魔王と妃のほのぼのな一日。
魔王であり夫であり親の仇でもあるヴァイシャとの結構生活も三か月を過ぎ、嫌々ながらも、この生活に慣れてきた秋。
何十何も夜襲を仕掛けたり、ワインに毒を入れてみたり、狩りの途中で鹿では無くヴァイシャに向かって弓を放ってみたりもした。
強い、と言われている魔術師や傭兵は何人も城へ呼んだ。
けれど、それらは全て失敗に終わった。
夜襲を仕掛ければ「なんだリア、私のベッドで寝たいのか? 可愛い奴め」なんて言われて布団に包まれるし、ワインに猛毒を入れれば「少し苦いな」の一言で済まされる。
矢をヴァイシャに向かって放てば「なんだリア、弓矢は苦手か。教えてやろう」と言われる。
隣国一番の魔術師や傭兵さえも、余裕の表情で倒す始末。
ちなみに、勇者様は全然こない。
クシャトリア様以来、噂さえも聞かない。
どうやら、一向に仇は討てそうにない。
そんな日々を、私は送っていた。
*
窓から中庭の池を眺める。
鴨が泳いでいて、魚もいて、のどかで。
でもここは、“魔王城”で。
天国のお母さんお父さんごめんなさい。リアは仇を討てそうにありません。このままでは、ただ単に魔王に嫁いだ親不孝娘になってしまいそうです。
そんなことを、頭の中で繰り返しながらぼーっとしていた。
「リア」
ふとヴァイシャに呼ばれ、顔を上げる。
逆さまに見える、ヴァイシャの顔。黒髪金瞳の、整った顔。
魔王じゃなければ、良かったのに。
そう、ぼんやりと考える。
「リア」
再び、名前を呼ばれた。
「何?」
そう問い返すと、少し困った顔をする彼。
そして、言い辛そうに口を開いた。
「その……、大丈夫か? 最近浮かない顔をしているが……。何があった? 体調が悪いか? 医師を呼ぼうか? いや、薬師の方が……」
「平気よ。体調じゃない」
ただ、貴方を殺せればいいんだけど。
そんなこと、私を心配してくれる彼には言えなくて、飲み込む。
いや、結婚するときに、「私は魔王の命を狙うわよ」って、はっきり宣言したのだけど。
「ならば、どうした?」
眉をハの字にさせて、本当に心配そうに聞いてくるヴァイシャ。
この人は魔王なのに、私の前ではとてもそう見えない。
「えっと……、勇者様、来ないかなぁって」
とりあえず、そう答える。
間違ってはいない。だって、勇者様は魔王を倒してくれる存在だから。
「勇者? また勇者か」
“勇者”という言葉を聞いた途端、眉をひそめる魔王。
「お前は本当に勇者が好きだな。この世に在る全ての勇者を殺してくれようか」
そして、そんな物騒なことを言う。
やめてよ。勇者様が殺されたら、“魔王”を倒せないじゃないの。
それが顔に出ていたのか、ヴァイシャは私の顔を見て、はぁっとため息をついた。
「ならば、これでどうだ」
そう言って、何か術を唱えるヴァイシャ。
勇者様を召喚するのかしら。
そう思ったんだけど……、ぶわっとした黒い煙が晴れて、そこにいたのはなんと勇者の恰好をした魔王。
いつも来ている暗い色の服ではなくて、赤とか、そんな明るい色を使った服。そして、腰に携えている聖剣。
「どうだ。勇者だぞ」
そう私に笑うヴァイシャは、得意顔で。
魔王の癖に勇者の姿をして笑う彼が、なんだかおもしろかった。
ただ、やっぱり彼がその恰好をしているのは不思議。
「なんでヴァイシャが、勇者の恰好……?」
そう尋ねると、先ほど以上の得意顔で、
「リアは勇者を慕っているのだろう? 私はリアに笑顔でいて欲しいし、慕ってもらいたい。ならば、私が勇者になればリアは勇者と逢えるし、私は慕ってもらえる。一石二鳥だろう」
そう、答えた。
いや、勇者だからって、好きになるとは限らないけど。
そう心の中で突っ込んでも、やはり勇者の恰好をした魔王は面白くて。
最初の頃よりは、ヴァイシャを否定していない自分がいることに気が付いた。
何故だろう。
……“ヴァイシャ”って名前で呼んでいるから、情が移ったのだろうか。
なんだか、ヴァイシャ好きになっちゃった(笑)。
この前はリアリア言ってて気持ち悪かったんだけどなぁ…。
とりあえず、ほのぼのしてます。
さて、次のネタは何にしようか。