其の壱、焔の花咲き.
◇ リンカ サギモリ ◇
「お前は一流の特殊傭兵になりなさい」
ふと父親の言葉を思い出す。
小さいころお父様によく言われていたことであった。
そんな自分の幼い頃の記憶を思い浮かべながら、リザードマンの群れと戦うギルドをぼんやりと眺めていた。
弱者は弱いが故に群れを形成し行動することが多い。当の弱者たちは仲間を信じてるからこそといっているが、やはり本質的には各個人が弱く単体でいるのが危険だからだろう。
その群れを『ギルド』なんてご大層に名前を付けてはいるとはいえ実際はただの度胸なしの集まりだ。
一人で戦う度胸も無い者たちが反乱なんか起こす度胸なんか無いと思うけど、人間が集団で行動するときの心理というのどこか計り知れないものがあるのか、最近弱者たちが平等の要求という下で強者や爵位の高い人に対する反乱が起きているという。
集団で戦っている時点で平等もなにもないと思うけど、あちら側からすれば才能が無い者たちの特権というものらしいが、そんな努力もほとんどやってないくせに自分は力がないなどといってるのを見ると不快な気分にさせられる。それに、強者弱者など分かれてはいるもののそれを分けているのはあくまで本人である。それなのに弱者でいるという時点で平等不平等などないだろう。
その弱者たちの反乱というか一揆というか自体は失敗確立もはなはだしいものではあるけど、反乱されるというその行為そのものが一番厄介で、タイミングによっては反乱自体が失敗しても大打撃を受けることもある。それが怖いのだ。
しかも、そこそこに強いギルドは一揆そのものを成功させてしまうことだってあるのだ。
反乱の可能性のあるそれなりに強いギルドは動向を探る必要がある。なので、弱者と強者の交流という名目で一時的にギルドに強者が入り、そのギルドは強者が入っている間ギルド自体が強者として扱われるということをして、そのギルドに怪しい動きがないか内情を調査するのだ。
そして、私もその潜入調査をする強者の内の一人である。
「どうだ?俺達も結構強いだろ?」
いろいろと思いふけっているうちにリザードマンの群れを追い払ったようで、私にそんなことを言ってきた。
「たしかに、思ったよりは強いようね」
それでも、やはり弱者は弱者である。それ相応の強さだ。
しかし、コンビネーションがかなりよく実力以上の力を出しているといった感じがした。そこは素直にs流石だと思ったが、やっぱり予想の範疇を超えることはなかった。
「まぁ、とりあえずおつかれさま」
いろいろ思っても、今回の依頼は見ているだけだったのでせめておつかれくらいは言っておく。
この規模のリザードマンの群れなら、本来一人や二人で追い返すものであるとはいえ、弱者がやったと考えるとこの人数でもそれなりなのかもしれない。
「はい、どうも。次からはこんな感じで戦闘に参加してくれるかな?焔の花咲きさん。」
「わかったわ」
「ああ、わかってくれるとありがたい。交流でないなら頼り切りたいところだが、一応交流だから弱者の名義というか大儀というかの信頼と協力を尊重して頂きたいなと」
「わかってる、この交流ではそれを尊重する。そういうものだから」
そう、あくまで名目しては強弱交流なのだ、そういったことはちゃんとやらなければいけない。
それと、本命の調査も、だ。
こいつは、さっきの戦いを見ていた限りリーダーではないにせよ、このギルドではそれなりの地位を持っているように見えた。
こいつなら、少しは情報を持っている確立が高い。
情報を聞き出そう。
「疲れたでしょ、ちょっと休憩でもしましょ、まぁ、私は見ていただけなんだけど」
「休憩か……まぁ、今回はちょっと疲れたしな……じゃあ、あそこの日陰で休もうか」
「うん」
私は彼についていき、木陰の石の上に座った。
まずは自己紹介からだろう。
「改めまして、私は 鷺森 琳花 今日からこの泥水団でお世話になるわ。よろしく」
「じゃあ、俺も改めて泥水団の 在里 称 だ。よろしくな」
しばらくは、コイツから情報を引き出す事としよう。
「これからは、あなたにもいろいろお世話になるわ」
そう、いろいろと、ね
◇ ショウ アリサト ◇
ナイフで敵の攻撃を受けつつ、リボルバーで攻撃してリザードマンを1匹ずつ倒していく。
