43話 使者
王都の手前で行われたマルモン高原での戦いから、数日が経過していた。
シンとドラゴン達は、そのまま王宮に留まっている。エリス姫やローラ姫は、現在も東の砦に避難したままの状態が続いている。敵が国内から完全に撤退し、安全が確認される迄は当分避難生活が続く予定だ。
王宮の会議室では、国王とマティスを中心に、今後の対策会議が行われていた。
「敵は『フロストの街』で軍を再編、そのまま駐留するつもりの様ですね」
「撤退するか、再侵攻するか、本国の指示待ちと言った所でしょうか?」
エラン・帝国連合軍は、撤退はしたが国境の街フロストで軍の再編を行い、駐留する構えを見せている。
「敵の軍勢はエラン王国軍約1万、帝国軍約1万2千の合計2万2千と思われます」
「まだそんなに残っているのか……」
会議に出席している、其々が自由に意見を述べている。国王もマティスも、その様子を黙って見守っていた。フロストの街を奪還したいが、現在のジラール王国にそれだけの兵力は残って無い。とても奪還作戦を行う余力など無いのが現状だ。
「失礼します!」
そこへ内務大臣の部下が慌てて会議室へ入ってきた。その部下は、内務大臣へ耳打ちする。
「なんと?! それは本当か?」
部下の報告を聞いて、内務大臣が驚いた顔をした。
「内務大臣、何事か?」
そのやり取りを見て、国王は内務大臣へ声を掛ける。
「はっ! 陛下…… エルディア王国の使者が来たとの事です」
「エルディアか……ついにエルディアも帝国に寝返ったのか……」
「いえ、使者殿によると、同盟の使者との事です」
国務大臣の一言に、会議に出席した居た人から驚きの声が上がる。マティスも驚きを隠せなかった。エルディア王国の動向は気になったが、エラン王国が裏切った時点で三カ国同盟が破綻し、今回の戦いで多大なる被害を受けたジラール王国と、共闘するとは思えなかったのだ。
今のジラールと共闘しても、帝国に勝てる見込みは皆無に近い。エルディアも帝国に寝返るだろうと誰もが予想していた。
「陛下! 早速使者殿との面会をお願いします」
「うむ、今日の会議はこれで終わりとする、続きはエルディアの使者との面会後だ」
国王はエルディア王国の使者と面会の為、会議室を後にした。
国王とマティスがエルディア王国の使者と面会している時、ドラゴン達は王宮の庭でのんびりと過ごしていた。現在のシン達は、王宮に留まっているが、特にやる事が無い。従って思い思いに過ごしていた。
リネは毎日メルから癒しの力を使ってもらい、翼の具合もかなり良くなって、全快とは行かないが、空を飛ぶことが出来る様になり、狩りにも行けるようになった。
ドレイクドラゴンの二匹のオスは、毎日ルイーズのお尻を追いかけて、尻尾の一撃を食らう日々。
拗ねていたメルはシンと和解して、今ではシンにベッタリの状態。夜も人の姿でシンと一緒のベッドに寝ている。と言っても、メルの場合は本当に寝るだけではあるが……
三夜に渡って行われた深夜のベッド争奪戦により、ルルカとミオはメルに完全に撃退され、二人は夜這いを諦めた様子だ。そんな訳で、現在のメルは凄ぶる機嫌が良い。
シンはマティスと共に戦った西の砦守備隊の面々から、剣の稽古をつけてもらったり、元エリスの近衛の魔術師から魔法を教わったりと、充実した日々を送っている。
