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地球に生きる生命(いのち)の物語  作者: 梅村 夕菜
第三章 運命を受け入れて。
18/20

運命の刻。


 リーフが軍で戦い始めてから一年半。ついに、運命の刻がやってきた。


 彼らはその日も、政府軍との戦いを続けていた。両軍とも一歩も退かず、戦闘開始から三時間以上も経っていた。


 リーフとセグは、この日もお互い離れないよう動き、木や草の陰から銃を撃っていた。


 そして、移動しようと木の後ろから走り出た時だった。正面から飛んできた銃弾が、セグの身体を貫いたのだ。


 一瞬だけ、時が止まった。目を見開き、リーフはセグの身体から血が吹き出していくのを見て、叫んだ。



「セグッ!!」



 膝から崩れ落ちていくセグの身体を、リーフはすぐに支えた。そのまま引きずるように戦場から離れ、森の中に入ってから彼の頭を自身の膝の上にのせ、横たわらせる。



「セグ! しっかりして! セグ!」



 夢中で呼びかけ、自身の上着で止血しようとしたリーフを、セグは手で制した。ゆっくりと目を開き、リーフを見上げる。



「‥‥‥もう、いい‥‥‥。この、傷じゃ‥‥‥助からない‥‥‥」



「そんな‥‥‥っ! いやだ、いやだっ!」



 大きな瞳から大粒の涙を溢し、リーフはセグを抱き締める。それに少しだけ目を細め、セグは最期の言葉を紡ぐべく口を開く。



「本当は‥‥‥死など、恐れちゃ、いなかったの、かも‥‥‥な‥‥‥。けど‥‥‥リーフ、おまえが、来て‥‥‥それは、変わった‥‥‥」



 身体を離し、涙に濡れた瞳で見つめてくるリーフを視界に映しながら、セグは弾が急所の心臓や肺などの臓器を外れてくれて良かった、と思った。おかげで、リーフに言葉を遺していける。



「オレは‥‥‥大人にさえ、恐れ、られて‥‥‥ずっと、独りで‥‥‥生きて、きた。たとえ、オレが‥‥‥死んでも‥‥‥誰も、悲しまない‥‥‥。すぐに、忘れ、られる、と‥‥‥」



 周りの者たちにとって、セグもまた一兵士に過ぎない。親しい者ならともかく、死が日常のこの国では、戦死者など覚えられずに放置される。


 そう、セグは、いつも独りだった。



「‥‥‥おまえに、会って‥‥‥共に、戦って‥‥‥死ぬわけには、いかないと‥‥‥そう、‥‥‥‥思った。おまえを‥‥‥死なせ、たくは‥‥‥なかった‥‥‥」



 驚いたように目を見開くリーフに、セグはかすかに口元を緩める。


 兵士に連れてこられたリーフを見ていて、セグはすぐに判断した。彼は、ここにきてはいけない人なのだと。軍などにいたら、真っ先に殺される。


 同時に、彼のような存在が、世界には必要なのだろうとも思った。どんな時も、優しさや希望を失わない。それがどんなに難しいのかも、理解していた。



「‥‥‥おまえは‥‥‥少しも、怖がる、ことなく‥‥‥オレと、共に‥‥‥いてくれ、た。それが、どんなに‥‥‥支えになっ、たか‥‥‥」



 唇を噛み、リーフは嗚咽を漏らす。



「‥‥‥わかってた‥‥‥。親は、オレを‥‥‥裏切った、わけじゃ‥‥‥ないって‥‥‥」



 急に変わった話にも、リーフは口を挟まない。ただ、彼の最期の言葉を一字一句逃すまいと、じっと耳をすませていた。



「オレは‥‥‥親の、せいに、する‥‥‥こと、で‥‥‥自分を、納得、させた‥‥‥。だが‥‥‥おまえは、誰の、せいにも‥‥‥しなかった‥‥‥。希望、を‥‥‥信じていた‥‥‥」



 当時は様々な感情が入り交じり、兵士の言葉を信じ込まされ、冷静さを失って両親を撃ち殺した。しかし、あとになってから、セグは両親の死に際を思い出していた。彼らは抵抗することもなく、最期に謝罪の言葉を口にして息絶えた。


 セグの両親は、兵士に「息子を渡せ。でなければ、おまえたちを三人とも殺す」と脅され、やむなく息子を渡したのだ。たとえ兵士としてでも、彼らはセグに生きていてほしいと願った。――――そして、のちにセグが自分たちを殺しにくるだろうことも、噂でなんとなく判っていた。


 さすがにセグにそこまで予想することはできないが、なにかやむを得ない理由があったのだろうことは想像がついた。



「‥‥‥彼らが、オレを、守ってくれ、た、‥‥‥なら‥‥‥オレも‥‥‥おまえを、守ろうと‥‥‥思った。それが、オレの‥‥‥生きる、意味‥‥‥だった」



 目の前のリーフを見つめ、セグはゆっくりと微笑む。



「‥‥‥オレが、軍で生きた、六年‥‥‥は、無駄じゃ、なかった‥‥‥。おかげで、おまえを‥‥‥守れた。きっと、これが‥‥‥オレが、軍にいた、理由‥‥‥」



 六年という長い年月の中で、セグはいろいろなことを経験した。それがリーフを守る盾となり、自身に意味を持たせてくれた。



「‥‥‥おまえを、守る‥‥‥それが、オレの生まれた意味。‥‥‥オレの、生きた証‥‥‥」



「‥‥‥セグッ‥‥‥!」



 喉がつまり、リーフは名前しか呼べなかった。


 ふいにセグが咳き込み、血を吐いた。長く喋り過ぎ、出血が多いせいだろう。顔色も悪い。



「セグ、待ってて。すぐに隊に合流するから‥‥‥」



 そう言ってリーフはセグを背負い、森の中に身を隠しながら歩いていく。だが、セグにはもう、自身の命の限界が見えていた。それに、たとえ生きて合流しても、彼らは治療などしないだろう。



<‥‥‥最後まで、いられないのが‥‥‥唯一の心残り、か‥‥‥>



 内戦が終わるまで、リーフの傍にいてやりたかった。彼の信じる“戦いのない国”を、見てみたかった。


 だが、知っていることはすべてリーフに教えた。いまの彼なら大丈夫だ。自分の代わりに、内戦のない国を見て、生き続けてくれるだろう。


 ――――想いは、受け継がれる。彼はもう、独りじゃない。



「‥‥‥リーフ‥‥‥ありがとう‥‥‥」



 ――――オレは、幸せだった。


 紡がれることのなかった言葉と共に、セグは力を失った。それを感じ、リーフはぴたりと足を止める。



「‥‥‥セグ‥‥‥?」



 名前を呼んでも、反応はなかった。リーフがそっとセグを背から降ろしてみると、呼吸は既に止まっていた。出会ってから一度も見せることのなかった微笑みを残し、彼は眠るように息を引き取ったのだ。



「‥‥‥セグ‥‥‥ッ!」



 知らずうちにまた涙が溢れ、リーフはセグの身体を抱き締めた。

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