37話 先制攻撃
アルバント山の洞窟内では、二匹のドレイクドラゴンが腹を見せて降伏のポーズを取っていた。
二匹の前には仁王立ちするメルの姿。
「本当なんです! 俺達も付いたばかりで、本当にシンって人族はまだ見てません」
ルイーズとメルを勘違いして襲うつもりだった二匹は、見事メルに撃退され、シンの居所について尋問されている最中だった。
「わかったわ! あなた達二匹はこれから私の下僕よ、良い事?」
「え? でも 俺達は……」
「何か文句でもある訳? 消し炭になりたいの? アルフォンスの様に片腕にしてあげようか?」
「「……」」
結局、メルの恐ろしさに負けて、二匹のドレイクドラゴンはメルの配下となった。自分達のボス「アルフォンス」がメルに敗れたと聞かされ、断れば確実に肉の塊にされる事は、メルの雰囲気を見れば容易く想像ができた。
(それにしてもシン、何処に行ったのかしら?)
洞窟内の様子を見ると、最近ここにシンが居た形跡を感じる事が出来ない。しかし、アルフォンスの手下によるシン暗殺を未然に防いだ事で、メルは安心していた。
(明日、人族の街に行ってみよう、きっとシンは人族の街ね)
明日は朝からシンと以前一緒に行った「サンスマリーヌ」へ行ってシンを探すつもりでいる。メルもここに来るまで、不眠不休で飛び続けていたので、疲れていた。
しかも、ずっと水浴びもしていない。こんな姿でシンと再会するのは躊躇われた。久しぶりに会うのだから、綺麗な自分を見せたいと思うのは、メルの乙女心だ。
逸る気持を押さえ、今日は洞窟内で水浴びをして、ゆっくり休んでシンと再会したいと思い、メルは眠りについた。
◇◇◇
一方のシンは、ジラール王国の陣地、本陣に居た。
三人娘は王都で待機中。現在はグレソの影響の無いルイーズがシンの側に居る。敵のワイバーンによる夜襲を警戒して、「グイソ」は夜通し燃やされている。
そのおかげで、こちらも敵に夜襲をかける事は出来ない。 予想以上に「グレソ」の匂いが効果的な事がわかり、現在作戦会議中だった。
結局その日は、両軍共に動くことは無かった。
ジラール側は敵を迎え撃つ立場なので、こちらから仕掛ける事は無い。一方のエラン・帝国連合は、竜騎士部隊を待っていた。
ワイバーンによる攻撃と共に進軍する予定だったが、いつまでも現れない竜騎士部隊。シン達が、戦場に到着する前に竜騎士部隊を全滅させたのが原因だが、それを知らないエラン側は動かなかった。
痺れを切らして、竜騎士部隊に伝令を送ったが、伝令が途中で全滅している竜騎士部隊を発見した。それが敵の本陣に伝わるまでに、暫くの時間を要したのだ。結局、エラン側が詳細を知った時は既に昼を回っており、エラン・帝国連合はその日の戦闘を見送った。
竜騎士部隊が居ないので、作戦を練り直す必要があったからだ。
現在は数Km後退して野営を行っている。
ジラール王国の本陣では、マティス、各部隊長、将軍、国王、シンが会議を行っていた。大きな天幕に机と椅子が並べられ、会議室の様になっている。
「しかし、困ったな。敵の竜騎士を警戒して「グレソ」を使えば、こちらのワイバーンも戦場に投入できない」
マティスがシンからの報告を受けて悩んでいる。
「シン殿が竜騎士を全滅させたんだ、もうグレソは必要ないのでは?」
「いえ、全滅させたと言っても、後方に別部隊が居る可能性は否定できなのでは?」
「そうですよ、ワイバーンならかなり後方からでも戦場に来ることが出来ます、やはり警戒するべきでしょう」
「しかし敵はこちらの二倍だぞ?ワイバーン無しで、まともに戦っては勝てんだろ?」
会議では次々と意見が出される。
グレソを使用して、敵の竜騎士を封じたは良いが、通常戦力でも敵は二倍以上。
絶対的に不利なのは変わらない。こちらのワイバーンも投入出来ない。当初敵は、エラン王国軍二万五千と竜騎士部隊だけの予定だった。竜騎士部隊を封じて、罠を仕掛けて野戦を行えば、敵を撤退させる事が出来る目論見だったのだ。
