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蒼空の竜騎士  作者: 黒影たかし
22/46

22話 二人の王太子

 王都の商店街を、一人の獣人族の娘がトボトボと歩いている。


 今日も王都で、日雇いの仕事を探している獣人族の娘「ルルカ」は、大きな溜息を洩らした。なかなか仕事が見つからないのだ。


(どうしよう……今日も何も食べれないのかな……)


 今迄雇ってもらった商店や屋台等を巡るが、「今日は仕事が無い」と断られ、既に二日間何も食べていない。妹の「ミオ」は体力も限界で、立って歩く事も出来ない様な状態になっている。


 今朝は赤い顔をして、まったく起きようとしない。恐らくミオは病気だ、ちゃんとした物を食べさせて、暖かい場所で寝かせる必要がある。今日は下町の橋の下にミオを置いてきた。一緒に歩き回って仕事を探しても、体力を無駄に消耗するだけだ。


 ミオが心配で、焦るルルカは途方に暮れて街を歩いていると、周りから大きな歓声が上がった。何事かと思い、周りの人達を見ると、空を指さしたり手を振る人達。


 ルルカも思わず空を見上げる。


 人々が指さす方向には、王都を飛び立つ4匹ドラゴンの姿見えた。


 王宮上空での「曲技飛行」や「姫様とドラゴンが契約を結んだ」の噂、今では「サンスマリーヌの奇跡」と言われている、サンスマリーヌ上空での空中戦など、シン達ドラゴン一行は、帝国に対する希望の象徴として、王都では話題の中心となっていた。


 毎日の様に王都を飛び立ち、戻って来るドラゴン達。人々はドラゴンの勇姿を見ると、歓喜の声で手を振っていた。


(シンさんだ!)

 ルルカも思わず空に向かい手を振る。


(そうだ! シンさんが居た!!)


 困った時は王宮を訪ねてくるように言ってくれたドラゴン使いの青年。


 ルルカの足は、迷わず王宮の方角を向いていた。




◇◇◇


 王宮の一室では、窓際に座って外を見ている一人の人物が居た。


 王太子のマティスはボーっと部屋から外を眺めている。外を眺めながら、二年前の事を思い出していた。


 ――――― 二年前。




「くそっ! また来たぞ、退避だ! たいひーーーー!!」

 怒号が飛び交い、大きな爆発音が響き渡る。


 ここリアン大陸にあるザルドリム王国の平野では、現在戦闘の真っ最中だった。


「ちっ! たった10匹のワイバーンにここまでやられるのか」


 馬上で上空を苦々しげに睨みつけながら、立派な鎧に身を包んだマティスが呟く。


「殿下!ここは危険です、一旦お下がりください。既にザルドリム軍の左翼は半壊、現在帝国騎兵に押し込まれています」

「ダメだ! ここで我々が後退すると、戦線その物が瓦解するぞ」


「しかし、ここで殿下の身になにかあればお国の一大事、ここは我々に任せて殿下だけでも一旦後退を」

「くっ……」


 上空にはワイバーンが飛行しながら、兵達に上空からファイアボールを打ち込んできていた。弓は届かず、まったく成す術も無く倒されていく兵達。


「帝国の竜騎士め!」


 ワイバーンの背に乗り、自由にモンスターを操りながら攻撃してくる存在。現在上空には10騎の竜騎士がこちらを攻撃していた。


「こっちに来たぞっ!」

「近衛! 殿下を御守りせよ!!」


 マティスの周りに居る魔術師達が力を合わせて結界魔法を構築する。薄く青っぽい色をした幕の様な物が半円に広がると、殿下を中心に魔法の幕が包み込む。


 ワイバーンから放たれたファイアボールが魔法障壁とぶつかり、大きな爆発を起こした。


 魔術師四人掛かりで張った障壁はファイアボールの衝撃に耐え切った。爆風が収まると、結界魔法の外に居た兵達が倒れて苦しんでいる。ファイアボールの威力は爆風に巻き込まれるだけでも致命傷になる。


「伝令っ! 伝令っ!!」


 早馬が走り込んでくると、下馬してマティスの前で膝をついた。


「お伝え致します、発、アルステルド王太子殿下より、宛て、ジラール王国軍マティス王太子殿下。現在ザルドリム軍左翼は壊滅。敵は中央部隊との戦闘に移行しました。更に後方の補給部隊が敵竜騎士別働隊により全滅。 ジラール王国軍は、シルベシン川まで速やかに後退されたし。そこで戦力の再編を行う。 ザルドリム軍中央部隊はこれより後退戦へと移行する。以上です!」


