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蒼空の竜騎士  作者: 黒影たかし
42/46

42話 撤収

 丘の上の天幕の中には、椅子に座るマティスの姿があった。


 その後ろにはマティスと共に戦った西の砦守備隊の騎士達。


 現在はマティスの護衛としてここに控えている。敵は既に全面撤退を開始し、攻撃を受けた指揮所の消火作業も終わっている。


 各部隊の部隊長がマティスの元へやって来て、次々と被害状況報告をしている状況だ。既にグレソの火も消されて、後方に退避していたルカとゾエがリネの警護をしている。リネはまだ飛ぶ事が出来ない為、ゆっくりと歩きながら指揮所に向かっていた。


 戦場では倒れた兵達の死体の処理や、傷ついた兵達の救援活動が行われている。


 ルイーズと新しくメルの配下となった二匹のドレイクドラゴンは、敵が撤退する様子を見届ける為、敵の上を旋回しながら撤退状況を監視していた。


 メルの脅しによって敵は撤退をしたが、休戦協定が結ばれた訳では無い。敵が途中で軍を再編して、再度王都へ侵攻しないとは限らないため、敵への牽制の意味も込めて三匹のドレイクドラゴンに敵を監視させている。




 シンとメルは、マティス達の居る天幕のすぐ外で、話し合いをしていた。


 メルはシンが戦争に参加した事を良く思っては居ない。メルが来なければピンチだった事もあり、かなりご立腹だ。シンが戦争に参加する事になった経緯を話し、メルの機嫌を直すのにシンは一苦労していた。


 そんなシン達の元へ、部下からの状況報告を聞き終えたマティスがやってきた。メルはマティスの姿を見ると、プイッと横を向く。


「シン! ちょっと良いか?」

「ええ、構いませんよ殿下」


「被害の全容がだいたい明らかになった……予想以上の被害だったよ……」

「そうですか……」


 マティスによると、国王は怪我を負ったが、無事との事だった。


 敵のワイバーンの攻撃は近衛の魔術師の障壁によってなんとか防いだが、完全に防ぎきれずに少々の火傷を負った。近衛騎士が慌てて国王を避難させ、現在は後方で治療を受けている。


 魔術師の障壁の外に居た将軍達は死亡。


 そのおかげで作戦指示が出せずに、味方は連携が取れずに瓦解した。約二万の兵で敵を迎え撃ったが、半数近い死傷者を出した。


「無事な兵達を集めて一万に満たない……正直、この国の軍は壊滅に等しい被害を受けたよ」

 

 ジラール王国の国土を守る為に必要な兵士が一万も居ない。この状況でもう一度侵攻を受けたら一溜まりもないだろう。


 相手がエラン王国だけなら、国土の一部を渡して停戦交渉を行う事も不可能では無いが、エラン王国の後ろには帝国が居る。帝国本土から増援を呼べば一気にジラール王国を滅ぼす事が可能だ。


 従って敵が停戦交渉のテーブルに付く可能性は限りなく低い。


「エラン王国もかなりの損害を受けたと思うけどね、帝国は奴隷兵が消耗したに過ぎないから……」

「もう一度攻めてくると?」


「どうだろね、帝国はこちら側に展開している兵は少ない、だからこそエラン王国を使って攻めさせた訳だし、直ぐに攻めてくる可能性は低いとは思うけどね……」

「あとはメルの存在が、何処まで相手に効いているかですかね?」


「そうだね、古代竜を実際に見ても、まだ攻めてくる気が有るかどうか……こればかりは正直なんとも言えない」


 そう言いながら、マティスは期待した目でシンを見ている。


「あ~ ひょっとして、もう一度メルの力を敵に見せつけて欲しいって事ですか?」

「やっぱり無理かな?」


「たぶん……メルは首を縦には振りませんね……」

「そうか……」


 シンもマティスの言いたい事はよく分かる。


 あれだけのメルの力をもう一度敵に見せつけたら、流石に敵もおいそれと攻めて来る気にはならないだろう。既にこの国は自衛するだけの戦力を失っている。


 であれば、敵が攻めてくる気を起こさせなければ良い。この国を守るためには、それ以外の方法は無いとマティスは考えて居た。


 そんなシンとマティスの会話を聞きながら、メルは知らん顔をして寝たふりをしている。


 バレバレのその態度を見て、シンとマティスは苦笑いだ。




「ところで殿下? これからどうしますか?」

「俺は今日はここに泊まる。明日は事後処理をする部隊を残して、王都へ帰還する予定だ。シン達はどうする?」


「そうですね、僕も今日はここに泊まります」


 シンはリネがまだ飛ぶことが出来ないので、今日はここに泊まる事にした。


 リネが徒歩でこちらに向かっている最中だ。念話で三人娘の会話が聞こえてきているので、すぐ近くまで来ているはずだ。


 マティスと別れて暫くすると、リネ、ルカ、ゾエがシンの元へやってきた。


 ルカとゾエに狩りへ行って食事をする様に言って、帰りはリネの分の食料を持ち帰る様に指示をする。


【メルも狩りに行っておいで】

【ん~ そうね……そうさせてもらうわ】


 ルカとゾエの後を追ってメルも狩りに飛び立って行く。ルイーズから念話が届き、敵の部隊が野営をする為に行軍を止めたので戻ってきたと報告を受けた。戻ってきたルイーズも狩りに行く様に指示を出した。



