38話 援軍
丘の上にある陣地で軽い食事を取り、休憩しているシンの元に、角笛の音と、兵達の上げる声が聞こえてきた。
(始まったか……)
ドラゴン娘達はまだ補給地点で休憩中で、ここにはシン一人しか居ない。シンは休憩していた天幕から出ると、陣地にある指揮所へ向かった。
指揮所に向かう途中戦場を見ると、帝国とエラン王国の兵士たちが、隊列を組んで突撃してくる様子が見える。それを簡易的な柵の後ろから弓矢で迎え撃つ兵達。
シンの発案した落とし穴は、敵の兵士が数名落ちては魔術師によるファイアボールで火を点けられ、穴なの中から上がる炎は大きな火の壁を作っている。
(くそっ! 歩兵が先頭とは……落とし穴の効果がないじゃないか!)
シンは穴に落ちる歩兵の姿を見て、ガックリと肩を落とした。予想では騎馬隊の突撃が先鋒で来ると思われたが、実際には帝国の奴隷兵が先陣を務めていた。
走ってくる歩兵が数名落ちると、歩兵たちは落とし穴を避けてしまう。
騎馬隊なら落とし穴に気がついても、直ぐに止まれない馬が次々と落ちると予想していた。これで騎馬隊に大打撃を与えようと思って居たのだが、予想は大きく覆された。
シンが指揮所に到着すると、マティスと将軍が居る。 国王も少し離れた場所で、近衛に囲まれて戦場の様子を見ていた。
「シン……残念ながら落とし穴は効果が少なかったね」
シンが近づいて来た事に気が付き、マティスが厳しい顔でそう言った。
「歩兵が先陣ですか」
「そうだね、奴隷兵が来たので奴隷達が先陣を切る事になったね。エランだけなら騎馬隊が主軸なので騎馬隊の突撃から来ると思ったんだけどね」
帝国の奴隷兵が来たことで、全ての予定が狂わされてしまった。炎の壁を抜けて来た奴隷兵達は、対空弓の斉射を受けて次々と倒れて行くが、歩兵に対空弓を使用するのは、正直もったいない。弓矢にも限りがある。
しかし、ここで使わないと数の多い敵に、あっと言う間に押し切られてしまうので、容赦なく対空弓が浴びせられる。
現代兵器の機関砲の様に次々と鉄の弓を発射する対空弓は、流石の破壊力で歩兵たちを近づけさせない。
「今はなんとか持ちこたえているけど、敵の数が数だけに、何時まで支えられるか……」
倒されても、倒されても次々と押し寄せる敵兵。数に任せて押し寄せてくる。
シン達は暫くその場で戦場の様子を見ていた。
戦闘開始から一時間ほど経過した時、一つの対空弓の咆哮が止まった。
「マズイな、弓が無くなったか」
将軍がそう呟くと、戦場が劇的に動き出した。
対空弓が止まった場所に敵兵が押し寄せてくる。敵の後方で待機していた騎馬隊も、動き出したのがここからでもよくわかった。
まるで決壊した堤防から濁流が押し寄せる様に、敵の兵士が傾れ込んでくる。
隊列を作って待ち構えていた兵と、激しい白兵戦が始まった。将軍は次々と伝令を戦場に飛ばして指示をだしている。
「このままでは押し切られるな、敵の騎兵も動き出した様だ」
マティスはそう言うと、少し離れた場所に居る国王の元へ向かった。
「父上、私が行って敵を押し戻してきます!」
「うむ、油断するでないぞ」
「ハッ!」
マティスは国王と話を終えると、シンも所に戻って来た。
「シン、私はこれより前線に立つが、出来るだけ早くドラゴン達を頼む」
「わかりました、殿下もお気を付けて」
「この鎧があるから、そう簡単にはやられないさ。……私の馬をここに!」
マティスはソフィーの鱗で作った鎧をポンポンと叩いて笑うと、部下に声を掛けた。
騎士の一人がマティスの愛馬の手綱を引いてやってくる。それと一緒に馬に乗った騎士もやってきた。
「シン殿!」
「ラル隊長」
一緒にやって来た騎士は、元第一王女近衛隊長のラルだ。
「ラル隊長も、お気をつけて! ご武運を」
「ああ、任せとけ。シン殿も無理はするなよ。ではまた後でな!」
「はい! また後で!」
