15話 敵襲
「首尾はどうかしら?」
「現在密偵と特定出来た人物が5名、容疑者は15名です」
「引き続き見張りをお願いね」
「ハッ!」
ウェストリア伯爵家の執務室で、シルフィードは騎士隊長から報告を受けている。
ドラゴンが来た事で、慌てて本国へ連絡を取った間抜けな密偵が、騎士隊の諜報網に引っ掛かりはじめていた。
「今日から第二段階に移行して頂戴」
「了解です、派手に噂をばら撒いて来ます」
シルフィードは今日から、「ドラゴンがジラール王国に協力してくれる事になった」と噂を流し始める予定だ。これで「帝国の竜騎士」なんか怖くないと噂を広める。
この噂はすぐに帝国へと伝わるだろう。帝国に対する牽制としては申し分無い。
「エリスティーナ王女とレッドドラゴンが契約を結んだ」
この噂は流した本人達の予想を上回り、一気に大陸全土へと駆け巡る事になる。
シンとメルが領都サンスマリーヌへ来てから一週間が過ぎていた。
シンは騎士達から「肉体強化魔法」の訓練を受けている。剣を使った戦い方を学ぶ。その他にも、魔術師から障壁魔法を教わったりと、充実した日々を送っていた。
メルの方は、王女に引っ張られて街の中へ一緒に出かけてたりもしている。
必要以上にくっつく王女を突き放しながらも、メルも人族の街を見て楽しんでいる様子だ。メルの服のレパートリーが増えてシンも嬉しい限りだ。王女はメルの服を、出かける度に買ってくれる。
先日メルに「王女の魔力の波動は大丈夫なのか? 嫌じゃないのか?」と質問したところ、意外な答えが返ってきた。
「あの人族のメス、青竜の子孫だと思う。青竜の波動にそっくりだから、不快ではないよ」
メルはそう言った。
王女に、魔力の強い先祖が居たのか聞いてみると、国を作った第1代目の国王が、凄い魔力の持ち主だったそうだ。恐らく青竜のオスと、人族のメスの間に生まれた子供だろうとメルは言っていた。
人間の家畜だけでは物足りないメルは、一日置きに狩りへ出かけている。
朝早く出かけて、夕方には戻って来る。その時「お土産」と言って森のモンスターを持ち帰ると、屋敷の料理人たちは大喜びで、腕によりをかけてモンスターの料理を作ったりと、和やかな日々が過ぎていた。
今日もメルは狩へ行って不在だ。
中庭に、剣と剣がぶつかり合う音が響いている。騎士達が行う訓練の中に、シンの姿もあった。
「休憩にしましょうか?」
「ハァハァ……わかりました」
「それにしても、シン殿は筋が良いですな。多少の粗は目立ちますが、魔力量が多いので、力技でなんとかなりますし」
「ありがとうございます」
シンの大きな魔力で肉体強化を行うので、多少の技術的不利は、簡単にひっくり返す事が出来る。今では一般の騎士達と、互角に渡り合う事が出来る様になっていた。
もちろん精鋭騎士や、近衛騎士の足者にも及ばない実力ではあるが、それなりに自分の身は自分で守る事が出来る様になって居る。
騎士達も驚くほどに、シンは飲み込みが早かった。
騎士との訓練が終わると、今度は魔術師と魔法の訓練。
ウェストリア伯爵家の魔術師である女の子、「アビス」と言う名の子が、シンの先生役をかって出てくれた。彼女はオークに捕まったところを、シンとメルに助けられた子だ。シンに恩義を感じているアビスは、親切丁寧に魔法を教えてくれる。
最初はドラゴンの使者と思って緊張していたアビスも、今ではすっかり打ち解けている。
魔法の訓練も一段落して、中庭の木陰に座りながら、アビスが用意して来た水筒からお茶をもらう。二人でお茶の飲んでいるとアビスが質問してきた。
「シンさんって、何処の国の人なんですか?」
「え? え~っと……自分でも分からないんですよ、記憶が無いので」
「そうだったのですか、黒い髪に黒い瞳なんて、とても珍しいと思いまして」
