34話 忍者
フロストの街の北西にある、帝国領、「エスフルード」の街には、2万の奴隷兵達が行軍していた。
奴隷兵達は、西の砦を迂回して、真っ直ぐフロストの街を目指している。帝国軍は、ジラール王国軍は王都で籠城すると考えており、籠城戦、更にはその後の王国支配の為の兵力として、奴隷兵2万を向かわせている。
西の砦は既に「ロンデリーヌ騎士団」が、精鋭騎士団と入れ替わって警備をしていた。
しかしロンデリーヌの騎士は数が少なく、偵察もままならない状況だったので、この帝国軍の動きを察知する事が出来なかった。
――――――― 東方騎士団本部の砦
早朝、東方騎士団砦を飛び立つシン達。
エリス、ローラ、アビス、シルフィード、ビアンカは近衛と共にシン達を見送った。
これから帝国との決戦に向かう。もう二度と会えないかもしれない不安を胸の奥にしまい、笑顔で四人を見送る彼女達の姿があった。
リネにはシンが、ルイーズにはマティスが、ゾエにはルルカ、ルカにはミオがそれぞれ騎乗している。4匹のドラゴンと4人は王都を目指して飛んでい行く。
ゾエとルカには新調した新しい鞍を付けているので、ルルカもミオも、安心してドラゴンの背に乗って飛行している。
王都に到着すると、ラルが待っていた。
ラルは、エリスの近衛から移動になり、マティス直属の騎士団と言う身分になっている。近衛では無く、あくまでも前線で戦う騎士団だ。
マティスの近衛はビアンカとエリスの護衛任務に付き、マティスは戦場で陣頭指揮を執るので、少数の近衛を連れて戦場を駆ける事になる。マティス直属の騎士団として、配下に元エリスの近衛がそっくり収まった形だ。
エリスの近衛はほとんどが女性。そして魔術師の数が圧倒的に多いのだ。
魔術師の資質は男性よりも女性に多く、エリスの近衛は剣で戦う騎士より、魔法で戦う近衛魔術師が圧倒的に多い。戦場で貴重な戦力となる魔術師を、後方でエリスの護衛として遊ばせておく余裕など無い為、ラル率いるエリスの近衛部隊は、そっくり移動となったのだ。
「おかえりなさいマティス殿下」
「出迎えご苦労、ラル」
王宮の中庭に着地すると、ラル達騎士が出迎える。
「ルルカとミオは、ラルについて行って、作戦の説明を受けてくれ」
「わかりました」
「僕とシンは陣地の視察に行ってくるよ」
マティスが二人にそう言うと、ルルカとミオを下したドラゴン娘達は再び飛び立った。
王都より西側に10Kmほどの距離にあるマルモン高原。
ここは過去に何度も外敵から国を守った最終防衛ライン。広大な草原は軍を展開させるのに十分な広さがあり、手つかずの高原の為、戦争で畑が荒らされる事も無い。
小さな丘があり、その上に司令部を構築する事によって、戦場の様子を見渡すことが出来る。シンとマティスはドラゴンの背に乗って、上空から陣地の様子を視察する。
草原には、シンの提案した長細い落とし穴用の穴がいくつも掘られている。奥行3m横15m深さ3mほどの穴が、いくつも並んでいる。
騎馬で突撃して、先頭が馬ごと穴に落ちる。後ろの者はその穴を回避して進むと、別の穴に落ちる。敵にしたらなんとも嫌な位置に、落とし穴が掘られている。
穴の中には大量の油が含んだ枯草が敷き詰められ、一度火か着くと、落とし穴から上がる火は炎の壁となる。全ての落とし穴を回避して進んだ先は、対空弓の砲火に晒される事になる。
対空弓は二台1セットで運用され、お互いにリロード時間をカバーする為、矢が尽きるまで永遠と砲火を浴びせ続ける。対空弓は連結馬車で運ばれ、荷台ごと設置される為、固定砲台の様なイメージだ。その周りは土嚢袋で固められ、敵の矢を防ぐ様になっている。
上空から陣地の視察を終えて、丘の上の本陣へと降り立つ二人。
「準備は順調の様だね」
「ハッ! あと三日ほどで、全ての準備が終わる予定です」
「わかった、引き続き頼むよ」
「ハッ!」
陣地構築の下士官とマティスが話をしている間、シンも陣地の様子を満足気に眺めている。
