16話 新しい翼
目が覚めると、シンはベッドに寝ていた。
(あれ?…あぁ、竜騎士に攻撃されたんだっけ? その後……どうなったんだ?)
シンがベッドから起き上がると、人間形態のメルが椅子に座り、ベッドに頭を預けて寝ていた。
「メル?」
「ん?……目が覚めた?」
シンの声でメルは直ぐに目を覚ますと、心配そうな顔でシンを見る。
「俺は、どうなったんだ?」
「怪我してたの、それで癒しの力を使ったの、どこか痛い?」
「いや、大丈夫だ、ありがとなメル」
シンは戦闘の後、傷が原因で意識を失った。
シンの怪我は予想以上に酷く、応急処置で魔術師が癒しの魔法を使ったが、完治するには程遠い状態だった。メルは狩りから戻ると、シンの事を聞いて大急ぎで癒しの力を使ったのだ。ソフィー程では無いが、メルも癒しの力は使える。
魔術師達とは桁違いの魔力で、シンの傷を完治させたメル。その後はシンが心配で、ずっと看病していたらしい。
「良かったぁ~。ごめんねシン、狩に行っている間にこんな事になるなんて」
「いや、メルのせいじゃ無いだろ? 傷を治してくれたんだし、そんな顔するなよ」
シンはメルの頭を優しく撫でる。
「もう大丈夫そう?」
「ああ、大丈夫だ」
「わかった! じゃあちょっと行ってくるね」
「行くって何処に?」
「決まってるじゃない! シンをこんな目に遭わせたワイバーンを狩によ」
メルは帝国の竜騎士どころか、帝国を灰に変えてやるつもりでいる。
「まてまて、それはダメだ」
「なんでよ?! シンをこんな目に遭わせたのよっ! 許せる訳無いじゃないの!!!!」
「あ~ 行くなら俺も一緒に行って復讐したいだろ? だから今は待ってくれ」
「そうなの? わかった! じゃあ行くときは一緒ね!」
メルにはこう言って納得させたが、シンは気掛かりな事があって、このままメルを行かせる訳にはいかなかった。このままメルが帝国を攻撃したら、ドラゴン達の意志に背くのではないかと懸念があった。
竜騎士の件で、ドラゴンが直接人間を攻撃するつもりなら、とっくにやっているだろう。わざわざシンを使者だとかにはしないはずだ。あの場でメルが攻撃されたのなら、当然反撃して問題は無かったが、メルは居なかった。攻撃されてないメルが、わざわざ帝国まで出向いて攻撃するのは、ちょっと違う気がした。
シンの側から離れないメルの頭を撫でて居ると、部屋にシルフィードが入って来た。シルフィードの後ろにはアビスも居る。
「目が覚めた様ですね」
「ええ、ご心配をお掛けしました」
「あ、あの……ありがとうございました」
アビスは深々と頭を下げる。シンに庇われてアビスはたいした怪我も無く無事だった様だ。恐縮しているアビスに、シンは気にしない様に言って安心させると、アビスは退席した。
シルフィードと話をすると、あれから三日経っている事に気が付く。
「俺、そんなに寝ていたんですか?」
「ええ、傷が思った以上に深かった様です」
話によると、全身重度の火傷を負った状態だったそうだ。姫様は王都から帰還命令が来て、今朝早く王都へと戻って行ったと聞かされる。
「竜騎士の強行偵察だった様ですね、本当にドラゴンがこちらに協力しているのか、確認しに来たのでしょう」
「そうですか……」
「それでシン殿には、悔しいとは思いますが、帝国への反撃は自重して欲しいと姫様からの伝言です」
「それは何故ですか?」
シンはてっきり、メルと一緒に帝国を攻撃して来いと言われるのかと思っていたので、ちょっと驚く。
「メル殿とエリス様が契約を行ったと、大陸中に噂が広まっています、もしメル殿が帝国を攻撃したら……」
「なるほど、全面戦争になりかねないと?」
