12話 屋台
サンスマリーヌのウェストリア伯爵家の屋敷では、まだかまだかと首を長くして待つ、三人の姿があった。
シルフィード、エリス、ラルは、屋敷の二階にあるバルコニーでお茶をしながら、上空を見上げている。
「遅いわね・・・・・」とシル。
「本当に今日来るんでしょうね?」とエリス。
「ところで、この屋敷の場所は知っているのですか?」とラル。
「・・・・常識的にわかるでしょ? 領主の屋敷よ」とシル。
この都市の中心部、少し小高い丘になった所にこの屋敷はある。この都市で一番大きな建物で、一般常識的に誰が見ても一目瞭然だ。
「・・・・っ!! 来たっ!」
シルフィードが上空を指さして、叫んだ。
「え? 何処?」とエリス。
「あ、いました! アレですね」とラル。
三人は城壁のちょっと上をずっと見ていたのだが、メルとシンはかなり高い高度を飛んでいたので、気づくのに遅れた。
シンとメルはすぐ近くの高高度を飛んでいた。そして、一気に高度を落とし始めたのだ。城壁に沿ってぐるりと都市の周りを飛ぶドラゴン。
「凄い、本当にドラゴンが来た・・・・」エリスは空飛ぶレッドドラゴンの姿に見惚れていた。
「・・・・・何をやっているのでしょうか?」とラル。
真っ直ぐここに来ると思って居たが、ドラゴンは城壁の周りを一周すると、もう一周し始めた。
「ひょっとして、この屋敷を探してるとか?」とシルフィード。
『ド、ドラゴンが出たぞ~~!!!』
『帝国の竜騎士だ! 逃げろっ!!』
『帝国軍の襲撃だ! 早く逃げろ~!!』
街の中から、そんな叫び声が聞こえ始める。
住民がメルの姿を見てパニックになりはじめていた。しかし、今日は街の各地に騎士達が配置されている。住民のパニックを抑えるために、騎士たちは必至に「あれは敵じゃない、お客さんだ、危険は無い」と叫んでいた。
【どうするのぉ? シン】
【そうだなぁ~ あの門の前に降りようか、門番に聞けば、領主の屋敷の場所もわかるだろうし】
【えぇ~? 一気に街に入れば良いじゃない】
【そうなんだけどさ、城壁の上に、結界魔法とかあったりしない?】
【そんな魔力は感じないよ、心配なら試しにブレス撃ってみる?反応するからわかるよ】
【いきなりブレスぶっ放したら、住民がパニックになるだろ?ダメだよ】
【それもそうね、わかった、あそこに降りるね】
シンとメルは、城門の直ぐ近くに着地した。
「あれ? 降りた?? 見えなくなったわよ!」とエリス。
「嘘? 何処に行ったのよ?」とシル。
「あれは、律儀に門から入場するつもりの様ですね」とラル。
「嘘でしょ?? そんな事をしたら、街がパニックになるじゃないのよ!」慌てるシル。
「今すぐ北門へ伝令を出せ!!、ドラゴンをお連れするのだ!」
バルコニーから庭に待機している騎士へとラルが叫ぶ、近衛兵が馬に乗って掛けて行った。
門のすぐ近くに降りたシンとメル。
しかし、商人の馬たちが暴れ出していた。メルに怯えて逃げようとしている。
『ギャァァァァァ!!!!』
メルの咆哮が響き渡る。
商人達も馬も、ピタっ!と動きを止めた。
【これでよしっ!】とメル。
【良しねぇ・・・・・・まあ、しょうがないか】
(可哀想に、皆怯えてるよ)
動けない商人達を横目に、シンは門へと向かう。そしてもっと可哀想なのは門番だった。
門番は、今日ドラゴンが来ることを知らされていない。知っているのは王国と領地の騎士達だけだ。下っ端の門番までは機密事項は教えられていなかった。
「すみませ~ん、領主さんにお呼ばれしたんですが、入っても良いですか?」
「・・・・・・」
「この城壁、飛び越えちゃっても良いですかね?」
「なっ! 飛び越えて良い訳ないだろ・・・」
門番は常識的な回答をした。
「やっぱダメか、じゃあ領主さんの家は何処ですかね?」
「・・・あの・・・丘の上の屋敷だ」
門番は震えながらもなんとか屋敷を指さす。
「あ~~ アレか、目立つから分かり易いな、ありがとう!」
(そうだよな、常識的に一番でかい屋敷だよな)
シンは門を通り抜けようとするが、門番が声をかける。
「まて・・・・街の中は騎乗禁止だ・・・」
(注意するのはそこかよっ! しかも馬じゃねぇぇぇぇ!!)
