表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼空の竜騎士  作者: 黒影たかし
23/46

23話 愛人と暗殺者

 王都の上空を低空で飛ぶドラゴン達。


 普段、王宮の周り以外は低空で飛ぶ事の無いシン達は、「ルルカ」の妹「ミオ」を目指していつもより、遥かに低空で飛んでいた。


 突然現れたドラゴン達に驚き、次の瞬間には歓喜の声を上げて手を振る住民達。


(凄い……皆手を振ってる……)


 シンに抱きかかえられる様に、シンの前でルイーズに乗っているルルカは、自分達に向けて振られる手を見て、驚いていた。


「ルルカ! ミオは何処だ?」

「あそこです、あの橋の下」


 シンに声を掛けられ、慌ててミオの居る橋を指さす。河原に着地して、橋の下へ行くとミオがぐったりとして寝ている。ミオは特に誰かに襲われる事も無く、無事だった。


「熱があるね……」


 シンはミオを抱きかかえる。熱で苦しそうにしているミオは、シンに抱かれても反応せずにぐったりしていた。


【ゾエ! 降りて来てくれ。ルルカを王宮まで頼む】

【え~? またぁ? しょうがないな~】


 上空で待機していたゾエを呼んで、ルルカを乗せてもらう事にする。シンはお姫様抱っこのスタイルでミオを抱えたままルイーズに乗った。そのまま王宮へ向けて、四匹のドラゴンは飛んで行った。




◇◇◇


 王宮の一室では、医者がミオを診察している。


 シンは少し離れた応接セットで、黙って診察が終わるのを待っていた。一応、年頃の娘なので、診察の様子をジロジロ見る訳にはいかない。


 ベッドに全裸で寝かされたミオに、医者が何か魔法を詠唱すると、ミオの体が光り輝いた。


「ふむふむ、なるほど……」

 ブツブツ言いながら、医者が何度か魔法を行使する。


 どうやらこの世界は、魔力の流れで診察する様だ。診察が終わり、医者が応接セットの場所にやって来る。


「栄養不足ですね、風邪もひいていましたが、そちらは完治させました。後はポーション飲んで、暫く安静にしていたら大丈夫ですよ」

「そうですか、良かった」


「一応、定期的に診察はしますが、毎日三回ポーションを飲ませて下さい、では私はこれで」

「ありがとうございました」


 後で知ったのだが、王族専属の名医で、普通の一般人は絶対に治療などしてくれない人らしい。


 まだ寝ているミオに、侍女が服を着せている。そこへルルカが部屋に戻って来た。



 ルルカは今まで、浴室で丸洗いされていた。


「そんな汚い恰好で王宮を歩かされては困る!」

 護衛騎士のルキアにえらい怒られたシン。


 ルルカは体を洗われて、侍女服を着ていた。


「ルルカ? その恰好は?」

「貸して頂きました、その……綺麗な服が無いので、これしか服は余ってないと言われて……」


「なるほど」

 そう答えたシンだが、思ずルルカを見直した。


(ルルカってこんなに可愛かったっけ?)


 茶色い髪を肩まで伸ばし、大きくて可愛らし猫目はくるくると動く。可愛い猫耳が頭にちょこんと乗り、ピクピク動いている。侍女服に身を包み、綺麗になった髪の毛と顔、ルルカを改めて見ると、とても可愛らしい少女に見える。


(うん、これは猫耳補正が入ってるな、猫耳とメイド服なんて、そのまんまコスプレだしな、可愛く見えない方がおかしい)