【うげぇ! ねえねえシン? 本気であれ使うの?】
【うへぇ……私達もここ飛ぶんだよ?】
【シンは鬼畜、ワイバーンの敵】
三人娘がそう言いながら、ある植物の山を目にして嫌そうな顔をしている。
それはネギの様な植物で、それが山積みされていた。
エラン王国から戻り、戦争に参加する事を決めたシンは、ドラゴン娘達に弱点は無いか聞いてみた。そうすると、意外な答えが返ってきた。
『グレソ』と呼ばれる、普通の食卓に並ぶ野菜の一つ。これの燃える匂いが大嫌いだと言うのだ。山にも野生のグレソは生えている。それが山火事なんかで燃えると、ワイバーン達は誰も近づかなくなると言う。
ちなみにルイーズは平気だと言っている。ドラゴンの種が違うと、苦手な物も違うらしい。
ワイバーンだけが、この野菜の燃える匂いが苦手の様だ。それを聞いたシンは、その植物を陣地に大量に設置して、燃やすことにした。その煙でワイバーンの上空からの攻撃を防ぐのだ。
当然三人娘も、その匂いは苦手なので、ここの上空での戦闘は不可能になる。しかし、ワイバーンの上空からのファイアボールを防ぐには、最上級の防衛手段だと思われた。
「あはは、そう言うなよ。ちゃんと匂いの届かないところで戦うから、安心してくれ」
【シンに教えたのが失敗。あんなの見たくも無い】
【これで人族は、間違いなくワイバーンの敵になるわね。ん?って事は最大の敵はシン?】
【悔しくてもファイアボールで燃やせないのが難点ね】
彼女達の言うとおり、この匂いに頭に来てもワイバーンの最大の武器、ファイアボールを放てば、グレソが燃えて逆にワイバーンにとって不利になる。まさに、これを知った人族は、ワイバーンの敵になるだろう。
「殿下? 僕はそろそろ今夜の準備で戻りますが?」
「ああ、構わないよ。俺は馬で戻るから、先に戻ってくれ」
「わかりました、ではお先に」
マティスを陣地に置いて、シンとドラゴン娘達は王都へと戻った。
シンを下したドラゴン娘達は、そのまま狩りへと向かう。
王宮に戻ったシンは、ラル達の騎士団が居る場所へ向かった。今夜から始まる反攻作戦の準備の為に。
「ラル隊長!」
「おお、シン殿! 丁度良い所に来た」
シンに呼ばれたラルはそう言うと、ルルカとミオを呼んだ。
「シンさん!! どうですかこれ? 似合いますか?」
ルルカとミオがシンの前に駆けてくる。
二人は真っ黒なレオタードを着て居た。
実際にはレオタードでは無いが、どうみても、レオタードにしか見えない。ハイレグで長袖タイプのレオタードに網タイツ。胸には革で出来た胸パットが当てられ、肩と腕にも防具がついている。
(これは、格ゲーのエロ忍者じゃないのか??)
そう思いたくなるほど、二人の姿はエロ可愛い。
「二人とも、その恰好は?」
「えへへ、夜間の偵察用の戦闘服です」
ミオは嬉しそうに言う。
「ちょっと恥ずかしいけど、これ凄いです。体に張り付くので、音が出ません」
ルルカの説明によると、レオタードでは無く、モンスターの皮で出来た防具で、体にピッタリと張り付いて収縮するので、服の擦れる音が出なく、隠密行動に持って来いだと言う。
レオタードのお尻の上から、可愛い尻尾が出ているのがなんとも言えない。二人はこの恰好の上から、マスクと帽子をすっぽりとかぶると、まさに忍者その物だ。ちなみに帽子にも穴があって、可愛い猫耳が飛び出す様になっている。
「うん、二人とも、よく似合ってるよ」
「本当ですか? 良かったぁ~」
「でも体のラインが出てちょっと恥ずかしいよねぇ~」
「そうか? 二人とも胸が無い……」
シンは最後まで喋る事が出来なかった。喋り終わる前に、ルルカはシンの後ろから、ミオは正面から小刀をシンの首に当てていた。
「胸がどうかしましたか?」
「シンさん、首と体が離れますよ」
殺気の籠った二人の声。
「うぅ……なんでも、ありません……」
そんなシンの様子を、憐みの目で見ているラル。
良く似合っているし、二人とも可愛いと褒めちぎると、二人は小刀を鞘に納めてくれた。