今回こなしている依頼はリザードマンの群れから、畑を守るというものであるが、目的としてはこちらの力量を見せるためものである。
弱者の力がどれくらいかなのか知らなければ強者も依頼を受けようがないからな。
「ショウ!! 左から2匹迫ってるぞ!!」
団長の声を聞いた俺は、とっさに散弾銃の銃口を左に向け、最後の弾をブッぱなす。
「み、みぎっ!!」
その声に反応し、右は向いたもののリザードマンは予想以上に近づいており、散弾銃は弾切れ、近接専用のナイフも懐にしまってあるという状況下では攻撃ができない。このままではやられてしまうだろうが、俺が取った行動は散弾銃の弾の再装填だった。
再装填の直後、リザードマンの顔に飛んできた水の塊が直撃した。それも砂入りのやつだ。
それなりの速度の水が当たったからか、砂が目に入ったからかは分からないが一瞬怯んだところに再装填済みの散弾銃をブッぱなす。そして、ナイフを懐から抜き取り水が飛んできた方向に向かって腕が後で痛くなるくらいの力を込めてぶん投げてやった。
その先にいた団長はその場から少しも動かない。
そしてナイフは、団長の後ろまで迫っていたリザードマンの頭を貫いた。
「これで、ラストか団長?」
「みたいだな」
どうやらさっきのが最後の一匹だったようだ。
「ナイス水鉄砲だ、団長」
「お前こそナイス大道芸だ、ショウ」
そして、いつもどおり皮肉のような自虐混じりの言葉をかけ合う。
「それと、ありがとな、風花」
「そ、そんなことありません、そ、それよりすいませんでしたっ!!わ、わたしがもっと早く感知できていればっ……」
目の前の少女はオロオロしながらそうはいうものの実際あの時右に迫っていることを知らせてくれなかったら団長とのあのコンビネーションも成立しなかっただろう。
「わたしなんて、私なんて……さ、三里眼なんて呼ばれてるけど、ど、どうせ一里すらも見れてない、ご、ゴミなんですぅっ!!」
そういってから、うわーんと泣きながら俺の顔をちらちら見てはまたうわーんと泣く。毎度思うんだがこういったところが風花はすごく面倒くさい。
すごく自虐的ですぐ泣くくせに俺に慰めの言葉というかそれを否定する言葉を求めてくる。可愛くない子には使えない技だが、この永見 風花は可愛いし女子力が高いので簡単にやってのける。
「そんなことねぇよ、お前がいなかったらこのギルドが分散する羽目にあってたかもしれねぇんだから、お前はすげぇやつだよ」
まぁ、ここで無視してすねられても仕方がないので、いつもどおり声をかけてやるんだが、
「しょ、称くんがそ、そいういうなら、わ、わたし使えない子じゃないんだよね。よ、よかった、え、えへへ」
やはり、いつも通りのパターンだ。
もう、俺にこういった言葉をかけられるのが分かっているのかそういったことを毎回のように言う。しかも、回を重ねるごとに微妙に立ち直るまでの間隔が短くなってきている。
一回声かけないで突き放してみようかな?なんか可愛い反応見せるかも知れないし。
まぁ、それは今度やるとして、こういったやり取りは仕方ないとして、毎々度、何度も思うんだが、これはあくまでこいつが可愛いから出来ることなんだよなぁ。可愛くない奴がやったら、ただただ面倒くさいやつなんだよなぁ。
まぁ、コイツはコイツで面倒くさいんだけどさ。
「いちゃいちゃのところ悪いが、あの強者さんに声をかけてきたらどうだ?俺はこんな見た目だからそういった役割は向かんし、ここは副団長であるお前が行くべきだと思う」
べつにいちゃいちゃしてねーよ
「べつにいちゃいちゃしてねーよ」
声に出てしまっていたようだが、話の腰も折らんし別に大丈夫だろ、たぶん
「……」
ま、まぁ、何故か俺の腕に抱きついている風花さんは、何故かむすっとした表情をみせたが。うん……きっと、大丈夫。あと、泣いて俺の言葉を求めている時に声をかけないで突き放すのはやめておこう。なんか、リアルに自殺されそうで怖い。下手したら死なばもろともの状態で道ずれ食らいそうだし。うん。
「そういうのは団長の仕事じゃないんですか?普通?」
「いや、なぁ、俺は、ほら、なぁ」
