26話 都市ドランド
シンと王子の旅は順調に進んでいる。
王都を飛び立ってから、数日が経過していた。シン達は既に国境を越えてエラン王国へと入っている。今日はエラン王国の一つの都市「ドランド」に一泊予定。明日はいよいよエラン王国王都、「ジロンドロン」に到着予定だ。
シンの乗るリネ、王子の乗るルイーズは真横に並んで飛行している。旅の途中はお互いにハンドサインが見え易い様に、この隊形で飛んでいる。先行はルカ、後方にゾエだ。ルカは偵察を兼ねて、かなり先行している。
(予定では、そろそろ街が見えて来ても良い頃だけど……)
【シンさ~ん! 右斜め前方にガガド巨鳥発見っ!】
先行するルカがモンスターを発見した様だ。
【うっそ? 久しぶりに食べたいっ!】
【うんうん、食べたい食べたい!】
リネとゾエがそんな事を言い出す。
【ダメ! 今は王子を乗せているからダメ!】
【え~? シンのケチぃ~】
リネが文句を言うが、王子を乗せて空戦なんて出来る訳が無い、シンは即座に却下した。
【もう少しで目的地の都市だ、着いて王子を下ろして、時間あれば狩に行こう、それまで我慢!】
【はぁ~い わかったぁ~】
ガガド巨鳥は彼女達ドラゴン娘だけでは危険だ。連携を取らないと反撃される恐れがある。従って、シンも都市に到着してから余裕があれば、一緒に狩に行くつもりだ。それに、久しぶりに空戦の連携を試したい気持ちもある。
【でもさぁ~、シンさん? なんか、向こうの方がこっちに向かってくるけど?】
先行するルカが、ガガド巨鳥が向かってくると言っている。
【え? マジで?】
【ルカのバカ!! あれガガド巨鳥じゃないよ!!】
リネの言葉でシンもガガド巨鳥が見えた……見ると、確かに大きさがまったく違う。
(ってか……でかすぎだろ? なんだあれ?)
大きさは、ワイバーンの倍近くある。真っ黒でコンドルのお化けの様な鳥が、こちらに向かってくる。
【シン様!! あれは危険です!!】
ルイーズの声も緊張している。
シンは王子にハンドサインを送る。
『敵発見、これより戦闘に入る』
ハンドサインを見て王子が驚いた顔をするが、シンが指さす方を見て、直ぐに納得した。巨大な鳥が3羽、真っすぐにこちらに近づいて来るのが見えたからだ。
【ルイーズ!王子を避難させる、左斜め旋回して降下、距離をとってくれ! 他の二人は俺に続け!リネ、真正面から一発ブチかませ!】
とにかく王子の安全を確保したいシン。
リネを先頭に、ルカとゾエが続く。真っ正面から突撃して巨大鳥の気をこちらに引こうと考えた。
【ひぇぇぇ~ シン?! ちょっと!!でかいよあいつ!!】
【ビビるなっ! 真ん中のヤツに集中砲火だ! 三人一斉射撃後、右斜め下方に旋回する】
【う、うん……】
【わかったぁ~】
【真ん中のやつにブチ込めっ!! 3・2・1・てぇっ!!!】
シンの合図で三匹のワイバーンからファイアボールが打ち出される。
【旋回っ!】
『ドドドンッ!!!!』
右斜め下方に旋回して、急降下を始める三匹。シンはリネに捕まりながら、ファイアボールが命中したのを見た。
【一羽撃墜っ!】
炎に包まれながら、落ちて行く巨大鳥。
【水平飛行っ!】
【なんかさ、見た目倒しじゃない? あいつ】
あっさりと撃墜された鳥を見て、リネがそんな感想を漏らす。それにはシンも同感だった。怒り狂った残りの2羽の鳥が追いかけて急降下してくる。
【ルカ! ゾエ! 左右に分散! リネは少し速度を落として囮になるぞ! GO!】
シンの合図で左右に綺麗に分かれた2匹。残ったリネは、少し速度を落とした。2羽の鳥は真っすぐにこちらに向かって飛んでくる。
(かかったな)
【ルカ! ゾエ! 合図で射撃してくれ】
【おっけぇ~】
【はいなぁ!】
【ちょっ! シン!! 来たっ! 近いっ! でかいっ! 早く!!】
流石に間近に巨大鳥が迫って来ると、リネも焦るらしい。
【今だっ! 撃てっ!! 降下っ!!】
