1話 プロローグ 前編
やっと本編
改変しました! 前回までの書き方が好きだった人はごめんなさい。
―オリジアナ大陸 北部 ルナ地方 月光の村ルナと魔境エクスクレセンスの中間地点 古代の森
夕暮れ、1人の灰色の髪を肩のあたりまで伸ばした少女が、このあたり全域に生息する原生生物である「ウルフ」の群れに囲まれていた。
すでに数匹倒したのか、彼女から少し離れた場所に血が散乱している。
「ガルルルル」
「元気でいいですね~私はもう疲れましたよ。勝手に縄張りに入ったことは謝りますから、ここは引いてくれませんか?」
少女が謝罪しながらそう問いかけるが、ウルフたちはグルル、と唸るだけである。
原生生物のウルフは、ウルフが魔物化したウォンウルフなどと異なり、組織力と仲間意識が高いことで有名な原生生物である。そのため、仲間が殺された今、ウルフたちが怒るのもうなずける。
「やっぱりだめですか? なら仕方ありません」
彼女を囲いながら唸り声を上げるウルフを見て、少女はため息をついてそういうと、左腕を前に突き出し、詠唱を始める。
「『我が内に秘められし心力よ。我が声に答えたまえ……』」
そんな少女の詠唱に恐怖したのか、チャンスととらえたのかは分からないが、詠唱に入った少女に数匹のウルフが迫る。
しかし、少女にウルフの爪や牙が届く前に――――――
「『我を守りし力となりて、具現せよ! 心装具オーニス!』」
――――――詠っていた詠唱が終わる。
詠唱が終わった少女の手に白色の光が集うと、その光が少女に向かってきていた数匹のウルフを吹き飛ばした。
光によって吹き飛ばされたウルフはそのまま後ろに立ち並んだ木にぶつかるが、先ほどの光自体に威力は無いようで、毛皮のおかげで特に外傷はないようだ。
ウルフを吹き飛ばしたその光が収まると、先ほどは何も握られていなかった少女の左手に、一つの白銀の弓が握られていた。
――――少女が詠った術は心装術と呼ばれ、人個人個人が持つ心力を武器状に具現化させる術であり、素質が必要なほかの術と異なり全ての種族が使用できるという、かつて賢者とまで呼ばれた者が創り出した術である。
いうならば、自分専用の武器を具現化させるというものであり、この術によって具現化された武器は心装具と呼ばれている。
少女はおもむろに自身の心装具であるその弓に手を添える。すると弓の横に先ほどの光と同じ白色の光の矢が現れる。
少女は右手でその光で出来た矢を掴むと、上方に弓を構え、弓の弦を引く。すると、その弓が先ほどの光と同色の光を纏って輝き、心技という心装具専用の技が発動する。
「これで…………どうです? 『空烈』!」
少女のその心技の掛け声とともに放たれた矢は空中で数本に拡散し、地面に降り注ぐと、数匹のウルフに突き刺さり、そのウルフたちを射殺した。
射殺されたウルフは頭や喉の上に矢が突き刺さっており、断末魔を上げることもできず絶命する。
残された3匹のうち、1匹には先ほど少女の放った光の矢が刺さっていたが、急所は外れていたのかまだ息はあるようだ。しかし、当たり所が悪かったようで、動くことが出来ないのか、その場に伏した。
残された2匹のウルフたちはウォーン、と怒りを表すような咆哮を上げると、少女に向かって走り出す。
「まだやる気ですか? できれば勘弁願いたいのですがっ…………と危ないですね~。こうなったら……、私唯一の攻撃心術でっ……いたっ!」
少女が向かって来たウルフのうちの1体のウルフの攻撃を避けながら考え事をしていると、もう1体のウルフの爪が少女の左腕を掠った。
痛みで再び目の前の状況に気を向けた少女が傷口を見ると、傷は深くも無く大したことはないが、傷口からは少しばかり血が流れ出ていた。
「いたた…………。油断しましたねー。でもこれで終わりっ。『弓円刃』!」
「グギャアァー!」
痛みに顔をしかめながらも少女はそういうと弓に再び自身の心力を付加させる。そして心技を発動させ、心技の効果で白光を纏った弓を回転させる事で残りのウルフ2体を斬り裂いた。
白光を纏った弓で斬り裂かれたウルフたちは断末魔を上げると、鮮血をまき散らしながらもすぐに絶命する。
少女は斬り裂かれた2匹のウルフが絶命したのを確認すると、最後に最初に放った心技の矢が刺さって動けなくなっていたウルフに矢を打ち込む。再び射抜かれたウルフはすでに弱っていたため、断末魔を上げる間もなくすぐに息絶える。
少女はそのウルフが息絶えたのを確認すると、自身の心装具であるオーニスを消し、息を吐き出した。
「はぁ~。まだエンシスがいた頃はまだ楽だったんだですけどね。やっぱり後衛だけじゃきついなぁ」
少女は今はいないパートナーと狩りをしていたことを思い浮かべる。
かつては2人で狩りを行っていたこととパートナーの心装具が剣であったことから狩りはある程度楽であったが、今は弓が武器である自分1人しかいないため、今回のような多数の相手に対しては少しばかり苦労するのである。
「まぁ、いまはそんなことより、腕の傷を治して後のことを考えないと。『傷つきしものに応急処置を ファーストエイド』!」
少女は頭に浮かんだその考えを振り払うと、明らかに先ほどの心装術とは異なる詠唱をしながら自分の左腕の傷に右腕を近づけ、心術を発動させる。
――――心術とは先ほど少女が使っていた全ての種族が使用できる心装具を具現化させる心装術や心装具を用いた『弓円刃』のような心技、そして古代の遺産である魔具を用いた魔技とは異なり、心力を転換させることができる素質があるものしか使うことの出来ない術である。