団長は戦闘とかここぞという時はすごいのに、口下手だったり、見た目が厳つかったりする影響なのかあまり社交的はないのが、唯一の難点だ。付き合いが長い俺にすら説明のときは上手く話せてないし。
「はいはい、わかりましたよ、行けばいいんでしょ行けば」
「あ、ああ、頼んだ、ショウ」
しぶしぶではないが、強者はあまり好きではないし、ちゃんと話したことはあまりないし、こういった友好的な感じの会話するのは初めてなので少しだけ緊張する。
強者は、すこし傲慢だと思うんだよ、なんていうか強者は弱者とは格が違うんだよといってるかのように、弱者に対して横暴だし。
でも、今回のクエストで少しは俺たちもできるというところを見せることができただろう。
「どうだ?俺達も結構強いだろ?」
「たしかに、思ったよりは強いようね」
思ったよりは強い……か……、遠まわしに俺たちの力を認めていないといっているようだな。
少しイラっとはしたが、ここで俺がきれても何にもならねぇし。まぁでも、遠まわしにしている分まだ良識はある奴なんだな。
「まぁ、とりあえずおつかれさま」
労いの言葉をかけるというあたり、こいつはマシな方の強者だろう。
とりあえずだ、相手がマシな奴なら、こちらもそれなりの態度でいよう。
「はい、どうも。次からはこんな感じで戦闘に参加してくれるかな?焔の花咲きさん。」
自分勝手な行動されると余計戦いづらいからな。
弱者はコンビネーションが大事なんだ。『強者様』とは違ってな。
「わかったわ」
「ああ、わかってくれるとありがたい。交流でないなら頼り切りたいところだが、一応交流だから弱者の名義というか大儀というかの信頼と協力を尊重して頂きたいなと」
本当のところ、頼り切るどころか参加すらしてはしてほしくはないのだが、強者様の機嫌を損ねるわけにもいかねぇし、口ではそう言っておく。
「わかってる、この交流ではそれを尊重する。そういうものだから」
尊重……ね……。
やはり、そういうことを言うだけまだマシな方の強者なんだろう。
「疲れたでしょ、ちょっと休憩でもしましょ、まぁ、私は見ていただけなんだけど」
「休憩か……まぁ、今回はちょっと疲れたしな……」
実際、疲れたのは本当だし、ずっと立ってるってのもあれだと思い座れそうな場所を探すと、すぐそこの日陰にちょうどいい大きさの岩があった。
「じゃあ、あそこの日陰で休もうか」
「うん」
強者さまは可愛げに言ったつもりなんだろうが、なんか……無理して言ったみたいな感じだった。
本人やりきった感漂わせているけど。そんな顔しているけど。
まあ、うん。演技はダメみたいだな、こいつ。
「改めまして、私は 鷺森 琳花 今日からこの泥水団でお世話になるわ。よろしく」
そういえば、まだ自己紹介すらしていなかったんだな。
鷺森琳花……どこかで聞いたことがあるような気がしないでもない。
とりあえず、こちらも自己紹介しておこう。
「じゃあ、俺も改めて泥水団の 在里 称 だ。よろしくな」
「これからは、あなたにもいろいろお世話になるわ」
世話になるのはこの言葉だけにして、本当に世話にはなるなよ……琳花さん。なんたって強者の世話なんかタダでしたくないからな。
「……焔の石楠花……」
「なっ!!」
琳花の腕に炎が巻き付いていき、その炎を俺に向かって放ってきた。
その炎は花が開花するように広がって、俺の横を焼き払った。
ぐぅぅ……とうめき声が聞こえる先を見てみると、そこには先ほどのリザードマンが、俺の投げたナイフを持って焼け焦げていた。
「まぁ、少し気を抜くのが早いかな……」
「あ、ありがとう」
まさか、こんな早々に俺がお世話になるとはな……。
早くも、借り……ひとつか……。
◇ リンカ サギモリ ◇
ひとまず、総合受付場戻ってきたわけだけれど……。まぁ、まずは私の力も見せておかないとね。こういったことは信頼が大事だし、一応普段通りの力は知らせておかないとね。
「あなた達の力は大体見せてもらったことだし、じゃあ、次は私の力を見せてあげないとね」
そういって強者用依頼を軽く覘いて見る。
今は、特段難易度が高いものはあまりなく、どれを受けてもいいのだけど……やっぱり、少し難しめのものにしよう。
普段はパートナーと二人で受けるような難易度の中でものの中で、あまり難しすぎない程度のもの……これだ!!
