18話 王都へ
サンスマリーヌの都市に、シンやルイーズが到着してから既に数日が経過していた。
ドラゴン娘達は、二組に分かれて一日置きに狩りへ行っている。最初は全員、三食昼寝付の生活を送るつもりであったが、彼女達の食欲にシルフィードが根を上げたのだ。
「メル殿一人ならなんとかなったが……流石にドラゴン4匹は無理だ、シン殿申し訳ないが……」
家畜の数が追い付かない。
いくらお金を出しても、家畜は無限に居る訳では無い。四匹のドラゴンを満足させられるだけの家畜は、サンスマリーヌに居なかった。万が一、竜騎士の再襲撃があるかもしれないので、ドラゴン娘達は二組に分かれて、狩り組と留守番組で一日置きに狩りを行っていた。
最初は文句を言っていたワイバーン三人娘も、家畜よりも近郊の森に居る野生の牛もどきの方が美味しい事に気が付き、今では喜んで狩りに行っている。
シンは以前の生活の様に、騎士から剣術の稽古をつけてもらったり、魔法の訓練を行う日々を送っている。そんな間にも、王都とサンスマリーヌの間には何度も早馬が行き交い、シン達の事が王都に伝えられていた。
「シンさん、ちょっと良いですか?」
魔法の訓練が終わり、何時もの様にお茶を飲みながら、アビスがシンに聞きたい事があると言ってきた。
「ああ、構わないよ」
「実は、ちょっと噂で聞いたんですが……」
アビスはとても聞き難そうな態度で、それ以上は言わない。
「噂? 噂って何?」
「それは、その」
「ひょっとして、俺の噂?」
「はい」
「え? 俺、何か噂になってるの?」
「シンさんは、人間の女性に興味が無いのでしょうか?」
「へ? いや、別に男が好きとか、そういう趣味はないよ」
「いえ、そうでは無くて……その、獣にしか興奮しないとか?」
「はぁ? はぁぁぁ????? え? どういう意味?」
「シンさんは人間の女性に興味は無く、ドラゴンだとか獣人にしか興味を示さないと、噂になっています」
「…………」
「やはり、噂は本当の様ですね」
とても悲しそうな顔で言うアビス。
「ちっ! 違うって、なんだその噂?」
「違うのですか?」
「獣人って、この屋敷の侍女達の事?」
「はい……やはり毎晩の様に獣人の侍女をベッドに招き入れている噂は本当なのですね?」
「いや、待て! 待つんだ! 俺が侍女をベッドに招き入れているって、そんな噂が広まってるの?」
「はい」
シンは頭を抱えた。
メルが居た時は、獣人族の侍女達はメルに恐れをなして、シンの部屋には近づかなかった。野生の本能が、ドラゴンと同じ空間に居る事を拒否させたのだ。しかし、メルは今居ない。
シルフィードはここぞとばかりに、獣人の侍女にシンを落とせと指令を出していた。毎晩スケスケのネグリジェでシンの部屋で待ち構えている獣三人娘。その誘惑に耐えながら、部屋から追い出すのが日課となりつつあった。
「獣人の侍女が、とても破廉恥な格好でシンさんの部屋から出てくるのを、何人も目撃していると……」
「そ、そうなの??」
アビスはとても不潔な物を見る様な目でシンを見る。
「いや、それは誤解だ! 別に俺は獣人だけが好きな訳じゃない、人間の女性も好きだ」
「っ!!! それって、人間の侍女も部屋に連れ込んでいるのですか?」
「いや、違うっ! 誰も連れ込んでなんかいないぞ」
「しかし、目撃した人が!」
「それは、シルフィードが俺を色仕掛けで、いう事を聞かせようと企んでいるからで」
「お嬢様が?」
「そう、毎晩侍女達に俺を誘惑する様に仕向けているんだよ」
「え? そうだったのですか?」
「う、うん……毎晩彼女達を部屋から追い出すのが大変でさ、きっとその時を見られたんだと思う」
「本当に?」
アビスの目はシンを疑っている。
「だって考えてもみてよ、普通、俺が連れ込んでいるなら、そんな恰好で廊下に出ないだろ? 部屋でちゃんと服を着てから廊下に出ると思わない?」
「それも……そうですね」
「そういう事、誤解は解けたかな?」
「はいっ!」
アビスの顔はパっと明るくなった。
そう言うシンだが、お風呂ではちゃっかりと獣人娘の介護で、火山噴火をしているのは内緒だ。
(あれは不可抗力だしな)
自分で自分に言い訳している。
しかしここ数日、獣人娘達も知恵がついて、お風呂場では噴火させずにシンをじらしている。
思いっ切り欲求不満になりつつあるシン、夜の誘惑に耐える自信が日々減少している。もう、今夜は思い切って……と考えて居た矢先のアビスの噂話で、シンは何とか思い直す事が出来たのであった。
(まだアビスも16歳だしな、やっぱり不潔な大人って思われたのだろうか?)