「あの? それでミオは? ミオは大丈夫でしょうか?」

 思わず見惚れてしまったシンに、心配そうな声でルルカは問う。


「うん、ちゃんとお医者さんに診てもらったよ、暫く安静にしてたら心配無いって」

「よ、良かったぁ~」


 ルルカはそう言って、ベッドで寝ているミオの所に行く。


「シン様、王女殿下がお話があると……」

「そ、そうだよね、うん、今行きます」


 ルルカと一緒に部屋に入って来た侍女にそう言われ、ルルカに大人しくしている様に言うと、王女の待つ部屋へと向かった。




 案内された部屋に行くと、応接セットに座ったエリスとローラが居た。


 部屋に入った瞬間、ローラが口を開く。


「シンっ!!!! どういう事よ?! 獣人の娘を拾て来たんですって? 何考えてるのよ?!」

「え~……それには、色々と事情がありまして……」


「どんな事情よ?!、やっぱりシンは獣人の娘にしか興味が無いって、本当みたいね!」


 ローラは開口一番、物凄い勢いでシンに食って掛かる。


「いや、そういう訳じゃなくてさ……」

「ローラ、落ち着きなさい、とりあえずシンは座って頂戴、シンにお茶をお願い」


 エリスは怒っているローラを宥めて、シンを座らせると、侍女にお茶を用意させる。侍女がお茶を用意して退出すると、エリスがシンを見て言う。


「シン? まずは事情とやらを、聴かせてもらおうかしら?」


 そう言うエリス顔は、怒っている……怒りのオーラが出ているのがよくわかる。


(ヤベェ……エリスマジ怖い……本気で怒ってる……)


「実は……」

 

 シンは以前、王都に来る途中に助けた獣人の娘の話をする。一度エリスやローラには話して居るので、二人はすぐに思い出してくれた。そして、王都に来てからの二人の生活の話をし、王宮の前で衛兵に捕まっていたルルカの話をした。


「なるほど、事情は分かりましたが……よりによって、獣人の年頃の娘を連れて来るとは……」

「えっと……まずかった?」


「当たり前です!!!!!!」

「も、申し訳無い……」


 次にローラが口を開く。


「今王宮中大騒ぎよ! シンが獣人の娘を連れて来たってね」

「え? そんなに???」


「そうよ! 私とお姉様が居るのに、獣人の娘なんか何故連れて来るのよ! 私達、良い恥さらしよ!」


『コンコン!』

 ノックの音と共に、王太子マティスも部屋にやって来た。


「やあシン! 相変わらず色々話題を提供してくれるね」

 マティスは笑いながら、エリスとローラの横に座る。


「お兄様! 笑いごとじゃありません!」

「あはは、ごめんごめん、で? 何処まで話は進んだのかな?」


 エリスはシンが獣人娘を連れて来た経緯や、今話してい事を簡単にマティスに説明した。


「うん、話はわかった。シン、色々な意味で今回はマズイね」

 マティスは真剣な顔でシンを見た。


「そんなに僕は大変な事をしたのですか?」

「シンは世間に疎いからね、君が何をやったのか、教えてあげるよ」


「はぁ……」

「獣人族はこの国でも、偏見の目で見られているのは知って居るね?」


「ええ、それは知って居ます。しかし、獣人だからと言って……」

「ストップ! まあ僕の話を最後まで聞いてよ」


 シンの話を途中で遮ると、マティスは話し出した。


 昔、人族と獣人族の間で大きな戦争があった。人族は魔法を使い、獣人族は身体能力の高さで、お互いにお互いを見下す様になって、やがて戦争になった。戦争は人族の勝利に終わり、獣人族の数はその時にかなり減ってしまった。その時の影響で、人族に負けた獣人族は見下される様になった。


「まあ、それが今でも残って居てね、獣人族は偏見の目で見られることが多いんだよ」

「なるほどね」


「でも、この王宮にも獣人の侍女が沢山いるの知って居るね? 何故だと思う?嫌っているなら、普通は王宮に獣人なんて雇わないだろ?」

「それは……給料が安いから?」


「……あははは、違うよ、獣人も人間も給金は一緒、むしろ王宮では獣人の方が高いぐらいだ」

「え? そうなの??」


 シンはマティスの言葉に驚いた。


「君の連れて来た猫耳獣人だけど、彼女達は訓練したら暗殺者になる事が出来るんだよ」

「暗殺者?!」


 夜目が効き、音もなく歩くことが出来、高い身体能力で、高所から飛んだりする事も出来る猫耳獣人は、暗殺者向きの身体能力を持っている。もっとも、正面切っての戦闘には非力で向かないので、暗殺向きだそうだ。