「これを引き受けるわ」
「お、おい、これって……」
ふふっ、ビビッてるビビってる。格の違い……じゃなくて私の実力を見せてあげるわ。
「まぁ、見てなさいって」
私が受注した依頼は、中型のドラゴンから村を守るというもの。あのトカゲから、畑を守るをいう以来の完全上位交換だし、格の違いを見せるにはもってこいだわ。
と、思っていた自分を責めたくなった。
中型ドラゴンってなによ!! これ中型っていっても、強力なタイラント型のドラゴンじゃない!! 書いておきなさいよ!!
こういった詳細の不備のある依頼は稀にあるのだけど、まさか今回に限ってこれを引くとは思ってなかった。別に依頼主に悪意があるわけじゃないとは思うけど、少しはモンスターの知識をつけてほしいものだ。
「焔の石楠花!!」
炎はドラゴンを包むが、その炎もすぐに消えドラゴンほんの少し鱗を焦がしただけである。
すかさずドラゴンは、炎を吐いてくるがそれを躱してすかさずこちらも炎を放つ。
しかし、こちらから与えられるダメージは相性のこともあって、大したダメージにはならない。
その一方、ドラゴンの攻撃を人間が受けて平気でいられるわけがないので、こちらは一撃でも貰ったりしたらかなり不利な状況になる。だからと言って、力を見せると言っておいて、弱者たちの手を借りるのもどうかと思われる。
やはり、一人で戦わなければ……。
少しずつ両手の拳の中に気を溜めていく。この間、技は使えないが、溜めた気で普段より威力の高い技を出すことができる。
ドラゴンの前足の間から左の後ろ足へ抜け、ドラゴンの背後に回る。
「喰らえっ!! 焔の石楠花!!」
さっきよりも、大きな花が咲く。
これなら、少しはダメージをあたえられたはず……。
「グガァアアァアアアアア!!!!!」
「くっ……」
焔の中からけたたましい咆哮が響く。咆哮は炎をかき消し、空気を大きく震わせた。
中から出てきたドラゴンは、やはり大したダメージを負っていない。
「 」
横目でギルドの人たちを見てやると、称がこちらを見て何かしている。
口が動いているので何か叫んでいるのだろう、だけど、さっきの方向で耳がやられたのか、何を言っているのか全くと言っていいほど何も聞こえない。
その隙に、ドラゴンは火球を放ってきた。温度で気づいたものの、この大きさは今からじゃ躱せない。でも、
躱せなら守るだけのこと。
「焔の蒲公英」
火球をを目の前で広げて、密度を上げることにより盾とする。
「ケホッ……ケホッ……」
無傷というのは無理だけど、これくらいならまだ戦える。
「いくわっ……!!」
行くわよという言葉をドラゴンは最後まで言わせてはくれなかった。
ドラゴンはまた炎の中から攻撃を仕掛けてきたのだ。
今更気づいた、このドラゴンはきっと、炎の中からでも周りの状況が分かっている。
爆炎の中から現れた爪を前に、体が動かなくなる。
恐怖で立ちすくむなんて、強者失格なのだろう。いや、もともと強者など向いてはいなかったのかもしれない。
でも、それも、もう関係ない。
そう私はこれから切り裂かれるのだ。この大きな爪で……。
周囲が真っ赤に染まった。
◇ ショウ アリサト ◇
格の違いを見せようとして選んであろう村をドラゴンから守るという依頼を引き受けていた琳花だが……これ、タイラントタイプなのだが本当に大丈夫なのだろうか?