「その通りです、まだこちらは帝国と事を構える準備が出来ていません」
「わかりました、実は僕も、一度メルの家に戻ろうと思っています」
「え? それはまたどうして?」
「ソフィーに、メルがこのまま人族の戦いに協力しても良いのか、確認する必要があります」
「協力して頂けないのですか?」
「ドラゴンが人族を攻撃するつもりなら、最初から僕を使者なんかにせず、自分達で帝国を灰にしているでしょ?古代竜のメルに人族を攻撃させても良い物か……」
「それも、そうですね」
「それと、お願いがあります……メル!そこの棚の荷物を取ってくれ」
シンはメルにお願いして、戸棚にある荷物を出してもらう。メルの出した荷物には、ソフィーの鱗が入っている。シンは、ソフィーの鱗とグリフォンの皮をシルフィードに渡す。
「これで僕の新しい鎧、作れませんかね?」
「これは凄いですね、伝説級の素材ですか……流石にこれだけの素材となるとこの街では無理ですね、王女様にお願いしてみます。王宮御用達の防具職人に頼んでみてもらいましょう」
早速シルフィードは王都へ素材を送る手配をしてくれる。三日後、シンの体力が回復したので、シンとメルはアルバント山にある洞窟へと飛び立って行った。
洞窟へ戻ると、ソフィーが笑顔で出迎えてくれた。
「どうしたの? 思ったよりも早いご帰宅ね、私も用事があったから丁度良かったけれどね」
「実は……」
シンはこれまでの事を簡単に説明した。
帝国や王国、人族の国家構成とパワーバランスについてや、ワイバーンの竜騎士に攻撃された事。帝国に竜騎士を止める様に説得するのは難しそうな事。
メルを戦争に巻き込んでも良いのか? 等々だ。
「そう、話はわかったわ」
「それで、メルを戦争に巻き込むのは?」
「それは許可できません」
「何故よ?! 母様?? シンが怪我をさせられたのよ! このまま黙ってる事なんて出来ないわ!」
メルはソフィーに食ってかかる。
「メルフリード! 私達古代竜は人族の争いに関知しない、これは竜族の取り決めよ、わかっているでしょ?」
「だけど……」
「シン、ごめんなさいね。今言った通り私達が争いに関わると、この世界は滅びてしまうわ」
「そうだと思ったよ、だから一度ここに戻って来たんだ」
「シンは理解が早くて助かるわ」
ソフィーの話によると、古代竜族は人族の争いには関わらないと、取り決めが行われている。それは、古代竜は人族との間に子を産む事が出来るからだ。パートナーとなった人族にはドラゴンも情が移る。
人族は戦争ばかりやっているので、その人族の味方を当然行いたくなるのは自然の事だ。今回のメルの様に、シンに肩入れしたくなるのだ。
それをやってしまうと、相手の国家にも同じ様にドラゴンとパートナーになった人族が居ればドラゴン同士の争いにも発展する。パートナーが居なくても、子孫が残って居たりするとやはり肩入れしたくなる。今回は青竜の子孫がジラール王国のい王族に居たが、帝国に古代竜の子孫が居ないとは限らない。
古代竜同士が本気で争えば、その周りは灰となり、二度と戻らない不毛な台地が広がる事になる。
守るはずの、味方するはずの人族も巻き込み、何もかもが灰になっていまうのだ。古代竜は、人族を愛する事がある故に、人族の争いには関知しないと取り決めが行われていた。
「まっ、それは私達古代竜の力が強すぎるからなのよね」
「流石に世界が灰になっちゃ困るから、当然と言えば当然だね」
「それと、話は変わるのだけれど、メルを暫く私に返してもらえるかしら?」
「へ? うん……どうかしたの?」
「母様?」
突然の言葉に、メルも驚いている。
