21話 二人の王女
ドラゴン娘達が戦争に協力してくれると言った日から数日が経過していた。
シンはその後もエリス、ローラ、マティスと対談をしたりで、王子や姫達との関係はかなり打ち解けた物になっていた。「古代竜の使者」と言う肩書があるシン。この王宮では国王にさえ膝を屈する必要が無い存在として知られ、王女や王子と気安く話していても、誰もシンの事を無礼者と咎める事が出来る人間は居なかった。
今日のシンは真っ赤なレッドドラゴンの鱗の鎧を着て帯剣している。ついに鎧が完成したのだ。
国宝級の価値どころか、世界一の価値があると言っていた防具職人。確かに普通なら絶対に手に入らない素材で作った鎧は、人間の世界で最強の鎧と言っても過言では無かった。
(真っ赤な鎧か……赤い〇星とか二つ名がついたらウケるな……そんな訳ないか)
シン達は毎日狩へと出かけている。
実際には狩を行いながら、連携の訓練をしている。ドラゴン種は群れで狩を行わない。これはドラゴンが群れると強すぎて手に負えないから、群れずに単独で狩を行う習性になっているのだろう。恐らく自然の節理だ。
シンはドラゴン娘達に徹底的に連携の訓練を行った。竜騎士達も、前回の攻撃を見ていると連携はとっていなかった。連携など行わなくても、個々の強さで今まではなんとでもなったのだ。
念話を使えない竜騎士が連携を取るのは不可能に近い。空では風の音で声は通らない。ハンドサインを行うにも限界はある。数の少ないシン達が数に勝る竜騎士達と戦うには、連携による攻撃が一番と思われた。
もっとも、空に強いモンスターが居ない王都近くの森では、空中戦の連携は難しい。模擬弾がある訳じゃないので、本当に撃つわけにも行かず、味方同士で空戦をやってもイマイチだった。今は、帝国正規兵に対する空爆の連携を行っている。一回の突入で効果的にファイアボールによる爆撃を行う訓練だ。
群れで走るバッファーローもどきや、狼などを相手に爆撃訓練を行っていた。
こんな訓練をやっては居るが、王国に対しては戦争参加の答えは保留したままだ。帝国軍が、王太子の言うような事を本当にやっているのか見極めてからでも遅くは無いと思った。万が一、王太子に騙されている可能性もある。シンはこの世界の事を知らなすぎる。メル、ソフィー、シルフィード、王子や王女と言った人達から聞いた話でしかこの世界を知らない。帝国の悪逆非道な行為を聞いて、この王国の味方をしたいとは思っても、この世界に影響を与え兼ねない行動は、慎重になるべきだと自分に言い聞かせていた。
狩と言う名の訓練を終えて王宮へ帰還すると、そこにはローラ姫が待ち構えていた。
「ねえねえシン!」
最近のローラ姫はシンと呼び捨てだ。
これは王太子のマティスが「シン」と呼び捨てで呼ぶようになったので、その真似をする様になっている。
「なんでしょうか? ローラ姫様」
ローラが手を差し出すと、シンはわざとらしくローラの前で膝をついて手の甲にキスをする。これも最近恒例行事となっていた。手にキスをされて満足そうに微笑むローラ、しかし直ぐに真顔になった。
「お父様とお兄い様がお話ししてるのを、こっそり聞いちゃったんだけど……シンは私とエリス姉様のどちらと結婚するの?」
「へ?」
「もちろんシンは私を選ぶわよね?」
「は?」
「私の方が若くてピチピチだもん、迷う必要は無いわよね?」
(マティスのヤツ王様にまであの話したのかよ! 聞こえない様に喋れよ! そんな大事な話!)
