33話 再会
メルフリードは全力で空を駆けていた。
食事の為にわざわざ狩りをする事もせず、飛んでいる最中に目についた動物をを狩ってはその場で食べ、直ぐに飛び立つ。
夜、眠る時間も惜しんで可能な限り飛び続けている。
(シン、私が行くまで無事でいてね)
そう何度も心で願いながら。
◇◇◇
シンとマティスはドラゴン娘達と共に、東方騎士団本部のある砦へと降り立った。
砦の中庭に降りると、騎士達が集まってくる。
「シン殿!!」
真っ先にシルフィードが駆けてきた。
「シルフィードさん、よかった、本当に無事で良かったです」
「シン殿も心配しました、無事でなによりです」
二人は再会を喜び合い、固い握手を交わした。
「シンさん!!」
突然横から抱きつかれるシン。
「へ?」
「良かったです! シンさんが無事で、本当に良かったです!!」
「アビス?」
「はい、本当にもう、一生会えないかと思いました」
アビスは泣きながら、シンに抱きついている。
「アビスこそ、無事で良かったよ、安心した」
抱きつくアビスの頭を優しく撫でるシン。
「うぅぅ…… シンさん」
再度シンに抱きつく力を込めるアビス。
「「シンさん!!」」
「え? ちょっと?? 何するのよ?!」
抱きつくアビスを強引に引き剥がして、二人揃って抱きついてきたのは、「ルルカ」「ミオ」の姉妹だ。
「良かったです、無事で」
「生きてて良かった」
「二人にも心配かけたな」
そんなシンの様子を苦笑いで見ているマティス。
「殿下もご無事でなによりです」
「ひどいなぁ~ 僕はシンのついでかい? ウェストリア伯爵代行?」
「いえ、決してそんな訳では……」
「あはは、まあ良いけどね」
そんなマティスの視線の先に、慌てて駆けてくるビアンカの姿が目に入る。
「ビアンカ!」
「あなた!」
マティスとビアンカはその場で抱き合い、再会を喜んだ。
「ちょっと!! 離れなさいよ!!」
ローラもやってきて、姉妹をシンから引きはがそうとする。しかし、腕力では姉妹に敵わないローラ。シンは、優しく二人を引き離すと、ローラと向き合う。
「お久しぶりです、ローラ姫」
「もう! 心配かけすぎよ!」
「あはは、申し訳ありません」
「しょうがないわね、許してあげる代わりに、私の事も抱きしめなさいよ!!」
「へ? いやいやいや、流石にそれは……」
「なによ? 他の子には出来て、私には出来ないの?」
「出来ないと言うか、視線が怖いと言うかですね……」
「視線が怖い?」
そう言って、シンの視線の先を見ると、ローラの後ろでエリスが怒った顔で立って居る。
「お久しぶりです、エリスティーナ様」
「シン! あなたは本当に……もう、心配したのよ、バカ!」
そう言って、エリスは涙を流しながらシンの胸に飛び込んだ。
「エリス?」
「もう、本当に心配かけて!バカバカ」
シンは優しくエリスを抱きしめると、頭を撫でる。
(うぅ……近衛達の視線が怖い……)
「え、エリスティーナ様? えっと、近衛の殺気がどんどん膨らんでいきますので、もうそろそろ……」
ハッ!とした顔をして、慌ててシンから離れるエリス。
エリスが離れた瞬間に、今度はローラが抱きついてきた。
「えぇぇ? いや、だからローラ姫様? 近衛が剣に手を掛け始めましたので……」
「良いじゃないのよ! 私だけ抱きしめないなんて、許さないんんだから!」
「はぁ……」
シンは、ローラの頭もナデナデすると、ようやくローラは離れてくれた。
(ふぅ、やっと離れて……げぇ?)
