28話 孤立
冷たい洞窟の中で横たわるソフィー。
目が覚めると、そこには紫竜の「マエル」が居た。
「うぅ……マエル、あなたは自分が何をしているのか、わかっているのですか?」
「お? 目が覚めたか?ソフィーリア」
「今すぐ私を解放しなさい、今ならまだ間に合います」
「くくく、残念だがそれは出来ないな、お前はずっとここで生活するんだよ、お前のガキもアルフォンスに捕まっているしな、お前達親子の事は、誰も気が付かないだろうよ」
「メルフリードが?!」
ソフィーは怒りのあまり、マエルに飛び掛かろうとするが、体が思う様に動かない。
「無駄無駄、お前の魔力は封じられているからな、ここで大人しくしてろよ!」
そう言って、尻尾でソフィーを頬を打った。『バチンッ!』と言う音が洞窟に響き渡り、ソフィーは倒れ込む。
「おっと、綺麗な顔が台無しになるな」
「くっ……」
「とにかく俺は一度戻らないといけねぇ、まったくルイーズのせいで嫁がうるさくてよ……とにかく、そこに居るドレイクドラゴンの言うことを聞いて、ちゃんと飯は食えよ。今度来た時は、たっぷりと可愛がってやるからな」
マエルはソフィーの顔を掴むと、長い舌で「ベロリ」とソフィーの顔を舐めた。
「くくく、楽しみに待ってろよ」
マエルは洞窟から出て行った。
マエルが出て行ったのを見送ったソフィーは、自分の居る洞窟を見渡すと、一匹のドレイクドラゴンのメスがこっちを見ている。
「あなた、こんな事をして、どうなるかわかっているでしょ?」
「申し訳ありません、奥様。しかし、私達はマエル様には逆らえません、もし逆らえば、巣穴事マエル様に消滅させられていまいます……」
「もしこの事が、他の古代竜にバレたら、それこそあなた達も唯では済まないのよ?」
「わかっていますが……バレなければ良いのです。ですから大人しくして居てください」
「……」
ソフィーは目の前のドレイクドラゴンの説得を諦めた。
まだ時間はある、ゆっくりと説得すれば良いし、青竜あたりが異変に気が付くかもしれない。それよりも、メルフリードの事が気掛かりだった。
(メルフリード……)
◇◇◇
アルフォンスに捕まっているメルフリードも、目を覚ましたところだった。
(くっ……痛い……)
マエルの一撃は、メルフリードの骨の一部を砕いていた。体を動かしたくても、激痛で動かせない。
(魔力が……封じられてるの?)
癒しの魔法を使おうとしたが、魔力が首輪に吸い込まれて、思う様に行使できない。
(でも、少しは使えそうね)
メルフリードが最後に放ったブレスが、リングを掠めた時に一部の封魔石を破壊した様だ。リングには複数の封魔石がついている。その何個かは機能していない様だった。ほんの少しだけ、魔法の行使ができそうだ。
(時間はかかるけど、これで少しずつ傷を癒すしか無いわね)
メルフリードは、ゆっくりと癒しの魔法で、自分の体を癒す事にした。
(それにしても、母様は何処へ連れていかれたのかしら?)