ほとんどの中型ドラゴンなら、一つのギルドで協力して依頼を達成することができたりもするものだが、タイラントタイプとなると4,5のギルドを必要とする。
いや、それでも下手をすれば壊滅してしまう。
それを一人でどうするつもりだ? たしかに、それなりには戦えてるようだけど、やはり少し押され気味だ。
「グガァアアァアアアアア!!!!!」
ドラゴンが吠えた。
琳花は方向からワンテンポ遅れて耳をふさいでいる。が、動けていない。
ドラゴンは大きく息を吸っている、前に戦ったタイラント型からすると、これは火球を吐くための予備動作だろう。
このままじゃ琳花がやられてしまう。
「危ない!!よけろ琳花!!」
琳花は俺のことを見てぼーっとしている。
もしかして、さっきの咆哮をもろに聞いてしまったのか。クソッ、呼びかけが仇になった。
琳花は、ドラゴンが火球を吐き出す寸前になってから気づいたのか、琳花も火球を作ったが、それでも火球を放たれる前に琳花は炎を放てる状態にまでにしていた。そこは、流石強者といったところか。
だが、あれはきっと焔の石楠花……あの火力ではドラゴンに押し勝つことはできない。
タダで強者を助けるのは嫌だが、お前には借りもある。だから、痛ってぇけど……やるか……あれを。
俺の腕と足に激痛が走る。間に合うか?
「焔の蒲公英」
火球は前方に進んではいかず、目の前で展開するような形に広がった。
それはドラゴンの火球を相殺したが、ドラゴンの本当の狙いは琳花を切り裂くことだ。
それまでくらいには、たどり着けるっ……!!
俺は爪を振り下ろすドラゴンの前に立ちそれを腕で受け止めて見せる。
「痛ってぇ……やっぱ痛いぜ……これ……」
受け止めた後、こいつの馬鹿でかい腕を掴んでやる。左腕にだいぶ深めの傷を負ったが、十数秒くらいならこいつを抑えてられるだろう。
「これで借りは返したぜ、さぁ、さっさとやっつけな!! 琳花!!」
「わ、わかったわ……」
「ぐるぅぅぅ……」
くっそ手足が痛むな、あーあ、こりゃ四日は筋肉痛かな……
「焔桜・花の雪」
白い炎が舞い散り、ドラゴンに降り注いで……ドラゴンは……炎に包まれた。
「はは、すげぇな……まさかタイラント型を倒しちまうなんてよ」
これには本当に驚かされたぜ。タイラント型を一撃でやっつけるなんてな。
「危ないっ!!」
琳花が俺に体当たりをしてきた。そして、先ほどまでおれの頭があったところを火球が通り過ぎていった。ドラゴンが最期の攻撃をしてきたのだ。
「油断……しすぎよっ!!」
「あ、ああ。悪い助かった」
また……借り一つ……か……。
にしても、腕と脚……痛ってぇなぁ……。
少し、ダメージ負いすぎたか……。
俺の意識はそこで途絶えたようで、次の記憶はもう自分の部屋に帰ったあとのことだった。
◇ リンカ サギモリ ◇
周囲が真っ赤に染まった。彼の……称の血で……。
「痛ってぇ……やっぱ痛いぜ……これ……」
彼は、腕でドラゴンの攻撃を受け止めていた。血が飛び散ったとはいえ、腕は落ちていない。
しかも、その上ドラゴンの前足を抑えている。
な、なんて筋力なの……弱者とは……いや、人間とは思えない力。そうか、称の能力は筋肉増強能力……一時的なものとはいえ、強力な能力。
弱者とは思えないようなレベルの能力である。
「これで借りは返したぜ、さぁ、さっさとやっつけな!! 琳花!!」
借り? 何のことかわわからないが、これは、チャンスである。多分最後の。
いくら凄い筋力を持っているとはいえ人間だからそう長くは持たないはず。
だから、一撃で決める。
できるかどうかなんかわからない、だけどやらなきゃいけない。
「焔桜・花の雪」
まさか、焔桜までを使うことになるなんて、思いもしなかったけど今は四の五の言っている場合ではない。
まず、この短時間で溜めてから放つまでの動作をちゃんとできるのか。
でも、やらなければ私も、称も……死ぬ……。
気を一気に集中させていく。
彼ががんばっているうちに、放たなければ、だけど全力で撃たなければ仕留めきることはきっとできない。
仕留められなきゃ、死ぬ。
溜めた気をさらに集中させて、花を散らすように、あのタイラント型に放つ。
白炎に周りを囲ませてから、一気にタイラント型に襲い掛からせる。
ドラゴンは、うめき声をあげ、炎に包まれていき、その場で崩れるように倒れた。
タイラント型とはいえ中型、とっておきまで出したんだから倒れてもらわないと困る。
「はは、すげぇな……まさかタイラント型を倒しちまうなんてよ」
と、称が私の前まで来てそう言ってはいるけど。
多分……あんたのほうが、すごいわよ。タイラント型を素手で受け止めるなんて。まず、大幅な自分強化という能力自体が強いのだ。
でもまぁ、私の力を見せつけられたなら、焔桜を出した甲斐があるってものね。
そのとき、タイラント型を包んでいた炎が大きく揺らめいた。
これはさっき火球を放たれた時を同じである。もし、この距離で最期の一撃を放つとしたら、狙うはきっと称である。
「危ないっ!!」
私は、称に向かって走った。
火球は、私の背中を焼いてから、明後日の方向に飛んでいった。
服に防火性が一切なかったら、大火傷だったかもしれない。ある程度、防火性があるとはいえ、最期の一撃をうけて無傷でいられるわけがなかった、それにさっきの焔桜で気を使いすぎて防御用の炎を展開することもできなかった。
だけど、弱者の前で倒れるわけにはいかない。仮にも、私は強者だから……。
「油断……しすぎよっ!!」
今にも途切れそうな意識を無理やり繋いぎながら、そう言った。
「あ、ああ、悪い助かった」
それにしても、私は……私はなぜこいつを、称を助けたんだろう?