しかし、何時の間にか帝国の奴隷兵二万が敵に加わった事で、圧倒的に不利になってしまった。敵の帝国兵二万の存在が早期にわかっていたら、野戦と言う選択肢は取らなかっただろう。
このまま野戦を行っても勝てる見込みがない。今更王都で籠城を行うにも、敵を目前にしての撤退は難しい。追撃されて総崩れになる恐れがある。会議の論点は、居るか居ないかわからない竜騎士の別働隊を警戒して「グレソ」を使用するか、明日は「グレソ」無しで、こちらのワイバーンを戦線に投入するかで意見が分かれていた。
こちらのワイバーンを投入すれば、この数の差をひっくり返す事ができるかもしれない。しかし、敵に竜騎士の別働隊が居れば、こちらが一気に全滅の危機となる。
「シンはどう思う?」
今迄会議では一言も発言しなかったシン。
元々、軍の重鎮ばかりが居る場所に居る事が不自然なので、発言は避けていた。会議の意見が平行線になって進展しないので、マティスがシンに意見を求めた。
「そうですね……両方の案で行きましょう」
「両方?」
「はい、竜騎士の別働隊が居たとして、一番近くて「ロンデリーヌ」の街でしょう。ここまで来るのに時間がかかる」
「なるほど、その時間差で攻撃する訳だな?」
「こちらは 夜明けから一時間程度攻撃して、その後グレソを燃やしましょう、可能な限り敵戦力を削ぎます」
シンの意見に、将軍が口を開いた。
「しかし一時間程度で三匹のワイバーンでは、あまり期待できないのでは?」
「確かにその通りですが、敵の出足を挫く事は出来ますし、戦意を削ぐことも出来ると思います」
「やらないよりはマシって事か?」
「はい、あとは、効率的に攻撃したいと思いますので、敵の予想される布陣と、出来るだけ数を減らしたい
目標を指示して頂ければ……」
その後はシンの案を基に、詳細な作戦計画が話し合われた。
――――― 翌日
夜明けと共に、王都を飛び立つ四匹のドラゴン。今日もシンは、リネに乗っている。
【どうだリネ? 「グレソ」の匂いは?】
【ん~? 大丈夫かな、匂わない!】
陣地の「グレソ」を燃やす火は、深夜を過ぎると消される事になっていた。万が一匂いが朝まで残っていると、ワイバーン達が行動出来ないからだ。火を消しても、直ぐに匂いが消える訳では無い。
今はすっかり匂いは消えている様だ。
王都から戦場へ飛行する四匹。
戦場が見えると、ルイーズは別れてマティスの元へ向かう。
【じゃあルイーズ、よろしくね】
【お任せ下さい、シン様】
戦場では続々と帝国とエラン王国の兵が隊列を組み始めている。
【良し! 一気に行くぞ!】
三匹は横一列に並ぶと、急降下を始めて次々とファイアボールを撃ちだして行った。
エラン王国側では、ワイバーンの襲撃でパニックに陥っている。
隊列を整える前に襲撃され、成す術も無く打倒される兵達。戦場の後方では、マティスが丘の上の陣地から攻撃の様子を見ている。
マティスの横にはルイーズが羽を休め、マティスに並んで戦場の様子を見ていた。
「次は右側に居る、赤い鎧の集団、あそこに攻撃を」
【シン様、次は右側に居る……】
マティスは後方の丘の上にある陣地から、的確に攻撃目標の指示をだしていた。戦争に関しては素人のシン。しかも戦場の真上に居て、急降下爆撃と上昇の繰り返しだ、敵の全体像が見えにくい。
効率良く攻撃する為に、後方から攻撃目標の指示をマティスが出している。それを念話でルイーズがシンに伝えていた。
限られた時間で、敵の勢力を削ぐ為の策だ。
【シン! これ何時まで続けるの?】
【魔力切れぇ~】
【お腹すいたぁ~】
いくらワイバーンと言えども、連続でファイアボールを撃ち続けわれる訳では無い。流石に休みなしにこんな事は、野生のワイバーンなら行わない。
