39話 思い
シンとリネが墜落してく様子を、茫然と見ているラル。
「ラル! 後退するぞ! しっかりしろ!」
マティスに肩を叩かれて、ラルは我に返った。
「殿下?」
「後退だラル、指揮所がやられたので全軍の指揮を取る人間が必要だ、兵達にも動揺が見える」
「わ、わかりました……」
「シンなら大丈夫だ、そう簡単にやられる奴じゃない」
「そうですよね……わかりました」
ラルは立ち直ると、部下の小隊長に声を掛けて後退の旨を伝える。
(シン……生きて戻れよ)
マティスは墜落していったシンの方を見ると、心の中でそう呟いた。
シンはファイアボールが命中する直前に、咄嗟に障壁を張った。敵のファイアボールは障壁に当たり大爆発を起こし、シンの張った障壁は粉々に砕かれた。
炎と爆風がシンとリネを包み込む。
リネはシンを庇う様に体を捻って、シンに爆風が直撃しないようにした。リネの行動と、ソフィーの鎧のお陰でシンはほとんど無傷に近かった。しかしリネはシンを庇った為に、片翼は完全に燃え、体にもかなりのダメージを受けた。
翼が燃えてバランスの取れないリネは、そのまま墜落していく。
【リネ!! おいリネっ!! 大丈夫か??】
墜落しながら必死にリネに話しかけるシン。
【ゴメン……ねシン、もう無理みたい……】
リネは一言そう言うと、そのまま無言で墜落して行く。
(なんとかシンだけは無事に……)
墜落しながらも、無傷な方の片翼を広げ、なんとか落下速度を殺しているリネ、激しい激痛に意識が飛びそうになるのを耐え、必死に落下速度を殺す。墜落しても、シンを無事に地上へ返してあげたいと必死だった。
迫りくる地上を見ながら、シンは墜落の衝撃に備える。
(ダメだ……落ちる……)
まさに地上へ衝突する直前、突然シンの視界の片隅に、黒い影が飛び込んできた。ドンっ!と衝撃が走って、リネの体の落下速度が急激に落ちた感覚がして、次の瞬間にシンとリネは地上に墜落した。
墜落した衝撃は、予想以上に少なかった。
(なんだ? 何が起きた??)
慌ててリネから降りるシン。
シンはマントを外すと、今でも燃えて火が点いている羽を覆って消火する。
【リネ! しっかりしろ!】
リネの火を消しながら話しかけるが、リネからはなんの反応も無い。リネの胴体が呼吸に合わせて上下に動いている事から、まだ生きている事はわかる。しかし、目を開ける事もなく、ぐったりしている。
リネの火を消して振り返ると、すぐ目の前には、地面に横たわるルイーズの姿があった。
ルイーズは撃墜されたリネを追って、急降下した。地上に激突するギリギリのタイミングでリネの下になんとか体を入れた。リネの落下速度を殺す事には成功したが、受け止める事は出来ずに自分も墜落したのだ。
シンの見ている前で、震える体で起き上がろうとするルイーズ。墜落した衝撃は、かなりも物だった事がその様子でわかる。シンも直ぐに、飛び込んできた影がルイーズだった事を理解した。
【ルイーズ! 大丈夫か?】
【はい……私は大丈夫ですが……】
ルイーズの視線の先には墜落してぐったりしているリネの姿。
【シン?!大丈夫??】
【リネは? リネはどうしたの?】
ルカとゾエからの念話が来る。二人はまだ上空で空中戦の最中だ。
【俺は無事だが……リネがやられた…息はあるが……】
【【……】】
無言の二人。シンの辛そうな声で、シンが何も言わなくても状況を理解した。
【ルイーズ? 飛べそうか?】
【はい、大丈夫です】
震える手足でなんとか立ち上がるルイーズ。
【すないが、本陣のグレソをブレスで燃やしてくれ】
【シン様は?】
【リネを一人、このままにはしておけない……とにかく竜騎士を撃退する方が先だ】
【畏まりました……】
【頼む】
ルイーズは翼を羽ばたかせて飛び上がり、本陣へと向かう。
【ルカ! ゾエ! ルイーズがグレソを燃やす。それまで持ちこたえてくれ! その後は後方の補給地へ後退だ】
【シンは?】
【俺は、後でルイーズに拾ってもらうから、とにかく持ちこたえてくれ】
【わかった…】
【リネをお願い…】
ルカとゾエから念話が届き、シンはリネの元へ向かう。
リネの片翼は焼け落ち、骨だけの様な状態だ。良く見ると、大量の出血はしていないが、脇腹も損傷して大きな穴が開いて肉片が見えている。
シンはぐったりとして、目を開けないリネの頭を抱え込む様にして優しく撫でる。
「ごめんな、リネ……ゴメン」
シンは安易にドラゴン娘達を戦争に参加させてしまった事を、今更ながらに後悔していた。今迄、竜騎士相手に遅れを取る事は無かった。拍子抜けするほど簡単に勝ってきた為、今回も余裕で勝てると思って居た。
その認識の甘さに後悔し、何度もゴメンと言いながらリネの頭を会撫でる。
暫くそのまま、リネの頭を撫でていたシン。
【シン……?】
「……っ?!」
突然リネの声が聞こえ、慌てて顔見るとリネの目が開いている。
