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メロディア・コントラスト  作者: とうる
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第1話

この世の中は金が全て



金が全てと言うのなら


金で序列が決まると言うのなら


まぁ俺の場合は平均よりやや上にあたる年収は540万の冴えない38歳のサラリーマンだ。その社会の縮図のようなカーストで表せば真ん中よりやや上。今の立場にそこそこ満足している…有り体に言うと村人Aみたいな感じだ

早くに結婚して子供を産んだ妻を持ち、今では3人家族でそこそこ充実した生活が送れている



「いってきます」


そう言えば


「「いってらっしゃい」」


と妻の声と、眠たげな娘の声が自分を送り出してくれる


「ただいま」


と家の戸をくぐれば


「「おかえりなさい」」


と元気な声で迎えてくれる



これだけで朝の通勤ラッシュで人ごみに流されようとも

理不尽に上司に怒られようとも

例えお昼のお弁当作り忘れたからと500円渡されようとも……いや。500円は少し辛い気がっ…



とりあえず、かったるくて色褪せた何の魅力すら感じられない時間も頑張れる。

それはたぶん自分には帰るべき場所があり

待つべき人がいるからだろう




夕飯時

今日も妻が作った料理を家族3人で食べながら、娘の学校での出来事の話に花を咲かせふと思う



“この空間だけは…守ろう”…と


色褪せた時間の中で家族といる時間だけは自分の見る景色が色づくから


休日には家族で遊園地にだっていくし

時には家族3人で川の字で寝たりもするし

たまに嫁さんが娘に怒ったりもして

学校で書いた絵をプレゼントしてくれて


とにかく…38歳にして自分は幸せを手に入れたのだと胸を張って言えるような人生を送っていただろう






それが壊れるとは知らずにこの時の自分は父親顔して幸せそうな笑顔を振りまいていた




神様のいたずらか


その日常を壊す足音はすぐ後ろまで迫ってきているのに






「おう…じゃあ行ってくるわ」


靴べらで靴を履き妻である(ゆかり)からバックを受け取る


「ん〜!お父さん行ってら〜!!」


そう娘が歯磨きをしながら言ってくる


「おう…(あかり)も学校遅刻するんじゃないぞ。小学校の卒業近いんだから先生にあまり迷惑かけるな〜」


苦笑いする燈を横目に妻の縁が言ってくる


「柊さんも帰りはあまり遅くならないでくださいね」


「もちろん早く帰ってくるさ」


そう言いながら玄関のドアノブを捻る

ほのかな暖かさを感じさせる太陽。家の外には桜が満開で咲いている綺麗な景色と家族に見送られて家を出た





朝の通勤ラッシュ

JRは基本的にはどこも混む上に自分が利用する駅に至っては乗客が入りきらないため、駅員が乗客を押して詰め込むなんて光景は日常茶飯事なわけで

電車内はぎゅうぎゅう詰めになっている中で1人のか細い声が聞こえた


「…です……」



最初は何を言っているのか全く聞こえなかった


(ったく…今日はプレゼンがあるんだから早く出発してくれねぇかな……)

そう気怠そうに吊革に捕まっている右腕の腕時計で時刻を確認する


「この人痴漢です…」


なよなよとしてどこか小さく弱気な声が自分の右隣から聞こえてきたと認識する

だがそこで自分の思考は停止した

頭の中が真っ白になる

脳がその事実を受け止める認識ができていない

右腕で吊革に捕まり、左腕でバックを携えている自分に指を向けてその少女は尚も弱々しい声で言う


「この人痴漢です…」


周囲の視線が一斉に指さされた自分へと突き刺さる


騒めきが広がる


「ちょっ…ちょっと待ってくださいよ。今の俺の状況みてください。無理でしょう?」


そう(つの)ってくる焦りを喉元でグッとこらえながら勤めて冷静に振る舞う


「あぁ…この人にはできなかったぞ」


そう周囲にいた人の誰かが証言してくれた


「あぁ…たしかにこの人には無理だな…」

「なんだ?冤罪か?」


そう言った声がチラホラと上がり始めた頃だ


「いや待ってくださださいよ。俺は痴漢されてるの見ましたよ!それにこの女の子は泣いてるんです。なんとも思わないんですか?」


そう1人の見るからに好青年風を装った青年が声をあげた


「とりあえず一度外に出て話しませんか?」


続けてその青年は自分にそう声をかけた


「やっていないのだから説明も何もない。こんなことをしている間に犯人は逃げるかもしれないだろう?他にやるべきことがあるんじゃないのか?その女の子からもっと詳しく話を聞くとかな」


