Believe in〜信じるということ〜
地球温暖化のせいなのか何なのか分からないけど、もうすぐ夏休みなのに雨の降る日が多かった。
時折、雲間から光が走り、その直後ゴロゴロと大きな音が鳴り響いた。
教室や廊下では数人の女子がキャーとか言って騒いで、男子に励まして貰ってるけど…
そんなのどうせ演技に決まってんじゃん。
「はぁ」
私は溜め息を一つ付くと立ち上がった。
そろそろ部活に行かなきゃな。…あぁ、気が重い。
「あ、待った美月。ちょっと話しがあるんだけど」
突然、背後から声を掛けられた。振り返ると、そこには一人の男子生徒がいた。
青木隆君だ。同じクラスで、一緒に学級委員をやっている。
「明日のHRだけど、文化祭の練習日いつにするかとか色々決めないといけないだろ。体育委員も10分くらい時間欲しいって」
「あぁそうか、そうだった。忘れてたよ。青木君はこの後何か用事ある?」
「いや、部活があるけどこっち優先だろ」
「じゃあさっさと終わらせますか」
私は自分の席に座り直した。青木君も私の前の席に座り向きを反転させた。
「で、どうする?」
青木君が聞いてきた。自分で考える気はさらさら無いようだ。
「取りあえず二時間あるから授業始まってすぐ体育委員のことやって、その後は全部文化祭にあてよう。文化祭で決めなきゃいけないのは夏休みにいつ練習するかと、舞台監督や演出を誰にするか。脇役の人数も調整しないとなぁ」
「じゃあそれでいこう。美月の考えなら大丈夫だろ」
「…青木君も少しは考えてよ」
「はいはい。じゃあ美月が言ったことに付け足しで、もし時間が余ったら役の候補聞いてこうぜ。その方が次のHRですぐにオーディションに移れるだろ」
はぁ、考えれば出来る人なのに、なぜいつも私が聞かないと考えないの?
でもまあ、仕方ないか。
このクラス全体に『美月が何とかしてくれるだろう』っていう空気が流れてるし。…今は仕事をしてた方が気が楽だし。
「じゃあ流れはこんな感じでいいね。はぁ、中一や中二と違って、三年の演劇は大変だな」
「まぁ俺らのクラスは平気だろ。美月がいるしな」
「何で私がいると平気なのよ。青木君も学級委員なんだからしっかりしてよね」
「分かってるよ。美月に言われれば何だってやるさ」
「本当になんでも?」
「あぁ、お前がふざけた事言うとは思えないからな」
「全く。それは信用って受け取っていいのかな?」
「もちろん」
私はふぅと息を吐くと窓の外を見た。
…信用なんて、ある分けないじゃん。
雨は激しさを増していた。
「彩ー。部活行こ」
突如教室のドアから顔を覗かせ女子生徒が叫んだ。
名前を呼ばれたのは…
私だ。
「彩早くー」
私はやれやれといった感じで再び立ち上がると、青木君に一言声を掛けた。
「部活前にごめんね、じゃあまた明日」
「おお、HR頑張ろうな」
私は青木君に軽く手を振ってから、教室の外で喚いている女子生徒に駆け寄った。
「遅いー!」
女子生徒は頬をぷくぅーと膨らませると、上目遣いで私を睨んでくる。
その女子生徒は私の幼馴染みで、相坂奈央という。
気さくで誰にでも優しい可愛らしい子だ。
そんな子と私がなぜ十何年も仲良くしていられるかはよく分からない。
だが、奈央はそこら辺の女子生徒とは何かが違っていた。
私はその何かを、奈央の心からの優しさと、全ての行動が自分に正直で偽りが無いところにあると思っている。
「明日のHRのことで話し合わなきゃいけないことがあったから。ごめんね」
「まぁ彩だから許すけど。私、彩には色々感謝してるし」
「そうなの?」
「うん!ほら、早く行くよ」
「はいはい」
私は奈央に腕を引かれ走り出した。
ねぇ奈央、貴方だけは信じていいよね?
