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蒼空の竜騎士  作者: 黒影たかし
35/46

35話 夜襲

 ルルカは闇の中を疾走していた。


 真っ黒な衣装に身を包み、明りも無い森の中を疾走している。夜目が利く猫耳獣人のルルカにとって、星の明り程度でも走るには十分な明るさだった。諜報部の隠れ家を出てから、既に数時間経過している。


 ルルカは時々休憩を挟みながら、目的地に向かって移動していた。


 隠れ家を出て、妹のミオは違う方に駆けて行った。二人は違う場所を目指している。森が途切れ、ようやく目的地の「フロスト」の街が見えて来た。


 諜報部の人間に見せてもらった地図を思い出しながら、今度はゆっくりと草原の中を移動していく。フロストの街に近づくにつれ、草原の草は短くなり、ルルカの身を隠すものが無くなってくる。それでも真っ黒な衣装に身を包んでいるルルカを発見できる者は居ない。


 ルルカは音を立てない様に気を付けながら、身を屈めてゆっくりと城門へ近づいて行った。







(情報通りね)


 城門を中心に右側には大きな天幕がいくつも張られ、兵達の野営地だと言う事がよくわかる。多くの松明で火が灯り、そこにはエラン王国の旗が立てられ、警備の兵が巡回している。


 フロストの街の中に入りきれなかった兵達が、ここで野営していた。


 更に城門の反対側、門から500m程度離れた場所にも、大きな野営地があるのが見える。ルルカはゆっくりと、もう一つの野営地に向かって移動を始めた。城門から500mほど離れた野営地の近くに移動したルルカ。


 こちらの野営地も、周囲は松明で明るく照らし出されている。こちらは帝国旗が立って居る。


 しかし、こちらは規模が小さく、天幕の数も少ない。少人数の兵が周囲を警戒していた。


(まだ時間はあるよね?)


 ルルカはその野営地に、本命の物があるか確認する為、野営地に近づいて行った。野営地から100m程の距離まで近づく。


(これ以上近づいたらバレちゃうかな)


 そう思いながらも、野営地から50m程度まで近づいていく。なんとか野営地の中にある物を確認したいと思い近づくが、ルルカの動きがピタリと止まる。人の話し声が近づいて来る。猫耳をピクピク動かして、周りの様子を探る。


 話し声が聞こえた方を見ると、松明を手にした二人の兵がこちらに向かって歩いて来た。


 見回りの兵士だ。


 心臓が飛び出すかと思うほど驚いたが、動く訳には行かない。じっと黙ってその場で伏せる。ルルカの目の前、5m程度先を二人の兵が横切って行く。


(ビックリしたぁ~ これ以上は無理ね)


 ルルカはゆっくりと後退して、野営地から100m程度の位置で待機した。



 丁度1m四方ほどある岩があったので、その陰で背中のリュックから魔道具を取り出す。筒状の長さ30センチほどの魔道具を三つ取り出し、地面に刺した。


(角度はこんな感じかな……あとは待つだけ)


 自分の目で野営地の中を確かめたかったが、敵に見つかる訳にはいかない。魔道具をセットしたルルカは、そのまま星空を見ながら待機した。


(ミオは上手くやってるかなぁ)

 そんな事を考えながら、ぼ~っと夜空を見上げていると、上空に四つの黒い影を発見した。


(来たっ!!)


 ルルカは地面に突き刺した魔道具の横から出ている紐を思いっきり引っ張る。


『ドンッ! シュルルルルル~ パン!!』


 魔道具から飛び出した発光体は、空高く打ち上げられると、上空で爆発して光を放つ。次々と残りの魔道具の紐も引く。ルルカが設置した魔道具は「照明弾」だ。


 暗闇を照らす魔法の明りを魔道具に封じて、高く打ち出して周りを明るくする。


(よし、任務完了!)


