17話 初陣
【次っ! 左斜め下方、目標ガガド巨鳥!急降下でブレス!】
【ハイッ!】
青紫色に輝く鱗が、太陽の光を反射させる。
急降下するドレイクドラゴンは口を大きく開けると、ファイアーブレスを放つ。ブレスが直撃した巨大な鳥が、黒焦げになって墜落していく。その様子をドレイクドラゴンの背に乗りながら見ているシン。
(ブレスは射程50mか……使い勝手悪いな、もう少し射程が欲しいけどな。まっ贅沢言えないか)
【高度50で水平飛行】
シンの指示に従ってドラゴンは飛行する。
【ちっ! 援護は何やってんの! 後ろに食いつかれたぞ!】
突然攻撃を受けたので、怒り狂った他の巨大鳥が、ドラゴンを追いかけて急降下してきた。
【まったく竜使いの荒い人族ね!】
【なんか言ったかっ?!】
【いいえ、なんでもありません!! 撃ちます!】
ドラゴンを追いかける鳥の更に後ろから、三匹のワイバーンがファイアボールを打ち出して巨大鳥を撃墜していく。しかし、一羽取り逃がしてシンの真後ろに迫って来る。
【回避っ!】
鳥の鋭い嘴がシンを襲う寸前に、ドラゴンは体を捻って回避する。空振りして通過した鳥に向けて、鋭い爪が振り下ろされて、鳥が叩き落された。
【ナイス! 上手いぞルイーズ!】
【ありがとうございます】
シンとルイーズ、ワイバーン三人娘は、毎日の様に連携の訓練をしている。
メルとソフィーが黄竜の住む山へと旅立って、既に4日が経過していた。
【よ~し、各自撃墜した鳥を持って、家に集合ね!】
【【【 はぁ~い! 】】】
皆で巣穴の洞窟へと戻り、狩った獲物を食べる。シンも、ルイーズにブレスで肉を焼いてもらって一緒に食事をしていた。
(それにしても予想外だな……同じドラゴン種でもここまで違うとは)
ルイーズ達と狩に出て、今までメルがどれだけ凄い存在だったのか、思い知らされていた。ドラゴンとはいえ、ルイーズでは高ランクモンスターを狩るのは命がけだった。相手が群れを成していれば、問答無用で反撃してくる。メルの時は単騎でも相手は逃げ惑うだけだった。ドラゴンの格がまったく違うのだ。
こちらもワイバーン三人娘と連携で対処するが、かなり手こずっていた。
「いやぁ~ この鳥、美味しいね」
「そうよね、何時もならこいつら狩れないもんね」
「まあ私達の手にかかれば、余裕よ、余裕」
ワイバーンも、普段はガガド巨鳥には手を出さないらしい。群れで反撃されると、ワイバーンでも命の危険がある。今回、シンの指揮で連携で狩をしているので、普段狩れないモンスターを食べる事が出来る。三人娘も文句を言いながらも、シンに従っていた。
日が沈む前に、三人娘は自分達の巣へと戻って行く。
「じゃあまた明日、明日はいよいよ人族の街に行くから、暫く戻れないってちゃんと家に言うんだぞ~」
「わかってるわよ」
「子供じゃないから、大丈夫よ」
「じゃあ、おやすみぃ~」
三人娘が飛び立って行くと、シンは風呂に入る事にする。ルイーズは、どちらかと言うと寒い方が得意なので、ここのお湯は熱すぎて川に水浴びに行く。シンは風呂から出ると、明日からの旅の準備を始めた。
旅の準備が終わった頃に、ルイーズが戻って来た。
「只今戻りました」
「おかえりルイーズ」
「明日はいよいよ人族の街ですね、ちょっと緊張します」
「ルイーズは人族の街は初めて?」
「はい、今まで人族の縄張りに近づいた事はありません」
「そっか、まあ退屈かもしれないけど、よろしくね」