私達はバドミントン部に所属している。活動場所は体育館なので雨の日でもしっかり部活があった。
…まぁ体育館の半分しか使えないんだけど。
バドミントンと聞くと、女子ばっかりのイメージがするかもしれないが、そんなことはない。
男子部員も結構いるのでトレーニングは多少キツめだ。
奈央はトレーニングが終わると床に倒れこんだが、私は案外平気だった。一年生の頃は辛かったがいい加減慣れてきた。
元々運動は嫌いじゃないし。
じゃあなぜ気が重かったのかって?
それは―
一か月ほど前に溯る。
私には一年前から付き合っている人がいた。
"その人"は同じバドミントン部で、私が告白されOKを出した。
特に何かあったわけでもなく、ただ特別親しくしている程度の仲だったが、それでも私は"その人"のことが好きなんだと思っていた。もちろん、"その人"も。
しかし、別れは意外な形で訪れた。
分かれというより、裏切りに近い。
ある日の部活後、私は奈央が見当たらないことに気付き探していた。
しばらく校舎内を駆け回っているとすぐに見つけた。
奈央は体育館横にある駐輪場にいた。
"その人"と一緒に。
何を話しているのか、何となく分かった。奈央は凄く困った顔をしていた。
私は何も気付いてないふりをして奈央に駆け寄った。その人は私に気付くと駆け足でその場からさって行った。
その日の帰り道、何があったのか奈央が教えてくれた。それは私の予想通りで、何とも皮肉な話だった。
"その人"は、奈央のことが好きになったけど、奈央に振られた時に彼女がいなくなるのは嫌だから、私を振る前に奈央に告白してOKだったら私を振るつもりだったらしい。
馬鹿馬鹿しくて笑えてきた。
と同時に酷く傷ついた。
今まで信じていた人に全てを否定された気がした。
私よりも奈央のことを好きになったから傷ついたんじゃない。
私を振らずに奈央に告白したことに傷ついた。
もしあの場に私が来なくて、奈央が「ごめんなさい」と言っていたら私はどうなっていたのか。
"その人"から偽りの愛を受け続けることになったのだろうか。
もう、考えたくもない。
奈央はその日の帰り道、とても落ち込んだ様子で私に「ごめんね」と言い続けた。
私は「奈央は何も悪くないよ。教えてくれてありがと」と言い奈央を抱き締めた。
奈央はとても優しいから、自分が悪いと思ってしまうのだろう。
私は、奈央も同時に傷つけた"その人"のことを絶対に許さないと決めた。
また、その日から人を信じれなくなった。
"その人"はまだバドミントン部にいる。
一時期、私とのことで噂が広まり、部活に居ずらくなったことがあったみたいだが、そんなこと、一か月もすれば冷める話。
今は元気に部活をやっている。
私は、"その人"の姿を見ることすら嫌なのに、部活に出ると嫌でも話さなきゃいけないことがある。
だから気が重いのだ。
だけど、奈央を一人にはしておけないので仕方なく部活に来ている。
それに私、部長だし。
何かエースにされて、顧問の先生にも期待されてるし。
「奈央、大丈夫?」
私は床でへばっている奈央に手を差し出した。
「ありがとう」
奈央は私の手を取ると立ち上がった。
「夏休みに入ったらすぐ試合だし、頑張らなきゃ。彩のペアとしてね」
「うん。私も奈央と一緒なら頑張れるよ」
そう、私は奈央の笑顔を守るために生きるんだ。
二時間後―
フットワークやノックを経てやっと試合が出来た。
今日は私も奈央も調子がよく全勝だ。
一通り試合を終え奈央と休んでいると顧問の先生に呼ばれた。
私は走って先生のもとに向かう。
「練習お疲れ。今日はもう終わりにしろ。俺はこの後用事があるからもう帰るな。そうそう、雨が酷くなってきてるから気をつけろよ」
そう言い残しとさっさと体育館を出て行った。
私は先生の適当さに飽きれつつ部員に指示を仰いだ。
「今日の練習は終了!片付けと掃除やってね」
私が呼び掛けると、休んでいた部員が皆立ち上がり行動を開始した。
私はそれを確認すると自分も片付けに取り掛かった。
数分後、さっきまでネットが張られシャトルが入り乱れていたそこは綺麗になった。
後は早く帰ってと呼び掛けるだけかなぁ…と思っていたら
ガシャン!