ローラが離れた所で、アビスと猫耳姉妹が物凄い顔で睨んでいる事に気が付く。姉妹は腰にある小刀を握り、アビスはワンドの先をこちらに向けている。
「あはは、凄いなシンは、モテモテだな」
「勘弁してください殿下」
それぞれの再会も終わり、主要メンバーは砦の会議室に集まった。
シンとマティスは、サンスマリーヌの現状をシルフィードに伝えた。
「そうですか……そこまで酷い状況でしたか」
「それと、騎士団をここの砦に移動させる事にした」
「え? しかし、住民達の守りは?」
驚くシルフィードに対して、マティスの説明はある意味辛辣だった。どうせあの人数で残っていても、なんの戦力にもならないし、今更サンスマリーヌには戦略的価値も無い。それなら、兵を遊ばせる訳には行かないと、ハッキリと言い切った。
借りにサンスマリーヌに敵が攻めてくる事態となれば、その時は決戦に負けてこの王国はとっくに滅んでいる時だと。
シルフィードも、渋々ながら了承した。
ここの砦の防衛はマティスの近衛騎士を筆頭に、ローラの近衛騎士、更にシルフィードの騎士団でまかなう事になった。
マティスは会議室に居る全員を見渡す。
「さて、僕とシンがここに来たのは、「ルルカ」「ミオ」を連れに来たんだ」
「え? 私達をですか?」
突然名前を呼ばれて驚く二人。王子はシンの方を見て頷くと、シンが前に出た。
「僕が説明するよ、二人はドラゴンに乗った事があるだろ? 実は誰でも乗れる訳じゃ無いんだ、詳しくは話せないけど、ドラゴンがいいよって認めてくれないと背中に乗せる事は出来ない。」
シンの話を真剣に聞く姉妹。シンは全員を見渡しながら話を続ける。
「そして、ラル隊長から聞いたんだけど、二人は凄いんだって? 今、ドラゴンに乗る事が出来る「暗殺者」の力を持つ人が必要だ。本当は二人に危険な事はやらせたくないんだけどね……しかし、王都には居なかったんだ、ドラゴンに乗れる「暗殺者」が」
シンは二人を真っ直ぐと見た。
「危険な仕事なので、拒否して構わない、生きて帰れる保証も無い」
「私はやります! シンさんに助けて頂いたのですから、お役に立てるなら、私やります」
「うん、私も良いよ」
二人はシンの頼みなら何でもすると言い切った。
「ありがとう二人とも」
その日の夜は、細やかな二人の無事を祝うパーティーが開かれた。
身分に関係無く、騎士や侍女達も参加して、大いに盛り上がる。全員、帝国とエラン王国の侵攻に対して暗い気持ちだったが、それを忘れる様に盛り上がった。
「シンさん? 私、私は本当に寂しかったです……ひっく……もう二度と会えなんじゃないかと思って……ヒック」
「いや、アビス? ちょっと飲み過ぎじゃないかな?」
「何言ってるんですか? 私は酔ってませんよ!!ヒック……約束したのに全然王都から戻って来ないし!」
アビスは酔うと、絡む体質の様だ。
先ほどからシンに、ずっと絡んでいるアビス。しかも、言っている事がリピートしている。
「アビス、あなた少し飲み過ぎよ」
シンに絡むアビスを、呆れた顔でシルフィードがア叱り始めた。その隙をついて、アビスの追撃をなんとか振り切り、溜息をつきながら一人バルコニーへと出る。
シンもアルコールを飲んでいるので、火照った体に夜風が気持ち良い。バルコニーから部屋を見ると、ローラとアンナが楽しそうにお喋りしている。二人は幼馴染と言っていた。エリスとシルフィードみたいな感じだろう。
マティスはずっとビアンカと一緒に近衛達と楽しそうに話をしている。
「シン?」
突然呼ばれて、そちらを見るとエリスが近づいてきた。
「シン? どうしたのかしら? こんな所に一人で」
「ちょっと風に当たっていただけです」
エリスはシンの横に並んで夜空を見上げる。
「あなたも、一緒に戦ってくれるって聞いたわ、ありがとうシン」
「いえ、たった四匹のドラゴン達で何が出来るかわかりませんけどね」
「そうね……それでもありがとう」
エリスはシンを真っ直ぐと見た。見つめ合う二人。
「一つ約束してくれるかしら?」
「約束? なんでしょうか?」
「危なくなったら、逃げて欲しいの」
「へ?」