リネはクルっと180度体を捻って回転すると、シンは逆さまを向いた状態になる。そのまま垂直に降下する。この機動はよく戦闘機が行うスピリットSと言う機動だ。一瞬で垂直に降下を開始できる。
『ドドンっ!』
垂直降下を開始した瞬間に爆発音が響いて、爆発の余波が伝わる。
【水平っ!!】
水平飛行をしたリネの横を、羽を焼かれた巨大鳥が落下してく。
【やりぃ~!】
【ふっ! チョロイわね】
ゾエとルカは見事に2羽を撃墜してくれた様だ。
【よくやったっ! 偉いぞ皆っ!!】
【流石にでかくて焦ったぁ~】
【あははは、リネもお疲れ】
【後でナデナデよろしくねっ!】
リネは相変わらずだ。
【ルイーズ、合流してくれ】
【かしこまりました】
少し遠くに避難していたルイーズも無事に合流する。空戦を見ていた王子が、横に並ぶとグッジョブとサインを送って来たので、こちらもサムズアップで返す。その後は何もなく、無事に目的地の「ドランド」の街に到着した。
領主の館に着地して、王子と一緒に領主に挨拶へ行く。案内の騎士に従い、王子と二人で廊下を歩いて行く。王子は終始無言だ、シンはマティスらしくなと思いながら、一緒に廊下を歩いている。
館の中にある、謁見の間の様な場所に通されると、領主が一段高い椅子に座ってまっていた。
(うへ、アニメに出て来る、成金領主そのまんまだな)
シンがそう評価した領主は、50歳ぐらいで、かなり太っている。指には似合わない煌びやかな宝石が嵌り、どう見ても善政を敷いている人物には見えなかった。
「これはこれは、マティス殿下、遠い所ご苦労様でした。お初にお目にかかります、この街の領主、ゴルドールでございます」
そう言って、領主は立ち上がると、マティスと握手をした。
「こちらこそ、ゴルドール伯爵、今日はお世話になります」
マティスとゴルドールは、貴族と王族の会話をしている。シンは黙ってそのやり取りを見ていた。シンも紹介され、伯爵と挨拶をする。その後、部屋で休む様に言われて、二人はそれぞれ、バラバラの部屋へと案内された。
王子は綺麗な侍女が5名ほど付き添い、シンには厳つい騎士が2名。
(ちっ、差をつけやがって……)
ゴルドール伯爵は、マティスには敬意を払うが、シンに対しては、この平民風情がと言う目をしていた。案内された部屋も普通の客室で、質素な感じだった。
部屋で休憩していると、ドラゴンの件で話があると言われて、騎士と一緒に庭へ向かう。庭には四匹のドラゴン娘達。
【みんな、食事は終わったかぁ~?】
【はい、家畜を用意して頂きましたが……】
珍しく歯切れの悪いルイーズ。
【ん? どうかしたのか?】
【ねえシン! なんかね、殺気がビシバシ伝わって来るんだよね~】
リネが周りの騎士を見ながらそう言う。
【ほんとっ! 食べてても落ち着かなくてさ】
ゾエも同調した。
【なるほど、まあドラゴンに慣れてないだけだろ?】
【そうかなぁ~? まあ私達はこの程度人族なら気にしないけどね】
ルカはそう言って、ゴロンと転がった。
「シン殿! 聞いていますか?」
「あ? えっとなんでしたっけ?」
ドラゴン達と念話に集中している間に、騎士が話しかけていたらしい。
「ですから、このドラゴン達を縄で繋いで欲しいのです」
「へ? 縄でつなぐ? それはまた何故?」
「ドラゴンなんて凶暴なモンスター、もし何かあったら大変じゃないですか? ちゃんと縄で繋いで動けない様にしてもらわないと」
「それ、本気で言ってます?」
「ええ、もちろんです! ドラゴンが暴れて人を襲ってからでは遅いですから!」
「縄で繋ぐってどうやって?」
「アレに縄でドラゴンの首を繋いでください」
騎士が指さした場所には、ある程度の間隔で、木で出来た杭が四本刺さっている。杭にロープを付けて、それぞれのドラゴンの首と結べと言って来たのだ。
(こいつ……ドラゴンを犬かなんかと勘違いしてるんじゃないのか?)