「なんだと?……後方の部隊が全滅したと言うのか……」

 マチィスは伝令の伝えた内容に驚愕した。


 後方の補給部隊がやられたとなれば、弓の補給も受けることが出来ず、怪我人の治療も出来ない。更に、食料が無いので兵隊達が飢える事になる。このまま戦闘続行は不可能だった。遥か後方に居るはずの補給部隊を、空から難なく戦線を突破して攻撃する「竜騎士」部隊。その恐ろしさを実感していた。


「殿下、マティス殿下! ご命令を」

 側近の騎士が、マティスに声を掛ける。


「あ、ああ……これよりシルベシン川まで速やかに撤退する!」

「ハッ! では各部隊に後退の合図を! 信号弾上げっ!!」


『シューーーー ドンッ!!!』


 赤い煙を出した花火の様な物が打ち上げられ、大きな爆発音が戦場に響き渡る。空には赤い煙の線がくっきりと浮かんでいる。


「後退っ!! こうたいだぁ~!!」


 あちこちから兵達の声が上がり、ジラール王国軍右翼部隊は後退を始めた。





「くそっ! 何も出来ずに後退か」

「殿下……」


 側近の騎士がマティスに声を掛ける。


 ここ「アルステルド王国」に「グリエルド帝国」が侵攻を開始した。


 アルステルド王国と隣国で友好関係にある「ジラール王国」は王太子マティスを総大将に援軍を派遣する事になる。帝国軍とこの平野で相対してついに開戦となったのだが、この戦いは一方的な展開を見せ、王国連合軍は敗退した。「帝国の竜騎士」そう呼ばれる存在に、王国連合軍は手も足も出ずに敗退したと言っても過言ではないだろう。