何かが落ちる音がした。
見るとそこには慌ててシャトルを拾っている"その人"がいた。
どうやらシャトルを入れた籠をひっくり返したみたいだ。
私は正直無視して他の事がやりたかった。しかしそういうわけにもいかないので、物凄く嫌々ながらシャトルを集めに行った。
私が無言でシャトルを拾っていると、"その人"は普通に「ありがとう」と言った。
…………。
なんで、なんで何事もなかったかのように接せれるの!
せめて悪いと思っているような素振りがあれば私だってこんなに傷つかなくてすんだのに何で!
受けた傷の大きさも知らないで、のうのうと…
噂と一緒に消えてしまうものではないのに。
私は最後の一個を籠に戻すと立ち上がった。そして"その人"が持とうとしていた籠をひったくる。
「いいよ、俺が倉庫にしまう」
私は精一杯冷たく言い放つ。
「遠慮しとく。また落とされても迷惑だから」
そのまま足早に倉庫へと向かった。
倉庫の中は一つだけある蛍光灯が点いていても薄暗かった。
窓の外には沢山の光が見える。学校の周りにある家々の電気だ。
その二つがあって辛うじてどこに何があるか分かった。足下にも気をつけないと、倒れている棒か何かに躓いたら大変だ。
私は慎重に移動した。その時後ろでキィーという音がしたが、きっと誰かが倉庫から出た時に扉を閉めたのだなと思って気にしなかった。
シャトルの入った籠を定位置に置くと私は引き返した。
やはり倉庫の扉は閉まっていたので開けようと取っ手に手を掛けた瞬間だった。
ピシャーンッ
倉庫の窓が光を放ち、物凄い音が辺りに響き渡った。
私は思わず手を引いてしまう。
プツーン
いきなり蛍光灯が消え倉庫の中が真っ暗になる。いや、倉庫だけではない。窓の外から見えるはずの家々も光を失った。
その時だ、背後から物音が聞こえた。振り返って目を凝らすと人影が見える。
「すっげー音、ビックリしたぁ」
この声は…
「青木君?」
私は人影に尋ねる。影の主は私がいる事に気付いていなかったのか少し驚いたような反応をした。
「えっと…もしかして美月?何でこんなとこに」
「それは私のセリフ。私はただ部活の用具を片付けてただけよ。青木君こそどうしてここに?」
「俺も同じだよ。バスケの用具片付けてた。ほら、バドミントン部の隣りってバスケ部使ってるだろ」
言われてみればそうだったような…。
「青木君ってバスケ部だったのね、全然気付かなかった」
「へぇー意外だな。美月ってなんでも知ってそうなイメージなのに」
「周りを見る余裕なんてなかったの!はぁ…とにかくここから出よ。さっきの雷で停電したみたいだし」
私は再び扉に手を掛けた。そして思い切り横に引く!
「え…」
私は扉から手を離して鍵がかかっていないか確かめる。
「どうかしたのか?」
青木君が心配そうにこっちに近付いて来るのが分かった。
「おかしい。鍵は開いているのに扉が開かない。もしかしたら反対側に何か引っ掛かっているのかも」
「マジか…。ちょっと俺にもやらせて」
そう言って青木君も扉を横に引く。がやはり開かない。
「美月の言う通りみたいだな。どうする?」
「電気が点くのを待って誰かに開けてもらうしかないわね。こんなに真っ暗じゃ誰も気付かないわ。それにここ、扉が丈夫なせいか、声が向こうに届かないもの」
「だな。ったく、ついてねぇな」
私はその辺に置いてあった台に腰掛けた。青木君も私の隣りに座る。
段々と暗闇に目が慣れてきて、周りの様子が分かるようになってきた。
外の雨は弱まる事を知らず、時折雷が鳴っていた。
しばらくは二人とも無言だった。
しかし、私には無言でいられない事が起きた。
カササ
何かが倉庫の隅を横切る音が聞こえた。
目を凝らしてよく見るとそこには鼠がいて…
「いやっ」
私は小さく声を上げると無意識に隣りにいた青木君に飛び付いていた。その拍子に二人とも台から転げ落ちる。
バターンッ
床に倒れ込んだ瞬間凄い音が鳴る。その音に驚いて鼠は逃げていったが、私はまだ震えていた。
「っー…大丈夫か?」
落ちた時に青木君を下敷きにしてしまったらしい。青木君が起き上がる時に私の体も起こしてくれた。
「あ、あの…ごめんなさい!ビックリしてつい飛び付いちゃって」