「いや……盗み聞きは良くありませんよ、ローラ姫」
「ま、まさか……あんな垂れた胸のお姉様を選ぶつもり?!」
ローラ大袈裟に驚いてみせる。
「えぇぇ? エリスって……垂れてるの?」
「ええ、だってあの大きさよ! それはもう……」
「誰が垂れてるのよっ!!!」
後ろから物凄い殺気と共に現れたエリス。どうやら話を全部聞いていた様だ。
「ひぃぃぃっ……マズイ!」
ローラはそう言い残し、走って何処かへ消えてしまう、逃げ足は天下一品だ。
「こ、これはこれはエリスティーナ姫…………痛いっ! イタタタタ……」
思いっきりエリスに耳を引っ張られるシン。
その耳に顔を近づけてエリスが殺気を込めた声を出す。
「良い事? 私の胸は上を向いてツンッとしてるのよっ! 垂れてないの! わかった?!! ツンッよツンッ!!」
「はいぃぃぃ エリス様の胸は……んっ? これ言っていいのか?」
ハッと我に返って真っ赤な顔をするエリス。慌てて自分の胸を隠す様に両手で体を隠した。
「ぶ、ぶれいものぉ~!!」
「いや、今のは俺じゃ無いだろ」
今日も平和な王宮であった……
落ち着いたエリスと二人で庭にあるベンチに座る。
「お兄様が、変な事言ったでしょ?」
エリスがそう切り出した。
「まあ、以前の婚約者の話は聞いたよ」
「そう……聞いたんだ……」
エリスは俯いてしまうが、何か意を決した様に顔をあげシンを見た。
「もう昔の話よ、だからあなたは気にしないで」
「そうか? でも今でも想ってるんだろ? だから今でも誰とも婚約しないのでは?」
「……そうだけど……いや、そうだったけど、今は違うわ」
シンの目を真っすぐに見てエリスはそう言う。
「今は……か」
「うん、今はもう、過去の話よ」
「そうか」
シンのその一言に、エリスは頷く。
「ねえ、さっきのローラの言ってた事だけど……」
「え? 胸が……」
「違うっ!!!!そうじゃなくて結婚の話!」
「あはは、それね」
「お兄様は私とシンをくっつけたいみたいなのよ」
「そんなの拒否したら良いのでは?」
「……そうなの? それがシンの答えなの?」
予想外に悲しそうな顔をするエリス。
「いやまて、今の話の流れだと「私はシンの事なんてなんとも思って無いのに、困ったお兄様ね」って展開では?」
ちょっとエリスの物真似口調でそう言ったシン。
「それ……誰の真似? 不敬罪で縛り首にして良い?」
「げっ……似てない?」
「まったく似てない!! 本当にもうっ! でもね……私は……」
そしてエリスは自分の秘めた思いをシンに伝えた。
「そっか、まあ冗談はさて置き、エリスの事は守るよ、帝国からの使者の件も聞いた。結婚とかそんな事は無くても、帝国にエリスは渡さないし、帝国にこの国を踏みにじらせる事もしない」
「シン……」
シンの言葉を聞いたエリスの目から、一筋の涙が流れ落ちる。
「だから心配するな! 好きでも無い俺と結婚しなくても、俺は君を守る」
「……っ!!!!」
突然シンの胸に飛び込み、シンの胸で涙を流すエリス。
「え? ちょ……? エリス?」
「ありがとうシン、本当にあなたは……ありがとう」
そんな二人の姿を、驚きの顔で遠目に見守る近衛騎士達であった。
◇◇◇◇
「ちょっとっ! どういう事よっ??!!!!!!!」
「あ、あの、ローラ様、この様な時間に……」
「あなたは黙ってなさい!」
「……」
夜になり、これから寝ようと思っていたシンの部屋にローラ姫の来襲である。ローラを窘める護衛騎士のルキアであるが、まったく聞く耳を持たないローラ姫。
「いったいどうしたのですか?」
突然のローラの来襲にシンも戸惑う。
「お姉様とシンが昼間抱き合って愛を語っていたって……どう言う事よっ?!」
「へ? はぁ? はぁぁぁぁぁぁああああ? 愛を語った???」
「そうよっ! 今王宮はその話題で持ちきりよ!」
ビシっとシンに人差し指を向けて、ローラはかなりご立腹の様子だ。
「シンは私と結婚するんでしょ?! いきなりお姉様と浮気とは、良い度胸ね?!」
「いやまて、色々と突っ込み処満載なんだが……」
「なによっ?!」
シンの言葉に、腰に手を当てて怒った様に言うローラ。
「まず第一に、俺はエリスと愛を語ったつもりは無い。そして第二に、なぜローラと結婚するのが決定事項なんだ?」
「なっ……!! 私じゃ不満だって言うの?!」
「いや、不満は無いけどさ、ローラは本当にそれで良いのか?」
「だって!エリス姉様は帝国に婚約者を殺されたのよ! それなのに!この国の為に、自分を犠牲にしてシンと結婚までしてこの国を守ろうとしているのよ! そんなの悲し過ぎるじゃないの!!」