 グリエルド帝国はこのリアン大陸で最大の軍事国家となっている。


 近年侵略戦争を繰り返し、国力を大幅に増強しつつある帝国。その最大の要因は竜騎士と呼ばれる帝国の航空部隊だった。


 シルベシン川まで後退し、軍の再編を行っていると、またもや伝令が駈け込んで来た。


「お伝えします『ジラール王国軍は直ちに王都へ撤退されたし』です」


「なんだと? まだ中央部隊は戻って来ていないぞ? ここで再編をするのでは無かったのか?」

「それが……中央部隊は、ほぼ壊滅状態で、敗走中です」


「……わかった」





 ザルドリム王国の王都へ到着したマティスは、用意された王宮の客室から戻って来る中央部隊の様子を見ていた。


「酷い物だな……」

 戻って来る部隊はボロボロで、命からがら逃げ来たのがよくわかった。


「殿下、アルステルド王太子殿下が帰還なされました、殿下とお話がしたいと」

 側近の騎士がマティスへと報告に来た。


「わかった」


 案内役の騎士の後に続いて、王太子の執務室へと案内されたマティス。中に入ると、アルステルド王太子が一人で応接ソファーに座っていた。


 マチィスの顔を見て立ち上がるアルステルド。


「生きてたか! 無事で良かった!」

 二人は再会の握手を交わした。


 アルステルドはあちこち怪我をしていて、包帯を巻いている。


「大丈夫か?アルステルド」

「ああ、この程度大したことない」


「なら良いが……」


 二人はソファーに座り、侍女がお茶を淹れる。侍女が出て行ったのを見て、アルステルドが口を開いた。


「父上が……国王陛下が戦死された」

「なっ? なんだって?????」


「まだこれは内密にしておいてくれ」

「あ、ああ……」


 アルステルドによると、後退を始めた中央部隊に「竜騎士部隊」が30騎以上襲い掛かり、中央部隊は壊滅したそうだ。


「酷いもんだ、密集していた所に集中爆撃されてこのザマだ」

「そうか……」


 竜騎士から次々と打ち出されるファイアボールの威力は、マティスも身に染みている。密集していた所に集中攻撃されたらどうなるかも……


「それでお前に頼みがある」

「ああ、俺に出来る事ならなんでも言ってくれ」


「撤退してくれ、自分の国へ帰還して欲しい」

「なっ?? 何を言ってるんだ?? 俺の国から更に増援を呼んでくれって話じゃないのか?」


 アルステルドの予想外の言葉に驚いたマティスは思わず立ち上がった。


「お前も見ただろ? あの竜騎士の力を。まともに軍をぶつけても、二の舞にしかならん」

「しかし! お前はどうするのだ??」


「もちろん戦うさ、父上が亡くなった今、俺が国王だ。俺が陣頭に立って戦わなくてどうする?」

「じゃあ俺も戦うぞ! 親友のお前を放っておいて国に帰る事なんで出来る訳ないだろ!」


 アルステルドは呆れた顔をした。


「何言ってる? お前も王太子だろ? お前が命を張るのはジラール王国の為にだろ? ここで犬死してどうるんだ?」

「……犬死にだと?」


「そうだ、ここで死んだら犬死にだ」

「じゃあお前はなんだ?」


「俺は自分の国の為に戦って死ぬんだ、それは犬死とは言わないよ」


 アルステルドは笑いながら、マティスを諭す様に言った。


 マティスにもアルステルド言う事は良くわかっていた。しかし、勝ち目の無い戦いを続けようとする親友を放って置くことは出来ない。アルステルドは座って落ち着く様にマティスに言うと、ゆっくりとした口調で話し出す。


「なあ? 親友として、一つ頼みを聞いてくれないか?」

「……」


「妹を、妹のビアンカをお前に託したい」

「なんだと?!」


「あいつはお前に気が有る、それはお前も知って居るだろ?」

「それは……」


 マティスとエリスティーナ、アルステルドとビアンカ。隣国の王子と王女同士、この四人は仲が良かった。アルステルドとエリスティーナは婚約している。従って、いくらビアンカがマティスを思って居ても、この二人が結婚する事は絶対に無い。


 王家間の婚姻は一人で十分だ。政略結婚なので、同じ王家と二人も婚姻する訳にはいかない。


「俺はこれから、この王都で最後の悪あがきをするつもりだ、そこに妹は巻き込みたくない」

「しかし……」


 アルステルドが言っている事はかなり無茶だ。婚約もしていない王女を連れて帰るなど、色々と問題が出て来る。もし、このままザルドリム王国が滅ぶような事があれば、王女は帰る場所を失い、陥落する王都から逃げ出した王族として後ろ指を差される事にもなる。