一人残されたリネは体を丸める様にして、その場に寝転がる。


 そこにシンも座って、リネに背を預けた。


【ごめんねシン……飛べないから迷惑かけちゃって】

【何言ってるんだ、怪我人なんだからしょうがないだろ? それよりも体の具合はどうだ?】


【ん~ 痛くはないけど、羽がコレだからねぇ~ へんな感じ】


 リネの翼は焼け落ちたので、皮が無く骨だけの様な状態だ。骨の周りに辛うじて肉がついている。そんな風に見える。


【早く飛べる様になるといいな】

【うん、流石にこれじゃ狩りも出来ないしね~】


 メルによると、毎日癒しの力を使っても、羽が元通りになるには数日かかると言われている。それまでの間は、ルカとゾエに狩りを頼んで、リネの分の食事を確保してもらう事にした。


【まあ、リネが無事で良かったよ】

【うん、ありがとう……】


 そのままシンは目を閉じた。寄りかかっているリネの体温が温かくて心地よい。戦闘の疲れもあって、目を閉じるとそのまま寝てしまった。


 リネもシンの波動が心地良く、寝てしまったシンを起こさない様に目を閉じると、そのまま眠りについた。





 体を揺すられる感じがして目を覚ますと、メルがシンの体を揺すっていた。


【起きてシン! シンの分もご飯捕って来たよ~】

【ん? メルか……俺寝ちゃったのか……】


 メルの視線の先にはでっかい牛もどきが転がっている。ゾエとルカも戻ってきていて、リネの分の牛もどきも捕って来たようだ。


 久しぶりにメルのブレスで焼いて食事をとる。


 食事が終わると、新顔の二匹のドレイクドラゴンをメルから紹介された。


【こいつら私の子分になったのよ】

【子分……ねぇ】


 子分と言う言葉になんとも言えない顔をするシン。





【ほら! シンに自己紹介しなさいよ!】

【は、はい……メルフリード様】

 

 メルに言われて一歩前に出てきたドレイクドラゴン。色は青で顔には大きな傷跡が残っている。まるで三流の悪役みたいな顔をしている。


【おい人族のオス! 俺はメイスンだ。メルフリード様のお気に入りかなんか知らねぇ~が、この俺様に……ふぎゃっ!】


 最後まで自己紹介する前にメルにぶん殴られるメイスン。


(こいつきっとアホだな……)


 メルの前でそんな態度をとればどうなるか、考えるまでも無いと思うが、お約束って奴でメルに殴られている。


【良い事?! シンは私と同等なのよ! そのつもりで接しなさい!!】

【へ、へぃ……申し訳ありません……】


 殴られた頬をさすりながら、涙目のメイスン。


 次にシンの前に出てきたドラゴンは、メイスンより少し体が小さい。


【お、お初にお目にかかります、あっしはトマスって者です、よろしくお願いしやす】

【シンだ、二人とも宜しく】


 挨拶を済ませると、二匹のドラゴンはルイーズの元へ行く。


 二匹ともルイーズを見る目がハートマークになっているのでは? と言うほどルイーズにデレデレと付きまとっている様子だ。ルイーズは迷惑そうに、二匹をあしらっている。


(そういえば、ルイーズってドラゴンのオスにはモテモテなんだっけ?)


 以前は紫竜の愛人を無理やりやらされていた話を思い出し、力でいう事を聞かせるメルと、色仕掛けのルイーズ。どちらにしても、二匹のこれからは、良い様に使われる哀れな未来しか見えてこないシンであった。




 翌日、ジラール王国軍は撤退を開始した。


 王都への帰還である。本来なら、敵を撃退して戦勝ムードで戻るのだが、とてもそんな雰囲気では無かった。メルが来なければ、完全に負け戦だった。


 逆に言えば、メルがもう少し早く来てくれていたら、完全な勝ち戦であった。


 兵達のシンを見る目は複雑だ。


 別にシンが悪い訳ではないのだが、何故もっと早く来てくれなかった? そう思ってしまうのは、しょうがない事だろう。シンだけがドラゴンを扱う事が出来る。メルとシンの事情を知らない一般兵は、シンがメルを出し惜しみしたのではないか? そう考えて居る者も少なくは無い。