そして、称は……なんで私を助けたんだろう。
称は貸しだとしても、私は、どうして……。
ここで死なれると、ギルドとの関係が悪くなるから?
そ、そうだ、きっとそうに違いない。そ、それ以外ありえたりしない。
これで、ちゃんとした貸し……また作ったからね。今度はちゃんと私も貸しと認識してるし。
転んでもただじゃ起きてやらないんだから。
背中の痛みがだんだん大きなものになっていくのを感じる。
称は気絶している。
倒れる前に、私が、ドラゴンの確認をしなければ。
倒れるわけには。
いかない。
強者は、倒れるわけにはいかない……。
いままでも、そうやって。
そう、やって……。
でも……ダメ……意識が……。
◇ ショウ アリサト ◇
さて、あのあと二人そろって気絶したわけだが、どうやら団長たちが、拠点まで運んでくれたらしい。
俺の所属する泥水団はそれなりに大きいギルドなため、拠点を持っている。
やっぱ拠点があるとこういう時に役に立つな。
「心配したんだから、称君のバカ……」
そして、これ、大変だぞ……。
風花の対応……。
これ、下手したら……いや、しなくてもタイラント型より面倒くさくねぇか?
「バカバカバカバカバカバカばかばか、ばか、ばか……ばか…………ばかっ……」
「わ、悪かって、迷惑かけた」
「その通りだよっ!! 本当に迷惑かけたよっ!! もう、自覚してよっ」
「わかったわかったって、次からはちゃんと一人で帰ってくるくらいの体力は残しておくって、だから少し泣きやめよ……」
「全然わかってないよっ、私は心配かけたこと怒ってるんだからっ、運ばせたことを怒ってるわけじゃないもん」
「だ、だから悪かったって」
「もう、どうしたら称君は傷つかないでいられるの」
いや、さすがにそれは無理だろ。こういう以来受けてるかぎり、なにかしら傷くらいできるもんだろう。
で、でも、そう答えるともう長引きそうだな。うん。やめておこう。
「わかったよ、次からは気を付けるから、ね」
「ね……じゃ……ないよぉ……ひどいよ……いつも私に心配ばかりかけて」
「だから悪かったってば」
「いったいどうしたら、傷つかないで……」
あれ? やばい。いつのまにか風花の目から光が失われているんだけど。
えっと……ね、寝たい……。
「安全な依頼だけ……でも、どうせ無茶するんだろうし……」
「えっと……あの……」
「じゃあ、常に私が一緒に依頼を受ける……ってこれじゃあ今と変わらないし」
やばい、俺の声すら届いてない。
話題の当人の声なのに。
「あっ、そういえば、依頼を受けなきゃいいじゃん……でも、やっぱりそれでも何かするんだろうな……」
く、雲行きが怪しくなってきたぞ。
もう、逃げ出したい気持ちでいっぱいなんだが。
「あっ、そうだ!! 部屋に閉じ込めておけばいいんだ。そうすれば、会いたいときにいつも会えるし、怪我することもないし」
「ちょっと、あの……」
やっぱ、こういうことになるーーーー!!
うおおおおお、逃げ出してぇぇぇ!!