シン達のやり取りを見ていた周りの商人は心の中で突っ込みを入れた。
「え? そうなの??」
「ああ・・・そうだ・・・」
「しょうがない、歩くか」
シンはメルから降りると、てくてくと歩き出す。その後ろをメルもノシノシと歩き出した。
シンとメルが通り過ぎると、門番は腰を抜かして倒れ込んだ。そんな門番を哀れみの目で見ている商人達。城門から入ってきたドラゴン、それを見た住人達は・・・・唖然とした表情で見ていた。
警備の騎士達も同様に、シンとメルを見ているだけしか出来ない。まさかドラゴンが歩いて来るとは思って居ない、騎士達も間近でドラゴンを見たのは初めてだ。誰も何もできずに、声すら上げることが出来ず、黙ってシンとメルを見送っていた。
パニックにならなかったのは、先ほどまでドラゴンは敵じゃないと騎士達が住民を落ち着かせていたのと、メルの恰好が鞍をつけて、その後ろに大きな荷物を載せているので、荷物運びの荷馬ならぬ、荷物運びの荷ドラゴンに見えたのも、パニックにならなかった理由だろう。
【なんか、凄い注目されてるね】とメル。
【まあ、そうだよね、ドラゴンは珍しいだろうからね】
そんな呑気な念話をしているシンとメル。
【ん? なんか美味しそうな匂いがする】
【お~ そうだね、あれは屋台だな】
【屋台って何?】
【料理をして、食べ物を売ってくれる所さ】
【売る? 売るってなに?】
【あ~そうだなぁ・・・よし、お肉みたいだし食べてみる?】
【うん! 食べる食べる!!】
【生じゃなくて、焼いてある肉だけど大丈夫?】
【うん、大丈夫!たまにブレスで焼いて食べるモンスターも居るから】
メルは売る、買うの意味が理解できない。当然ドラゴンに通貨の意味なんか分かる訳がない、シンはメルの前で実践して、人族の暮らしの一部を見せる事にした。
最も、シンもこの世界でお金を使うのは初めてだ。エトからモンスターを売ったお金は貰っているのでお金はある。シンも初めてこの世界の通貨を使う事になった。
屋台に近づいていくシンとメル。
屋台の主は、「げぇ? こっちにきやがった!」と、とても迷惑そうな顔をしていた。
「すみません、このお肉ください1本幾らですか?」
焼いているのは、牛かなにかの串焼きだった。
「・・・・・へ、へい・・石貨3枚です」
(1本300円か、まあそんな感じだろな)
「メル? どれぐらい食べる?」
メルはシンの言葉に反応して、ぬっと首を伸ばすと、屋台で焼いている肉を見る。ドラゴンの顔が間近に迫る・・・
「ひっ ひぃぃぃぃぃぃ」腰を抜かしそうな店主。
「あっ 大丈夫ですよ、襲ったりしませんから」
店主を落ち着かせるシン。
【えぇ~? これしか無いの?】
【まあ、人族が食べる量だからね】
【じゃあ全部、全部食べる】
【・・・・そう言うと思った】
「すみません、今焼いている分、全部ください」
「ぜ、全部?」
「はい、全部です」
焼いてある串、30本を購入する。
「ま、まいどあり・・・」
袋に入れてもらった串のうち、1本をシンが食べる。
「おっ! これは美味い!」
【するい! 私も私もっ!!】
【メル、あ~んして、舌を伸ばして】
言われた通り、メルは大きな口を開けた。
『ヒィィィィィ!!!!』
その様子を見た住民達が悲鳴を上げた。周りから見ると、シンの頭を食べようとしている様に見えるだろう。
シンは串から肉を外して、メルの舌に置く。
【いいぞメル】
【っ!!! なにこれ?! すごい美味しい!】
【おっ! そうか? 美味しいか!】
【人族の食べ物も、捨てたもんじゃないわね、けど量が少ないのがダメね】
【あはは、そうだな】
そんなやり取りをしていると、馬に乗った一騎の騎兵が物凄い勢いでやってきた。
「シン殿ですな?」
「ええ、そうですけれど」
「こんな所で何を?・・・・」
シンの持っている串焼きの袋を見て、騎兵は呆れた顔をした。
「王女様がお待ちです、お急ぎください」
「わかりました」
(ん? 王女?? 領主じゃなくて?)
また歩いて行こうとするシンを見て、騎兵が不思議そうな顔をする。
「何故、ドラゴンに乗らないのですか?」
「え? だって、街の中は騎乗禁止だって、門で言われましたけど?」
「あ、いや・・大丈夫です、すぐに飛んで領主の屋敷へお急ぎください」
「え? 飛んでもいいの?」
「ええ、大丈夫です、と言うか飛んでください! せっかく王女様が飛んでくるドラゴンを楽しみにしているので」
「なんだ、先に言ってくださいよ・・・じゃあ行こうかメル!」
シンはメルに乗る。
『バサッ バサッ バサッ』
垂直に飛び上がるメル。
メルが飛び始めると、周りから「おぉ~~!!」と歓声が上がった。




