11話 領都 サンスマリーヌ
アルバント山の洞窟。
「ニャハハハ、ゴメンゴメン」
「ゴメンじゃ無い! 死ぬかと思った!」
シンはソフィーに癒しの魔法を掛けてもらっている。その横でメルが笑いながらシンに謝っていた。
「はいっ! もう良いわよ、大した怪我じゃ無くて良かったわね」
「ありがとうソフィー」
「どういたしまして・・・それよりも、何故一緒のベッドで寝る事になったのか、そっちの理由を聞きたいわね」
「げっ・・・・」
ソフィーから俄かに殺気が放たれる。
「シン?・・・・ひょっとして娘に・・・・」
「いや、違うって! 人族の形態で寝る訓練してただけだよ! 岩の上じゃ痛いからって・・・」
「本当にそれだけかしら?」
ソフィーは怪しいって目でシンを見ている。
「大体にして、メルなんかに俺が発情する訳無いだろ!」
「むっ! ちょっとシン!! 聞き捨てならないわね! 私に発情しないですって? 昨日だって寝る前に 発情してたじゃないのよ! 私知ってるんだからねっ!」
「ばっ・・・ちょ・・メル!! 話がややこしくなるだろ!」
「そう、やはり娘に手を出そうとして・・・・」
ソフィーの殺気が段々大きく膨れて行く。
「ひえぇぇぇぇ~~~~!!」
今日も平和な、ドラゴン親子とシンであった。
洞窟の使用していない部屋を一つもらい、そこに調理器具を設置したシンは、最近日課になりつつある、野菜料理を作っていた。
そこにソフィーがやってきた。
「シン、都市に行ったら防具を制作してもらうんですって?」
「うん、ソフィーから貰った鎧、穴開いちゃったしね、ごめんね」
「それは構いませんが、これを」
ソフィーは大きな袋を手渡す。
「これは?」
「それには私の鱗が入っています」
「ソフィーの鱗?」
「竜族は10年程度で古い鱗が剥がれて、新しい鱗になります。これは剥がれ落ちた私の鱗です、その鱗で防具を作る事が出来れば、何よりも固い防具が出来ると思います」
ソフィーは自分の鱗を使って防具の素材にしろと言ってきた。確かに古代竜の鱗なら、最高級の素材だ。
「それとこれを、これはグリフォンの皮です。グリフォンは柔らかい皮ですが、とても丈夫です。このグリフォンの皮を基に、私の鱗を合わせれば、かなり丈夫な鎧が出来ると思います」
「グリフォン・・・・すごいな。 ありがとうソフィー 遠慮なく使わせてもらうよ」
着々と出発準備が進む中、ウェストリア伯爵家でもシンとメルを迎える準備が進んでいた。
選抜された美しい侍女達は、シンを誘惑する様に女官長から教育を受けている。用意された部屋は広く豪華で、現代で言う高級ホテルのスイートルーム。大きなベッドは、4人同時に寝る事の出来る広さだ。
一応、メルが泊まる事も想定されるので、広い庭には大きな天幕が張られた。
屋敷の近くにある広場は閉鎖され、そこにメルの食事用の牛や豚、家畜達が集められる。
「王国東方騎士団、先発隊20名 ただ今到着しました」
「ご苦労様です、ウェストリア伯爵家当主代理のシルフィードです」
「ウェストリア伯爵家 騎士隊隊長のエバンスだ」
王国から騎士団が派遣され、屋敷や領都の警備を行う。先発隊の騎士達が、屋敷に着任の挨拶に来た所だ。
「明日にはエリスティーナ様が近衛30名と共に参ります、その後騎士団の本体が対空兵器装備で100名程度の規模になる予定です」
「わかりました、詳しくは騎士隊隊長のエバンスと打ち合わせをお願いします」
「ハッ! 了解しました」
騎士は敬礼すると、騎士隊長と共に別室へと移って行く。
(陛下も随分と気前よく兵を出したわね、エリスが来るのは想定内だけど、兵の数が予想以上ね)
ウェストリア伯爵家の屋敷は、慌ただしく準備が進められて行った。
領都である、サンスマリーヌは突然現れた王国騎士団の姿に驚く。
ついに帝国のとの戦争が始まったのかと人々が怯えるが、騎士団の旗を見て、すぐに歓迎ムード一色に染まった。王国近衛騎士団の旗と共に、真っ赤な薔薇をモチーフにした紋章の旗。
第一王女エリスティーナ専属の近衛騎士団の旗だ。
騎士達も、ほとんどの隊員は女性騎士である。何度かこの都市を訪れた事のあるエリスティーナの旗は、住民もよく知っていた。
ここ数日、領主の館が慌ただしいと住民達の間でも噂になっていた。大量に発注される食材、広場は閉鎖され、家畜が集められる。その他に、女性のドレスの大量発注等、何が起きるのかと住民達は興味深々だったのだが、王女が来た事により、王女様歓迎パーティーの準備だと住民たちは理解したようだった。最も、ドレスは対シン篭絡用の侍女たちの物だ。
「ようこそいらっしゃいませ、エリスティーナ王女殿下」
「お出迎え恐縮です、ウェストリア伯爵代行」
屋敷の前にはずらりと騎士が並び、王女を出迎えていた。
「では、こちらにどうぞ」
シルフィードがエリスを出迎え、屋敷の応接室へと案内する。応接室は、シルフィード、エリス、エリスの近衛騎士隊長のラルの三人となった。