マティスとラルは、部下たちと一緒に、100名ほどの騎馬隊が戦場に向かって駆けて行った。
戦場に駆ける騎馬隊の先頭にラルが居る。
「魔術師隊! 攻撃始め!」
馬上からラルが叫ぶと、次々と魔法が敵に向かって飛んで行く。マティスが率いるのは、馬上から魔法を使う事が出来る精鋭部隊。
元エリスの近衛が中心の部隊だ。
「突撃ぃぃぃぃ!!」
魔法攻撃で敵部隊に空いた穴に、騎馬隊が突撃する。騎馬隊の突撃で、敵の歩兵部隊は蹂躙されていく。敵の中に突撃した騎馬隊が囲まれない様に、魔術師の部隊が魔法で援護射撃を行う。
その連携は精鋭部隊の名に相応しく、敵に押され気味だった場所を、見事に押し返していった。
「怯むな! 敵を押し戻せーー!!」
馬上のマティスの声で、押され気味だった兵達の士気が上がった。
「殿下だ!!」
「殿下が来たぞ!!」
「いくぞっ! 敵を押し戻せ!!!」
『オーーーーーッ!!!』
王族が自ら危険な戦場に立っているのだ、兵達の士気は嫌でも上がる。その勢いは、他の兵達にもどんどん伝わって行く。
対空弓の弓切れで押され始めた戦場を、見事に押し戻し始めた。
「凄いな……」
戦場の様子を、丘の上から見ていたシン。マティスの部隊が突出している敵に突っ込み、見事に敵を押し戻し始めた。
【皆聞こえるか?】
シンは念話でドラゴン娘達を呼び出す。
【はい、シン様】
【もうそろそろ、行けそうか?】
シンは戦場の流れを見て、今が好機と考えた。マティスの登場で、押されていた場面が拮抗した。こちらの士気が上がったのは、ここから見ていてもわかる。
今ドラゴン娘達で攻撃したら、戦いの流れは間違いなくこちらに傾くだろう。
【え~? まだ完全じゃないよぉ~】
【完全じゃ無くてもいい、今が好機だ。なんとか頼むよ】
【本当にドラゴン使いが荒いわよシン!】
【うん、私達働き過ぎ】
文句を言う三人娘をなんとか宥めて、もう一度攻撃する為にこちらに来てもらう事にする。
ドラゴン娘達は文句を言いながらも直ぐにやって来た。シンはリネに飛び乗ると直ぐに攻撃の指示を出す。
敵の騎馬隊が、押し戻された戦線に投入されようとしていた。騎馬隊目掛けてファイアボールを撃ちこんで行く。
(よし! 間に合った!! これで流れがこっちに向きそうだ)
『オォォォォォォーーーーー!!!』
味方の兵士から、ドラゴン娘達の登場に歓声が沸きあがる。
上空から見ていると、明らかに敵兵の士気が下がり、逃げはじめる者も出始めた。三人娘が急降下を始めると、その場に居る敵兵達が慌てふためいて逃げはじめる。
(このまま行けるか?)
これは勝てるかもしれないと思った矢先に、ルイーズから緊迫した念話が届いた。
【シン様!! ワイバーンです!】
【何っ??】
慌てて敵陣の後方を見ると、10騎の竜騎士がこちらに向かって飛んで来る。
(くそっ! あと少しで勝てたのに!!今頃出てくのかよ)
敵の竜騎士の登場で、地上攻撃を断念して、ドラゴン娘達は竜騎士に向かって飛び始める。
【ルイーズとリネ! ゾエとルカのペアで行くぞ! 絶対に一人で飛ぶなよ!連携を忘れるな!!】
【畏まりました】
【了解っと】
【いっくよぉ~!】
【いつもの通り、余裕】
戦場の上空で、竜騎士とドラゴン娘達の空中戦が始まった。
一騎の竜騎士に狙いを定めると、リネがファイアボールを撃ち、それを回避した所にルイーズが襲いかかる。リネとルイーズ、ゾエとルカのペアは、接敵と同時に二騎の竜騎士を撃墜した。
今迄空中戦を経験した事の無い竜騎士は、ドラゴン娘達の連携について来れない。
ジラール王国の陣地では、竜騎士の登場で「グレソ」を燃やすか判断に迷った。しかし、あっと言う間に二騎の竜騎士を撃墜したドラゴン娘達の戦いを見て、このままドラゴン娘達で問題なく勝てると思い「グレソ」を燃やすことをしなかった。
戦場では、竜騎士の登場で敵の士気が上がった。