そこへシルフィードの使いの騎士がやってきて、シルフィードが呼んでいると言われたので、彼女の執務室へと向かった。
「わざわざ呼びたてしてすみません、シン殿」
「いえ、何かあったのですか?」
進められるまま、執務室の応接セットに座ると、侍女がお茶を用意する。
その様子を黙って見守るシン。侍女が退出すると、早速シルフィードが口を開いた。
「シン殿も頑固ですね? 獣人が気に入らないなら、先ほどの娘などどうでしょうか? シン殿はどの様な娘が好みなのですか?」
「は? いや、そんな事を言われても」
「やはりメル殿の様な可愛らしい少女が好みでしょうか? だったら……」
「いやいや、そんな話で僕を呼んだのですか?」
シルフィードの言葉を途中で遮り、本題は何だと目で訴える。
「ちっ……つまらないわね」
「ハァ~、そろそろ諦めませんか?」
「そうは行かないわ、シン殿にはずっとこのサンスマリーヌに居て頂きたいもの」
「はぁ」間の抜けた返事をするシン。
対照的にシルフィードはニコニコ顔だ。
「美味しいお食事と、美味しいお酒、あとは美しい娘達、最高の生活でしょ?」
「ま、まあ……否定はしませんがね」
「気に入った娘が居たら、すぐに言ってね、手配するわ」
(まったく、そこまで言うなら……)
シンの顔が悪い笑顔になる。
「じゃあ、シルフィードさんでお願いします」
「え? えぇぇぇぇぇ??? わ、私はダメよっ!」
「そっかぁ~ このお屋敷で一番美しい女性と言えばシルフィードさんですからね~ それが無理なら諦めてください」
「はぁ? 美しい?? 私が?」
「はい、一番綺麗ですよ」
「そ、そそそそそんな事言ってもダメよ、私はお転婆娘で淑女では無いと王国でも有名なにょよ……それを美しいだなにゃんて……」
(え? なんでこんなに動揺してるんだ?)
真っ赤な顔をして、イヤイヤと首を振るシルフィード。
「まあ冗談は置いといてですね……」
「えっ? 冗談なのっ?! 人の事美しいとか言っといてっ? 冗談だなんて……」
今度は思いっきり落ち込むシル。
「あ、いや、美しいは冗談では無くですね、それは本当の事ですよ、僕はそう思ってます」
(ぐっ……冗談がまったく通じねぇ……)
「本当っ?」
シルフィードの顔は、パっと明るくなった。
「ええ、本当ですよ、それよりも本題に入りませんか?」
「え? 本題?……あっ、そうだったわ」
シルフィードの話によると、王都サンスマリーヌへ来るようにと国王陛下から直々のお言葉があったと言う事だ。メルは居ないが、野生のドラゴンを連れて竜騎士を破った事に、大そう喜ばれていると。
それと、以前依頼したドラゴンの鱗とグリフォンの皮の鎧が完成間近だが、最後のサイズ調整の為にも来て欲しいと。
「国王陛下ですか?」
「そうよ、こんな名誉な事はないわよ!」
「名誉ねぇ~」
「それに、ひょっとしたら、今後の働き次第では貴族に叙任されるかもしれないわよ」
「貴族ですかぁ?」
元々貴族なんて物と縁の無い生活を送っていたので、貴族に成れるかもと言われても、ピンと来ないシン。
「あら? あまり嬉しそうじゃないわね?」
「だって僕は、この国の人間じゃないですし、貴族なったらなったで色々面倒そうだし……」
「そんな反応をする人は、初めて見たわ」
「まあ、考え方の違いですよ」
(所詮はドラゴンの力が欲しいだけでしょ?)