アビスはシンの黒髪を見ながらそう言う。
「そう言えば、こっちの世界で黒髪は見た事ないな……」
「え? こっちの世界?」
「あ、あいや……なんでもありません。そうですね、黒い髪は珍しいかもしれませんね」
「知っていますか? おとぎ話の「大魔導士とドラゴンの恋」あれに出てくる大魔道師も黒い髪で描かれているんですよ!」
「え? そうなの?」
「絵本に出てくる大魔導士は必ず黒い髪なんですよ。子供の頃から黒髪って珍しいと言うか、変わってるって思って居て」
「へぇ~ そうなんだぁ」
「初めてシンさんを見た時に、真っ先に思い出したのが、その絵本だったのですよね」
「あはは、そうなんだ」
「しかもドラゴンに乗っていたので、絵本の中から出てきた人かと思いました」
そう言ってアビスは笑う。
「大魔導士ねぇ……まあ僕は障壁魔法を使うのがやっとですけどね」
「それって凄い事なんですよ! シンさんは肉体強化も出来て、障壁も張れる、なかなかこんな人は居ませんよ」
「そ、そうなの? だってアビスさんは色々な魔法使えるじゃないですか?」
「私達は特別なんです、だからこうやって魔術師の仕事が出来るのですから。普通の人は出来ません。だからシンさんも特別な人なんですよ」
「特別ねぇ」
特別だと言われても、しょぼい障壁魔法しか使えないシンはいまいち納得できない。
「私達は、幼い頃に優れた魔力資質があると認められると、有無を言わさず訓練学校に入れられるのです」
「え? 無理やり?」
「はい、優れた魔力資質の持ち主は国の宝ですから。親から引き離されて訓練学校へ入れられます」
「それって、なんか酷くない?」
「いいえ、とても名誉な事です。親たちも国からお金が貰えますし、学校に入れる子供が居るだけで、村中大騒ぎで大喜びですよ。学校を出たら、ちゃんと魔術師としてのお仕事が出来ますから。王宮や、領主様にお仕えできますし、そしたらお給金も沢山もらえます」
「なるほど、貴重な訳だ、魔術師は」
「はい、より多くの魔術師を抱えている国は、それに比例して国力が強いです」
「なるほどねぇ~」
「騎士達は肉体強化の魔法は使えますが、障壁を張る事が出来る人は、そう居ません」
「え? そうなの?」
「近衛騎士や精鋭騎士でも、稀に居るぐらいですよ」
「えぇぇぇ? じゃあ俺って意外に凄い?」
「はい! ハッキリ言っちゃうと、肉体強化の魔法はそれなりに使える人は多いんですよ、狩人とかも使えますしね」
「ああ、そうだね、狩人も使えるね」
「ところが、それ以外の魔法を使える人はほとんど居ません」
「え? でも生活魔法は?」
「生活魔法を使える人も結構貴重なんですよ。最も、魔力量が少なくて、生活魔法しか使えないってのが実情ですね」
「ん? どういう意味?」
「私達と同じ様に優れた魔力資質を持ちながらも、魔力量が少なくて魔術師にはなれないんです、そういう人はそれなりに居ます」
「なるほど」
「優れた魔力資質を持ちながら、魔力量が一定以上ある人が訓練学校へ行けるのです」
「そうなのかぁ~」
「障壁は物理攻撃はもちろんですが、魔法攻撃を防いでくれますから、騎士が使えるとかなりやっかいなんです」
「やっかい?」
「あっ、私達魔術師から見るとですね。魔法を障壁で防ぎながら、剣で切り込んでこられると、私達は手も足も出ませんから」
「なるほど、魔術師の天敵ですか、俺は」
「はい! だから敵にならないでくださいね」
そう言って笑い合う二人。
今日の訓練も終わり、お茶の後片付けを始めようとしたその時、大きな爆発音が響いた。
「な? なんだ??」
見ると、屋敷のすぐ外で大きな火が上がっている。
『敵襲ーーーーー!! 敵襲だぁーーーーーー!!』
そんな声が響き渡る。
次々と起こる爆発音。
