、声を出すことができないらしく、足も二本ちゃんと生えており、鱗やヒレもないのだという。


 粟根が、海岸沿いを歩いていたところ、いまにも身投げしそうな彼女をみつけて介抱したのだとか。


 それからのつきあいなのだけれど、彼女は声を出せない。

 ここに来てもずっとただ泣いているだけ。


 文字を書くのも苦手な彼女は、カルテに自分の種族と名前を書いただけで、他に情報を残さなかった。


 ただ、定期的に、ここに訪れては一人泣いて帰るというのを繰り返しているらしい。


「女性の方、なんですね」

 とそのカルテを見ながら、リナは複雑な気分になった。


 それがどうして、そういう気分になるのかは、よくわからないけれど。


 それに、粟根はだいたいリナが受付にいる時は奥の心療室にいるのだが、今日はリナと一緒に出迎えるらしく待合室のソファに座って、カルテの内容を確認していた。


 それほどまで、今日の女性は特別なのかとリナはまたもやモヤモヤする。


 そしてその時、相談所の扉が開いた。


 時計を見れば、人魚がやってくる約束の時間。


 初夏の強烈な太陽の光を背にして、髪の長い若い女の人が入ってきた。


 水色のノンスリーブのワンピース。


 肩のあたりは白く肌触りの良さそうな薄手のスカーフを羽織る。

 頭には、白い大きなつばの帽子を被っていて、その帽子の下から、赤いウエーブのかかった綺麗な長い髪がたゆたっている。


 ほうと、その美しさに思わずリナはため息を吐いた。


 リナが見惚れていると、その美女は、丁寧に扉を閉めてから帽子をとって、腰を折った。


 よろしくお願いします。

 そう言っているような気がした。


 そうしてやってきたお客様を粟根自ら心療室へと案内する。


 リナは彼女のために、紅茶を用意し、粟根に促されて、お梅の近くの席についた。

 リナを見て、少しばかり不思議そうに首を傾げた人魚は、問うような淡い赤色の眼差しを粟根に向ける。


「突然すみません。お梅さん。今日は彼女に同席してもらいました。その方がお梅さんにとってもいいかと思ったんです」

 パチリとその大きな瞳を瞬かせ、お梅は頷く。


「実はこちらの女性は、リナさんというのですが、サトリと呼ばれる妖怪の血を引いてまして、心の声を聞くことができるんです」

 粟根がそう答えると、大きなお梅の目がさらに開かれた。


 そして、本当なのかと問うようにリナを見る。


「私、佐藤リナと言います。その、もしよろしければ、ですが、話したいことがあるなら、私が伺えたらと思って……」

 どもどもと答えるリナ。


 粟根にこの話を聞かされた時、頼られたことが嬉しかったし、自分の力が役に立てるかもしれないというのもなんとなくこそばゆく感じて心が弾んだ。


 しかし実際その局面が目の前に来るとちょっとばかし怖気付き始めた。


 もしかしたら、役に立たないかもしれない。

 それどころか心を覗くという行為自体、拒否されるかもしれない。


 ドキドキと、目の前のお梅の反応を待っていると、ガタッと彼女が軽く腰を上げて、リナの手を取った。

 リナの目の前に、涙ぐむ端正なお梅の顔があった。


 眉尻を下げて、頬を薔薇色に色づかせて、泣き笑いのようなお梅の顔。

 ひしりとリナの手を握る力の強さが、この目の前の人魚がリナの力を求めていることは十分に伝わった。


「よかった。それじゃあ、リナさん、彼女の心の声を聞いてみてください。お願いしますね」

 粟根の言葉を合図に、リナは頷き、お梅もお願いしますとばかりに何度も頷く。


 そしてリナは目の前の人魚の心に、意識を向けた。


『ねえ、聞こえる? 私の声? 聞こえる?』

 そうまるで、歌うような軽やかなソプラノの声がリナの中に響いてきた。


「はい、聞こえますよ」

 リナはそう口に出すと、『嬉しい!』と高らかにお梅は声を響かせる。


 見た目のおしとやかさとは反対に、意外と中身は元気な方のようだと、リナは思った。


「お梅さん、すごく声が綺麗なんですね」


 心の声は、基本的には実際に声帯を震わせて、口から出る声と同じだ。


 だから、もしお梅が、声を出したなら、この可愛らしい声が響くはずで、それを聞ける者がいないのはなんとなく勿体無い。


『まあっ! そう? ありがとう、嬉しいわ! ふふふ、人とお話しできるなんて、何十年、ううん、なん百年ぶりかしら!!」


 という言葉に今度はリナが息を飲む。


 見た目だと二十代ぐらいにしか見えないのに、かなり時を重ねているようだ。


『ねえ、聞いてくれる? 私の、話……ずっと誰かに聞いて欲しかったの……』


「はい、もちろんです。でも、その、私は、先生のように上手くいいアドバイスできるとは限らないんですけど」


『ううん! いいの! 聞いてくれるだけで、いいのよ。ああ、嬉しい。私の話を聞いてくれる。あの人の話を聞いてくれるなんて……! 嬉しい!』


 彼女はそう心を響かせて涙を流した。


『ちょっと、長くなるかもしれないけれど、聞いてね。これはね、私と彼の幸せな恋のお話なの』


 人魚はそう言って、静かにリナの中にだけ、声を響かせ始めた。




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