「とにかく、王都へドラゴン達と一緒に行って欲しいのよ」
「わかりました、で? 何時行けば良いのですか?」
「王都へは、馬で三日の距離だけれど」
「じゃあ丸一日飛べば着きますね」
「それでは三日後に、王都へ向けて出発してください」
その後は王都への道順を聞いたり、王宮の作りを聞いたりと、色々な準備に入った。
シンが退出すると、入れ違いに騎士隊長のエバンスが部屋に入ってきた。
「お嬢様、シン殿は王都へ行くことを了承して頂けましたか?」
「ええ、もちろんよ」
「ん? お嬢様? どうかなされましたか?」
「え? 特にどうもしてないわよ? どうしたの?」
「いえ、物凄く機嫌がよろしい様で」
「え? そう? そう見えるかしら?」
「ええ、とても機嫌が良さそうに見えますが」
「うふふ、あのね、シン殿がね、このお屋敷で私が一番美しいって言ってたのよ、バカよね、やっぱり獣好きなだけはあるわね、ほんとどういう感覚してるのかしらね、まったくもうっ! うふふふふ」
「は、はぁ……そうでしたか」
その後も暫くはウフフ病にかかったままのシルフィードであった……
この世界では、気軽に女性に対してそういう言葉は使わない。それはもう、プロポーズをする時に使う様な物だ。綺麗だとか、美しいだとか、他人を指していう事はあるが、男性が面と向かって言う事は少ない。言うとしたら、貴族同士の社交辞令で「本日も○○様は実にお美しい」と言うぐらいな物だ。
従って、貴族同士の社交辞令の場意外で美しいと言われた事の無いシルフィードは、シンの言葉に上機嫌だった。 最も、シルフィードは貴族男子からはお転婆で恐れられているので、大人になってからは初めて言われたに等しかった。
夜になり、ドラゴン娘達の天幕の中にて。
「え~ そういう訳で、三日後に王都へ行くことになりました」
シンがドラゴン娘達に説明をしている。
「人族の王ですか」
ルイーズは王と聞いて緊張した様子だ。
「私は良いよんっ! 丁度ここにも飽きてきてたしね」
能天気なゾエは意外にも乗り気な発言。
「その人族の街は、近くに森はあるの?」
真面目なルカはご飯の心配をしている。
「え~? 今度こそ三食昼寝付じゃないのぉ~?」と相変わらずのリネ。
「聞いた話だけど、王都の近くにも、ここと同じ程度の森があるらしい」
「では、食事には困らないですね、ここと同じ感じなら問題はありませんね」
ルイーズが話を纏める。
「それでさ、ちょっと皆に相談なんだけれど……」
そう言ってシンはある提案をドラゴン娘達に伝えた。
王都へ旅立つ前日。
魔法の訓練を終えたシンは、アビスと何時もの様にお茶を飲んでいる。これも最近日課になりつつあった。
「シンさん、王都には何日ぐらい滞在されるのですか?」
「あ~ 実は俺も分からないんだよねぇ」
「そうなのですか?……戻って……来ますよね?」
「うん、もちろん向こうでの用事が済めば直ぐにでも戻って来るよ」
シンの言葉を聞いたアビスの顔がパッと明るくなる。
「本当に? 良かったぁ~」
「あれ? ひょっとして俺が居ないと寂しいとか?」
「なななな、何をバカな事を言ってるんですか! せっかく教え甲斐のある生徒が出来たんですから、こんな中途半端で終わったら消化不良です!」
アビスは顔を真っ赤にして慌てて言い訳をしている。
「な~んだ、そうだったんだ、それは残念!」
「そ、そうですよっ! そうに決まってます!」
「あはは、そっか、まあどちらにしても、用事が終われば直ぐに戻って来るよ」
「はい、お早目のお帰りを、心からお待ちしております」
アビスと笑顔で再開を約束し、いよいよ王都への出発の日となった。
早朝。
日の出と共に、四匹のドラゴンが中庭で翼を羽ばたかせる。
「では、行ってきます!」
「お気を付けて」
シルフィードを始め、多くの騎士達が見守る中、シンと四匹のドラゴンは空の人となった。
高高度で風を捉えて王都へと飛ぶ。
シルフィードに書いてもらった簡単な地図を頼りに、王都への街道沿いを飛んで行く。
【あ~ あったあった、あの宿場町から右に逸れていく街道沿いに頼む】
【了解致しました】
暫く飛ぶと、ルイーズが異変に気が付いた。
【シン様、人族の馬車がゴブリンの群れに襲われています】
【マジで??】
【如何いたしますか?】
【放ってはおけないな、皆、降下するぞ】
一気に高度を落とすと、街道に幌付の馬車が止まっていた。馬は既にゴブリンの餌食となった様で、倒れているのが見える。御者席には、二人が並んで左右から来るゴブリンと、こん棒の様な物で必死に戦っていた。
【馬車を巻き込みそうなので、ファイアボールは禁止な、ゴブリンをぶん殴ってやれ!】