「それがいい、それがいいね、風花ちゃんぐっとアイディアだよ」
「ちょ、ちょっとトイレに」
「あ、称君、どこにいくの……?」
や、やばい、なんかいろいろやばい。
雰囲気とか、オーラとか、空気とか、ムードとか、もうヤバい。なんかヤバいよ。
「トイレだったら、ここでいいんだよ? 称君……ほら尿瓶は?」
「いや、ほら、ふ、風花がいるし」
風花は女の子だしこういえばきっと、外に……。
「私は大丈夫だよ……称君のなら全然平気」
そうきたか……てか、俺のは大丈夫ってそれは告白なのか? 遠回しな告白なのか? それともあれか? 男としてみてないから平気的な意味か? 振られたのか?
しかし、問題はそこじゃない、部屋から脱出もしくは風花を部屋から出す方法を考えねば。
そうだ、し、尿瓶だ、尿瓶は多分この部屋にない。それを利用してトイレまで行くんだ。
「し、尿瓶は、ほ、ほらこの部屋にないみたいだからさ、だってここ普段俺住んでる部屋だもんな、尿瓶なんて買った覚えないし」
「そ、それだったら、わ、わわ」
「わ?」
あっ、目に光が戻った。
あと、顔赤らめてる。だいぶ。
「わ、わわわ、わわ、わたしがの、のむから、ちょ、ちょくせつ」
「はい?」
「だ、だから、私が称君のおしっこ直接飲むからっ!!」
「……」
「……」
「あ、あのー、な、なんて?」
風花は、カァっと顔をさらに赤らめて、「ば、ばかぁぁぁぁぁぁぁ!!」と言って走り去ってしまった。
いや、この場合走り去ってくれたが正しいか。
まぁ予定とは違うが、別にいいか。
さて、風花もいなくなったことだし、考えるのは、これからのことだ。
どうしたものか、奥の手の能力出しちまったし。
まぁ、それは琳花も同じようだったがな。
あの、焔桜は多分奥の手だろう。
それと、琳花も倒れたというのが気になる。推測だが、最後のほうの火球から俺を守ったとき結果的に琳花に当たってしまってたのではないか?
そうじゃないにしても、あの時、琳花はなぜ、俺を助けたのか。
貸しを作る……だとしても、あんなリスクを負ってまでやることではない。
一番有力な説としては、弱者との関係悪化を恐れたということだが、なにか、目的があるのか?
関係悪化を恐れたとして、いや、強者だ、強者は……関係を基本的には持とうとはしない。依頼者意外とはな……。
だとしたら、多分今回の交流の目的は弱者の反乱に対する調査か。
今回の交流は確かに強者側から言い寄ってきたことだし、タイミングもタイミングだ。
だとしても、この泥水団ははなっからそんなことする気は全くないので問題はないんだがな。
まず、この泥水団自体はそういった反乱に対しては反対派のギルドなのだ。
その行動自体がすでに弱者というものそのものを否定していることである。そういった考えで行動している。
原義派のギルドはだいたいそのような考えで行動をしているだろう。
なにより大きい組織は大きいければ大きいほど行動には制限がかかるものである。それなりとはいっても、そこそこには大きいギルドである泥水団はそういった依頼外の争い事にはできるだけかかわらないようにしているのである。
そもそも、そういった争いごとに自ら参加したがるような奴はこの泥水団にはいないだろうが。
このギルドは、過去に何かあった者、何かしらの理由で行く当てがない者などを主にしている。
団長が、連れてくるんだ……そういったやつらを……な……。
最初は俺だった。その時の俺は行く当てもなかった。
いや、あったのかもしれない。本当は。
だけど、そこに帰るわけにはいかなかった。いや、帰れなかった。
弱いだけなのだろう。昔も、そして今も。
だから、今も帰る場所はただ一つ、ここだけなんだろう。
そう、最初は俺だったんだ。ボロボロになって倒れている俺を、団長は自分の屋敷に連れて行って、体が治るまで泊めてくれて、そのあと特殊傭兵になる話を聞いた。そして、俺の今後の話も聞いてもらった。
そうしてギルドを作ると、俺はすでにそこに入っていた。行く当てがないならいいだろと、入れられたのだ。だが、それが嬉しかった。ちゃんと人として扱われたから。
これでも、団長には感謝してもしきれないほどの恩がある。だから、俺は本当に大切なことなら団長に頼まれれば断ることなどできない。まぁ、それで副団長なんか任されてしまったがな。