「あなたはこの国の人間じゃないわ。だから命を賭けてまで戦う必要は無いのよ、危なくなったら自分の身を優先して欲しいの」
「ええ? いや、でもそれは……」
「死なないでシン……私はあなたが無事で居てくれたら、それで良いわ……お願い、死なないでシン」
「エリス……」
「シン……」
見つめ合う二人。
エリスがシンの胸に飛び込もうとした瞬間、何者かにエリスは阻まれる。
「きゃっ?」
「フフフ……甘いですよ、エリス様」
何時の間にか、ルルカがエリスとシンの間に立って居る。ミオはシンの後ろに立って、小刀を後ろからシンの首に回していた。
「うっ……」
「動くと怪我しますよ、シンさん」
「ミオ? これはいったい??」
突然の出来事に驚くシン。
「私達を差し置いて、エリス様と逢引きしようとは……甘いですよシンさん」
「いや、逢引きって……」
「今、抱きあうつもりだったのでは? そしてそのまま……そのまま……き、キスしようとしてませんでしたか?」」
「はぁ? 無いよ、ないない。ミオもその物騒な物をしまってくれ」
ミオは小刀をシンの首から外した。よく見ると、ちゃんと刃は逆向きにしてある。万が一にもシンを傷つける気は無かった様だ。
(怖ぇぇぇ……忍者かよこいつら……)
突然現れた二人の実力を思い知ったシン。確かにラルが一押しするはずだ。
「ルルカ!ミオ! 無礼ではありませんか?」
エリスは二人にかなりご立腹の様子だ。
「いいえ、エリス様。ローラ様はもし、シン殿と結ばれたら私達を妾として認めると仰ってくれました。従って私達はエリス様を妨害する立派な大義名分があります」
「ロ、ローラがそんな事を?」
「はい」
エリスは驚いた様子だが、少し考えると、すぐに二人を見る。
「わかりました! 私はあなた達を妾では無く、第二夫人、第三夫人として認めます。妾とまったく身分は違いますが、どちらに付くのが得かは、考えるまでも無いと思います」
「第二夫人?!」
「おねーちゃん!!」
ルルカとミオは二人で顔を見合わせると、頷き合う。
二人はエリスの前に片膝をついた。
「「我ら姉妹、エリス様に忠誠を」」
そんな二人にエリスは満足そうに頷いた。
「って 待てっ!! お前らなんかおかしいだろ? そんな簡単に裏切るなよ! しかも勝手に話を進めるな!!」
「いいえシンさん。私達獣人が第二、第三夫人の待遇ですよ? これはもう、ここで裏切らなくて何処で裏切るのですか?」
「うん、シンさん。これは私達は譲れないよ」
予想以上にチョロイ二人である。
「ハァ~ その前に、君たちは誰の婦人になるつもりなの?」
溜息をつきながら、シンは二人を見る。
「もちろんシンさんに決まってるじゃないですか? 何を今更?」
「私達聞きました。シンさんは私達を愛人にする為に呼んだのだと」
王宮の噂話が、二人はそれが真実だと思い込んで居るらしい……
「いや待て、誰もそんなつもりで助けた訳じゃないけど」
「何言ってるんですか? 照れなくても大丈夫ですよ。正妻はまだ迷っているけど、私達は愛人決定なんでしょ? 私達はそのつもりで、ちゃんと夜のお勤めの訓練も事欠かさず行っていますので、ご安心を」
「そうです、何時呼ばれても大丈夫な様にしてますので、なんなら今からでも……頑張ります」
盛大に勘違いをしている二人は、少し顔を赤くしながら、今からでも夜のお勤めをする気満々の様だ。
(夜の訓練ってなんだよ?! しかも、私達ちゃんと知ってるんだから!みたいな顔するなよ)
どうやらシンとマティスが居ない間に、王宮の中では例の噂話は立ち消え処か、変な方向で確定事項の様に伝わっているらしい……二人の会話を黙って聞いていたエリス。
「そうね、男性は戦いに行く前、気持が高まる物だと聞いています。ルルカ、ミオ。私は立場上無理ですが、今夜はシンのお相手、しっかり務めるのですよ」
「「ハッ! 一命に代えても!!」」
「えぇぇぇ? エリス? ここは止める場面でしょ?」
「シン?ちゃんと分かっています。私もこうみえても王族です。戦いに向かう殿方の気持ちなど、ちゃんと心得ていますので」
(ダメだこいつら……しかも二人は何に命を賭けるつもりだ?)
