31話 竜族の掟
アルフォンスの巣穴では、今日もメルフリードに会いに来たアルフォンスの姿があった。
「やあメルフリード、決心はついたかい?」
「何度言っても、何回来ても無駄よ、私はあなたとは結婚しないわ」
「君は僕と結婚するのが一番相応しいんだ、いい加減に諦めなよ」
「何言ってるのよ、あなた以外にだって結婚相手は居るって言ってるでしょ?」
アルフォンスは実に可笑しいと言う顔をする。
「なによ? その気持悪い笑いはよして」
「くくく、それは例の人族の事かい? 君のお気に入りの人族、あれはもう居ないよ」
「はぁ? 何言ってるの?」
「ドレイクドラゴン達が、そのシンって人族の首を持ち帰るよ。そうしたら、君も諦めがつくだろ?」
「どういう意味よ?」
「今、ドレイクドラゴン達が、その人族を殺しに向かっているのさ」
「なっ?!……まさか、シンに手を出すつもりなの?!!!」
「まっ、もう遅いんじゃないかな、きっと今頃はとっくに殺されて……」
アルフォンスの言葉は途中で止まった。
目の前の、メルフリードから物凄い殺気が放たれたからだ。
「シンに……シンにおまえは……何をしたぁぁぁぁあああああ?!!!!」
怒りに満ちたメルフリードは、最大火力でブレスを放とうとするが、封魔石が光り輝きメルフリードの魔力を吸い取る。吸い取る……吸い取る…が、次の瞬間に、封魔石の付いた首輪が「パリン」と音を立てて砕け散った。
メルの最大魔力を、半分壊れている首輪では受け止める事が出来なかったのだ。
(げ? マズイ!)
砕けた首輪を見た瞬間、アルフォンスは土魔法を使って目の前に土の壁を作り、メルの部屋を封鎖した。
そして慌てて逃げ出す。再びメルは、最大火力でアルフォンスが逃げた方向へブレスをぶっ放した。
アルフォンスの作った土壁は溶け、ブレスの勢いが衰えることなく、逃げるアルフォンスを掠めて地表まで到達した。
アルフォンスの巣穴の周りにある森の獣たちは、突然の出来事を驚きの表情で見ていた。森の地面から一筋の光が突き出てくるのだ。運悪く、その光に触れた鳥たちは一瞬で消滅した。
「ギャァァァァ!!! 痛いっ!! 痛い痛い!!」
アルフォンスを掠めたブレスは、アルフォンスの右腕を消滅させていた。 右腕を失ったアルフォンスは、血を流しながらも必死に地表に向かって逃げる。
「ちょっと? なにこの魔力??」
「何が起きたの??」
アルフォンスの嫁、白竜と紫竜の娘二人も、洞窟内で起きている異変を察知した。
「奥様方! 急いでお逃げください」
ドレイクドラゴンの召使いが、慌てて二人の元へ駆け込んで来る。
「なに? 何があったの??」
「そ、それは……とにかく危険ですから、お急ぎください」
ドレイクドラゴンに急かされて、二人のドラゴンも地表へ出る事にする。
メルは、ゆっくりと自分のブレスで開けた穴を通って、地表へと向かいだす。メルは怒りのオーラで満ち溢れ、目は正気を失っている。途中、運悪くドレイクドラゴンの召使い数匹が、メルの視界に入った瞬間に消し炭にされていた。
紫竜と白竜の嫁二人が地表に出ると、片手を失ったアルフォンスが痛みでのたうちまわっていた。
「あ、あなた??」
「どうなさったのですか? その怪我は?」
白竜が癒しの魔法でアルフォンスの傷口を塞ぐ。
「うぅ、くそっ!! あいつが来るぞ、逃げるんだ、二人とも!」
「え? あいつ?」
「何が来るのですか??」
アルフォンスの視線の先にある穴から、ゆっくりとメルフリードが姿を現す。
「赤竜?」
「メルフリード? どうしてあの子がここに?」
メルの姿を見た二人の嫁は、一瞬驚いた顔をするが、直ぐに顔面蒼白になった。メルから放たれる殺気と、怒りの波動があまりにも激しく、本能が危険だと警笛を鳴らしている。
「ひっ ひぃぃぃぃ」
アルフォンスは片腕を失ったばかりで、メルを見て怯えきった。
「お逃げください!! ここは我々が!!」