墜落したリネを守る時に敵に囲まれてピンチになった教訓から、マティスにお願いして彼らを紹介してもらった。
訓練の一段落したシンは、鎧を脱いで、平服に着替えて中庭で寛ぐドラゴン達の元へやって来た。
「あ! シン! 訓練は終わり?」
「ああ、今日の訓練は終わりだよ」
シンの姿を見つけたメルは嬉しそうに駆け寄ってくる。
「そんな事しなくても、シンは私が守るのに」
「ダメダメ、いざと言う時、自分の身は自分で守れないとな、それに新しい魔法を覚えたんだ」
「新しい魔法?」
「ちょっと見ててくれ、『ウインドカッター!』」
シンが手を伸ばして詠唱をすると、手の先から風の刃が飛び、その先にあった中庭の木の枝を落とした。
「へぇ~ 人族が使う魔法ね」
メルが感心した声を上げる。
「凄いじゃないシン!!」
シンの魔法を見たリネが駆け寄ってきた。
「それって、王族が使ってた魔法と同じでしょ?」
「そうそう、マティス殿下も同じ魔法が使える、尤も威力は殿下の足元にも及ばないけどね」
「それでも、シンがその魔法使えるようになったら、空中戦が楽になるね」
以前マティスがルイーズの背に乗って、この魔法で竜騎士を倒した事があるので、リネはその時の事を思い出した様だ。リネは前回の戦いで撃墜されたのが、相当悔しいらしく、次は負けないと意気込んでいた。
「そうだな、俺も上に乗ってるだけじゃなく、援護できるのは良いな」
「うんうん、次はあいつら倒そうね! シン」
シンとリネが仲良く盛り上がっていると、拗ねたメルが口を挟んでくる。
「ちょっと! 私が居るんだから、当然シンは私に乗るのよ! それにもう戦争なんかやらないんだから、そんな必要ないの!」
相変わらずメルはシンが戦争に参加するのは反対で、これだけは何度話し合ってもシンと平行線のままだった。
「うぅ~~~」
メルに逆らう訳には行かないが、シンと一緒に再戦したいリネが悔しそうに唸っている。
「そんな顔するなリネ、ちゃんとお前にも乗って――――『ドドーーーンッ!!!!』――――」
リネの頭を優しく撫でながら宥めていると、王宮に爆発音が響き渡った。
「なんだっ?!!」
『敵襲っーーーーー!!!』
『敵襲だぁぁぁぁぁぁ』
慌てて空を見上げると、上空には多数の竜騎士の姿があった。3騎の竜騎士が、こちらを目掛けて急降下してくる所だ。
【マズイ!! 皆!!】
シンが周りを見ると、既にルイーズやルカ達は迎撃の為に飛び上がっている。それを確認したシンは、自分は避難する事にした。
【リネっ!! 俺は大丈夫だ! 行け!!】
リネはシンと一緒に居たので、シンを残して飛び上がる事に躊躇している。シンはリネに飛ぶように指示を出して自分は走り出す。
今のシンは鎧を着て居ないので、このまま戦う訳には行かない。ソフィーの鱗で出来た鎧無しでは、ファイアボールの爆風だけでも大怪我だ。
リネは翼を広げて飛び上がると、真っ直ぐ急降下突っ込んで来る3騎に向かってファイアボールを放つ。リネと同時に発射された敵のファイアボールを躱し、急降下して来る3騎とすれ違った。リネがすれ違い様に後ろを見ると、そこには走って逃げるシンの後ろ姿。
【シンっ!!後ろっ!!】
慌てて叫ぶが、シンの後ろから迫るファイアボール。
(なっ? マジかよ?! 障壁!!)