シルフィード18歳。エリスティーナ17歳。近衛騎士隊長のラル20歳。年頃の娘が三名である。
応接室に入ると、堅苦しい言葉使いは止め、友人としての会話となった。
「随分と早かったじゃない? こんなに早く来るとは思わなかったわ、準備がまだ出来てないわよ」とシルフィード。
「あんな手紙寄こして、よく言うわね。あなたの手紙を受けて、大急ぎで準備したのよ、手順も何も全部無視して、大慌てで旅の準備をしたわよ」とエリス。
「騎士隊も随分と早く来たわね?」
「シル殿からの手紙を受けて、それはもう王宮中大騒ぎでしたよ」そう答えたのはラル。
「それで、王宮の中の反応はどうなのかしら?」
「あなたの報告書が届いて直ぐに臨時の国政会議が開かれたわ、結論はあなたの思惑通りね」
「そう、良かったぁ~」ほっと安堵の息をつくシルフィード。
「それにしても、本当なんでしょうね? これで報告書の内容が過大評価でしたとか過剰表現でした。それじゃぁ済まされないわよ」
「うん、それは安心して、本当に凄いんだから!」
その後はシルフィードの口から、ドラゴンの娘とシンの事について、もう一度話をする。
「ドラゴンが人間に恋するなんて、本当にあるのかしら?」
「私も信じられませんね、シル殿の妄想では? いまだに浮いた話の一つもありませんからね」
「うぅ・・・ラル! そういう、あなたも良い人居ないでしょ?」
「私は任務がありますから、色恋沙汰はご法度です」
「とにかくそれは見て判断してよ。私にはそう見えたの! だから報告書には書いてないでしょ? あなたへの手紙にだけ書いたんだから」
「それはそうよ、そんな事書いたら、絶対に誰も相手しなかったと思うわ」
「そうですね、シル殿がモテ無いあまりに妄想が膨らんで、暴走したと思われますね」
「ラル、あんたねぇ~」
「ハイハイ、二人ともやめなさい。とにかくドラゴンは明日来るのよね?」
「そうよ、予定通りだと明日飛んでくるわ」
「今から楽しみね」
その日は、夕刻から王女歓迎パーティーが開かれ、大いに盛り上がった。
――――― 翌日。
「シン、メル、忘れ物は無いかしら?」
「大丈夫だよソフィー」
「まあ忘れ物しても、私なら直ぐの距離だし、取りに戻れば済むしね」
ドラゴンになったメルには、多くの荷物が括り付けられていた。鞍の後ろに沢山の荷物を積んでいる。
「では二人とも、気を付けていってらっしゃい」
「行ってくるよ ソフィー」
「行ってきます! 母様」
羽音が響き渡り、メルとシンは空の人となった。
【メル、高度200mであの街道沿いに飛んでくれ】
【えぇ? それじゃ風を捕まえられないよ、500mで行く】
【それもそうだな、メルに任せるよ】
【任されたっ!】
高度計がある訳じゃないので、高さはシンの感覚でしか無いが、何度も一緒に狩りに出ているうちに、シンとメルの共通の高さの基準が出来上がっている。
今日は狩りでは無いので、のんびりとした空の旅が続く。
【メル? 荷物重くないか?】
【うん、大丈夫だよ】
【人族の都市ってどんな感じだろうな? 楽しみだな】
【うん、私も楽しみ! でもさシン】
【なんだ?】
【人族のメスに鼻の下伸ばしたら、踏み潰すからね!】
【・・・・わかってるよ】
何処までもヤキモチ焼きなメルである。街道を行きかう馬車、多くの野生動物の姿。
(すごいな、まさに異世界だな)
シンは、ここまで山から離れた事が無い。メルもここまで人里に近づくのは今回が初めてだ。二人とも、初めて見る景色にワクワクしている。
【ねえシン! 右見て! でっかい水溜りがあるよ!】
【お~ 本当だな、あれは湖だな】
【湖??】
【うん、まあでっかい水溜りで正しいけどな。今度一緒に行ってみようか?水浴びしたら気持ち良さそうだ】
【うんうん! 行くっ!】
呑気に会話をしながら暫く飛んでいると、遠くに都市の姿が見えてくる。
【シンっ! 見て!! 人族の街がある!】
(おぉ 凄い、城塞都市なんだ)
円形の街は、大きな城壁でグルリと周囲を囲われている。モンスターの侵入を防ぐ為だろう。
【そういえば・・・俺達、何処に行けば良いんだ?】
【えぇぇ? 聞いてないの?】
【あの城壁、飛び越えちゃって良いのだろうか?】
【知らないよぉ~】
(まさか、結界魔法があって、飛び越えようとすると魔法障壁で黒焦げとか無いよな・・・)
【ちゃんと聞いておけば良かった・・・困ったな】
そんな事を考えて居るうちに、どんどん城塞都市は近づいて来る。
【シンのドジぃ~・・・・あの壁、ブレスで壊す?】
【ダメっ! それだけは絶対にダメ!】
(まあ、考えてもしょうがないか、正面の門から堂々と入ってみるか、領主にお呼ばれしてるんだしな)
街道に繋がる大きな門、そこには街に入る為に順番待ちをしている、商人の馬車が見える。
【メル、高度を落としてくれ、高度100mであの壁を超えないように、都市の周りをぐるりと一周する】
【はぁ~い】
こうして二人は、領都サンスマリーヌへ下りて行った。