 ルイーズ、メイスン、トマスのドレイクドラゴンチームは、今日も敵の撤退状況の監視に飛び立って行く。



 シンとメル、リネ、ルカ、ゾエは王都へ帰還した。




 王宮の中庭に降りると、早速ルルカとミオが走ってきた。


「「シンさん!!」」


 メルから降りたシンに嬉しそうに抱きつく二人。


「良かったです無事で」

「無事の帰還、良かった」

「あはは、二人とも、心配掛けたね」


 ルルカとミオの二人は、初期の奇襲作戦後は、王宮に残って警備の任務について居た。警備の手薄になった王宮に、敵のスパイが入り込まない様に、二人の能力を生かしての配置だ。


 抱きつく二人の頭を優しく撫でるシン。


『ちょっとシン! なによその獣人は?!!』


 当然、そんなシンを見て、メルが何も言わない訳が無い。ルルカとメルにも聞こえる様に喋るメル。


「なっ? なんですか? その赤いドラゴンは?」

「ドラゴンが喋った……新顔?」


「あ~ 二人は初めて会うんだったね、レッドドラゴンのメルだ」


 シンは二人にメルを紹介する。


「なるほど、これが噂のレッドドラゴンですか」

「新顔のくせに、なんか偉そう」


 怖い物知らずの二人である。


『なっ? 偉そうですって?? あんた達は何なの?? シン!? 説明しなさいよ!!』

 ミオの一言に激怒するメル。


「あ~ そうだね……二人は……」


 シンが二人を紹介しようとする言葉を遮って、ルルカとミオが前に出る。


「私はルルカです、初めましてメルさん。私はシンさんの第二夫人です」

「私はミオ、シンさんの第三夫人の予定」


『……ちょっと待って、第二夫人に第三夫人?? それってシンの「つがい」って事??』


 あまりの内容の自己紹介に、メルの頭が付いてこない。


 その様子を見ていたお喋り三人娘は、「これはヤバイ」とばかりに、そぉ~っとその場を離れ始める。


『二人はシンと結婚したって事なの??』

「まだ結婚はしてませんけど、まあ婚約ですね」

「そう、第三夫人の席は誰にも譲らない」


『ふぅ~ん、そう! そうなんだ……で? 第一夫人の席は空いてるのね?』


 メルはプルプル震えながら、必死に怒りを堪えている様子だ。


「いいえ、第一夫人は、この国の第一王女、エリスティーナ様です」

『ぐっ! あのメス!!!』


 メルの中で、エリスに揉みくちゃにされた黒歴史が甦る……


『そう……そんな事になってるの……シン? 私がちょっと留守にしている間に、随分とお盛んな事ね? 何か私に言う事は無いのかしら?』


 ゴゴゴゴゴ!!!と効果音が付きそうなぐらいにメルの殺気が膨らんでいく。


「いや、ちょっ! 違う……誤解……」


 メルの殺気を受けて、上手く喋れないシン。


 助けを求めて周りを見るが、リネ、ルカ、ゾエは既に遠く離れた場所に走って逃走している後ろ姿が見える。


「ムッ、姉さま、これは危険」

「ミオ、退避よ!」


 シュ!っと二人は一瞬で姿を消した…… 煽るだけ煽って、二人はメルの殺気に危険を感じて姿を消した…


「なっ……逃げた??」


『さあ、シン? 何か言い訳あるかしら?』

「ちょっ! ちょっと待てメル! 俺は誰とも結婚の約束なんてしてない!! 誤解だ」


『じゃあ さっきの獣人のメスが言っていたのは何?』

「あれは周りが勝手に言ってるだけで、俺は認めてない!」


『……じゃあシンは、誰とも「つがい」には、なって無いのね?』

「うん、なってないって、本当に誤解だよ」


 スっとメルの殺気が小さくなっていく。


 そしてメルの体が光輝くと、人間形態のメルが走ってシンに抱きついた。


 突然抱きつかれて、メルを支えられずに倒れ込むシン。メルはシンの上に被さって抱きついている。



「もう! シンのバカぁ~ 私会いたかったんだから!! ずっとずっとシンに会いたかったんだからねっ!!」

「メル……」


 メルはシンに抱きつきながら、ポカポカとシンの胸を叩く。


「せっかく逢えたと思ったら戦争なんかしてるし、他のメスばかり気にするし、変な獣人はつがいだって言うし……もうバカ!」

「ご、ごめんなメル」


「私にだって、優しくしなさいよっ!」

「うん……」


 シンは片手でギュッとメルを抱きしめると、片手でメルの頭を優しく撫でた。


「シン……」


 顔をあげたメルとシンの視線が交差する。




「メル……おかえり」

「うん、ただいま……シン」

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