―――――――― 王都 サファリア
シンとマティスが丁度、エラン王国の都市「ドランド」に到着した頃の王宮にて。
今日は、シルフィードが王都へ遊びに来ていた。目的は、竜騎士に襲われた時の街の修復費用を、なんとか王家に負担させようと交渉に来たのが一つ。
シンがなかなかサンスマリーヌへ戻って来ないので、様子を見に来たのが一つ。王女とのお喋りが一つと、色々な用事で来ていた。
シルフィードが案内された部屋には、エリスとローラ、さらにビアンカが居た。
「お久しぶりね、皆」
笑顔でシルフィードが挨拶をすると、それぞれに言葉が返って来る。
「いらっしゃい、シル」
「いらっしゃい、シルフィードさん」
「ご無沙汰しております、ウェストリア伯爵代行」
「うわ、ビアンカ固い。伯爵代行はヤメテ」
笑い声と共に、シルフィードが応接セットの席に着くと、侍女がお茶を用意する。侍女が退出すると、年頃の娘達の会話が始まった。
「ねえエリス? シン殿は何処に居るのかしら?」
「え? シンなら居ないわよ、お兄様とお出かけ」
「うっそ? 何処に行ったのよ? せっかく会いに来たのに!」
シンが留守だと聞いて、若干がっかりした顔をするシルフィード。
「シンならお兄様と一緒に、エラン王国だよ」
ローラがシルフィードに教えた。
「え? エラン王国??? そんな遠くまで行ったの???」
「うん、お兄様と一緒にドラゴンで飛んで行ったよ」
「ドラゴンで飛んで行ったって??」
「お兄様もドラゴンに乗せてもらって、二人で飛んで行ったの」
「……」
マティスがドラゴンに乗せてもらえた事に、衝撃的な顔をするシルフィード。
「まあ、驚くのも無理は無いわね」
エリスがそう言うと、シルフィードが物凄い勢いでエリスに詰め寄った。
「それって、シン以外にもドラゴンに乗れるって事よね?」
「え、ええ……そうね」
「凄いわ! これは竜騎士部隊も夢じゃ無いわね!!」
シルフィードは、シンを取り込む自分の計画が間違っていなかった事に、目を輝かせた。その後もシンの話題が中心で、娘達の話は進む。
「ところでさ、気になってるんだけど、エリスもローラも、シンって呼び捨てなのね?」
「そ、そうね……いつの間にかそうなったわね……」
思わず目を逸らしたエリス。
「ん? なあにその意味ありげな態度は?」
「今、王宮の中では、シンさんとエリスさんは恋仲って話ですからね」
「ちょっとっ!! ビアンカっ!!」
ビアンカの一言に、焦るエリス。
「ちょっと待って!! 恋仲ですって?? どういう事よ?!」
物凄い勢いで食いつくシルフィード。
「だから、それは……お兄様の策略で、私とシンが恋仲で、婚約間近だって噂を流したのよ」
「殿下の? なるほど、殿下の考えそうな事ね、それで? そう言うって事は事実じゃないのね?」
「う、うん……」
歯切れの悪いエリス。
「え? そうなの? 私は二人がお似合いだって思って見てたのよ?」
ビアンカは、逆に驚いた様に言う。
「ちょっと待って! シンは私と結婚するのよ、お姉様じゃ無いわ」
突然ローラがそう言い出す。
「え? 待って! ローラ姫と? いくらなんでもそれは……」
ありえないって顔をするシルフィードだが、妙にローラは自信満々だ。
「シンは、若い子が好きなの、だからお姉様より私を選ぶはずよ」
(確かに、メルが人間になるとローラと同じぐらいよね……)
妙にローラの自信を納得するシルフィード。
しかし、エリスが少しムッとして、ローラを見る。
「でも、シンは私を抱きしめて「君の事は守る」って言ってくれたわ」
「抱きしめたっ??!!」
驚くシルフィード。
「ええ、エリスさんとシンさんが王宮の庭で抱き合っていたのは、それはもう有名なお話です」
ビアンカも肯定する。
「え? それなら私も言われたよ「僕はローラを守る」って、私もシンに抱きしめられたもん」
「「「えぇぇぇぇ? ローラも抱きしめられたの???」」」
驚く三人。
「ちょっと待ってっ! 結局シンの事、二人はどう思っているのよ?」