「はい、頑張ります」
人間の姿になれるメルと違い、ルイーズを連れて街中を歩くわけにはいかないので、きっとドラゴン娘達は退屈するだろう。
「そろそろ寝ようか? 明日も早いしね」
「わかりました」
シンが枯葉のベッドに入ると、ルイーズはシンを囲う様に体を丸くする。
「なあルイーズ? ちょっと聞いてい良いか?」
シンは寝ながら、疑問だった事を聞く事にする。
「なんでしょうか? シン様」
「紫竜だけどさ? 種族が違うのに……愛人って、それってアリなの?」
「え?……」
「あいや、ごめん変な事聞いた」
「いえ……同じドラゴン種なので、そういう行為は出来ます……もっとも、子供は出来ませんが」
「そうなんだ、ごめんな、変な事聞いて」
「大丈夫です、お気に為さらずに……それよりも……」
ルイーズはシンの直ぐ側まで顔を近づける。
「シン様の波動、本当に心地良いですね」
「そうなの? 俺にはよくわからないけど、嫌じゃなくて良かったよ」
「メルフリード様が羨ましいです」
「え? なんで?」
「人族の姿で、一緒のベッドに寝ていたんですよね?」
「ま、まあね」
「私にも人族の姿になる力があれば、この波動に包まれて寝れるのに……」
シンとルイーズは眠りについた。
―――――― 翌日。
早朝からシンとルイーズは空の人になっている。
今日のルイーズは、前回のメルと同じ様に荷物を括り付けていた。
【重くない? 大丈夫?】
【このぐらいでしたら、大丈夫です】
空中で三人娘と合流する。
【おはようございます】
【おっはよ~】
【今日も天気が良くてよかったね~】
なんとなく三人娘の会話から、見分けがだんだんついてきたシン。
【おはよう皆、いよいよ人族の街へ行くけど、絶対に人族は攻撃しない事! いいね?】
【そんなに何度も言わなくても、わかってるよ】
いつも口答えするのは「リネ」、真面目な性格が「ルカ」、能天気な発言が多いのが「ゾエ」
【ルイーズ、高度は任せる、風を捉えてあの街道沿いに飛んでくれ】
【かしこまりました】
【三人は上空から援護体制を取って周囲警戒を頼む、今日のルイーズは荷物で機敏に飛べないから、頼んだよ!】
【了解っと、じゃあいっくよ~!】
高高度まで一気に上昇して風を捉えると、翼を広げたドラゴンはぐんぐん加速する。
太陽の光を鱗に反射させ、四匹のドラゴンが空を駆ける。
暫くのんびり空を飛んでいると、ゾエが話しかけて来た。
【ねえねえシンさん、ちょっと聞いていい?】
【ん?なんだ?】
【さっき言ってた、しゅういケイカイ?って何?】
【あ~ それ私も聞きたかった!】とリネも会話に参加してきた。
(い、今更かよっ!)
【お前らなぁ~……周囲警戒ってのはだな……】
シンが途中まで喋ると遮る声。
【あっ! 見てみて すっごいでっかい水たまりぃ~~~】
【うっひょ~~! 本当だね、でっかぁ~い】
【あそこだけ、何日も雨が降ったんだねぇ~】
以前にメルと見た湖を見て、三人娘は興奮している。
(ダメだ、こいつら……諦めた)
暫く飛んでいると、前方にサンスマリーヌの街が見えて来た。
【お、見えて来たぞ! 目的地の街だ】
【うわ~ 人族の街だぁ~!】
【あれ? ねえねえシンさん、なんか……戦ってるよ】
【本当だ、私達と同じワイバーンが居る】
【え? なんだって?!】
ワイバーン達は当然シンより目が良い。
【シン様、ワイバーンが三匹、人族の街を襲っています!】
(竜騎士か、あいつらまた来たのか!)