ドレイクドラゴンの召使いが5匹、果敢にメルへ向かって飛んで行く。しかし、次の瞬間には5匹のドレイクドラゴンはブレスによって消滅した。
「なっ? 本気なの? あの子??」
その様子を見て驚く白竜。
事情を知らない白竜と紫竜の嫁は、メルを行動を正気の沙汰では無いと驚いた。他の古代竜の縄張りで、配下のドラゴンを殺すなど戦争を仕掛けている様な物だ。森の異変に気が付き、様子を見に飛んできたワイバーン達。
ドレイクドラゴンがやられたのを見たワイバーン達もメルを敵と判断した。この森のドラゴンの頂点はアルフォンスなのだ。アルフォンスに敵対するドラゴンは、たとえ古代竜であっても敵。
ワイバーン10匹は次々とファイアボールをメルに向かって撃ちだした。
『ドドドドンッ!!』
全弾メルに直撃して大爆発を起こす。
「やったか?」
そんなお約束のフラグを立てたワイバーンは、次の瞬間には消滅していた。
爆炎の中から放たれたブレスによって……
「くっ……効いてないのか……」
アルフォンスがそう呟いた通り、メルにはワイバーンごときのファイアボールではビクともしなかった。
正確にはビクともしていない訳では無いが、怒りに満ち溢れているメルは、その程度の攻撃は何とも思わなかった。
「オマエはぁー! シンに何をしたんだぁぁぁぁああああ!!!」
アルフォンスの姿を見たメルは、再度ブレスを放つ。
「あなたっ!」
白竜はアルフォンスを庇う様に、咄嗟にメルのブレスに対抗して光のブレスを放った。ブレスとブレスがぶつかり合い、大爆発を起こす。
「うぉっ!!」
「きゃぁぁ!」
アルフォンスと紫竜の娘は爆風で飛ばされた。ゴロゴロと転がるアルフォンス。次の瞬間には爆風の中からメルが飛び出し、アルフォンスに掴みかかった。
「ギャァァァ!!!」
メルの爪がアルフォンスの右目に刺さり込む。それを見た紫の娘が咄嗟にメルに掴みかかろうとする。
「このぉ!……うぎゃ!」
紫竜の娘がメルを引きはがそうと近づくと、メルの尻尾の一撃が飛んできて吹き飛ばされた。メルの爪が目に刺さったまま、アルフォンスの頭を地面に抑えつける。
そしてメルの口が大きく開かれた。
「ひぃぃぃ た、助けてくれ!」
『ドドンッ!』
メルのブレスがアルフォンスの頭部を消し去ろうとしたその時、メルとアルフォンスのすぐ近くで大爆発が起きて、メルとアルフォンスの体は爆風で吹き飛ばされた。
「およしなさい、メルフリード。もうその辺で良いでしょう」
メルとアルフォンスを吹き飛ばしたのはソフィーリアだった。ゆっくりと羽ばたきながら近づいて来るソフィー。
爆風で飛ばされ、ソフィーリアの声を聞いたメルは正気に戻る。
「は、母様?!」
「メルフリード、落ち着きなさい」
「でも母様! こいつは、こいつはシンを!!」
「とにかく怒りを静めなさい、話はそれからです」
ソフィーリアはゆっくりと地上に下りたつと、足元に転がっているアルフォンスを睨みつける。
「ひぃぃぃぃ……うぎゃぁ!」
慌てて這いつくばって逃げようとするアルフォンスに、ソフィーは尻尾を思いっきり踏みつけながら着地した。
尻尾を踏んで、アルフォンスが逃げられない様にする。
「ソフィーリア様?! これはどういう事ですか?!」
「そうです! あなたの娘が何をやったのかお分かりですか?!!!!!」
白竜と紫竜の娘は、ソフィーに抗議する。
「人の旦那様を踏みつけるなんて、いくらソフィーリア様で……ギャァーーーー」
紫竜の娘は、ソフィーに抗議している最中に、ソフィーの尻尾で叩き飛ばされて転がって行った。
「なっ……?」
一緒に抗議しようとした白竜の娘は、ソフィーの迫力に口を閉ざす。
「よくお聞きなさい、他の竜種達もお聞きなさい! このアルフォンスと紫竜のマエルは、竜族の掟に背きました」
「な、何を言ってるのですか?」