 ルルカは立ち上がると、その場から全速で逃げ出した。








 ルイーズの背に乗ったシン達は、夜間飛行をしていた。突然後方から照明弾が上がる。


 自分達の姿を見つけたルルカからの照明弾だ。


【よーし、旋回して各自攻撃開始だ!!】


 明るく照らされた野営地の中には、鎖に繋がれたワイバーンが居る。ルルカが様子を見ていた野営地は、帝国軍のワイバーン部隊の野営地だった。ルカ、ゾエ、リネの三匹は、明るく照らされた野営地に向かって急降下を開始した。


 先日のエラン王国でやられた竜騎士部隊の奇襲。あれをそっくりお返しする作戦だ。


 エラン王国はファイアボールの明りに目掛けてワイバーンから攻撃する作戦だったが、あの作戦は確実性が低かった。だから失敗した。上空からでは野営地の松明の明りは見えるが、ワイバーンの姿までは確認できない。


 敵の失敗の教訓を生かして、今回は照明弾を使用して野営地全体を明るく照らす事にした。そのおかげで、深夜で眠っていたワイバーン達の姿がハッキリと見える。鎖で繋がれたワイバーンに向かって三人娘が容赦の無い攻撃を開始した。


 数の多いワイバーンを一匹でも減らす。これは帝国に勝為の最低限の条件だ。


(ざっと15匹ぐらいだな……やはり本土へ一部は引き上げた話は本当か)


 三人娘が攻撃を仕掛ける様子を、ルイーズの背に乗って観察するシン。ルイーズは攻撃には参加せずに、シンは不測の事態に備えて上空待機している。


 寝起きを襲われ、鎖で思う様に身動きの取れないワイバーン達は、次々と三人娘に倒された。もちろん、近くの天幕に居た、竜騎士達もファイアボールの餌食となり、ここに居た帝国の竜騎士部隊が全滅した。





 全速で駆けるルルカの後方で、派手な爆発音が響いている。


「待てぇーーーーー!! 逃がすなーーー!」

 爆発音に混ざって、後方から数名の兵士の声も響いている。


 ルルカはシン達との合流ポイントへ向かう為、全速で走っていたら、エラン王国の野営地から慌てて飛び出してきた兵士に見つかってしまう。照明弾に驚いた兵士が帝国の野営地を見ると、黒い恰好の人物が全速で逃げているのだ。


 怪しいなんて者じゃない。どう見ても敵の密偵だ。照明弾で周囲が明るく照らされたので、ルルカはあっさりと敵兵に見つかってしまった。


 三人の兵士に追いかけられながら、必死でルルカは逃げている。しかし夜目の利くルルカと一般の兵士では、勝負にならなかった。野営地から離れて暗くなると、ルルカは闇に紛れて姿を消し去った。






【よ~し! もういいぞ! ついでだし、もう一つの野営地も爆撃して行こう】

【はぁ~い! 適当に攻撃してもいいの?】


【ああ、松明で照らされている天幕近辺に、数発ぶち込んで移動だ】

【かしこまりぃ~!】


 三人娘達は、エラン王国の野営地に向かって、ファイアボールを次々と撃ちこんでいく。エラン王国の野営地は、あっと言う間に炎に包まれた。ある程度攻撃の効果を見ると、直ぐにシン達は次の目標に向かって飛び去って行った。




 ミオは草原の中の木に背を預けて、目前に広がる森の上を見ていた。


 森の向こうの空が明るくなっている。


(始まった! こっちもそろそろね)