「なるほど、俺と結婚するのが悲し過ぎるってローラは思っているんだ、それでローラが自己犠牲になって俺と結婚すると?」
「あっ!」
ローラはヤバイって顔をする。
「ふぅ~ん、まあ良いけどさ、そんなに俺と結婚するのが犠牲だって思う訳だ」
「いや、ちがっ!……」
「別に俺はさ、イヤイヤ結婚して欲しくは無いけど」
「ごめんなさい、そうじゃないのよ」
珍しくシュンと落ち込むローラ。
「まあ、姉妹似た者同士だな……そっくりだ」
「え? どういう意味?」
「昼間、エリスも同じ事を言ってたよ。ローラはまだ若いし、まだまだこの先可能性がある。国の為に自分を犠牲にする必要は無いって。これから本当に好きな人が出来るだろうからって。婚約者に死なれた行き遅れの自分が犠牲になるべきだってね」
「嘘っ?お姉様がそんな事を……」
「まっ!姉妹揃って失礼な話だよね、そんなに俺と結婚するのが自己犠牲だって、最低だな」
「あの……いえ……ごめんなさい」
「だからはっきりとエリスに伝えたのさ、別に結婚しなくたってエリスは守るよってね」
「……」
「もちろん、結婚なんかしなくても俺はローラも守るから、だから無理しなくていいよ」
「でも、それじゃぁシンは、シンは何の為に戦うの? そんな事してシンに何の得があるのよ?」
この世界では強い者が全て、強者のみが生きていける、そんな風潮がある。エリスやローラの自己犠牲の考え方は、王族だからこそ出来る考え方だ。シンの様な一般の平民が自己犠牲をしてまで、関係の無い他人を守るなんて考え方は普通はしない。皆自分の為、自分の利益の為にしか行動しない。一般の平民は生きて行く事に精一杯なのだ。
だからこそ、マティス王子は姫達との結婚を仄めかしたのだ、王族と結婚となれば黙って貴族の仲間入りとなる。平民にとって、これ以上の褒美は無い。
最も、美しい姫様を嫁に出来ると言う事以外は、この世界の人間で無いシンには、貴族の仲間入りはそれほど魅力的には写らなかったのだが。
「別に損得勘定だけじゃないだろ? 人としてもっと大切な物があると思うけど……俺はこの世界で自分に関わった人を守りたい、それだけだよ。エリスやローラとも仲良くしてもらってるしね、そんな君たちが不幸になる事が分かっているのに、黙って見ているつもりは無いよ」
「……っ! シンっ!」
ローラも涙を流してシンの胸に飛び込んだ。
ローラを抱きしめ、頭を撫でながらシンは優しく語りかける。
「ほんと、この行動まで姉妹一緒だな、昼間の愛を語ったエピソードは、エリスも同じ事をしたからだよ」
「え?……そうだったんだ」
「安心してくれ、二人の思いはちゃんと俺に伝わってるから」
「ありがとう、シン」
「じゃあ今日はもう遅いから、お休みローラ」
「うん、夜遅くにごめんね! お休みっ! シン」
笑顔でローラは自分の部屋へと戻って行った。
「ふう、まったくこの国の王族は、王族らしくないね」
苦笑いで、一部始終を見ていたルキアを見る。ルキアも目に涙を浮かべていた。
「それがこの国の良い所ですよ!」
ルキアは笑顔を作って泣き笑いになっている。
「あはは、そうかもしれないね……」
「それにしても、私はあなたを誤解していたのかもしれません」
「え? 誤解?」
「はい、ドラゴンの力を借りて姫様達を手に入れようとする、帝国と変わりない人かと思っていました、申し訳ありません」
「それは酷い誤解だね、でも誤解が解けてよかったよ」
こうして笑顔でルキアも控室へと戻って行った。
(さて、当初の予定とはかなり違って来ちゃったな……でも、この国の人や、少なくとも関わった人は守りたいな……戦争に参加するなんて、メルが聞いたら怒るだろうか?)
そんな事を考えながら、シンは眠りについた。
◇◇◇
王都の下町に掛かる橋の下では、二人の少女が体を寄せ合って寒さを凌いでいる。
「お姉ちゃん……お腹空いたよぉ」
「うん、ごめんねミオ。明日はなんとか仕事みつけるからね」
獣人族の姉妹は、王都へ来たは良いが、仕事も見つからず、路銀は底をつき、途方に暮れていた。
(せめて馬が残って居たら……なんとかお金に変えれたのに……)
ゴブリンに襲われた所をシンに助けられ、王都までドラゴンの背に乗って来たは良いが、成人してい居ない妹を連れて、住み込みの仕事は見つける事が出来なかった。かと言って、妹を放っておいて自分だけ住み込みの仕事をする訳には行かず、宿も無く、お金も無い二人。
姉が、短期で出来るお手伝い程度の仕事を探し、その日銭で買った小さなパンを二つに割って、二人で分けて食べる生活を続けている。
しかし、体力的にそれも限界に近づいていた……