「親友としての最後の頼みだ、王太子妃にしてくれとは言わん、妾で良いから、お前にビアンカを頼みたい……頼む!」


 そう言って、アルステルドは頭を下げた。


 ―――――― 翌日。


 ジラール王国軍は順次撤退を開始した。


 王宮のとある部屋には、アルステルドとマティス、王女のビアンカと王妃の姿があった。


「嫌よっ! 私も残って戦うわ!、お父様の仇を討つの!」

「ビアンカ、いう事を聞くんだ!」


「お兄様こそ! エリスティーナはどうするのよ? 婚約してるのよ?! もうすぐ結婚なのに、こんな所で死ぬ気なの?!!!」

「父上が亡くなり、俺が逃げ出してどうするんだ? 正式では無いが俺が国王だ! 王命に従え!」


 そんなやり取りを暫くやっている。


「ビアンカ、よく聞いてくれ。俺はここで死ぬかもしれない、その時、エリスティーナは悲しむだろ?だから友人であるお前が、側にいて彼女を支えて欲しい」

「……お兄様」


「わかってくれ、ビアンカ」

「でも、これでも私だって、この国の王族よ!私だけ逃げ出す訳にはいかないわ!」


 最後まで説得に応じなかったビアンカ。


 アルステルド諦めた様に、傍に控えている近衛魔術師を見ると頷いた。


「お兄様?! 何をするつもり??」

「ビアンカ、幸せになるんだぞ」


 魔術師が魔法を発動させると、ビアンカを煙の様な物が包み込み、ビアンカは意識を失った。近衛騎士と侍女たちに連れられてビアンカは退室する。


「悪いなマティス、あんな妹だが……頼む!」

「わかった……」


「私からもお願い致します、マティス殿下」王妃も深く頭を下げた。


「あと、済まんが、エリスティーナへこれを……「幸せに出来ずに済まん」と伝えてくれ」


 アルステルドは一通の手紙をマティスへと託した。それは婚約者であるエリスティーナ宛ての手紙だった。王妃様からもジラール国王宛ての手紙を預かる。


「アルステルド……」

「そんな顔をするな! 俺は隣国にお前という親友が居て、本当に良かったよ」


「……」

「なあ、お前は帝国に負けるなよ! お前なら出来るさ、俺の敵を討ってくれ、じゃあな!」


 がっちりと握手をして別れた二人の王太子。


 マティスは帰国した。


 マティスが撤退してから丁度二週間後、ザルドリム王国の王都陥落と、アルステルド戦死の報がマティスの元へと届けられた。




「あなた? どうなされました?」

 突然声をかけられ、考えに沈んでいたマティスは我に返る。


 そこにはビアンカの姿があった。


「いや、ちょっとな、考え事をしていた」

「何を考えてらしたの?」


「ん? ちょっと昔の事を思い出していただけさ」

「そうですの? 何処かのご令嬢の事でも考えていたのでは?」


「ははは、まさか、俺にはこんなに可愛い嫁さんが居るのに? ないない。それよりも、少しの間国を離れる事になる」

「え? 何方に行かれるのですか?」


「エラン王国」

「まあ、そんなに遠くまで?」


「ああ、暫くは戻ってこれないと思う」

「それは寂しいですわ」


「俺も寂しいよ」


 そう言って、二人は仲良く手を繋いで寝室へと消えて行った。




◇◇◇


「だからお前もわからないヤツだな? 何度言っても無駄だ! さっさと帰れ!」


 王宮をぐりと囲う深い堀の上に架けられた橋の上で、一人の少女が衛兵と揉めている。不審な人物を王宮に居れない為の衛兵。


 橋を渡り切った所で、この衛兵に少女は止められた。


「ですからドラゴンに乗っている。シンって人に会わせて下さい!」

「お前みたいな獣人風情が、シン様と知り合いな訳が無いだろ! どうせお前もシン様と知り合いだって、あわよくばお零れに預かろうって口だろ?、帰れ帰れ!」


「ですから、以前ドラゴンに乗せて貰ったんです!」

「そんな訳無いだろ? ドラゴンに乗る事が出来るのは、「竜族の使者」であるシン様だけだ、あんまりしつこいと、牢屋にぶち込むぞ!!」


「きゃっ!……」


 あまりにもしつこく食い下がるルルカに、衛兵は少し乱暴を働いた。とは言っても、衛兵が軽く押したらルルカが後ろに倒れたのだ。


 衛兵も小さな少女に、本当ならこんな事はしたくはない。


 しかし、シンと知り合いだと言ったり、ドラゴンの好物の品を持って来た、ドラゴンなら自分も扱うことが出来る等々、シンやドラゴンをダシに王宮を訪れる不遜な輩は後を絶たなかった。


 衛兵達も「何をやっている! 不遜な輩かどうかも見分けがつかないのか?!」と連日上司から怒られる日々が続いた事もあり、そう簡単に門へ通す訳にはいかない。


 倒れたルルカは、悔しそうに涙を流しながら衛兵を睨んでいる。シンに会うことが出来れば、絶対になんとかなる。少なくとも妹だけはなんとかして貰えるかもしれない。そう思って逸る心を押さえて王宮に来たのだ。


 しかし、門前払いどころか、王宮の来客受付の窓口にさえ行けないのだ。


「せ、せめて伝言だけでもお伝え願えませんか?」

「無駄無駄、シン様は王宮の奥も奥、俺達なんかが入れない場所に居るお方だ。何処かの紹介状でもあれば別だか、お前さんの様な汚い獣人の娘の伝言など、誰も届けちゃくれないよ」


「そ、そんな……」


 王宮の中では、エリスティーナ姫とシンが愛を語った噂が広まっている。それは衛兵でも知って居る。王族の姫と恋仲、これが結婚となれば、この王国でも上位の貴族になる事は間違いが無い。


 そんな雲の上の様なお方に、突然現れた薄汚い獣人娘の伝言等届けたら、こっちの首が危ないと思ってしまうのは、当然の結果だったかもしれない。衛兵にとって貴族や王族は雲の上の人、姫様などは、まともに見るだけでも恐れ多いのだ。


(もう、ダメ……これからどうしたら良いの?……)


 最後の望みだったシンに会うことも出来ずに、ルルカは絶望した。


 今日食べる物も無く、橋の下で野宿をする事しか出来ない。妹のミオは病気で動くことも出来ない。最後の気力を振り絞って立ち上がったルルカは、力なく来た道を帰る事にした。