空を見ると、ワイバーンの姿があった。真っ直ぐにこちらへと突っ込んでくるワイバーン。
「ひぃっ!」
ワイバーンを見たアビスが悲鳴を上げ恐怖で頭を抱えてる。
口が大きく開かれると、そこから真っ赤な球体の炎が発射された。シンはアビスを庇う様に抱き寄せると、咄嗟に左手を上げて障壁を張る。
『ドドーンッ!!!』
障壁に当たったファイアボールは大爆発を超し、シンの張った障壁はガラスが割れる様に、粉々に砕け散った。
「くっ!」
爆風と、防ぎきれ無かった炎がシンとアビスを襲う。
シンの全身を痛みが駆け巡る。
「大丈夫か?!」
「は、はい……大丈夫です」
爆風が収まると、シンは抱き寄せていたアビスに声を掛ける。
「ちっ! あれが竜騎士か」
シンの見上げる先には、飛び回るワイバーンと、その背中には鎧を着た騎士が乗っている。
「落ち着けぇぇぇぇ! 落ち着いて対処するんだ!」
屋敷から駆け出て来たラルが叫んでいる。
「対空戦闘よーーーーい!」
屋敷の入り口の方には、苦々しげに空を見上げる王女の姿があり、周りを近衛の魔術師が障壁を張っている。何重にも張られた障壁は、ファイアボールが直撃してもビクともしない。
シンの張った障壁とは大違いだ。
何人もの近衛騎士に守られ、障壁で守られている王女は堂々としていて、竜騎士を睨みつけていた。
「シン殿! アビス! 大丈夫か?」
シルフィードが他の魔術師と一緒に駆けて来る。
風魔法を飛ばすが、ワイバーンはヒョイとシルフィードの飛ばしたウンドカッターを避けて飛ぶ。シルフィードと一緒に駆けて来た魔術師達によって、シンとアビスの周りにも障壁が張られた。
「シン殿、アビスを庇ってくれてありがとう」
「ああ、それよりも……」
シンは飛び回っている竜騎士を睨みつける。
「帝国の竜騎士がこんな所にまで来るとはね」
シルフィードも空を見上げながらそう呟いた。
【メル! 聞こえるかメル?!】
シンはメルに念話を飛ばすが、メルからの返事は無い。
メルは今頃森で狩の最中だろう・・・・
(くそっ! 距離が遠すぎるか)
近衛隊長のアルは流石に落ち着いて、次々と指示を飛ばしている。騎士達も、そんな声に応える様に落ち着いて対処を始めていた。
「撃ち方始めーーーーーー!!」
中庭に声が響くと、対ワイバーン用の対空兵器が鈍い音と共に咆哮を挙げた。
「ヴィーン……ドドドドド!」
まるで現代兵器の機関砲の様な音と共に、空に向かって鉄の矢が飛ばされる。しかし、思う様に矢は当たらないが、流石に驚いた竜騎士達は上空へと舞い上がって距離を取った。
高高度から次々とファイアボールを打ち出してくる。
魔術師が飛んでくるファイアボールを障壁で防ぐ。ファイアボールは障壁と当たると大爆発を起こした。爆風が走り回る騎士達を襲う。
「くそっ! 好き勝手やりやがる」
思わず悪態をつくシン。
上空を飛ぶ竜騎士は3騎だった。
(たった3騎でこれかよ!)
竜騎士達は、高高度からの直線的な攻撃では軌道を読まれて障壁で防がれるので、あまり効果が無いと思ったのか、暫く上空を旋回した後、引き返して行った。
「行ったか……」
シルフィードが遠ざかる竜騎士を見ながらそう呟いた。
周りを見ると、酷い有様だった。
爆発で大きく幾つもの穴が開いた中庭。怪我をした騎士達が転がり呻いている。無事だった騎士達は、怪我をした者を運んでいる。
「シン殿、怪我の手当てを」
シルフィードがそう言って、シンは初めて自分が酷い恰好だと知った。
あちらこちらに火傷を負い、元々ボロボロだった鎧だが、もう使えないのでは無いかと思うほどボロボロだった。
「あれ?……」
シンは体の力が抜けて、その場に倒れ込んだ。
「シン殿? 大丈夫か? シン殿?!……救護班! こっちにもだ!!」
シルフィードの叫ぶ声が段々と遠くなっていき、シンは意識を失った。