リネの声で振り返ったシンが、目の前に迫るファイアボールを見て、慌てて障壁を張った。
【シン!!】
そこへメルが翼を広げてシンの盾になる様に体を割り込ませる。
『ドドーーーーーン!!!』
メルの背中にファイアボールが直撃して大爆発が起きた。メルの体で防ぎきれなかった爆風と衝撃がシンを襲い、障壁が粉々に割れてシンは数メールほどゴロゴロと地上を転る。
(痛ってぇぇーーー)
慌てて体を起こすと、背中が燃えて横たわるメルの姿がシンの目に飛び込んでくる。メルはシンを守るために盾となったが、低空で飛んでいた所に、背中に直撃したファイアボールの威力で墜落して地面に体を打ち付けていた。
【メル!! おいメル!! 大丈夫か?!】
【……】
慌ててメルに駆け寄るシン。
【しっかりしろメル!! メルっ?!!】
【……痛たたた……あいつら頭来たっ!!!!】
【メル? 大丈夫なのか? 背中が燃えてるぞ!】
【ん? ああ、このぐらいなら平気よ……それよりシンは怪我無い?】
【俺は大丈夫だ、たいした傷じゃないよ】
しかしメルの目に映るシンは、頭から血を流して、腕に火傷を負っていた。シンが怪我を負っている姿を見て驚くメル。
【何言ってるのよ! 怪我してるじゃないの?】
【この程度なら、後で癒しの力使ってくれたら大丈夫だよ】
シンはメルを安心させる様に笑いながら答えた。
【うん、わかった……ちょっと待っててね、シンに怪我させた事、あいつらに後悔させてやるから】
【俺は隠れてるから、後は頼んだ】
【ちょっと行ってくるね!!】
メルは勢い良く飛び上がると、竜騎士目掛けて飛んで行った。
上空では竜騎士相手に三人娘とルイーズ達ドレイクドラゴンの間で激しい空中戦が繰り広げられている。
【トマス! そいつをお願い!】
【あいよ! 任せてルイーズちゃん……おりゃっ!】
【メイスン! こっちのを頼むわ!!】
【ちっ! ワイバーンの分際で俺のルイーズちゃんに攻撃しようとは100年早いぜ!】
見れば、ルイーズを中心としたドレイクドラゴン三匹が、見事なコンビネーションで竜騎士を撃墜している。空中戦が苦手なドレイクドラゴンだと思ったが、三匹集まると今迄とは戦い方がまったく違い、得意の接近戦で尻尾と爪を使って空中戦でもワイバーンに遅れを取る事は無かった。
元々ドラゴン種としてはドレイクドラゴンの方が格上なのだ。
シンに教え込まれた連携の大切さを生かし、ルイーズはドレイクドラゴンのメイスンとトマスを使って上手に戦っている。
リネ、ルカ、ゾエも其々をカバーする様に空中戦を行っていた。リネはまだ本調子ではないので、二人を援護する様に戦っている。前回の魔力切れで戦った時とは違って、今日の三人娘は竜騎士に遅れを取る事無く互角以上に渡り合っていた。
【あんた達!! 私に喧嘩売った事! 後悔させてやるわ!!】
メルが戦場に到着すると、その場で制止してホバリングモードで高らかと宣言した。
空中で停止したメルは格好の的だと言わんばかりに1騎の竜騎士がメルに向かってファイアボールを放つ。
【ふんっ!そんな物が利くと思ってるの?】
メルに向かって放たれたファイアボールに向かって、メルはブレスを放つ。ファイアボールはメルのブレスによって消滅し、そのまま勢いを殺すことなく、ブレスはメルを攻撃した竜騎士ごと消滅させた。
それを見た2来騎の竜騎士が左右から挟む様にメルに迫る。二匹同時に発射されたファイアボールをヒョイと躱して、片方の竜騎士にブレスを放ち消滅させ、それを見た慌てて逃げようとするもう片方の竜騎士に向かって急接近した。
【落ちなさい!】
メルに頭部をぶん殴られ、ワイバーンの頭が潰れて目玉が飛び出した。頭を砕かれたワイバーンは、そのまま墜落していく。
【ひっ! あれは惨い……】
【メルフリード様に本気で殴られると、一撃であの世なのね……】
【うんうん、絶対に怒らせたらダメだね、この美人な顔が台無しになる……】
一撃で頭を潰されたワイバーンを見て、三人娘は絶対にメルを怒らせてはダメだと再認識した。メルフリード戦闘力を見て、竜騎士達は、これはマズイと撤退を始めた。
【逃げれると思ってるの?】
逃げる竜騎士達を追いかけて、逃げる背中に容赦なくブレスを次々と放つメル。王宮を襲った竜騎士は、メルのブレスにより全滅した。
地上から空中戦を見ていたシン。
(やっぱメル一人いれば、戦争なんか一瞬で終わっちゃうよな……どうやって説得しようか……)
前回は人間相手に力を振るったメルだが、竜騎士相手の空中戦でも圧勝だった。メルの戦闘力を再認識したシンは、どうやってメルを説得しようか考えて居た。