すぐさまにそう言い返す


「恐怖している女性からもう一度思い出してしまうようなことを聞けと?」


なかなかな理不尽さにキレそうになった時だ


「こっちです!こっちで痴漢だそうです!!!」


新たな第三者が駅員を連れてきたのだ


「ちょっと付いてきてもらえますか?」


そう自分に告げる駅員


「いえ。やっても無いのに付いていく意味がわかりません。それに会社だってあるのです」



「ならその無実を主張してください。貴方がいると電車が動かないので早く外に出てください」



今は通勤や通学の人たちでごった返す時間

急いでいる人もさぞかし多かろう


「はやくいけよ…」

「この痴漢が…最低」

「俺らにまで迷惑かけるなよ」


なんと言う手のひら返しだと思いつつも一度下車せねばならぬ状況と雰囲気に飲み込まれて駅員とともに降りる


駅員を呼んだ少年と、痴漢だと訴える女性を擁護した青年がすれ違うときに

青年の手から少年の手に紙幣が渡されたのは自分は気がつかなかった…




案内されたのは広さは畳6畳ほどの小さな事務所


ここに来る途中で駅員2人に男子学生に加えて38の自分。それに女子学生という組み合わせ

すれ違う人はほぼ皆が目線をくれるし、ヒソヒソと話される声からは「痴漢」という言葉さえ聞こえてきた




「んで実際のところやったわけ?目撃者もいるんだけど」


この質問はもう聞き飽きた

5回を超えた頃から何回目の質問か数えるのすらやめた

そして自分はこう答える


「やっていません。それに目撃者ならいるじゃないですか。僕が右腕は吊革に捕まっていたと証言してくれている人が」


そう…自分に有利になる、という言い方は若干おかしいが兎にも角にも自分の無罪を主張してくれる目撃者もでてきてくれたわけだ


「でも実際にはあの女の子は痴漢を受けているわけで…このままじゃ平行線か。警察を呼ぼうか」


この時の自分はやってないという証言などから強気でいたわけで

会社にも連絡はしていたこともあり


「えぇどうぞ」


と少々怒気をはらんで返事をした



警察が来てからもお互いの主張は平行線のまま

だが幸いにしてと言うべきなのだろうか

自分側の証言者が多いことやその時の状況による説明などからも今回は犯人にされることなく解放された


時間はすでに夕刻の6時だった


会社には今日は災難だったな。来なくていいぞと言われていたので家に直帰した







うるさい


銀色の小さな鉄球が次々と自分の眼前を通り過ぎていく


うるさい


時折鳴り響く甲高い音

キャラクターの声が大当たりを告げる


だがそれは自分の台からではなく1つ隣

今日は朝8時から並んだ

自分があと1つズレていれば今頃は自分が当たりを引いていたと言うのに

そう言った思いが心の中に広がる


「くっそ…なんなんだよ」


手入れされていない髭をかきながら毒づいてみたり

次第に苛立ちは増して資金が尽きた




まだ15時過ぎ


コンビニで缶ビール1つと柿の種を購入して家に帰る



「ただいま」


そう言っても「おかえり」などと言葉が返って来ないことに慣れつつある自分が嫌になる


無造作に散乱した服

何日も捨てられていないゴミ

机の上には缶ビールの空き缶とカップ麺のゴミが散らかるようにあり

誰も1週間前までここに明るい家庭があったなんて想像できやしない状態だ





あの日

朝の人が多い時間帯。会社の同僚がいたのだろうか。自分が痴漢の冤罪で捕まったと言うことは社内にあっという間に広まったし、ほどなくして妻にも伝わり、それは子供達にも伝わった