「わ、私は……シンがどうしてもって言うなら、結婚してあげても良いけど……」
エリスは恥ずかしそうにそう言うと、次にローラも口を開く。
「私も同じよ、シンがお願いするなら、お嫁さんになってあげても良いわ!」
「待って、二人とも王族なのよ? シンみたいな何処の馬の骨ともわからない人とは、結婚できないでしょ?」
「それは、きっと大丈夫よ……」「うん、たぶん大丈夫……」
「ねえ、二人のその根拠の無い自信はどこから来るの?」
「「……」」
「はぁ~ それにしても、困ったわね」
思わずそう言ってため息を吐くシルフィード。
「困った?」
ビアンカがその言葉に反応した。
「あっ……」
「ちょっと! 困ったって何が困ったのよ?、ま、まさか、あなたまで??」
エリスが、シルフィードに詰め寄る。
「私は違うわよ! そっりゃぁ、シン殿からシルフィードさんは美しいとか、相手して欲しいとか言われたけれど……」
「相手して欲しい? それはどういう意味かしら?」
エリスから殺気が沸き上がる。
「うん、私も詳しく聞きたいね」
ローラもシルフィードに詰めよる。
「え? あ、いや…… それよりも、うちの魔術師の子がシン殿に入れ込んでね……」
「魔術師?」
「うん、屋敷にシン殿が居た時に、魔法を教えていた子なんだけれどね……」
「その子がどうしたのよ?」
「アビスって言う魔術師なんだけどね、どうやらシン殿に口説かれたみたいなのよ」
「し、シンに口説かれたですってっ????」
「う、うん……それで、シン殿はいつ戻って来るのかと、毎日うるさくてね……」
「本当にシンが口説いたの?」
「いや、本人はそう言ってたんだけどね……」
あまりのエリス迫力にシルフィードは引き気味だ。
「何処に居るの? その娘は何処に居るのよ? 本当にシンが口説いたのか、確かめるわ!!!」
「いや、サンスマリーヌに置いてきたわよ……」
「早馬よ! 早馬を出しなさい!! その「アビス」とか言う娘を、今すぐ王都へ呼びなさい!」
「え? ちょっとエリス? 本気で言ってるの?」
「ウィステリア伯爵代行! 第一王女、エリスティーナとして命じます! 今すぐ「アビス」を王都へ呼びなさい! 査問会よ!! 査問会を開くわ~~!!!」
そんな訳で、早馬が一騎サンスマリーヌへ向けて出発した。
「でも話を聞くと、シンさんって全員口説いてる気がしますね」
ビアンカの一言。
「「「あっ……」」」
今日も平和な王都であった……
王宮のとある場所では、騎士達が訓練に励んでいる。
その一角に、エリス専属近衛騎士隊長のラルが顔を出していた。
「二人の様子はどうだ?」
「ラル隊長でしたか、凄い物ですよ。ちょっと教え込んだだけで、もう使い物になりますよ、掘り出し物ですねあの姉妹は」
そう言ったのは、「ルルカ」「ミオ」の戦闘訓練の教官。二人は戦闘訓練の真っ最中だった。
「そんなにか?」
「ええ、ちょっとお見せしましょう」
教官はそう言うと、刃の潰したナイフをミオに向かって投擲した。
『キーン!』
突然投げられたにも拘わらず、ミオは持っている小刀でそれをはじき返した。
「二人とも!」
教官は自分の首に手を当てて、横に引く。首を斬れという合図を送った。
二人は頷くと、訓練場に置いてある藁人形を見る。藁人形から5mほどの距離を一気に跳躍する。小刀を逆手に持って、二人同時に藁人形の首の前でクロスする。
二人が通り過ぎた後の藁人形は、ポロリと首の部分から頭が地面に落ちた。
「……」声にならないラル。
「ね? 凄いでしょ? 元々狩人の父親と一緒に、森へ狩に入っていたらしいのですよ。ですから気配の察知と自分の気配の消し方も心得てますし、直ぐにでも実践配備できる実力がありますね」
「それは凄いな……」
そう呟くラルの前で、二人は模擬戦闘を始める。
相手の攻撃をバク転でかわしたり、バク中したりと、とんでもない身体能力の高さを見せた二人だった。
「ん? なんだ?」
二人を見学をしていたラルは、早馬が掛けて行く事に気が付いた。
(何かあったのか?)