とりあえず変な頑張りをしようとする二人を放って置いて、その後はパーティーに戻ったシン。パーティーもお開きとり、シンは風呂へ入った。
風呂から出て自分の部屋へと戻ったシンを待っているのは、当然ルルカとミオ。二人とも、年齢とは見合わないスケスケのネグジェ姿だ。
「「お待ちしておりました、シンさん」」
二人揃って、ネグリジェの端を抓んで綺麗に膝を折る。思わず目が釘付けになりそうなのを辛うじて耐えるシン。
「はぁ~、鍵かかってたはずだけど?」
「フッ…その程度の鍵、私達の手にかかれば無いも同然」
小さな胸を誇らしげに反らして、自信満々に言うルルカ。
「それは、やっちゃ行けない事でしょ?!!」
「まあ、そう怒らずに、こちらへどうぞ」
ミオは水割りセットでお酒を作りはじめる。
無理矢理席に座らせられて、二人に挟まれ水割りを渡される。
「で? 二人のその恰好は?」
「はい、これで迫ると、シンさんはとても喜ぶと、シルフィード様が教えてくれました」
「なるほど……シルフィードさんの考えそうな事だな」
サンスマリーヌの悪夢が甦る。
グイっと一杯飲んで、二人を追い出す事にしたシン。渋る二人を、なんとか部屋から追い出した。
(はぁ~ 明日から戦争の準備で忙しいんだから、勘弁してよ)
シンは部屋の明かりを落とすと、ベッドで眠りについた。
(ん? なんだ? この心地良いモフモフ感は?………)
ふと目が覚めると、自分は何か心地良いモフモフした物を握りながら、何かを抱き枕にしている。
(げ? これってまさか??)
慌てて飛び起きると、モフモフされて真っ赤な顔のルルカが居る。反対側にはミオもベッドに寝ている。
「何時の間に……」
「どうしましたシンさん?」
ミオはシンが起きたので、不思議そうな顔をしているが、ルルカは真っ赤な顔で、シンを見ることが出来ないでいる。
(え?俺 ルルカに何かやったのか?)
「ルルカ?」
「うぅぅ シンさん、こんな辱めを受けたのは、生まれて初めてです……でも、シンさんが望むなら……私は耐えて見せます!」
「って 何の話だよ?!」
「獣人のしっぽをあんな風に使うなんて……うぅぅ」
(あぁ あのモフモフ感はしっぽだったのか)
どうやらシンは、ルルカを抱きしめて、後ろに手をまわしてしっぽをモフモフしていた様だ。
「ふぅ、嫌だったら出て行った方が良いぞ」
「いえ、耐えて見せます!!」
「もう好きにしてくれ」
どうせ追い出しても、すぐに二人はベッドに戻って来ると思い、シンは諦めて寝る事にした。二人の実力は身に染みて理解している。若干、能力の使い方を間違っている二人ではあるが……
「二人とも、明日は早くから空を飛ぶんだから、ちゃんと寝とけよ」
シンはそう言って眠りについた。
しかし、眠りに落ちたシンは、自分でも気が付かないうちに、今度はミオを抱き枕にして、ミオのしっぽをモフモフしていた。
「あっ…こんなの、ダメ……くっ」と妙に色っぽい声がベッドに響いていたのはシンの知らない事実である。




