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地球に生きる生命(いのち)の物語  作者: 梅村 夕菜
第一章 狂った歯車。
8/20

処刑と葛藤。


 リーフが軍に連れてこられてから三週間。彼は、あれから何度も戦場に立ったが、最初の気持ちを忘れられたわけではなかった。


 血を直接見ないよう、木の裏や草影に隠れている兵士を狙い、手応えを感じたらすぐに目を逸らし、次の場所へ移動する。我ながら甘いとは思ったが、他に方法がなかったのだ。


 事件が起きたのは、太陽が顔を出してまもなくのことだった。



「――――うわぁっ!」



 まだ声変わりしていない少年の叫び声と、ざわざわとした空気。部屋で軍服に着替えていたリーフは、首を傾げる。



「‥‥‥? なんだ‥‥‥?」



 私服を綺麗にたたみ、隣のセグに声をかけようとしたリーフは、廊下からの足音にはっとして口を閉ざす。無意識に、ぼろぼろの木のドアを見つめる。


 やがてそれは、ばんっ、と乱暴な音とともに開け放たれた。



「リーフ、来い! 仕事だ!」



 現れたのは、やはり大人の兵士だった。まだ若いが、その瞳には鋭い光が宿っている。



「え、僕‥‥‥?」



「そうだ、早くしろ!」



 急かされ、リーフは訳も判らぬまま兵士に従い、部屋を出ていく。その後ろ姿を、セグがじっと見据えていたのに、リーフは気づかなかった。




 建物の外へ出ると、庭のような広い場所に兵士が集まっていた。基地の横にあるそこにリーフが人混みをかき分けて行くと、中央に見覚えのある人物を見つける。



「‥‥‥アンシャ!? どうしたの、そんな傷まで負って‥‥‥なにかあったの?」



 同じくらいの時期に連れてこられた、自身より一歳年下の少年兵士。友達と言えるくらいには親しく、よく話もしていた。


 しかし、アンシャはいま、兵士たちに囲まれ、満身創痍となって両膝をついていた。俯いていて、表情は判らない。



「!」



 唐突に銃を渡され、リーフは戸惑いながらも受け取った。そして、冷酷な一言。



「そいつを――――撃ち殺せ、リーフ」



「――――え?」



 一瞬、なにを言われたか判らなかった。頭の中が真っ白になって固まるリーフに、彼を部屋から呼んできた兵士は淡々と説明する。



「そいつは、夜明けにここを抜け出そうとしていたんだ。生きて逃がし、政府の奴らに情報が漏れるのは困るからな。脱走を図った時点で、そいつはもう裏切り者だ」



 かろうじて耳に入ってくる兵士の声に、リーフは反応さえ示せなかった。身体が、小刻みに震え始める。



「‥‥‥いやだ‥‥‥」



 ようやく否定の言葉を口にすると、隣の兵士に頬を殴られた。そのまま地面に倒れ、銃が手を離れて転がった。



「おまえに拒否する権利はない。いいから‥‥‥殺せ」



 上半身を起こしたリーフに、再び銃が渡された。立ち上がり、落とさないようそれを構えると、アンシャの方を向く。引き金を押さえる指は震え、殴られた右頬は鈍く痛んだ。おそらく、赤く腫れているだろう。


 覚悟が決まらず、目の前の友達の泣き顔をただ見ていたリーフは、真後ろで響いた銃声にびくりと震え、軽く目を見開く。


 左胸から血を吹き出し、あおむけに倒れていくアンシャの様子が、リーフにはまるでスローモーションのように見えた。ゆっくりと、背後の者を振り返る。



「‥‥‥セグ‥‥‥」



 いつもと変わらぬ無表情で、セグが銃を持って立っていた。空に向けられた銃口からは、いまだ硝煙が上がっている。


 もしかしなくても、彼がアンシャを殺したのだろう。



「‥‥‥おまえを待ってたら、時間の無駄だ」



 ぐい、とリーフの腕を引っ張り、セグは放心状態の彼を建物の中へ引きずる。周りにいる兵士たちは、意外にもそれを止めなかった。リーフに与えた命令を勝手に遂行したセグを、咎める者さえいない。


 実は、セグはあの性格から、大人の兵士たちからは一目置かれているのだ。一切表情を変えず、人を殺すことに迷いもなく。その上、他の子どもと違って大人の兵士たちを恐れることもないし、死さえ恐怖していないらしい。兵士たちがセグになにも言わないのは、他の子ども兵士たちと同様に、心のどこかで彼を恐れているからかもしれない。


 無論、彼らは表立って認めようとはしないが。


 一方、部屋へ戻されたリーフは、時が経つにつれて状況を理解したのか、セグの正面に立って彼を睨んでいた。



「どうして!? どうして、アンシャを殺しちゃったの!?」



 大きな瞳から涙をこぼし、リーフは怒鳴った。だがセグが動じるはずもなく、わずかに呆れて口を開く。



「‥‥‥静かにしろ。外にまで声が聞こえたらどうするんだ。目先の感情に捕らわれてばかりいたら、心がもたない――――そう言ったはずだが?」



「‥‥‥‥‥っ!」



 唇を噛み、リーフは床に両膝をつく。涙の雫が、ぽたぽたと音をたてて床に染みていく。



「‥‥‥でも‥‥‥アンシャは、僕の友達なのに‥‥‥かわいそう、だよ‥‥‥」



 掠れ、か細くて情けない声になってしまったが、セグは笑わなかった。真っ直ぐ、リーフを見つめている。



「もし殺さなかったら、おまえも一緒に処分されていたかもしれないんだぜ。もうなにも言わない、というのは嘘か?」



「‥‥‥‥‥」



 返す言葉が見つからず、リーフは俯いて床を見つめた。頭上からは、セグの声が降ってくる。



「この世界では、力がすべてだ。理不尽だと思っても、オレたちには、大人たちに従うしか生きる術はない。おまえ、生きるって決めたんじゃなかったのか?」



 リーフの脳裏には、弟の姿が甦っていた。約束のことは話していないが、生きたい、と言ったのはセグも知っているのだ。



「おまえやオレが殺さなくても、あいつはいずれ誰かには殺されていたんだ。なら、少しでも親しい人間がその重みを背負ってやるのが救いだろ。本当に可哀想だと思うなら、こんなことで泣いてないで、いままで死んだ人たちの分まで生きて前へ進め!」



 力強い一言のあと、セグはぽつりと続ける。



「‥‥‥いい加減に気づけ。オレたちの夢は、ただの幻影に過ぎないってな」



 独り言にも聞こえるそれは、少しの寂しさと悲しみを含んでいた。否、リーフはなんとなくそう感じた。


 そっと目を閉じ、セグの言葉を心の中で繰り返す。



「‥‥‥そう‥‥‥だね。僕は――――アンシャの分まで生きるよ、絶対」



 強い輝きを瞳に宿し、リーフは言い切った。涙を拭い、顔を上げる。



「‥‥‥‥‥」



 そのリーフの様子を、セグは考えるように見つめた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに後ろの扉の方に身体を向ける。



「決めたなら行くぞ。もう出発の時間は迫ってんだからな」



「‥‥‥うん」



 頷いて、リーフはすっくと立ち上がる。


 彼らはこれから、長い戦いへ赴くのだった。基地を離れ、何日、何十日をかけて交戦する。昼夜を問わず、どこから政府軍が襲ってくるかも判らないので危険だが、元々選択権などないのだ。


 後ろからリーフが駆けてくる足音を聞きながら、セグはかすかに目を伏せる。



<――――世界にとっては、おまえの優しさが一番必要なんだろうがな>

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