「お断りします」
「なっ?! なんですと???」
「そんな事をしなくても、ドラゴンは暴れたりしませんよ」
「いいえ! 私はここの警備の責任者としてですね……」
その後も少しの間、繋げ、嫌だの応酬が繰り広げられた。その様子を見て、殺気立った騎士達が集まって来る。
【シン様、私達は問題ありませんから、大丈夫です】
ルイーズが気を使って念話を送って来た。
【そうだよ、そんな杭、寝返りしたら抜けちゃうし、大丈夫だよ】
ゾエもそう言って、問題ないと言う。
こんな茶地なロープでドラゴンを拘束できると思って居る事にビックリだが……シンとしてはドラゴン達をその様に扱うのが嫌だったので、拒否していたのだ。ドラゴン娘達が「大丈夫」と言うので、最後は素直に従う事にした。
騎士達は、恐ろしくてドラゴンに近寄れない為、シンが全員をロープで繋いだ。
(なんだかなぁ~ 国が違うと、ここまで扱いも違うのかねぇ~)
ロープでドラゴン娘達を繋ぎながら、ルイーズと念話で話す。
【ルイーズ、王子の波動はわかる?】
【はい、ここからでも認識できます】
【そうか……王子の部屋ってどの辺りにあるんだい?】
その後、シンはドラゴン娘達を固定して部屋へ戻った。
夜になり、王子の歓迎パーティーが開かれた。パーティーと言っても、細やかパティーだ。
テーブルには、領主の横に王子が座り、その他文官や軍の高官が少しだけ参加している。美女が10名ほど、王子と領主の周りに居て、実に領主は楽しそうに酒を飲んでいる。少し離れた所に座らせられたシンの横には、猫耳娘が一人だけ居て、シンに酒を注いでいた。
(まあ俺は、猫耳でも十分満足だから良いけどね)
王子との差に、ちょっとイラっとは来るが…‥
「シン様、もっとグイっと飲んでください」
「いやいや、僕はあまりお酒は強く無いのですよ」
「まあ、そんな事おっしゃらずに、ささ、グイっと」
猫耳娘は、結構セクシーな恰好をしていて、べたべたとくっついてくる。思わず鼻の下が伸びるシン。
王子を見ると……
(なんか、すっごく羨ましいんですけど)
美女達に囲まれて、もっとベタベタしていた。羨ましそうなシンの視線を苦笑いで受け止めるマティス。
(ん? あれって?…… なるほどねぇ~ 流石王子だ)
侍女たちとベタベタしながら、王子の手は忙しなく動いていた……
シンの耳元に、猫耳娘が甘い言葉を伝えて来る。
「今夜は、夜のお供をする様に言われておりますので、楽しみにしていてくださいね」
「え? 本当にっ?!」
「はいっ! うふふっ」
(うひょっ、マジっすか?)
思わず王子を見ると、こちらの様子を苦笑いで見ながら、相変らず手は忙しなく動いていた。
(ふぅ……流石王子だ)
パーティーも終わり、自室へと戻ったシン。相変わらず、部屋の前には厳つい2名の騎士が立っている。
【ルイーズ?! 聞こえる??】
【はい、シン様】
【王子は部屋に戻ったかい?】
【はい、先ほどと同じ場所に戻りました】
【実はさ……これから獣人の娘が部屋に来るんだけどさ……メルには内緒ね】
シンは念話でルイーズと相談をした。
『コンコン』
深夜になり、シンの部屋をノックする獣人娘。
「シン様? 起きてらっしゃいますか?」
「……」
「あら? 飲み過ぎで寝ちゃいましたか?」
甘い声を出しながら、シンの部屋に入って来る獣人の娘。
「シン様? もう、ちゃんと待って居てって言ったのに……しょうがないわねぇ~」
獣人娘は、ベッドに寝ているシンを見る。
ベッドに居るシンは、すっぽりと布団で顔を隠しているが、規則的な寝息が聞こえてくる。
「せっかくのお楽しみだったのに……しょうがないわね」
ゆっくりと、ベッドの端に腰をかけて、優しく甘い声を出す。
「ねえ、シン様? 起きないのですか?」
「ぐぅ~ ぐぅ~ ぐぅ~」
シンは寝息を立てて、まったく起きる様子は無い。
「そう、ちょっと飲ませ過ぎたかしら、まあいいわ、起きないなら……」
猫耳獣人は腰からナイフを取り出すと、シンの寝ているベッドに突き立てた。
「死になさいっ!」
『ガキーン』
「なっ?!……」
猫耳獣人の突き立てたナイフは見事に折れた。
「あ~あ、せっかくの甘い夜が……台無しだね」