【急ぐぞ! 高度はこのままで、あいつらの真上から攻撃する!】
【え? 喧嘩するの?】
【そうだ、あのワイバーンは人族に育てられたワイバーンだ】
【あ~ 例の家畜君達ね】
【了解っ! やっつけちゃえ!】
四匹のドラゴンは、高高度のままサンスマリーヌの街へと向かった。
サンスマリーヌの街では。
「くそっ! また来やがった!」
「あいつら絶対に、この辺に隠れてたな!」
竜騎士の攻撃は三度目、シン達が山に戻っている間にも一度攻撃を受けていた。今回は領主の屋敷では無く、一般市民の建物へ無差別攻撃をしかけていた。
「市民は避難しているか?」
「はいっ! 訓練通りとはいきませんが、なんとか!」
騎士達の怒号が飛び交う。
きっとまた来ると予想していたシルフィードは、市民に対して避難訓練を行っていた。市民たちは手近な石作りの丈夫な家へ避難する。
街のあちこちに設置された対空兵器が鉄の矢を飛ばすが、広い範囲を網羅できる数は無く、密度の濃い対空射撃を出来ない状態では、虚しく空を矢が通り過ぎるだけであった。
「イライラするわね、まったく!」
屋敷の窓から街の様子を見ながらシルフィードが呟く。
竜騎士に対して、有効な手段が無いのだ。対空兵器の周りに居る魔術師が障壁で対空兵器を守り、それ以外の騎士は避難している。無意味に殺され、戦力を削がれるのを防ぐためだ。
ただ街が焼かれていく事を黙って見守るしか無いシルフィードは、我慢の限界だった。
ドラゴン娘とシン達は、サンスマリーヌの上空に到達しようとしていた。
【よし、まだあいつらは俺達に気が付いて無いぞ! 急降下でゾエが攻撃、止めはルイーズ! リネとルカは俺達が上昇しようとした所を援護射撃! まず一匹落すぞ! いいか?】
【おっけ~】
【了解っす!】
【かしこまりぃー!】
【攻撃開始! GO!】
シンの指示で、ゾエが急降下を開始する。そのすぐ後ろをピッタリとルイーズが追従した。
急降下する二匹。ほとんど垂直に降下をしている。
竜騎士の一人がホバリングモードで静止したのを見て、ゾエはその一人に照準を絞った。
【3・2・1 ってぇぇぇぇ!】
ゾエがファイアボールを打ち出すと、竜騎士のワイバーンの頭に直撃した。大爆発を起こして竜騎士が炎に包まれ、次の瞬間にはゾエがその横を垂直に通り過ぎる。
炎に包まれたワイバーンの頭部に、急降下で勢いのついたルイーズの右手の爪が命中して頭部を砕いた。ワイバーンは竜騎士を乗せたまま墜落して行く。
【上昇っ!】
急降下で落ちるルイーズは既に高度50mを切っていた。羽を前に広げて、一気に減速をかける。
先に急降下したゾエはギリギリ高度10mで垂平飛行に移った。街の建物と建物の間をかすめて飛ぶ。
ルイーズは減速しきれずに地上に足を付けて不時着すると大きな土煙が上がる。シンの荷物が重すぎて思った通りの機動を取れなかったのだ。
屋台を吹き飛ばしながら、地表を走り地面を蹴って勢いを付けると、なんとか垂平飛行へと移そうとするが、街道沿いにある屋台に羽がぶつかって思う様に飛べない。屋台を吹き飛ばしながら進むルイーズ。
シンも、目の前に屋台のテントや食べ物が飛んでくるので頭を低くして必死にルイーズに掴る。上空から見ると明らかに動きの鈍いルイーズ。それを見た竜騎士がルイーズ目掛けてファイアボールを放とうとする。
【させないよっ!】
【甘いっ!】
高高度で援護に残っていた二人娘のファイアボールが一人の竜騎士に直撃して、竜騎士の上半身を吹き飛ばした。竜騎士の下半身のみを乗せたワイバーンが慌てて逃げて行く。
(うげぇ~ グロイ……)
半分だけになった人間を見てしまったシンは吐きそうになるのを耐える。しかし視界の片隅に残った竜騎士が、ルイーズ目掛けてファイアボールを撃ちだすのが見えた。打ち出されたファイアボールは正確にルイーズを捉えている。
(げっ! マズイッ!)