私は軽いパニック状態で慌てふためいていると、青木君は優しく私の頭に手を置いた。すると、なぜだかすぐに落ち着けた。
「大丈夫だよ。それより美月は怪我ないか?」
「うん、多分大丈夫。青木君は?」
「俺は全然平気さ。美月は鼠が苦手なんだな」
私は一度台に座り直してから話をした。
「うん、お恥ずかしながら。あいつだけはどうもダメで。小さい頃ね、あいつに噛まれたことがあって。それだけならまだしも、噛まれた拍子に変なウイルスまで体内に入っちゃって、そのせいで凄い熱だしてね。それがトラウマになっちやって…」
「それは…運がないというかなんというか」
「ほんとそうよね。誰かの前だと結構気を張ってて強く見せてるんだけどな、油断した。お願いだから誰にも言わないでね!」
私は青木君に向かって手を合わせる。
「もちろん!人の弱みなんか言っても何も楽しくないしな。それに…美月の意外な面が見えて俺は嬉しかったし」
その時大きく雷が鳴り響いた。窓から振動が伝わってきそうだ。
「え?ごめん、雷の音で、それに…の後が良く聞こえなかった」
「なっ、何でもねぇよ!」
そう言って青木君はそっぽを向いてしまった。
暗くて良く分からなかったけど、顔がほのかに赤くなっていたのは気のせいか…。
また無言の時が流れる。電気はまだ回復しそうになく、私は体育館内にいるはずの奈央のことが心配だった。
はぁ…
ふと気になって隣りを見ると、青木君は俯いていた。「大丈夫?」と聞こうとしたその時だった。
「大丈夫か」
言おうとしていたセリフを逆に言われてしまった。
私はさっきの鼠のことだろうと思い返事をする。
「大丈夫、もう落ち着いた。さっきは急だったからいつもより驚いただけ」
すると青木君は首を横に振った。そして言いずらそうに口を開く。
「さっきじゃなくて、その…最近元気ないなと思って、溜め息も多いし。あの噂、本当なのか」
あの噂がなんなのかすぐに理解した。私が酷い振られ方をしたという例の噂だ。
誰だって知っている噂だろうけど、今まで確かめてくる人はいなかった。それに、大抵の人は記憶の奥底に追いやって思い出すこともないだろう。いわゆる忘れたというやつだ。
だから、不意に尋ねられて心がゆらいだ。自分の内に秘めた何かが一気に溢れ出してきた。
「あぁ、あの噂。本当だったらひっどい話よねぇ…馬鹿みたい。一年もそんな人と付き合ってたなんて。ほんと、馬鹿みたい。はは…」
声で笑って、体で泣いた。
目から溢れるものを感じた。決して人前では流さないと決めたもの。
奈央だけに許した顔。
きっとこの暗闇がいけなかったんだ。人の気配だけ感じさせ、影のみ見せる暗闇が。
青木君は無言で私に触れようとした。
私はその手をはたいた。
「触らないで」
「…どうして」
「慰めようとしても無駄よ、私は誰も信じない。何を言っても意味ないから」
暗闇の中、うっすら見える闇に浮く青木君は、一瞬悲しそうな顔をしたが何故かすぐに笑顔になる。
「悪いな、俺も人の言うこと素直に聞けなくて。あ、部活前に言ったセリフ今だけ無しにしといてな」
そう言って私に少し近付いた。真っ直ぐな視線が私を見つめる。
耐えられなくて視線を外そうとしたが
「逃げるのか」
と言われ私は動けなくなる。
「なぜ…なぜ今更あの噂を持ち出したの。あれはもう過去に消えた話しでしょ」
「皆にとってはな。けど、美月にとっては違う」
「私のことは、青木君に関係ない」
「美月にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては違う」
「なぜ」
「まだ言えない。美月が俺を信じてくれたら言う」
「残念だけど、それは無理」
私は勢いよく立ち上がる。それくらいしないと青木君の視線から逃れられなかった。
「人なんて二度と信じたりしない。もう、もう…!」
ダメ、また涙が。
「怖いのか」
ぽつりと、呟くように青木君は言った。
「どうして?何で青木君は、私が隠してきたことをあっさりと見破るの」
そう、私は人を信じることが怖い。裏切られることが怖い。
だから、怖い思いをしたくないから信じることを放棄したの。恐怖に向き合おうとせずに逃げたの。
私だって自分が弱いだけだって分かってる!