「狐耳獣人」は、情報処理能力に長けており、悪知恵を働かせると天下一品。とても頭の良い獣人。


「犬耳獣人」は、戦闘能力はそこそこある。一番の特徴は裏切らない事。忠誠を誓った主人を裏切る事が少ない。


「兎耳獣人」は、とても耳が良く、敵を察知する能力に長けている。性格は臆病なので戦闘には不向き。



 一般的に、侍女達はこの四種族の獣人で一つのチームを作る。


 頭の良い狐耳がリーダーで仕事をする。たまに狐耳が悪知恵を働かせて悪さをする事があるので、監視役として犬耳が居る。悪さと言っても、効率の良いサボリ方とか、そんな感じだそうだ。犬耳が主人にそれを言いつける役目。


 王宮で侍女として働いてはいるが、全員ちゃんと戦闘訓練を受けている。


 万が一侵入者が現れた時、兎耳が異変を察知して、狐耳が司令塔になって対処する。猫耳が偵察を行い、犬耳が敵と戦う。そんな感じだそうだ。


「この王宮に居る獣人はね、全員身元がハッキリしているのさ、特に、僕たちが今居るこの場所に入る事が出来る獣人は、昔から王家に仕えている、獣人でも身分の高い者達ばかりなんだよ」


「じゃあ僕が連れて来た二人は……」


「そう、シンは王宮の奥、一般の兵士も立ち入る事が出来ないこのエリアに、身元不明の二人の暗殺者を招き入れた事になる」

「いや、しかし、暗殺者だなんて……」


「シンがどう思うかじゃないよ、周りがどう見るかだよ」

「そうですね……」


「それともう一つ! 二人が怒っている理由の方ね、人間でもシンと同じ趣味の人が居てね、獣人を囲っている人も居る」


「へ? 僕と同じ趣味???」

「獣人族、好きだろ?」


「いや、そうじゃ無くてですね……」

「あはは、まあ聞いてよ」


 獣人族と言っても、訓練を受けて居るのは王宮に仕える獣人ぐらいで、他は一般人として暮らしている。偏見の目で見られる獣人は、ちゃんとした仕事に就けない事が多い。給金が人族と一緒なのは、王宮の中の訓練を受けた獣人だけのお話で、シンの予想通り一般的には給金は低い。


 そんな理由から、美しい年頃の獣人の娘を、愛人として扱う人間も多い。


 愛人となった獣人の娘も、今までの生活とは違って、豊かで贅沢な暮らしが保証される。獣人族と人族の間に、滅多に子供は出来ないので、貴族や裕福な商人等は、獣人を愛人にしている人がかなりいるのだ。


 この世界では一夫多妻が認められている。しかしそんな事が出来るのは貴族や裕福層だけだ。


 しかも跡取り問題などがあるので、滅多に奥さんを複数持つ事は無い。それこそ人間の奥さんが複数居るのは王族ぐらだ。そこで、跡取り問題を気にしなくて良い、子供の出来にくい獣人族となる訳だ。


「本来なら愛人や妾は正妻の承認が居る。君は今エリスやローラと噂になっているからね、まあこれは僕が原因でもあるんだけれど……シンは王宮の奥に、愛人を二人囲ったと思われているのさ」


「愛人って……」


「エリスやローラの面目は丸つぶれさ、婚約者になる予定の人物が、婚約前にさっさとお気に入りの愛人を招き入れた」

「婚約って……それは……」


「周りがどう思うかだよ。エリスやローラに魅力が無いからシンは愛人に走った、そう思われてもしょうがない」

「なんだそれ?!」


 これは貴族や王族が政略結婚を行うから、そう思われるのだ。シンは「竜族の使者」として、王家から言われて、嫌々姫達と政略結婚をさせられると周りから映ってしまう。エリスやローラに満足しているなら、愛人なんて作らない。少なくとも結婚前に愛人は居ない。