自分は無実であることを主張して警察に捕まることすらなかったと声高に言い張っては見たものの





疑いをかけられた時点で自分の人生は詰んでいたのだ



娘や妻はご近所の付き合いやイジメにより実家に帰った

後に残されたのは自分と一枚の離婚届だけ


だがせめて…働いて娘の(あかり)の学費くらいは自分が受け持とうと思った


だがすでに社内に自分の居場所などなかった

周囲と出来た溝

周りから聞こえる話し声は全部が全部自分に対することに聞こえて来てしまい

職場に通うこともいつしかやめた



貯金を切り崩しながら生活する日々


そんな自分に追い打ちをかけるかのように1通の手紙が届いた



それを読み自分はその場に泣き崩れた


いやもしかしたら笑っていたのかもしれない。この運命の理不尽さに





その知らせを簡潔に言うと

娘と妻が自殺したとの知らせだった


田舎に引っ越してみたものの

どこからか自分の事が漏れてしまい

ついには耐えられずに自殺を図ったと


「なぁ…なんなんだよ……今日もどこかで笑って過ごしてるやつやダラダラと怠惰な生活を送ってるやつすらいる。なんでこんなに俺は不幸なんだよ…そこらのやつらの不幸まで俺が被ってるみたいじゃないか…もう生きてる意味が…わかんねーよ…」



吊るされた縄に手をかけた





こうして

有馬 柊の38年の人生は幕を閉じた









はずだった









「さぁもうそろそろ始まるぞ!!!」


こいつは何言ってるんだ?



「急いで王城前広場に迎え!!!」



だからなんのこと言ってんだって

そこでふと周りを見る


「ここはどこだ?」


見たことのない街並み

近代的な建物なんか何1つなく、周りは煉瓦造りの家ばかり

よくよく見れば周りにいる人達はクリーム色の髪色が多く見るからに日本人ではない


「おい!!珍しい顔立ちのにーちゃんだな!今から始まる勇者様の演説を見に来たんだろ?」


勇者?なにファンタジー的なことをこいつは言ってるんだ?

大勢の人に流されて行き着いた場所

そこは大きな王城の前にある広間


1000を優に超える人々が集まり今か今かと誰かを待っている


全く事態についていけずに困っていた時だ




歓声が上がった


長い髭を生やし王冠を頭に乗せたおじ様が出て来た

その人が1つ咳払いをしただけであたりは静寂に包まれる


「此度…我が国は他の4種族からの進行に立ち向かうため

2名の勇者を召喚した!!!これで怯えずに眠る夜などはもう来ない!!今こそ我々人間族による反撃の時だ!!!!!」



そして広場のボルテージは再び上がる

民衆の歓声に包まれながら姿を現した2人



1人は知性的な眼鏡をかけた黒髪の男

もう1人は黒髪が若干伺えるがほとんどは金髪の。見るからに市販のブリーチ剤を使用した雑な金髪の青年


その周りには幾人かの女性の姿が見えたのだが、ウェディングベールのようなもので顔を覆っていたので顔まではわからないが、ざっと7人はいた



「この者達2人が人間族に希望の光を与える勇者じゃ!!!」



「俺の名前は三白技(みしろぎ) 裕也(ゆうや)だ。人間族に光があらんことを」


「俺の名前は(つつみ) 真司(しんじ)。人間族に光があらんことを」


そう言って一礼をした




「ハッ…ハハハッ…まじかよ…」


爪が食い込み血が出るほど自分の手を無意識に握りしめる


この名前は忘れるわけないだろう。虚偽の証言で俺を陥れた者の名前

隣にいる金髪は駅員を呼んだ青年

今思えば2人は同じ制服だった

俺は…はめられたか…


そして再度思う


「なに俺に冤罪被せて人の人生ぶち壊した奴らが勇者なんかしてんだ?」


この自分の内側からくる黒い感情



そして自分は己自身に問う


ここがいわゆる自分の生きていた世界じゃないと


理解した


俺は一度死んだはずだと


理解した


だか再び世界は違えど生を受けたと


理解した


そして俺の人生を壊してくれた奴らがこの世界では勇者ともてはやされていると


認識した



この内側からくる黒い感情は憎しみや怒り


認めた



そしてそれらを踏まえた上でお前はどうする?


内側にいる自分が自分自身に問いかけて来た



そして俺は自分自身の問いかけに答える


決まっているだろう…あいつらが人間族の光であるなら俺は闇になろう。あいつらが人間族に光を与えるのならば俺は人間族に絶望を与えよう







そうして1人の男は

大歓声が湧くこの広間に背を向けて獰猛で静かな笑みを浮かべて後にした



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