 手筈では、先にルルカの目標を攻撃して、次にここ、ミオの目標を攻撃する事になっている。ルルカの上げた照明弾で森の向こうが明るくなっていた。


 暫くすると、森の上に四つの影が飛行してきた。ミオも予定通りに、三つの照明弾を上げた。





 上空に居るシン達の後方で、照明弾が上がった。


 シン達が一度通り過ぎてから照明弾を上げるのは、突然の光にドラゴン達の目がやられない様にする為の配慮だ。旋回して下を見ると、次の目標が見えた。


【うっひょ~ ごちそうだぁ~!】

【もったいない…… 食べたい】

【ねえ、一匹ぐらい食べちゃダメ?】


 照明弾で照らされた場所には、数百を超す大量の家畜が居る。ワイバーン用の餌として、大量の家畜がこの牧場に放牧されていた。


 エラン王国や、帝国本土から苦労して連れてきた家畜達は、牧草の少ない都市の周りでは無く、少し離れた牧場に纏めて集められたいた。


【ダメダメ、さっさと攻撃!】


 そう言うシンは、紐でルイーズに括り付けてある水瓶をナイフで切って落下させていく。蓋がされた水瓶の中には油が入っている。


 シンは等間隔で水瓶を落下させていく。


【シンのケチぃ~!】


 そう言いながら、三人娘がファイアボールを放つ。シンが落とした水亀が割れて油が撒かれ、それに火が点いた。炎の壁が出来上がり、家畜達が森の中へ逃げるの阻止する。


 数百も居る家畜を全て攻撃するのは難しく、森の中へ逃げ込まれると上空から攻撃できないので、炎の壁で森へ向かう方向を封鎖した。突然の攻撃に家畜達は慌てて逃げ惑う。


 農家の家の中には、家畜の見張りをする帝国兵が居たが、ファイアボールの爆撃によって家ごと炎に包まれる。


 ルイーズも低空でブレスを吐きながら飛行する。数百頭居た家畜達は、見事に丸焼きとなった。逃げた家畜もそれなりに居るが、あれを見つけてかき集める労力は、かなりの物だろう。


 シン達は、前線に居る竜騎士部隊を全滅させ、後方に散った竜騎士部隊が戻って来れない様に、餌となる家畜を全滅させる作戦に出た。散々苦労して帝国本土から連れてきた家畜を全滅させられるのだ、さぞかし帝国軍は頭にくるだろう。


 家畜を全滅させる事は、大量の竜騎士部隊の運用を阻止する為に、絶対に必要な策だ。


 ルルカとミオは、現代風に言うと特殊部隊。敵地に潜入して、レーザー誘導爆弾のレーザーを照射する役目の様な物だ。照明弾のおかげで、効率良く、一度の攻撃で最大の戦火を上げる事ができた。


 ある程度家畜の焼却をを終えると、離れた場所に魔道具の明りを振っている人物が見える。


 ルカは着地すると、ミオを背に乗せ飛び立つ。


【よーし、ルルカを回収して戻るぞ!】


 シン達はルルカのピックアップポイントへと向かう。






 ルルカは待ち合わせ場所で、じっと身を伏せていた。


(どうしよぉ~ このままじゃ見つかっちゃう)


 追いかけてきたエラン王国の兵士の中に、犬耳獣人が居た。ルルカの匂い追って、追いかけてきている。

一度は巻いたと思って、安心して待ち合わせ場所で待機していたら、追いついてきたのだ。


 気配察知に優れたルルカは、確実に敵が近づいて来るのを察知しているが、シンとの待ち合わせ場所から動く訳には行かない。今ルルカは、森の途切れた場所に隠れている。


 夜目の利かないルイーズ達は、森の中に降りる事は出来ない。従って森が途切れた草原にルルカは隠れているのだが、まさか敵が追ってくるとは思わなかった。


 森の中なら暗殺者の能力で、木の上から襲い掛かるなんて事も出来るが、開けた草原では有利性が失われている。今更森に戻るには、既に敵との距離が近すぎた。



 三人のエラン兵は松明を持って、ルルカを追っている。


「ん? 待て!……近いぞ、風に乗って匂いがした」


 犬耳獣人は、鼻をクンクンさせながら、周りの匂いを嗅いでいる。


「気を付けろ、相手は猫耳だ、いきなり襲われるぞ」

「よし、炙りだしてやる」


 一人の兵が、魔道具のトーチを点けると、周りが明るくなった。松明とは比べられないほどの明るさで周りを照らす。


「あっちだ、匂いはあっちからするぞ」

「……居た!! あそこに隠れてる!」


 膝丈程度しかない草むらに隠れていたルルカは、あっさりと見つかってしまう。


(見つかった?!!)