ギルドを作ったの時点で俺はそこに入っていたからこそ、こんな俺でも副団長となっているというわけだ。
団長はそのあとも、いろいろ人を連れてきてどんどんギルドは大きくなっていた。
今では、それなりに名の知れたギルドになっているくらいだ。
団長に会ってなかったら、俺はまだ人間になれてなかったかもしれない。
まぁ、過去に何かあったやつは大抵、失うことは怖いことだろうし、反乱なんていうことを考えたりはしないだろうがな。
それにしても、あの琳花はそこまで悪い奴ではないのかもしれない。
でも、疑うのはやめないけどな。人を信じるには時間がかかるものなんだ。
無条件で信じるのは弱者だけだ。
まだ注意はしておこう。強者様は何をするかわからないからな。
にしても、左腕……痛ってぇなぁ……。
◇ リンカ サギモリ ◇
戦闘後、結局私は気絶してしまったらしい。
弱者の前で気絶した上に、弱者に助けられる。強者としてそれはどうなのか。
やっぱり……。
ネガティブな思考に入ろうとしたその直後、部屋の扉がガチャリと開いた。
「大丈夫?」
「あ、あなたは……えっ……と……」
「あ、そうか、自己紹介まだだったね、私は柳沼 月見。 よろしくね」
「よろしく」
いつまでよろしくしているのかはわからないけど、それまでは、ね。
「あの、ここはいったい?」
「ここは、えーと、なんて言えばいいかな……とりあえず私の部屋かな」
「あなたの?」
「正式にはそうじゃないのかもしれないけど、まぁ、でも今は私の部屋かな」
「どういうこと?」
「ここは団長の屋敷というか別荘というかだったんだけど、今はこのギルドの拠点になってるかな」
あの、団長はそんなに金を持っているのか。いや、どっちかというと実家が金持ちといった感じなのだろう。
実家が金持ちということは、反乱や一揆の可能性は一気に下がる。
「ここあなたの部屋でしょ、ごめんねいま出るから」
「いいよいいよ、もっとゆっくりしても、怪我してるんだしさ」
「いや、でも……」
そうやって起き上がろうとしたとき背中に激痛が走った。
「悪いからさ……」
「いいってば、背中……痛いんでしょ」
無理にでもこの部屋から出て行こうとはしたものの、背中のダメージが思ったよりも大きくうまく体が動かない。
「だから……無理して動かなくてもいいってば」
「あ、ありがとう、じゃあもう少しここにいさせてもらうわ」
「じゃあ、私はすこし用事があるから行くけど、もう少し寝ててね」
そう言って月見は、また部屋から出て行った。
っていうことがあったのが、寝る前の話。
で、今……。
「な、なんでこうなっているの……」
「スピー……」
月見が私の隣で寝ている。
確かにここは月見の部屋だし、月見がここで寝ていてもおかしいことも悪いこともないんだけど。
だって二段ベッドじゃないの、このベッド。
「ちょ、ちょっと……つ、月見……」
「うーん……琳花ちゃん……ムニャムニャ……にゃー」
「琳花ちゃんって……」
なんで急にちゃん付けに……。
「琳花ちゃん……琳花ちゃん……にゃーにゃー」
「にゃー……って……」
にゃーってなに?
私は夢の中では猫になっているのだろうか。
「琳花ちゃん……ぎゅー……」
「うわっ」
月見は私に抱き着いてきた。
いったいどんな夢を、というより結構強く抱き着いてきているので背中がそれなりに痛い。
「り、琳花ちゃん……きすぅ……」
き、キス!?
本当にどんな夢を……み、身に危険を感じる。
「あっ……そ、そこは、舐めちゃ……ら、らめぇ……」
「……」
ね、寝よう。
わ、私は何も見ていないし、聞いてもいない。
「い、い……」
「う、うわ!! い、嫌ー!! ま、まだ結婚前なのに……や、やめっ!! キャーーー!!」
そ、そのあとのことは話したくもないし、思い出したくもない。
まず、お、覚えてないことにしよう。そうしよう。
昨夜あったことは置いておいて、反乱の可能性が限りなく低いということは、調査は続行するが、普通の交流になりそうだ。
だけど、これだけの別荘を持てるほどの家系なら、もしかしたら有名な家なのかもしれない。後で機会があれば、称か月見に聞いてみよう。