「お! 戻っていらっしゃったぞ!」


 そんな声が背中から聞こえた。自分を突き飛ばした衛兵の声だ。ふと正面を見ると、真っすぐにこちらに飛んでくるドラゴン達の姿が見えた。






 シン達は今日も狩を終えて、王宮へ帰っている。今日は少し早めに狩を切り上げていた。


 王宮の上空へ差し掛かると、速度を落としてホバリングモードで降下を開始した。


【ん? ねえ、今のってさ?】

 突然ルカがそう言い出す。


【うん、きっとそうだね、なんて言ったの?】

 ルカの問いにゾエが答えた。


【わかんないけど、たぶんそうだよ】

 ルカとゾエが突然そんな会話を始めた。


【ねえねえ、二人で何話してるの?】

 仲間外れのリネが二人に不思議そうな顔をした。


【前にさ、獣人の子供乗せたじゃない? 私とゾエでさ、あの時の子が居たの】

【ふぅ~ん、そうなんだ】


 リネは獣人の子は乗せていないので、気が付かなかった様だが、ルカとゾエは実際に背中に乗せたので、その存在に気が付いた様子だ。


【え? そうなの? よくわかったね、何処に居たんだ?】

 二人の会話を聞いて、シンも会話に加わる。


【なんか、橋の上にいたよ、それでね、なんか叫んでた】

 ゾエがシンに答える。


【橋の上?】

【うん、この人族のでっかい家に繋がっている橋】


【でっかい家???】

【シン様、王宮の事です】


 ゾエの意味不明な説明に、ルイーズが助け舟を出す。


【え?じゃあすぐ近くに居るの?】

【うん、すぐこそに居た、それでこっち見て、なんか叫んでたよ】


【なんて言ってたんだ?】

【え~? 知らないよ、人族の使う言葉なんて】


【そうだった】


 翻訳石を持たない人族や獣人族の言葉をドラゴンは理解できない。理解できるのはメル達の様な古代竜だけだ。会話をしながらも、四匹のドラゴンは既に王宮の庭に着地している。


【気になるな……ちょっと見て来るか? その後の彼女達の事も気になるし】

【かしこまりました】


 ルイーズは再度翼を広げると、上昇を開始した。


【え~? 行くのぉ? 面倒だぁ~】

 リネはそう言いながらも、ちゃんとシンを後を追って飛び上がる。次々と飛び上がるドラゴン達。


 ホバリングモードでゆっくりと移動すると、王宮の壁の外には、衛兵に取り押さえられている少女の姿が見えた。橋の上で、少女に馬乗りなって押さえている衛兵と、ロープを持って、捕縛しようとしている衛兵。


【え? あれか?】

【どうやらその様ですね】


【ルイーズ、橋の上に下りてくれ】

【かしこまりました】




「このガキ! 大人しくしろ!!」

「痛いっ! ヤメテよ、誰か助けてぇーー!!」


「よりによって、シン様をバカ呼ばわりとは、いい度胸してるじゃないか! おい! 早くロープでこいつを縛り上げろ!!」


 王宮から帰ろうとしたルルカは、真っすぐに飛んでくるドラゴンを見た。ドラゴンが上空に差し掛かる時に、ルルカは大声で叫んでいた。


「シンのバカァーーーーーー!! 大嘘つきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 ルルカから見ると、「王宮においで」なんて、大嘘つき以外の何物でもない。実際に王宮に来ても、会うことは出来なかったからだ。最後の希望を絶たれたルルカは、シン達の姿を見て、思わず叫ばずにはいられなかった。


 そして、この世界には不敬罪なる罪がある。王族、貴族に対して、不遜な言動を行えば、それは立派な罪になるのだ。


 こんな王宮の目の前で、「竜族の使者」であるシンをバカ呼ばわりしてしまったルルカ。普段なら、こんな少女の発言など、気にも留めない衛兵であるが、流石に王宮の目の前で、しかも今最も話題のシンに対してのこの言動は見過ごすことは出来なかった。


 運の悪い事に、ルルカの叫び声は王宮から用事を済ませて出て来た人や、これから王宮に用事がある人等、複数の人に聞かれてしまっている。ルルカの叫び声を聞いた人は、驚きの表情でルルカを見ていた。


「痛いっ! 痛いっ!! 放してよっ!!」

 暴れるルルカを抑えつける衛兵の手にも力が入る。


『バサッ バサッ バサッ』

「なっ……!!」


 突然大きな羽音と共に現れたドラゴン。


 ルルカを取り押さえる、橋の真ん中に着地した。

 


 驚きの表情でシンとドラゴンを見ている衛兵。こんなに間近でドラゴンを見たのは初めてだ。下っ端の衛兵では、ドラゴンの背に乗って飛んでいるシンを遠くからしか見たことが無い。