「ところで、二人とも作戦内容は聞いたか?」
「あ、はい! 聞きました」
「うん、バッチリだよ!」
「じゃあ今のうちに寝ておいてくれ、作戦は日が落ちたらスタートだ」
「わかりました!」
「そうだね、今のうちに寝ましょう」
「……で? 何故腕を組んでいるんだ?」
二人は両側から、シンと腕を組んでいる。
「シンさんも寝るでしょ?」
「今日も一緒に寝ましょう!」
周りの男性騎士から、殺気の籠った目で見られながら、シンはルルカとミオに連行されて私室へと戻って行った。
――― 夕刻。
山の向こうに太陽が沈み始めた頃、ドラゴン娘達の天幕に、シン達の姿はあった。
忍者姿のルルカとミオはそれぞれのドラゴンに乗っている。マティスとラルが見送りに来ていた。
「ルルカ、ミオ頼んだよ」
「お任せ下さい殿下」
ルルカが元気よく答える。
「じゃあシン、宜しくね」
「わかりました殿下、行ってきます」
シン、ルルカ、ミオを乗せた四匹のドラゴン達は、日の沈む空を駆けて行った。
今日のシンは久しぶりにルイーズに乗っている。そのおかげで、ルイーズの機嫌はすごぶる良いが、リネの機嫌は悪い。四匹のドラゴンは夜間の闇の中、帝国エラン連合に占領された、都市フロストを目指して飛んでいる。
【シン様、フロストの街です】
シン達の前方には、フロストの街が見える。
夜間でも街のあちこちに外灯が灯り、暗闇の中に街が浮かび上がっていた。
【よし、旋回して街の南側へ】
シン達は万が一にも見つからない様に、街を迂回してフロストの街から3キロほど南に離れた場所を目指す。高度を落とし、低空で飛ぶが暗くて何も見えない為、ドラゴンの勘に頼っての飛行だ。
(この辺か?)
シンは鞍に取り付けてある小物入れから魔道具を取り出すと、明りを灯した。
暗闇の空に小さな明りが点き飛んで行く。地上から見ると、なんとも不思議な光景にみえるだろう。
【シン様、右前方です】
シンの燈した明りを見つけた地上の人間が、松明に火を点けて合図しているのが見えた。
【よし、目的地だ。全員着陸】
松明を持った人間の元に、四匹のドラゴンた着陸する。ドラゴンを降りたシン達の元へ、松明を持っていた男が近づいて来る。
「諜報部の者だ、そいつらが暗殺者か?」
「シンだよろしく。二人が暗殺者のルルカとミオ」
「よし、じゃあ二人は付いてきてくれ」
シンは二人を見ると、順番に抱きしめ、頭を撫でた。
「ルルカ、ミオ、頼むね。危険だと思ったら、すぐに逃げるんだよ」
「大丈夫ですシンさん」
「任せといて!」
「じゃあ明日、迎えに来る」
シンはルイーズに乗ると、四匹のドラゴン達は、空へと飛びあがって行った。
シン達を見送ったルルカとミオは、諜報部の人間と一緒に小さな農家の納屋へと入る。納屋の中は、巧みに隠された地下室があり。二人は案内されるまま地下室へと降りた。
地下室の中は、テーブルと椅子があり、ベッドが四つ並んでいる。ここは諜報部の隠れ家だと言う事がわかる。
天井には明りがあり、テーブルの上にある地図を照らしていた。
「よし、早速だが状況を説明する」
男はテーブルの地図を指さしながら、二人に説明を始めた。
ルルカとミオを下したシン達は、王都とフロストの街の間にある宿場町へと降り立った。
既に街の住民は避難しており、ゴーストタウンの様に静かだ。そこには10名程度の、騎士団の斥候部隊が駐留している。
騎士に案内されるまま、宿屋の一室に入り、シンは眠りについた。
―――――― 翌日。
シンは駐留部隊と一緒に、ある物を準備していた。今夜の作戦に使う道具だ。
ドラゴン娘達は、自由に狩りに行かせている。
今夜も夜間飛行をしてもらうので、早めに狩りをして、ゆっくり休んでもらう予定だ。
夕刻、日が落ちると、忍者姿のルルカとミオが、納屋の地下室から姿を現す。
二人は頷き合うと、別々の方向へ暗闇の中を駆けて行った。
これから、二人の初めての実戦が始まる。