「実はね、前に少し話をしたけれど黄竜のオス「アルフォンス」がね、酷く怒っているのよ」
「怒っている?」
「ええ、アルフォンスの求婚を蹴って、メルフリードが人族とかけおちしたって噂が広まっていてね……」
「か、かけおち???」
「母様っ?! 何を言ってるの?」
「シンと一緒に人族の街に行ったでしょ? だからかけおちして、メルフリードは人族と一緒に暮らすつもりだって」
「それはまた……」あまりにも無責任な噂に茫然とするシン。
「私が誰と何をしようと、あのオスには関係ないでしょ?」
メルは相当黄竜のオスが嫌いの様子で、物凄い怒っている。
「メルフリード、あなた求婚されてちゃんと答えを返していないでしょ?」
「答える必要なんてないわ! 既に奥さんが二人いるのよ? 求婚する方がおかしいじゃない!」
「それでも、ちゃんとお断りしないとシンにまで迷惑がかかるわよ」
「シンに? シンは関係ないでしょ?!」
「アルフォンスは、シンとかけおちしたと思って、人族の街を焼き払うって凄い勢いだそうよ」
「バッカじゃないの?!」とメルも呆れている。
「今は二人の奥さんが押さえているけど、とにかく一度行って、ちゃんとお断りしないとダメです」
「街を焼き払うって・・・それは物騒な」シンは苦笑いだ。
「ほんと、嫉妬に狂ったオスって見苦しいわね」
ソフィーは溜息交じりにそう言うと、メルを見る。
「あなたは私と一緒に、黄竜の住む山へ行くのです。そしてちゃんとお断りしなさい」
「えぇぇぇ? あんな所まで行ったら、何日かかるのよ?! 嫌よ! それに私が居なくなったら、シンはどうするのよ?」
「いや、俺はメルが戻って来るまで、人族の街で暮らすから心配無いよ」
シンはサンスマリーヌで暮らすつもりでいる。
「ダメよ! またワイバーンが来たら、今度こそ死んじゃうでしょ? 私が居なかったら、今回だって傷を癒せずに危なかったのよ!」
「大丈夫です、ちゃんと手は打ってあります」
ソフィーはそう言うと、念話を送った。
【入って来なさい!】
ソフィーの声と共に、洞窟に羽音が響き渡たる。ノシノシと言う足音と共に、青紫色をした綺麗なドラゴンが現れた。メルよりも体長は大きく、とても綺麗な色をしている。ドラゴンではあるが、顔もメルと同じ様に綺麗な顔で、目が大きくて可愛らしい、女の子っぽい顔をしたドラゴンだ。
「あ、あなたは……確か……」
メルがそのドラゴンを見て驚いたようにそう呟く。
「この子は「ルイーズ」この山で保護する事になったのよ」
「保護??」
「この娘はね、紫竜の愛人をさせられていたのよ、無理矢理ね。でも奥さんにバレて、奥さんが怒り狂ってね、この娘を殺そうとしたの。そこで青竜が私に相談してきて、私の所で面倒を見る事になったのよ。うちは女所帯でしょ? 他の所はオスが居るから、また間違いが起きたら困るっていう訳」
「嫌よ! この子……こんな子と一緒にシンが居たら、今度はシンがこの子に夢中になったらどうするのよ?!!」
メルは色っぽいルイーズにシンを盗られると思っている様で、凄い勢いで反対を始める。
「えっと、このルイーズさんは……人族の姿になるの?」
「いいえ、この娘はドレイクドラゴンよ、人族の姿にはなれないわ」
ソフィーがルイーズを見ながらそう言うと、メルが物凄い勢いで食って掛かる。
「私は反対よ! 紫竜の愛人をやっていた事は同情するけれど、だからと言ってシンの近くには置けないわ!」
「いや……メル?……俺が、このドラゴンに惚れるとか思ってるのか?」
「うぅ……そうよ……」
悔しそうな顔のメル。
(おいまて! いくら俺でも、ドラゴンのままの娘には欲情しないぞ!)