 しかも、婚約の噂が出て直ぐに愛人を作ったとなると、かなり問題視される。


「義務だからしょうがなく結婚してやる、その変わり俺は愛人しか抱かないぞ」

 そう宣言している様な物だ。


 シンとエリスの愛を語ったエピソードは、ロマンティックなエピソードとして語られていたが、それが一変して、政略結婚でシンは嫌々押し付けられたエピソードに早変わりだ。



 従って、二つの意味で王宮は大騒ぎだ。


 ・身元不明の暗殺者になる事が出来る人間を勝手に招き入れた。

 ・姫と婚約の噂が出た途端に、愛人を作って招き入れた。


 エリスやローラが怒るのも同然である。婚約している、していないに関わらず、周りの人間はエリスやローラに魅力が無いと映ってしまったのだ。


「それともう一つ、気を付けて欲しい事がある。さっきも言ったけど、ここは王宮の奥、一般の人が決して入る事が許されないエリアだ、シンは「竜族の使者」や「姫の婚約者」と言う立場になっているからね。特別に、超特別に! ここに出入りは自由だけど、本来なら他国の王族でも立ち入れない場所なんだ」


「え? そうだったの??」


「まあ、説明不足の僕たちも悪いんだけど……君はこの国で最高級のもてなしを受けている、それは自覚しておいてくれ」

「はあ……なんか、色々申し訳ありません……」


「いや、とにかく気を付けてくれ。僕は君の仕出かした事の後始末をしてくるよ。後は二人にたっぷりと怒られてくれ。じゃあ」


 マティスはそう言うと、笑いながら出て行った。


 エリスとローラの顔が怖い……


「さてシン、本当にあの娘達とは、なんでもないのね?」

「も、もちろん……」


(何故だ? マティスもさらっと、「姫の婚約者」なんて肩書を追加しやがったし……俺が婚約者確定事項になっているのは何故だ???)


 その後、シンはエリスとローラにたっぷりとお説教をされた……




 

 ルルカ、ミオの事件から数日後。


 二人は王宮の見習い侍女として働くことが決定した。マティスが色々と便宜を図ってくれたのだ。


 少なくとも、あの二人はシンのお気に入り獣人である事は間違い無い。このまま王宮から追い出すと、シンとの関係が悪化しかねない。シンの機嫌を損ねたくないマティスは、二人の愛人説をもみ消す努力に成功して、身元もちゃんと調べがついたので、王宮内で働かせる事にした。