シンも、今までこんなに彼女達を酷使した事が無い。通常なら十発もファイアボールを撃ては決着はついてしまう。
これだけ集中的に攻撃すれば、敵の数も大分減らせたはずだが、予想以上にワイバーンのファイアボールは弾数が撃てなかった。
【そうだね、もう少し数を減らしたかったけど……】
【もう無理、そんなにそんなに、撃てないよ】
リネの悲痛な叫び声。
帝国の竜騎士部隊と違って、シン達は大規模な戦場で初めてワイバーンの力を使ったので、ワイバーンの限界の加減がわからなかった。
短い時間の攻撃ではあったが、敵が密集していたのと、効率の良い指示のおかげで敵は一万近い死傷者を出している。
【わかった、じゃあ引き上げてご飯にしようか】
【うんうん、そうしよぉ~】
【ごはん~】
【ドラゴン使い荒すぎぃ~】
シン達は陣地へと引き上げる事にする。マティスに報告する為に、シン達は陣地へと降り立った。
シンはリネから降りると、マティスの元へ向かう。
「どうしたんだいシン? ずいぶんと早い帰還だけど?」
「すみません殿下、彼女達が限界です。食事と休憩が必要です」
「そうか…… 欲を言えばもう少し数を減らしたかったけどね」
【ルイーズ、皆を連れて後方の補給地点で食事を】
【畏まりました】
ルイーズと三人娘は、戦場から離れた後方にある補給地点へ、家畜を食べに飛び立って行く。シンはこのまま陣地へ残った。補給地点は兵の食料意外に、彼女達の家畜も連れてきている。
「思ったよりも、減らせなかったか」
「申し訳ありません」
「いや、シンを責めている訳じゃないよ、まあ欲を言えばキリがないさ」
シンとマティスは戦場の様子を見る。ワイバーンの攻撃が止んだので、敵は続々と戦場で隊列を立て直していた。
「どれぐらい減りましたかね?」
「そうだね、一万までは減ってないね」
「そうですか……」
「まあ、三匹のワイバーンでここまでやれたんだ、良しとしようじゃないか」
二人は戦場を見下ろしながら、そんな会話をしている。
「この後はどうしますか?」
シンがマティスに尋ねる。
「欲を言えば、もう一度出撃できるかい?」
「少し休憩すれば可能だとは思いますが……」
「敵の竜騎士は来ると思うかい?」
「賭けですね」
もう一度三人娘を使って攻撃するなら「グレソ」は使えない。一度グレソを使うと、そう簡単に匂いは消えないからだ。敵の竜騎士を警戒するなら予定通り「グレソ」を使って三人娘の役割は終わりと言う事になる。
しかし敵の竜騎士が居ないなら、最大戦力を自分の手で封じてしまう事になる。先制攻撃は成功したが、こちらが不利な状況は変わっていなかった。
目の前で見せられたワイバーンの攻撃力。もう一度彼女達を使って攻撃出来れば、戦力は拮抗するかもしれない。この圧倒的に不利な状況を覆す事が出来る。マティスは判断に迷っていた。
マティスの判断がこの戦場の、この国の命運を左右すると言っても過言では無い。
「陛下に伝令を! もう一度ワイバーンによる攻撃を行う為、グレソは使わない。判断の許可を」
マティスは近くの兵に告げると、伝令の兵が国王の元へ駆けて行く。
「シン、もう一度頼む」
「わかりました」
シンは念話でドラゴン娘達にもう一度出撃する旨を伝えると、自分も少し休憩する為に、陣地の後方へ下がった。
◇◇◇
メルはサンスマリーヌの上空を飛びながら、唖然としていた。
シンと以前訪れた街は焼け落ち、人の気配は感じられない。まるでゴーストタウンと化したサンスマリーヌ。
(なにこれ?? 嘘でしょ? シン? 何処に行っちゃったの??)
「メルフリード様? どうしますか?」
「この人族の街、燃えたみたいですね」
先日手下にした二匹が、一緒に飛びながらそんな感想を言っていいる。
「シンを探すわよ!!」
「「へぇ~い」」
メルは、街道沿いに飛べば次の人族の街があると思い、街道に沿って飛ぶことにした。