けど、だけどー
「もうあんな思いは…二度としたくないの。怖いの痛いの苦しいのー」
私は床に膝をついた。もう立っている気力さえなかった。
どうしようもなく泣けてきた。なぜ泣いているのかすら分からなくなってきた。
「触れてもいいか?」
青木君が手を伸ばしてきたのが気配で分かった。私は何も言わずに頭だけ縦に振った。
「ありがとう」
青木君は軽く頭を撫でた後に、思いきり抱き締めた。
けれど、さっきのように拒絶しようとは思わなかった。むしろ、今までの途方もない孤独感が消え、心から安心することができた。
「人を信じるってな、ごく当たり前って誰もが思うかもしれないけど、そんなことはないんだ。実は凄く難しいことなんだ」
青木君は私を抱き締めたまま語り出す。私は独り言のようなその声に耳を傾ける。
「何故かっていうとな、誰もが裏切られた時を想定するからだ。想定した時点でそれはもう本当の信じることにはならない。けどな、想定することで裏切られた時の傷が遥かに浅くなるんだ。なぜかは分かるよな」
覚悟していればそれだけ気持ちが楽になるからだ。
「だからこそ、裏切られて信じることができなくなるくらい傷つく人はそうそういない。言い換えるとな、それだけ傷つく人は真の意味で人を信じてた人なんだ。何の偽りもなく、心からの信頼を捧げていた」
そう、私は"その人"を心から信じていた。その分だけ傷は深いけど。
「俺はな、美月が凄いと思う。裏切りなんてことを一切考えずただ純真に人を信じた美月が」
けど、今はもうそんなこと出来ない。
「今すぐに人を信じろなんて言わない。俺は待つ。恐怖に打ち勝って、笑って話しかけてくれるのを。だからもう、あんなに辛そうな顔は見せないでくれ…。俺よりもな、凄く心配してる奴がいるんだ。そいつだけはいつまでも美月の味方だ。だから、自ら手放すなよ」
…奈央、そうだったの。私心配かけないようにって笑ってたつもりだったけど、バレちゃってたか。
ごめんね奈央。私が守るとか思ってたのに、逆に私が守られちゃったか。
「ねぇ、青木君は、味方になってくれないの?」
「美月が許可してくれるなら」
「私、相当時間がかかるかもしれないよ?」
「俺が死なない限り待ち続ける」
「死んだら裏切りと見なすって、言ったら?」
「…どっかで不死の薬見つけないとな」
私は青木君の肩から顔を上げた。
「大丈夫、そんなことさせないように努力するから」
「あぁ、美月なら出来るさ。ずっと側で見守ってる、いい友達もいるしな」
「今ごろ泣いてなきゃいいけど」
青木君が私の顔を見て、安心したようにほほ笑んだ。
私今、心から笑えてるんだね。
「あ、窓の外を見て」
光だ、電気が復旧したようだ。
「やばい、泣いてたなんてバレたら奈央がまた心配する。私、目赤くない?」
「大丈夫、たとえ目が赤くなくとも相坂にはバレるだろうから」
「なにそれ、全然大丈夫じゃない」
「平気平気、美月は笑ってろ。どちらかというと相坂が泣いて飛び付いてきそうだし」
「それ言えてる!」
二人で笑っていると扉がガタガタと揺れた。誰かが開けてくれようとしているみたいだ。いつの間にか蛍光灯もついていた。
ギギギィー
扉が開くと既に涙目の奈央が飛び込んできた。
「さえぇー」
私が両手を広げると迷わず奈央は抱き付いてくる。
私は奈央の背中を撫でながら言った。
「大丈夫だよ、心配かけてごめんね。奈央は大丈夫だった?」
「うん、私は部活の皆がいたしバスケ部の先生もいたから。奈央見当たらなくて凄く心配だったんだよ」
「ごめんごめん。私もまさか扉が開かなくなるとは思わなくてね。すぐ奈央のとこに行けなかったの。開けてくれてありがと」
「うぅん。全く、扉の前にモップおいた奴許さないんだから!」