「援軍だぁーーー!! 援軍が来たぞーーー!!」
「竜騎士部隊が来てくれたぞーーー!!」
エラン・帝国連合の兵士達から歓喜の声が上がる。
ジラール王国側に傾いていた戦場の流れは、竜騎士の登場で振り出しに戻された。そして全部の対空弓の矢が切れると、数で押してくる帝国・エラン連合に戦線は押され始める。
「くそっ! このままではマズイな」
全体的に押され始めた戦場を見て、マティス一人愚痴る。
「殿下! もう少しお下がりください」
迫る敵兵を切り伏せながら、ラルが馬を寄せてきた。
ラルは敵の返り血を浴びて、鎧が赤く染まっている。
「殿下、後退しましょう」
「しかし、このままでは……」
「魔術師隊も、魔力切れの物が大半です、ここは一旦後退しましょう」
前線で敵を蹂躙してきた精鋭部隊であるが、戦力の要である魔術師達が魔力切れを起こし始めた。最初の様な快進撃は出来ずに、マティス達の居る場所も敵に押し込まれてきている。
魔力切れを起こした魔術師は役に立たない。しかも魔術師は大半が女性だ。剣を持って戦う事は自殺行為に近い。
魔術師達にも被害が出始めているので、ラルは後退を進言した。大切な魔術師部隊を、こんな風に消耗させる訳には行かない。少し休憩させて魔力を復活させれば、まだまだ戦える。
「わかった、一旦後退……」『ドンッ!!』
マティスの声は、大きな爆発音にかき消される。
「殿下っ!!! 本陣が!!」
驚いた顔をしているラルの視線の先には、国王の居た本陣がある。ラルの声で慌ててマティスも本陣の在る場所を見ると、そこには爆発して炎に包まれていた本陣があった。
その上空には一騎の竜騎士が飛んでいる。
「父上っ?!」
マティスの声が、虚しく戦場に響いた。
シン達ドラゴン娘は苦戦していた。
最初に二騎を撃墜し、その後も数騎撃墜したが、敵の方が数で勝る。更に、ドラゴン娘達に疲れが見え始めていた。
早朝の攻撃でかなりの魔力を消耗し、魔力が戻る前に再び戦いに出たのだ。只地上を攻撃するのとは違い、激しい機動を繰り返しながらの空中戦に、疲れが見え始めていた。
【クッソぉぉぉ~ コイツちょこまかと!】
【ゾエ 熱くなっちゃダメ】
ドラゴン娘達はそれでも体に鞭を打ち、空中戦を行う。
激しい機動飛行をしている為、一騎の竜騎士がシン達との空中戦を止めて、本陣へ向かって飛んで行った事に、誰も気が付かなかった。
(マズイな、このままじゃ皆の疲労が激しすぎる)
シンも、リネの動きが鈍くなっているのを感じている。
(グレソを燃やして一旦後退するか?)
これ以上長引けば、数の少ないこちらが不利になると思い、シンは後退を決断する。
【シン様!! 本陣が!!】
後退を考えて居たシンの頭にルイーズの念話が飛び込んでくる。
「なっ?!……」
本陣は炎に包まれていた。天幕は吹き飛ばされて本陣のあった場所は火の海となっている。その上を飛ぶ一騎の竜騎士。
(くそっ!! 気づかなかった!!)
燃える本陣と攻撃したと思われる竜騎士を睨みつけるシン。
【シンっ! リネっ! 左っ!!】
今度はルカの叫ぶような念話。
(何っ?!)
慌てて左を見ると、シンの目の前にはファイアボールが迫っていた。
本陣を攻撃された事で、そちらに集中してしまい、シンとリネは空中戦の最中によそ見をして動きが単調になっていた。
『ドンッ!!!!!』
爆発音が響き、シンとリネはファイアボールの爆発する炎に包まれる。
【シン様?!】
【シン?!】
【リネ?!】
ルイーズとルカ、ゾエの叫び声が響き渡る。
「くそっ 後退するっ!」
マティスが隣のラルに声をかけると、ラルは驚愕の表情で上空を見上げていた。
「シン殿が……」
ラルの見上げる方を見ると、炎に包まれて墜落していくワイバーンと、その背に乗る真っ赤な鎧の人影が見えた。
燃えるワイバーンの体はくるくると錐揉み状に回転しながら、戦場の外れに墜落していった。