 ルルカは小刀を抜いて、兵の一人に飛び掛かった。一瞬で斬りかかるが、ルルカの刀は鎧で弾かれる。


 首を狙った一撃だったが、相手もルルカが暗殺者だとわかっているので、手で首を庇ったのだ。鎧の籠手によってルルカの斬撃は弾かれてしまう。


 一撃を弾かれて着地したルルカに犬耳の斬撃が襲う。


 紙一重で避けて、慌ててバク転をしながら距離を取るが、三人の兵に囲まれてしまう。


 三人の兵はジリジリと少しずつ距離を詰めてくる。


(この犬コロがやっかいね……人族だけならなんとかなったのに)


 人間だけならルルカの素早さについて来れないが、犬耳は速さで翻弄出来ない。もちろんルルカに比べると、遥かに速度は遅いが、嗅覚と聴覚、それに野生の勘で、こちらの動きを察知してくる。


 突然後ろの人間がルルカに斬りかかってきた。


 身を翻してその剣を躱すが、そこに犬耳の斬撃が飛んでくる。それも辛うじてギリギリで躱す。


(まともに刀で受けたら、刀折れちゃう……逃げなきゃ)


 犬耳の斬撃は重く、ルルカでは受け止める事が出来そうも無かった。逃げようと思い、二人から離れると、もう一人の兵が回り込んで逃走経路を塞ぐ。予想以上にこの三人は強敵だった。ちゃんと連携して攻撃してくる。


「無駄だ、降伏しろ、命だけは助けてやる」

 そう言いながら、再びルルカを囲む敵兵。


(マズイ、マズイよこれ……このままじゃ……)


 絶体絶命のピンチだとルルカは自覚した。


「武器を捨てろ、お前らの様なひ弱な猫耳では犬耳の俺には勝てない」

 犬耳の言葉に思わずカチンと来たルルカ。


「しっぽ振って媚びる事しか出来ない犬コロに私が負ける訳ないでしょ?」


「ふんっ! 男の上で腰振りながらナイフを刺すしか能の無い猫耳風情が粋がるな!!」

「頭きたっ!!」


 犬耳に斬りかかろうとしたその時……


『ドゴーーーン!!!』


 突然森で大爆発が起こった。


「なっ?!」

「なんだ??!!」


 ルルカも驚いたが、それ以上に驚いている三人の隙をついてルルカは全速で逃げ出す。なんの爆発かルルカは直ぐに理解したからだ。


 ルルカの逃走に気が付き、慌てて三人もルルカを追うが、その足が止まった。


『バサッ バサッ バサッ』


 上空から聞こえてくる大きな羽音。


 足を止めて、三人に向かって振り向いたルルカの後ろに、ドラゴンがゆっくりと上空から降りてきた。トーチで照らされた先に居るドラゴンは妙に迫力があり、思わず息を飲む三人。


 ルルカは偉そうに腕を組むと、見下した笑みを浮かべて、先ほど犬耳の口調を真似た。


「ふっ……武器を捨てろ! お前みたいな犬耳風情が勝てると思ってるのか?」

 ルルカの後ろに着地したゾエ。


 ヌっとルルカの横まで首を伸ばすと、これみよがしに口を開く。その奥にはファイアボールの為の魔力が集中してくるのがわかる。


「「「ひぃぃぃぃぃ!!!! 逃げろぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 三人の敵兵は、武器を捨てて一目散に逃げ出した。



「危なかったな? 大丈夫かルルカ?」

 

 上空からルイーズの背に乗ったシンが話しかけてくる。


「シンさん!! 大丈夫です!ありがとうございます」

「ルルカが無事で良かったよ、じゃあ帰ろうか!!」


 四匹のドラゴンはルルカを乗せると、王都へと帰還した。


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