「白竜の娘よ、あなたもアルフォンスの嫁として、この者と共謀した疑いがあります、ここで私に逆らうのであれば、私は掟に背いたこの森その物を滅ぼします、もちろんあなたも唯では済ませません」
ソフィーの放つ迫力に、誰もが何も言えずに静まり返る。
「赤竜族長ソフィーリアが宣言します。この者達の処分は公平に、今回の件に関与していない、黒竜、青竜族長に委ねます。この決定に不服があるのであれば、今この場で申し出なさい!」
森は静まり返り、誰も口を開こうとしなかった。
ソフィーがこの場に現れたのは、ソフィーの面倒を看ていたドレイクドラゴンが森の異変に気が付き、メルフリードが手に負えない状態なのを見て、ソフィーに止めるようにお願いしたのだ。
あのままメルが暴走していたら、この森は間違いなく壊滅していたであろう。
封魔石の首輪は、着けられている本人以外なら誰でも外せる簡単な物だったので、ドレイクドラゴンは迷わずソフィーの首輪を外したのだった。
「母様! シンが、シンが大変なの!」
メルは涙目になってソフィーに訴える。
「アルフォンス? あなたシンに何をやったのですか?」
「刺客を、刺客を送りました……その人族の首を持って来いと……」
「それは何時ですか? その刺客を送ったのは何時なの?」
「三日前です……」
「メルフリード! ここの後始末は私が行います、直ぐにシンの元へお行きなさい」
「うん!」
その一言を発すると、メルフリードは勢い良く飛び立って行く。
「さて、アルフォンス。我等古代竜の使者に選ばれた人族に、私利私欲の為に刺客を差し向けるなど、とても正気とは思えませんが、何か言い訳がありますか?」
「……」
その様子を見ていた紫竜の娘は、慌てて逃げるように飛び立って行く。
(お父様が、掟を破ったですって??)
自分の父親、マエルが掟を破り、アルフォンスの嫁と言うだけで罪があると言われたら、自分は犯罪者の子供で、犯罪者の嫁、とてもじゃないがあの場で素直にソフィーリアの監視下に居て、無事で済むとは思えなかった。
(これは、少々やっかいな事になるかもしれないわね)
逃げて行く紫竜の後姿を見ながら、ソフィーはそんな事を考えていた。
――――――― ジラール王国 領都 サンスマリーヌ
領主の屋敷に入ったシンとマティスは会議室へと入った。アンナは別室へと案内された。
「シルフィードさんは何処ですか?」
部屋に入るなり、シンが騎士隊長のエバンスに問いかける。
「お嬢様は無事ですよ、丁度攻撃を受けた時、王都へ用事で出向いていらっしゃいましたから」
「ほっ……そうですか」
ほっと安堵の息をつくシン。
「あと、アビスは? 魔術師のアビスは??」
「ああ、あの娘なら何故か王都から査問会へ出頭せよと通知が来まして、あの娘も王都に居ます」
「査問会??何かやったのですか?」
「さぁ~? それが本人も心当たりが無いと不思議がっていました」
「そうですか……でも、彼女も無事なんですね! 良かった」
「そうですね、彼女やお嬢様は運が良かったです。他の魔術師の娘達は……」
最後までエバンスは語らなかった。それが意味する事をシンも承知した。
「ところでエバンス殿、こちらの被害状況は?」
マティスはシンが安堵したのを見て、エバンスに訊ねる。
「酷い物です、騎士団は生き残ったのが1/3以下、市民も半数以上が犠牲になりました……」
「そうか……」
「正直、サンスマリーヌは落とされたと一緒ですね」
「わかった、俺達は明日の早朝には王都へ向けて出発する、この先、一人でも兵が欲しい状況になるだろうから、ウィステリア伯爵家騎士団は別名あるまで現状待機、追って次の指示を出す。その時には力を貸してくれ」
「ハッ! 我々も黙ってヤラれてばかりじゃ収まりませんからね、是非呼んでください!」
三人は固く握手を交わした。
翌日、数少ない騎士達に見送られながら、シン、マティス、アンナの三名は、王都へ向かって飛び立って行った。