 マティス付の専用侍女の仲間入りとなった。


 これは王族専属の侍女は戦闘能力に長けているので、万が一二人が暗殺者だった場合でも、侍女同士で決着がつくのが一つ。


 シン専属としてシンの側に置くと、エリスやローラが激怒するのが一つ。


 一般の王宮の侍女達に混ぜると、シンの愛人説の噂があるので、虐められる可能性があり却下。


 エリスやローラに付けると、間違いなく二人に虐められそうなので、選択肢はマティス付しか残されて居なかった……



 二人は王宮で働くことが出来る様になり、飛び上がって喜んだ。


「良かったね、ルルカ、ミオ」

「ありがとうございます!、これも、これもシンさんのお陰です!!」

「ありがとうございます シンさん」


 二人は目に涙を溜めて、シンに抱きついた。


 そんな二人の頭を優しく撫でながら、猫耳の感触を堪能するシン。


「私、シンさんに一生お仕えします!」

「あはは、ありがとうルルカ」


 そんな三人の姿を、苦笑いで見ているマティス。

「いや、二人が仕えるのは僕になんだけど? しかも頑張ったのも僕なんだけどね??」

 マティスの言葉は聞き流され、三人で喜びを分かち合っている。


 努力が正当に評価されずに、寂しいマティスだった……






 数日後……


 ドラゴン娘達の天幕に居るシンの所に、王太子マティスが現れた。


「シン? ちょっといいか?」

「殿下? なんでしょうか?」


「俺をドラゴンに乗せて欲しいのだが?」

「は?」


「だから俺をドラゴンに乗せて欲しいんだけど?」

「殿下をですか? いや……それはちょっと」


「ダメ?」

「ダメと言うか……それはまた急に、どうしたのですか?」


 突然の王子の要求に戸惑うシン。


「ちょっと エラン王国に行きたくてさ、ドラゴンなら早いだろ?」

「いや、彼女達はタクシーじゃないのですが」


「タクシー? なんだいそれは?」

「いえ、こっちの話です……」


 シンはとりあえずドラゴン娘達に聞いてみる事にする。


【ルイーズ? 王子の波動は?】

【問題ありません……というか、この国の王族の方たちは……】


【そうだった、青竜の子孫だったから大丈夫か】

【はい】


【もし王子を乗せるなら、ルイーズ頼めるか?】

【それは構いませんが、二人となると……】


【リネ! 俺、リネに乗っても良いか?】

【もっちろん、私はいいよん】


【シン様! 私ではなくリネに乗るおつもりですか?!!】

【王子を乗せる時だけだよ、二人乗せて遠出はキツイだろ?】


【しかし……】

【いつもルイーズに乗ってるんだから、たまには私に任せても良いじゃないのよ!】


 リネの言葉に、ルーズはかなり怒っているのが分かる。


【まあそう怒るなよルイーズ、今回は王子を乗せるから、俺が王族より立派なドラゴンに乗ったらマズイだろ?】


 ここは煽て戦法だ、ルーズをよいしょするシン。ルイーズの方が立派なドラゴンだと言い聞かせる。人を乗せ慣れていないリネに王子を乗せて、万が一の事があっては困るので、ルイーズに頼むことにした。


【それはそうですが……しょうがありません、わかりました】

 なんとか納得してくれたルイーズ。


「ところで殿下? そのエラン王国でしたっけ? そこにはどの様なご用件で?」

「実はね……」


 

 王子の説明によると、現在対帝国の軍事同盟が話合われているが、その情報を帝国がキャッチしたらしく、参加国であるエラン王国とエルディア王国のとある都市に竜騎士が出没して攻撃をしているらしい。


 前回のサンスマリーヌと同じ状況だそうだ。


 サンスマリーヌはシン達が竜騎士を撃退して、それ以降は竜騎士は出没していない。現在エラン王国は竜騎士の攻撃で、かなり弱腰になっているそうだ。


 竜騎士の攻撃力を目の当たりにして、軍事同盟なんか止めて帝国に寝返り、帝国に膝を屈するべきだと言う意見も出始めているらしい。


 そこで王太子であるマティスがドラゴンと一緒に訪れて、エラン王国を説得、出来れば都市を攻撃している竜騎士も撃退して欲しいとの事だった。


「なるほど、事情はわかりました。ドラゴンに乗る事は認めますが、その為には装備が必要になります」

「本当に? 本当に乗せてもらえるのか?」大喜びのマティス。


「ええ、事情が事情ですから」

「装備とは? 何が必要なんだ?」


「これです」


 シンは鞍をマティスに見せる。宙返りしても落ちない鞍、ドラゴンに乗る為の必須アイテムだ。鞍は一つしか無いので、マティス用の鞍を用意する必要があった。


「わかった、早急に作らせよう」


 マティスは王宮御用達の防具職人と道具職人を呼び寄せ、シンの持っている鞍を参考に大至急作らせる事にした。


「それともう一つ、翻訳石を用意できませんか?」

「それなら持っているぞ」


 王子は立場上言葉の違う他国の使者とも会う事があるので、自分の翻訳石を持っていた。もっとも、シンの持っている念話機能は付いていないので、ドラゴンの言葉を聞くことは出来ない。翻訳石を使って、マティスの喋る言葉はルイーズ達にも理解する事が出来た。