慌てて後ろに飛んで距離を取る猫耳。起き上がったシンは、完全武装で真っ赤な鎧を着ていた。
「な、何故??」
「さすがソフィーの鱗だ、ナイフなんかじゃビクともしないね」
「貴様っ?!」
「さて、これはどういう事か、説明してもらおうかな?」
「ちっ!」
猫耳娘はもう一本ナイフを取り出すと、一瞬でシンに切りかかった。
「もらったっ!」
『ガンッ!』
しかしナイフの刃がシンの首を切り裂く手前で、ナイフは弾かれ、猫耳娘も弾かれた。
「バカな?! 障壁だと??」
「危ねぇ~ 猫耳が暗殺者だって聞いといて良かったよ、間に合わないかと思った」
「くっ……まさか障壁も使えるとは……」
唯の騎士だと思い込んで居た猫耳は焦った。額から汗が流れ始める。騎士で障壁が使える人間など、稀にしか居ないからだ。目の前に居る青年は、予想と違って強敵だと言う事だ。
「さてと、じゃあ……」
『ドドーンッ!!!!』
突然外で大爆発が起きた。
「なっ? なんだ??」
驚いたシンは、思わず外を見る。外には大きな炎が上がっている。
『ガキーン!』
猫耳が、隙をついてシンに切りかかったが、シンは障壁を展開してそれを防ぐ。
「だから無駄だって」
「ちっ!」
猫耳はあっと言う間に消えて居なくなった。それはまるで忍者の様だ。
【シン様!! シン様!!】
【ルイーズ?! どうした? 何があった??】
【人族が魔法で攻撃してきました。ルカがファイアボールで……申し訳ありません】
【いや、構わんよ、それより打ち合わせ通り王子を頼む!】
【かしこま……】
『ドドーンッ!!!!』
再度大きな爆発が起きる。
【ルイーズ? どうした?? ルイーズ??】
【シンっ! ワイバーンが出た!】
今度はリネが念話を送ってきた。
【なんだって? 竜騎士か?!】
【このぉ~! こんちくしょう!!】
リネはワイバーンと戦闘を開始した様子だ。
【皆! 協力してワイバーンに対処してくれ! 連携するんだ!!】
【シン様は?】
【大丈夫かルイーズ? こっちはこっちでなんとかするから! そちらは竜騎士を!】
【はいっ!】
シンは部屋の扉を引いて開けた。部屋の扉は内側に開く。扉の前は廊下だ。左右に長い廊下。目の前は壁になっている。部屋の前に居た騎士が二名、部屋の扉の両脇に居るのが気配でわかる。
シンが出てきたところを、左右から斬り付けるつもりだろう。
「……」
シンはそのまま数歩下がる。
シンがでて来ないので、痺れを切らした騎士が二名、部屋に入って来た。騎士達は既に抜剣している。殺気を漲らせて、シンを本気で殺そうとしているのがわかる。
(やれるか?)
正面で剣を構えるシン。
(訓練を思い出せ)
荒くなる呼吸を押さえ、サンスマリーヌで騎士達と行っていた訓練を思い出す。身体強化魔法で、一気に距離を詰めて右の騎士に斬りかかった。
「ハッァ!」
気合と共に、剣を振り、次の瞬間騎士の右腕が飛ぶ。
『ガキーン!!』
「ぐはっ……痛てぇなこのやろうっ!!!」
右の騎士の腕を斬り飛ばした瞬間、左の騎士の一撃を受けた……が、ソフィーの鱗は伊達じゃない。あっさりと騎士の剣をはじき返した。驚きの表情をしている騎士に向かって剣を振るシン。
左の騎士の首に当たり、大量の血が噴き出す。シンはそれを見ない様に、そのまま廊下を走り出した。
(くそったれ! 王子は何処だ?!)
その間にも、外では爆音が響き渡り、ドラゴン娘達が戦っているのがわかる。
(確か、この先のはずだよな?)
ルイーズ達を庭でロープにつないだ時、王子の波動から大体の位置を聞いていたシンは、そのまま王子の部屋を目指して走り出す。
(あった! あそこだ!!)
一つの部屋の扉が開いていて、倒れている人の足が見え、床が血で染まっている。
(王子??)
シンは慌てて部屋の前に来ると、中の様子を見た。部屋の中は、まるで地獄絵図の様だった。数多くの騎士や、侍女達が血まみれで倒れている。
腕や首が無い死体がゴロゴロ転がっているのだ。
「王子?! マティス王子?!」
シンは叫びながら部屋に入ると、そこには血まみれで椅子に座って項垂れている王子の姿があった。
「王子っ?!!!!!!」