ラルは二人の訓練場を後にした。
エリスの暴走が落ち着いて、暫くしてから、部屋に近衛騎士隊長のラルが入って来た。
「失礼します、先ほど早馬が出て行ったが、何かあったのですか?」
「ラル! それがね……」
シルフィードは事の次第をラルに説明した。
「はぁ~ エリス様! 税金の無駄遣いはおやめください」
溜息を吐きながら、エリスに苦言を言う。
「だって……気になるじゃないの!」
若干、やりすぎだったと反省のエリス。しかし、早馬はもう戻せない。
『コンコン』
そこに別の近衛騎士が部屋に入って来た。
「隊長、こちらでしたか、実は大至急集まる様に、招集がかかりました」
「何? わかった、いますぐ行く」
ラルは退出した。
その後も色々な話をして、四人は一緒に昼食を取る事になる。昼食も終わり、食後のお茶を楽しんでいる所に、再度ラルがやって来た。
しかし、先ほどとは違ってラルの顔は険しい。
「あらラル? どうしたの? 怖い顔をして」
エリスは冗談っぽくそう言うが、ラルの顔は険しいままだった。
「エリス様、それとビアンカ様も、落ち着いてお聞きください」
「どうしたのかしら?」
ビアンカも不思議そうな顔をする。
「エラン王国が裏切り、帝国の傘下となりました」
「え? エラン王国が?」
「あら、まあそれは大変……え? マティスは? あの人は今……」
言葉の意味の重大性を理解していない二人だが、ビアンカは途中で気が付いた。
「ちょっと?! シンは今エラン王国に向かっているのじゃなかたったの???」
シルフィードが勢い良く立ち上がり、持っていたティーカップを激しくテーブルに置いた。食器のぶつかり合う音が響き渡る。
「はい、シン殿とマティス殿下は、今エラン王国です。予定では今日にはエラン王国の「ドランド」という都市に泊る予定です」
ラルの言葉に、ビアンカもエリスも言葉が出なかった。
「先ほど、エラン王国の密偵から連絡が届きました。既にエラン王国の王都には、竜騎士部隊が駐留しているそうです」
「そ、そんな……」
言葉を失うシルフィード。
「更に、エラン王国は軍を既に我が国に向けて出発、帝国と共同で侵攻する準備に入っているそうです」
「な、なんですって?!」
叫ぶシルフィードに対して、ラルは説明を始めた。
王女である、エリス、ローラ、ビアンカは戦争の話には疎い。シルフィードは、事の重大性に気が付いている。
「随分と前から、用意していた様ですね……」
「やられたわね……シン殿と殿下は罠にハメられたと考えるべきね、こちらの騎士団は?」
「現在早急に出撃準備に入りましたが……間に合うかどうか……」
ラルの声が虚しく響いていた。
―――――――― エラン王国 都市ドランド
シンとマティスは、外から館に逃げ込んで来る、領主達を追いかけていた。
「シン、一人頼めるかい?」
「わかりました殿下」
廊下を曲がると、先には領主と護衛の騎士が二人いた。騎士はこちらに気が付いて足を止めると、振り向いて抜剣して構える。
「ウインドカッター!」
「ハッ!」
王子は魔法を使い、それと同時にシンは身体強化で一気に騎士へと距離を詰めた。
『ガキーン!』
騎士とシンの剣と剣がぶつかり合う。
王子の使った魔法は、もう一人の騎士の首を跳ねた。首が床に転がり、騎士の体が力なく倒れる。
『キン! キン!』剣と剣がぶつかり合う音が響く。
シンと騎士は何度か剣を合わせるが、相手の実力の方がシンより上だった。
(くそ! こいつ強い)
しかし王子が加勢に入り、王子は剣で騎士の首をあっけなく飛ばした。
「ふぅ、助かりました殿下」
「なぁに、良いって事さ」
「魔力は戻ったのですか?」
「いや、今の一発が精一杯だよ」
そんな会話をしながら、二人は黙って立っている領主を見る。領主は顔に大量の汗をかいて、手がブルブルと震えていた。
「さて、中々面白い余興だったが、一つ確認した事がある、ゴルドール伯爵」
「くっ……」
「今回の件は、誰からの指示だ? エラン国王か?」
「……」
「なんだ、命だけは助けてやろうと思ったが、喋らないのなら、殺しても一緒だな」
マティスはそう言って、剣を伯爵に向けた。
「ま、待て!!」
「これは国王の指示か? それとも伯爵の独断か?」
「こ、これは陛下の指示だ……俺は命令されてやっただけだ、だから……」
「ありがとう伯爵」
マティスは最後まで伯爵の言葉を聞くことは無く、剣で伯爵の首を落とした。
「さて、ここから早々に逃げ出した方が良さそうだが……」
マティスはそう言いながらシンを見る。
【ルイーズ? 外の様子は?】
【それが、竜騎士達が居ません、ひょっとしたら、引き上げたのかもしれません】
闇に紛れて、竜騎士達は撤退したらしい。
【もう無理、お腹空いた、眠い、魔力切れ】
ゾエがそんな事を言っている。
竜騎士も、夜通し戦っていたので、そろそろ限界だったのかもしれない。
「殿下、竜騎士は引き上げたようですね」
「そうか、では出来るだけ早くここから出よう」
もう飛べないと文句を言う三人娘をなんとか宥めて、シンとマティスは「ドランド」から脱出した。都市の近くの森へと降り、ドラゴン達を休ませることにする。
全員徹夜で戦っていたので、ドラゴン娘とシン達は、あっと言う間に眠りに落ちた。
シンとマティスは敵中に孤立した。