【間違いありません、先日の獣人の娘の一人です】

【そうか、ありがとうルイーズ】


 シンはゆっくりとルイーズから降りると、衛兵に向かって話しかける。


「すみません、その子僕の知り合いなんですけど、何かやったのですか?」

 そう問いかけたシンだが、衛兵は緊張した。


 真っ赤なドラゴンの鱗を使用した鎧の話は有名だ。腰には立派な剣を下げ、赤い鱗は太陽の光を反射させて、綺麗に光って居る。いつも、真っ白に光り輝く鎧の近衛騎士の姿を見て、いつかは自分もそうなりたいと憧れていたが、今目の前に居る青年は、それ以上に憧れの存在だった。


「サンスマリーヌの奇跡」あの竜騎士をあっと言う間に全滅させた英雄。

 その人物が今、自分の前に立っているのだ。


「あ、あの……その……」

 緊張にあまりに声の出ない衛兵。


「シンさん?! 助けてっ!!! 私何もやってないの!!」


 シンの姿を見たルルカは叫んだ。念願のシンが目の前に居る。


「え? 何もやってないのに捕まったの?」

「うんっ! 私はシンさんに会いに来たの! それだけで捕まったの!!」


「ちょっ! お前っ! いい加減な事を言うな!」

「痛いっ!」


 ルルカの言葉に、思わず衛兵の手に力が入る。


「そんな小さな娘に、そこまでしなくても良いでしょう? 立たせてあげてくれませんか?」


 ルルカを抑えつける衛兵に、イラっとしながらシンが言う。


「いや、しかしこの娘は……」

「何かあれば僕が責任をとりますので、とりあえず、立たせてあげてください」


 シンの言葉に従い、衛兵はルルカを立たせた。しかし、しっかりとルルカの腕は掴んでいる。


「えっと君は……」

「ルルカです! 以前助けて頂いたルルカです!」


「そうだった、ルルカちゃんね。それで、何故捕まっているの? 妹さんは?」

「私は何もしてません!」


「何もしてないと、捕まらないと思うけど?」

 そう言って衛兵を見るシン。


「この娘は事もあろうに、シン様に不遜な言葉を投げかけたのです」

 衛兵がシンに向かってそう言った。


「え? 僕にですか?」

「はい、シン様に向かってです」


(そういえば、何か叫んでたって言ってたよな……)


 今はシンを守る様に上空で旋回飛行をしている三人娘。ルカとゾエがそんな様な事を言っていたのを思い出したシン。


「えっと、ルルカちゃんは何て言ったの?」

「そ、それは……」

 口ごもるルルカ。


「彼女は何と言ったのですか?」

 シンは衛兵を見る。


「いや、しかしそれは……」

 衛兵も、シンに向かって「バカ」とは言えない。


「構いませんから言って下さい」

「その……「バカ」と……」


「へ? バカ?」

「いや、私が言ったのではありません! 言ったのはこの娘です」


 慌てる衛兵。


「あははは、なんで僕がバカなんだい? ルルカちゃん?」

「だって、困ったら訪ねて来いって言ったのに……」


「言ったのに?」

「シンさんには会わせて貰えないし、お前みたいな汚い獣人がシンさんと知り合いな訳が無いって……」


「なるほどね」


 シンは理解した。獣人はこの国では差別的に扱われている事を知っている。帝国よりは百倍マシではあるが、それでも偏見の目で見られている。


「この子は僕が預かります、手を放してください」

「いや、しかし……」


「僕が責任を取りますから、大丈夫ですよ」


 シンにそこまで言われて、衛兵もルルカを放した。


「ルルカ? 妹はどうしたんだい?」

「そうだ! シンさん!! 妹を助けて!」


 シンはルルカから、王都に来てからの簡単な経緯を聞いた。妹のミオが病気かもしれない事。ルルカの話を聞いてシンは慌てた。王都の中とはいえ、病気で動けない年頃の娘を橋の下に放置しているのだ。良からぬ事を考える輩は何処にでもいる。


【ルイーズ、ルルカを乗せてくれ】

【かしこまりました】


 シンは、ルルカと二人でルイーズに乗る。


「ルルカ、妹の所まで案内してくれ」

「うん!」


 ルルカを乗せたルイーズは飛び上がる。


 その様子を、唖然とした顔で見ている衛兵の姿あった。

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