【回避っ!】
羽に引っ掛かる屋台に悪戦苦闘しながらも、ルイーズは回避を試みる。
『ドンッ!!』
直撃は避けたが、すぐ近くに着弾したファイアボールは爆発を起こした。爆風と炎がシンとルイーズを襲う。
【キャッ!……??? あれ?】
シンはとっさに障壁を展開して爆風からルイーズと自分を守った。竜騎士はファイアボールが外れたのを見ると、慌てて逃げはじめる。
【逃がすもんか!】
上空の二人娘が逃げる竜騎士を追従してファイアボールを放つ。二人の放ったファイアボールは見事に命中した。
【やりぃー!】
【いっちょ上がりっと!】
『ドドン!』と派手な音がして炎に包まれた竜騎士が街の外へ墜落していった。
【シン様? 大丈夫ですか?】
【ああ、大丈夫だよ、スープを被ったけど幸い熱くなかったからね、ルイーズは大丈夫?】
【ええ、私も体はなんともありません、それと……ありがとうございました、正直危なかったです】
【気にしない、お互い様だから】
ルイーズは障壁でシンに守られた事を言っている。ルイーズもようやく高く飛べたので、今は街の上をゆっくり旋回し始めた。逃げた竜騎士を追っていた二人娘も戻り、4匹のドラゴンはゆっくりと街の上を旋回する。
(あちゃぁ~ 屋台が全滅してる……)
メインストリートに並ぶ屋台は、シンとルイーズによって破壊されつくしていた。
屋敷のバルコニーでは、シルフィードが信じられない物を見る目で空を見上げている。
「何がどうなってるの?」
突然現れたワイバーンとドラゴンが竜騎士と戦闘を始めて、三騎の竜騎士を倒したのだ。
「あれは、シン殿ですな」
「でも、乗っているのはレッドドラゴンのメルじゃないわよ」
「そうですね、しかもワイバーンは人が乗っていない、野生のワイバーンですね」
騎士隊長とシルフィードは、上空を旋回するシン達を見ている。
「お、こちらに来る様です」
シン達は屋敷を目指して飛ぶと、ホバリングモードで降下を始め、屋敷の中庭に着地した。
【みんなお疲れ!】
【シン様もお疲れ様です】
【ちかれたぁ~】
【楽勝、楽勝っ!】
【おなかすいたぁ~】
シンはルイーズから降りると、早速荷物を降ろし始める。
【ありがとな、ルイーズ】
【どういたしまして】
シンとルイーズがそんな会話をしていると、ゾロゾロと騎士達が中庭に集まりはじめた。三人娘はキョロキョロして、人族の家や騎士達を興味深気に見ている。騎士達は、遠巻きに四匹のドラゴン達を見ていた。
「おかえりなさい シン殿」
シルフィードが中庭にやってきて、シンに声を掛けた。
「こんにちわ、シルフィードさん」
「あの? シン殿、そちらのドラゴン達は?」
「えと、ドレイクドラゴンのルイーズと、あっちのワイバーンが「リネ」「ルカ」「ゾエ」です」
「いえ、名前では無くて、メル殿はどうしたのですか?」
ドラゴンの名前では無くて、メルフリードは何処に行ったのか? 何故他のドラゴンと一緒なのか?それを知りたいシルフィード。
「えっと、話せば長くなるので、その前にこの子達に食事の用意できますかね?」
「ご、ごめんなさい。生憎家畜は今すぐは用意出来ないの」
突然来られても事前準備をしていない為、家畜はここには居ない。農家にお願いして家畜を買い取らないといけない。
「そうですか……」
【皆、暫く俺は人族と話があるから、森に行って狩りしておいで】
【え~? 働いたばっかなのにぃ?】
【三食昼寝付じゃ無かったのぉ~?】
【ひょっとして私達、騙された?】
三食昼寝付きで狩をしなくても人族がご飯を用意してくれると言って連れて来たので、ぶーぶー文句を言う三人娘。
【わかりましたが、私達だけで行っても良いのですか?】
【ああ、構わないよ。この辺の森は強いモンスターは居ないってメルが言ってた。野生の牛が多いって】
聞き訳の良いルイーズにそう答えて、三人娘を見る。
【ちゃんとご飯の用意をしてもらう為に話をするんだ!夜遅くまで待てるなら、待ってても構わないぞ】
文句を言いながらも、三人娘は飛び立って狩りへと向かう。
【あいつらの面倒を頼むな】
【わかりました、ではまた後で】
ルイーズも三人娘を追いかけて飛び立って行く。
その姿を見送った騎士隊長がシンに話しかけて来た。
「それにしても、助かりましたシン殿」
「いえいえ、丁度良いタイミングでしたね」
「まあ、ここで立ち話もなんですから、中に入りますか」
「そうですね」
シン、シルフィード、騎士隊長のエバンスは屋敷の中へと入って行った。