「モップが引っ掛かってたのか…。まぁ停電と重なって運が悪かっただけだよ。これは事故なんだから仕方ないさ」
私は奈央を離すと指で涙を拭いてあげた。奈央が泣いてくれたおかげで、私が泣いていたことはバレずにすんだのかな。
「さてと、部員を解散させなきゃね」
私は奈央の頭を一回撫でてから部員が固まっている場所へ向かった。
「彩、変わったね。青木君のおかげかな」
相坂はぽつりと呟いた。俺は走っていく美月の背中を見送りながら答える。
「そんなことはないさ、俺は何もしてない。変われたのは、美月自身が頑張ったからだ。そして、これからもどんどん変わってく。俺らはそれを見届けなきゃいけない。それが俺らに出来ることだ」
「そうね…。けど、青木君がいて助かったよ。私がどれだけ頑張っても出来ないことを、青木君はやってみせちゃったからね」
相坂は意味深に笑っている。全く、よく言うぜ。
「ま、停電は確かに良かったかもな。お互い顔が見えねぇから美月も言いたい事言えたんじゃねぇか。それは雷に感謝しねぇとな。けど相坂もよくやるぜ。モップを扉に引っ掛かってたのはお前だろ?流石にそこまでするとは思わなかったぜ」
「さて、なんのことかしら」
相坂はいたずらっぽく笑うと美月達の方に駆けていく。
友達思いの良い奴なのは分かるけどちょっと人使いが荒いんだよな。
美月にどうにかして心を開いて欲しい。
そうやって一週間前に頼んできたのは相坂だった。
俺に出来るのか分からなかったが、相坂が俺を頼ってきたのには訳があった。
相坂は色々お見通しで、美月に対する俺の気持ちを信じての事だったらしい。
「終わり良ければ全て良し、だな」
俺にとってはまだ終わってねぇけど、美月に少しでも近付けたらな良しとするか。
俺は立ち上がると、薄暗い倉庫から出るのだった。
八か月後 ―卒業式―
「あーおき君!もう彩には言った?」
「なんだ相坂か、驚かせんなよ」
「その様子、まだ言ってないな。せっかく私が仲良くなる機会を上げたのに。早くしないと誰かにとられちゃうよ、彩ったら案外人気なんだから。それか私が言っちゃう」
「頼むからそれだけはやめてくれ」
美月が人気な事くらい知ってるさ。教室でも何人かの男子に囲まれてたし。
はぁ…青木隆、人生最大のピンチ到来だよ。
あの時は美月を救いたいって考えたら口が勝手に動いたけど、今はどうしても勇気が出ない。な、情けない…。
「情けないなぁ」
隣りで相坂が呟いた。
「俺が今自分で思っている事を口に出して言うな。余計に傷つくだろ!」
「自覚済みなら勇気出せ!私が彩を呼んであげるから」
「待った!後少し時間を…」
「青木君?それと奈央も。こんなところで何してるの」
突然背中から声が聞こえた。振り返るとそこには美月が…。
噂をすれば影が差すって、まさにこのことだな。
「彩ー、探してたんだよ」
「奇遇ね、私も探してた。まぁ奈央じゃなくて、青木君をだけど」
「えっ、俺?」
「うん。結構大事な事なんだけど…いいかな?」
俺は不安で一杯になった。美月が俺に何を言いたいのかさっぱり分からなかったからだ。
「あ、私用事思い出したから失礼するね」
とか言って相坂はどっか行っちゃうし…。
一人で勝手に戸惑ってると、美月が再び「いい?」と確かめてきた。
俺はコクリと頷く。
「私、やっと決心がついたんだ。もっと早くに言いたかったけど、勇気がなくて言えなかった」
そこで一回言葉を切って、美月は深呼吸をした。
「あの倉庫に閉じ込められた日、覚えてるかな。あの日青木君が言ってくれた言葉で、私少しずつだけど変われたと思うの。それでね、その日に私青木君と約束したでしょ、私が許したら味方になってくれるって…。だから、なって欲しいなって思って」