心術は、術者自らの心力を精神に共鳴させて発動する術で、通常マーマンやエルフでしか素質を持たないとされる。
また、他にもその者が持つ心装具の種類によっては素質の無い者でも心術を使うことが出来るらしいが、少女の場合はもともと使うことが出来る。
だから、ヒューマンでありながら心術を使うことの出来る素質を持つ少女は、かなり希少な人材ともいえるのだが。
少女の詠った心術が発動すると、少女の右手から放たれた白光が傷口を包み込む。すると、左腕にある血が流れ出ていた傷口が見る見るうちに癒えていく。そして、数秒後、そこに傷があったことが分からないほど、傷があったという痕すら残らずに傷が消える。
しかし、傷が治ったのにもかかわらず、流れ出ていた血を拭いながら少女は顔を歪めていた。
「やはり、この心術は確実ですが痛いですね……。ほかの人の使うものとは属性そのものが違いますし」
そうなのだ。少女、アークス・レクペラティオが使う心術は他の誰も使うことが出来ない上に多少の痛みを伴うのである。
他の人の使うことの出来る回復心術は、確かに痛みもなく万能そうに見えるが、同じ属性の心力を持つ者に対してしか回復効果は弱いうえ、それぞれの種族やそれぞれの属性の苦手属性となる属性の回復心術を使うと、術者と患者の心力が反発し合い、最悪命に係わるといわれている。
また、同じ属性の回復心術なら傷が治りやすいというだけで、すぐに傷が完治するわけではないのだ。
それに比べ、アークスの使うことが出来る心術は多少の痛みは伴うが傷を確実に、また相手の属性にかかわらず治すことができるのである。
だが、アークスの属性は英雄の伝記にも載っていないものであるらしく、アークス自身、何の属性であるのかすらわかっていない。
さらにアークスの心装具「封印癒弓 オーニス」は、かつての英雄の伝記や英雄によって書かれた書物などから国が定めた心装具ランクのなかで最低ランクであるランク1と診断されたため、パートナーだったエルフ以外からバカにされ続けた。
そのことに対して本人は特に気にもしていなかったが。
10歳の時、彼女の両親が亡くなったときを境に、生まれ故郷である『月光の村 ルナ』から追い出され、それ以降はパートナーであったエルフのエンシス・フリエンスと共に、ルナともう一つの集落である『魔境 エクスクレセンス』の間に広がる『古代の森』に小さな小屋を建てて生活している。
しかし、3年前に先代王の心装具ランク5の収集により、生まれた時からランク5と診断されていたエンシスが帝都に連れて行かれてしまったため、今ではアークス一人でこの『古代の森』で狩りをして暮らしている。
「このウルフたち、どうしましょうか? 干し肉にするにしてもさすがに数が多すぎますね。私はルナに入れませんし」
そんな訳があり、アークスは今夜の夕食分の食料を狩りに来たのだが、誤ってウルフの縄張りに入ってしまい、冒頭へとつながる。
しかし、確かに夕食分の食料はとれたのだが、襲って来たウルフはアークス1人が数日でで処理するにはさすがに多過ぎる量である。
「とりあえず、帰りましょう。早くしないと夜になってしまいますし。問題はどうやって運ぶかですけどね…………!? なんですか!?」
アークスがウルフの死体をどうするか考えていると、突然森の一部に、空に浮かぶ月から金色の光が降りそそいだと思うと、その場所から降り注いだ光と同色の金色の光が溢れ出している。
突然の出来事にアークスは驚きを隠せずいたが、光が降り注いだ場所に心当たりがあり、自分なりの推測を呟く。
「あの場所は…………、たしか『月光の塔』があったはずですが……。なぜ光ってるんでしょう? …………気になりますね。行ってみましょう」
アークスはその場の好奇心に勝てず、その場所、月光の塔に向かって走り出した。
…………夕食にするはずだったウルフの死体をろくに処理もせずに置き去りにして。
―ルナ地方 古代の森 月光の塔前
「わぁー……。ほんとに光ってます……。きれいですね……」
思わずアークスは目を輝かせながら感嘆の声を上げた。
なぜなら、無機物であるはずの塔が満月を表すかのような優しい金色の光に包み込まれているのだ。辺りは暗いのにその塔の周りだけがキラキラと光り輝いている光景にアークスはつい見とれてしまう。
「でもなんで光ってるのでしょう?それとさっきの光は…………? …………えっ!?」
アークスがその光景に見とれながらも疑問を抱く。
なぜ光っているのだろうか?
アークスがそう考えていると、突然月光の塔の入り口がぎぎぃ…………、と怪しげな音を立てて開いたため、不気味に思ったアークスは体を強張らせる。
体を強張らせると同時にアークスは驚いていた。何故ならこの塔の入り口が開いたのだ。
…………いままで自分自身を含め、多くの人が中に入ろうと試したが、全く開かなかった扉が。
驚いているアークスを誘うかのように、月光の塔を照らしていた金色の光の一部が光球となって塔の中へと入っていく。
…………まるで入ってこい、と呼んでいるかのように。
「入って来いってことでしょうか………?」
そんな光の行動にそう感じたアークスがそう呟くと、アークスの呟きに答えるかのように塔の周りの光が先ほどよりも強く発光した。その光景に驚きながらもアークスは考える。本当にこのまま月光の塔に入って大丈夫なのだろうか、と。
「なるようになりますよね…………?」
アークスは自分を安心させるかのようにそう呟くと、未だ誰も入ったことが無い月光の塔へと歩みを進めるのだった。
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