【はいよぉ~】
【わかったぁ~】
【え~? 面倒くさいなぁ~】
【ルイーズ、一発吠えてくれ】
『ガァァァァァァ!!!!』
ドラゴンの咆哮が響き渡ると、ピタリと動きを止めたゴブリン達。地面スレスレまで急降下して水平飛行に移ったルイーズは爪で次々とゴブリンを吹き飛ばしていく。
三人娘もそれぞれに、ゴブリンを退治していくと慌ててゴブリン達が逃げ出していった。
「大丈夫ですか~?」
ホバリングモードで馬車のすぐ上で静止すると、驚いた顔をした二人がこちらを見上げていた。
【獣人族の様ですね】
二人を見たルイーズが、人族では無いと言って来た。深くフードを被っていたので、シンには分からなかったが、どうやら獣人族の二人組だった様だ。
「あ、あの……ありがとうございます」
「え? 女の子??」
フードを外して御礼を言って来たのは、可愛い猫耳を付けた、まだ15歳ぐらいの女の子だった。一度着地してルイーズから降りて、話を聞くことにした。
馬が死んでしまったので、このまま彼女達をここに残すのは、またゴブリンに襲われる危険がある。
彼女達は姉妹で、15歳と14歳だと言った。
二人でこんな所で何をやっているのか聞くと、両親がモンスターに襲われて亡くなり、住んでいた村では生活出来なくなったので、王都へ職を探しに行くつもりだったそうだ。元々姉の方は15歳で成人になったので、王都へ就職するつもりだった様だが、両親が死んだので妹も連れて行く事にしたと。
護衛を雇うお金もなく、家に残っていたボロボロの馬車でなんとか王都まで行こうと考えていたと言った。馬は親が残してくれた唯一の財産だったそうだ……
王都に行けば馬を売って、当面なんとかするつもりだった様だ。
「そっかぁ~ それは大変だったね」
「いえ、王都まで行ければ、きっとなんとかなると思います」
「でも、馬が……」
「はい、しょうがありませんので、ここからは歩いて行くつもりです」
【ルイーズ?この子達の魔力の波動は? 不快かな?】
【この娘たちは獣人なので、魔力はほとんどありません】
【そっか、じゃあゾエ! ルカ! 二人を乗せて飛んでくれ】
【はぁ~? 何言っちゃてるの?】
【えぇぇぇぇ?!】
【あれ? 嫌なの? 俺の言う事聞けないの?そっかぁ~ メルが戻ってきたら……】
【わかったわよ!】
【乗せれば良いんでしょ? もう!】
渋々ではあるが、二人は獣人の娘を乗せてくれる事になった。
「なあ君たち、良かったらドラゴンで王都まで送るけど、どう?」
「えぇ? ドラゴンに??」
「嘘っ! 本当に??」
「俺たちは王都へ向かってるんだ、王都の中迄は送れないけど、近くまでなら送ってあげる、そこまで行けば、モンスターは出てこないだろうしね」
「あ、ありがとうございます!」
馬車にあったロープを使って、二人を落ちない様にワイバーンの首と胴体とロープで結ぶ。
「空の上では風の音で声が聞こえないから、もし何かあったら、片手を挙げて俺に合図してくれ」
「わかりました」
「じゃあ行くぞ!」
ドラゴン達は軽く走って助走をつけると、次々と飛び上がる。彼女達の様子を見ると、ワイバーンに必死にしがみついている。高高度まで上がり、二時間ほど飛行すると王都が見えて来る。
王都の近くまで来たので、農家の家が沢山あり、ここまで来たら安全だと思われた。
シンの合図で降下を開始し、王都まで歩いて一時間程度の距離の場所に着地した。
「ついたよ~」
「凄い! もう王都は目と鼻の先なんて」
「本当はちゃんと王都の中まで送ってあげたいけれど、俺達はこのまま飛んで王宮に真っ直ぐ向かうんだ」
「王宮ですか?!」
「うん、王様に呼ばれているのでね、それで王様にドラゴンを飛んでいる姿を見せないといけないので、ここまでで我慢してね」
「いえ! とんでもない! ここまで送って頂いただけでも感謝しています。ありがとうございました」
深々と頭を下げる姉妹。
「そういえば、自己紹介がまだだったね、僕はシン」
「あっ! 私はルルカで、妹はミオです」
「もし何か困った事があれば、王宮を訊ねてみて。ドラゴンに乗ったシンに会いたいって言ってくれれば、大丈夫だと思うから」
「わかりました! 色々ありがとうございました!」
シンは王様に会いに行く準備をすると言って、三人娘の胸の中心に魔道具の筒を取り付ける。
その様子を黙ってみている姉妹。
「これでよしっ! じゃあ僕たちは行くね」
「本当にありがとうございました」
【いくぞ皆!】
ドラゴン達は助走をつけて少し走ると、空へ舞いあがって行った。シンが下を見ると、姉妹はずっとこちらに手を振っている。
四匹のドラゴンは、王都サファリアへ向かって飛行していった。