俺は一瞬停止しかけた思考を何とか復活させる。
「それはつまり、俺を許可してくれるって事か?」
「いや、許可というよりもお願いに近いかな。それともう一つ、言いたいことがあるの」
美月は俺の目を真っ直ぐに見つめて、それから勢いよく頭を下げた。
「私と、付き合ってくれませんか。こんな時なんて言えばいいか分からなくて、ストレートにしか言葉に出来ないけど。青木君のことが好きです」
…………
………………。
何か俺すっごく格好悪いな。
言いたいこと先に言われるとか。しかもあんなに勇気がなくて言えなかったことを、こんなにストレートに伝えられちゃうなんて。
「あの…迷惑だった、よね」
美月は相当悲しそうな顔で俺を見つめていた。今まで見たことのない表情で、とても愛しかった。
「迷惑とか…絶対に有り得ねぇ。むしろ物凄く嬉しいんだけど。あぁぁ、俺こそ何て言えばいいんだよ!まさか告白される側になるとは思ってなかったぜ。…油断した」
「あの、それってOKって受け取って良いのかな?言い回しとかよく分かんなくて…。勘違いして裏切られた気持ちになるのはまだ怖いから」
美月は目を伏せてしまう。
俺は…
美月を抱き締めた。あの日より少し強めに。
「馬鹿だな俺。美月に余計な心配させちゃったよ、悪かった。俺も美月のことが好きだ。言いたいことを女の子にとられちゃうような情けない俺だけど、これからも好きでいてくれるか?」
「うん。私信じてたよ、これからもずっと信じてる」
泣いているのか肩越しに分かった。けれどこれは、あの日とは違って嬉し泣き。安心して抱き締めていられる。
「ねぇ、私が青木君のこと信じたら、教えてくれることがあったよね?忘れたとは言わせないよ」
不意にそんなことを言われドキッとした。確かあの時言いたかったことって…。
「ねぇ、あれは嘘とか言わせないから」
「あぁ、そんなことは言わねぇよ。けどなぁ、もう言っちゃったんだけど」
「え!なになに?」
「うぅーん。笑うなよ?あの時はな…好きだから気になった、それだけだよ。分かるだろ?言えなかった訳も」
美月は納得したのか、あぁと呟いてた。
そしてクスッと笑う。
「笑うなって言っただろ」
「ごめんごめん。ついね…嬉しくて。これでも告白に凄く勇気が必要だったんだよ!何か奈央と話してるしさ」
「それ言われたら何も言えねぇわ」
俺は頬をかく。
俺の腕の力が弱まった隙に美月は俺から離れた。
そして俺の顔をのぞき込み、とても可愛い笑顔を見せてくれる。
「ねぇ、皆のところ行こ?」
「そうだな。彼女が出来たって自慢しないと」
「そんなことしなくていいから!」
俺は美月に手を引かれ走り出した。
「全く、面倒かけさせて。…でも良かった、彩が元気になって」
私は二人から別れた後、こっそり様子を伺っていた。
無事カレカノになれた二人を見て安心した。青木君には感謝しても仕切れないな。
私は二人の背中を、温かく見守るのだった。
それから数年後。
相坂奈央が真実の愛を手にする…
というのは、また別のお話。
美月彩の物語は、ここで一旦幕を閉じるのでした。
―・fin・―
今回のお話はいかがでしたか?
"雷"というお題を頂いて書いたものですが、はっきり言って凄く悩みました・・・。
ですが尊敬している友達がアドバイスをくれたので、それを元に書いてみました。
中学三年生の話なのであまりごちゃごちゃにも出来ず、内容を薄くするわけにもいかずで書いている途中も大変でした。
ですが何とか書き上げました。
少女の傷と、信じることの大切さを意識したこの作品。気付くこともいくらかあったと思います。
最後まで読んでくださりありがとうございました。