 シンは鞍と一緒に、ホースの両端に漏斗が付いている物も作ってもらう事にする。ルイーズの耳元にこれを固定して、空中でマティスの声を聞こえる様にするのだ。


 マティスの言葉はルイーズが念話でシンに送るので、空中でもマティスの声はシンに伝わる事が出来る様にする。


 当然逆は不可能だが……


 翌日には職人達が、早速新しい鞍を持って王宮を訪れた。


「シン、君の鞍も新調したよ」

 新しい鞍は、新機能としてワンタッチで足が固定できる様になっていた。


「これはすごい! これなら乗って直ぐに飛び立てるし、飛び降りる事も出来ますね」

「飛び降りる??!!」


「あはは、まあ例え話ですよ」


 しかし、シンは実際にルイーズから飛び降りる訓練も行っている。薄い障壁を何重にも駆使して衝撃を和らげるのだ。もっとも、低高度の低速度でないと大怪我をするのは目に見えているので、あまり使い処は無いが、狩に行った時にそんな訓練も行っていた。



 早速新しい鞍を使っての飛行実験が行われた。


「準備は良いですか? 殿下」

「ああ……よろしく頼む」


 ガチガチに緊張している王子。


【行くぞ皆!】

 

 エリスやローラ、そしてビアンカが心配そうに見守る中、シンと王子は王都の空を駆けて行った。





【ルイーズ?王子の様子はどうだい?】

【最初は緊張されていましたが、今はもう大丈夫の様です】


【わかった、言葉はどう?】

【長い言葉は無理ですね、短い叫び声ならなんとか……】


 やはり上空で速度を出すと風の音で声は通らないようだ。新兵器のホースと漏斗を使って、なんとか叫び声は拾える程度だ。


「トイレ!」「敵だ!」「回避!」その程度は理解できるとルイーズは言った。


【リネ? 俺を乗せて遠出しても大丈夫そうか?】

【まったく問題ないよん! それよりも……いひひひひひ】


【……】


 どうやらリネはシンの波動を間近で感じる事で、ハイにっているらしい。



 飛行実験を終えて王宮へ着地すると、ルイーズから降りた王子がシンの所へ駆け寄って来る。


「あはははははは!! これは凄いなシン! 最高だっ!」

 どうやら空の旅をお気に召した王子だった。


 直ぐに王宮から早馬が出発してエラン王国へ手紙が届けられた。昼夜を問わずに早馬は交代で走り続けて手紙を届ける。それでも馬の脚では数日間かかるので、その間に旅の準備にとりかかる。


 王族が行くので、先に知らせておく必要があるのと、ドラゴンに乗って行くので「帝国の竜騎士」と間違われても困る配慮だ。


 更に、今回は王子の世話をする侍女や近衛が居る訳では無い。途中の中継ポイントにも早馬によって知らせが届けられていた。


 シンと王子はその後も何度も一緒に飛び、空中でのハンドサインの訓練を行ったりと準備をしていく。念入りに飛行計画を立て、いよいよ出発の日を迎えた。




 王宮の庭には大勢の騎士、大臣たち、国王を始め、王族の面々が見送りに集まっている。


「マティスよ、頼んだぞ」

「わかりました陛下、必ずやエラン王国を説得してきます」


「あなた……」

「大丈夫だよビアンカ、直ぐに戻って来るから」


 マティスはビアンカを抱き寄せると、そっと唇を重ねた。


「シン! 兄様をお願いね」

「大丈夫だ、任せとけ」


 エリスとローラにシンも見送られる。


 それぞれの別れを済ませると、シンと王子はドラゴンに騎乗する。


「では、ビアンカ行ってくる!」

「行ってくるね、エリス、ローラ」


【じゃあ行くぞ!】


 シンの合図でドラゴン達は軽く助走をつけて走ると、次々と舞い上がる。



 大勢が見送る中、シンと王子はエラン王国へ向けて出発した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