「それは、まったくもって、無意味な心配だと思うぞ……」
苦笑いのシン。
「はぁ~ シンの言う通りよメルフリード、少し頭を冷やしなさい!」
「うぅ~~!!」
メルは唸りながら、ルイーズを睨みつけている。
ルイーズはとても居心地が悪そうだ。
シンはメルを放って置いて、話を進めることにした。
「僕に紹介するって事は、ルイーズさんに乗っても良いと?」
「ええ、そのつもりだけど……ルイーズ? シンを乗せても良いかしら?」
【はい奥様、シン様の波動はまったく問題ありません。助けて頂いた御恩に報いる為にも、私で良ければどうぞお使いください】
「でも、僕と一緒に居ると、ワイバーン達と戦う事になるけど?」
「それは問題無いわ、人族の争いに関わらないのは、私達古代竜だけの取り決めよ。この娘の種族はそんな取り決めは無いのよ」
「そうなんだ」
「それとね、ルイーズだけでは心配なので、シンの護衛にワイバーンの三人娘を付けるわ」
「へ?」
「以前メルフリードと一緒に会った事あるでしょ?」
「ああ! あの時のワイバーン?」
「そう、今回の噂を広めた張本人達、おかげで黄竜の所まで行く羽目になったわ、それで先日少しお灸を据えたのよ」
「そ、それで?」
「喜んで、シンの護衛役を引き受けてくれたわよ、後で紹介するわね」
「そうですか……」
(ソフィーにたっぷりと、虐められたに違いない)
【ルイーズさん、これから暫くの間よろしくね】
【こちらこそよろしくお願いします、シン様】
ソフィーは、ドレイクドラゴンにシンを任せるの事にしたが、戦闘力的には不安があった。万が一シンに何かあれば、メルフリードがどれほど悲しむかよくわかるからだ。そこで、ワイバーンの三人娘を懲らしめたついでに、シンの護衛を引き受けさせたのだ。癒しの力を使える自分達が居ない間に、シンに怪我でもされたら大変だ。
過保護とも言える戦闘力をシンにつける事にした。
拗ねているメルを別室へと連れて行くシン。
人間形態になってもらい、そんなメルの頭を優しく撫でる。
「メル、心配しなくても大丈夫だよ」
「だって、あの子……」
「いや、あのドラゴンは人族の姿にはなれないだろ?」
「でも、あの子の噂は聞いたことがあるの、オスはみんなあの子に夢中になっちゃうって」
「あはは、大丈夫だよ。少なくとも俺は人族だし、人族の姿になれないドラゴンに惚れる事は無いぞ」
「なら良いけど…‥シンは誰にでも発情するから」
(しねーよっ! 少なくとも素のドラゴンには発情しねぇぇ!!)
「メルは安心して、そのアルフォンスだかに引導を渡しておいで」
「うんっ! わかった! でも私が居ないのに、絶対に無茶はしないでね? あと人族のメスに発情もダメよ!」
「……まあ、頑張るよ」
―――――― 翌日。
メルの背中に乗るシンと、ルイーズ、ワイバーン三人娘が対面した。5匹は空中で静止してホバリングモードで挨拶を始めた。
【私は、ルカ】
【私は ゾエ】
【私は リネ】
「シンだ、よろしく」
【私はルーズです、よろしくお願いします】
(ワイバーン三人娘か、見分けがつかないな)
【ふぅ~ん、あなたが噂の愛人さん】
【紫竜の愛人がバレて奥さんに殺されそうになったんだって? キャハハハ】
【それで今度は、メルフリードのお気に入りの人族に取り入るつもりなの?】
とても友好的とは言えない三人娘の会話に、ルイーズはイライラを爆発させた。
【くっ!!ワイバーンごときが! ドレイクドラゴンの私によくもそんな口が聞けるわね!】
【なあに? やる気? 三対一で勝てるとでも?】
「おいっ! やめなさい! 皆仲良くしないとな?」
シンが仲裁に入るが……
【ちょっと、人族ごときが私達に意見する気?】
【メルフリードのお気に入りだからって、調子に……うぎゃっ!】
最後までワイバーンが喋る前に、三人娘は墜落していく。メルが速攻で三人娘をぶん殴ったのだ。森に墜落した三人を見下ろして、真上からメルが睨みつける。
【良い事あなた達! よく聞きなさい! このシンはね、古代六竜の使者に選ばれたのよ!シンをバカにするって事は、私達古代竜をバカにしたと同じ事なのよ!】
殴られた頬をさすりながら、怯える目でメルを見上げる三匹。
【もし、私が居ない間にシンに何かあったら唯じゃおかないわよ!あなた達の巣穴ごと、親兄弟すべて灰にしてやるわよ! わかった??!!!!】
【…………】
あまりのメルの迫力に言葉の出ない三人娘。
【わかったの?! 返事は?!】
【は はいっ!!】
【誓約しなさい! シンの言う事は絶対よ! シンに絶対服従をこの場で誓約しなさい!!】
ドラゴンの三人娘は腹を見せて転がると、誓約を口にした。
(なるほど、動物の降伏は腹を見せるって言うけど、ドラゴンも一緒か……)
上空を見上げると、青い顔をしてルイーズが震えている。もともと青い鱗ではあるが……
翌日の早朝、シンを心配しながらも、メルとソフィーは黄竜の住む山へと旅立っていった。
次話から新章となります。
特に章管理はしませんが、メルに代わって新しいヒロイン?w
「ルイーズ」と「三人娘」の活躍にご期待ください。