【リネ?!】
【ご…めん…ね……ドジった……ね】
【リネ!! ごめん、俺のせいで、こんな事に……】
【な…かない…で……シン】
泣いているシンを見て、リネの目も悲しそうになる。
【わたし……シンに会えて……たの…しか…ったよ………】
そう言って、リネは静かに目を閉じた。
【リネ?! 嘘だろ? リネ?? リネーーーー!!!】
シンの声が虚しく響き渡る。
そのシンの元へ、エラン王国の兵が10名ほど、墜落したドラゴンを確認する為に近づいてきていた。
◇◇◇
本陣を攻撃されたジラール王国軍は、混乱の中にあった。
現場の小隊長達は必死になって戦線を維持するが、本陣を攻撃されて兵達に動揺が走り、士気は最悪なほどにガタ落ちだった。先ほどまで将軍からの伝令が走り回っていたが、本陣攻撃後は、それもピッタリと止まった。
小隊長達は、最悪の状況を考えながらも、勝手に後退する訳にもいかず、なんとか戦線維持に努めていた。
本陣に戻ろうとするマティスもまた、混乱の中に居た。
敵の突破を許した一部の戦線が崩壊し、本陣に戻れずに敵兵に囲まれている。
「殿下を御守りしろーー!!押し返せ!」
ラルの声が戦場に虚しく響く。
ラルは叫びながら、剣を振るって敵兵を切り刻んでいく。守られているはずのマティスも自ら剣で敵兵を切り伏せている。守るも何も、既にマティスの周りには、10名ほどの部下しか居ない。
ここに移動してくる迄の間に、部下の精鋭部隊と分断されてしまっていた。
敵に囲まれている状況で、マティス自ら剣を振るわないと、どうしようもない状況まで追い詰められている。既に馬はやられて、全員が徒歩で戦っている。
「くそっ!! ラル!! 殿下殿下言うな! 敵が集まってくるだろ!」
マティスは悪態をつきながら、敵兵を切り伏せる。
只でさえも目立つ赤い鎧を着て居る姿に、ラルが考えなしに殿下と言うから、近くの敵兵の注目を浴びて、敵を呼び寄せる事になってしまっている。
「も、申し訳ありません!!」
慌てて謝罪するラル。
そんなラルを苦笑いで見ながら、剣を振るっていると、脇腹に衝撃が走る。敵の槍が死角からマティスの脇腹を突いていた。
「痛っいだろう!!」
槍で突いた敵兵は、全く無傷のマティスを呆然として見ながら斬られて絶命した。
(この鎧じゃ無きゃ何回死んだ事か…)
一般の兵が持っている様な武器では、マティスの鎧には傷一つ付けることが出来ない。そのおかげで、殿下と宣伝されてもマティスは無傷で戦う事が出来ていた。
(しかし、流石にここまでか……)
斬っても斬っても減らない敵兵をうんざりする様な目で見ながら、マティスは自分の置かれている状況を見て覚悟を決めた。
マティス達は陣地の馬除けの柵を背に、敵兵に囲まれて追い詰められている。逃げながら戦っていたら、何時の間にか柵に追い詰められていた。
柵のせいで、後ろに逃げる事が出来ない。敵もようやく追い詰めたので、これまでと違い、ゆっくりとマティス達を包囲して来た。今迄の戦闘で、マティス達が強者なのは嫌と言うほどわかっているので、敵も簡単に手は出せずに警戒しながらマティス達を包囲する。
マティス達を囲んでいる敵は50名を超えている。こちらの部下の騎士達は、6名にまで減っていた。
五人の騎士が並んで壁を作り、その後ろにマティスとラルが並んで剣を構えている。
「ラル……」
「はい、なんでしょうか? でん……マティス様」
今更、殿下呼びを止めたラルの言葉が可笑しくて、思わず頬が緩んでしまう。
「悪かったな」
「は? 何がですか?」
突然のマティスの謝罪に、思わず敵から目を離して、マティスの顔をまじまじと見てしまう。
「エリスから引き離してしまって」
「その事ですか……いえ、ここで戦う事で、エリス様のお命が繋がるのであれば喜んで」
ラルは笑顔でそう言うと、視線を敵に戻す。
「そうか……お前たちも、感謝する」
最後まで生き残った残り5名の騎士の背中にも声をかける。ここに残った者全員が、エリスの近衛専用の鎧を着て居た。
「いいえ、最後までご一緒出来て光栄です」
「俺達は近衛ですからね、前線で死ぬより、よほどマシですよ」
「そうそう、それにこれがエリスティーナ様だったら、この状況で死んだら後悔するけどな」
「ああ、マティス殿だからここで俺達が死んでも、後は自力でなんとかなるでしょ?」
「って事で、ここでお別れです……隊長! 後は任せた」
それぞれが思いを伝えると、全員が気合を入れて剣を構え直す。彼らは自分を盾にして、マティスとラルを逃がすつもりでいる。その思いは、マティスとラルにしっかりと伝わった。
「任された!」
ラルの声を皮切りに、5人の騎士達が一斉に敵に斬りかかって行く。覚悟を決めた騎士達のあまりの迫力に、敵兵は思わず逃げ腰になる。
「いまですっ! 殿下っ!!!」
マティスとラルは、敵兵が怯んで少し開いた空間に、斬り込んで行った。




