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生まれ変わった僕が、最初に聞いた言葉は「始末しろ」だった

作者: 月白ゆう
掲載日:2026/08/03

耳をつんざくようなクラクションが鳴り響く。

鳴らしたからなんだというんだ。こっちは訳の分からない力に縛られて、身動きひとつ取れない。動けるなら、とっくに動いている。

運転手には申し訳ないと思う。生きていたら、いくらでも償うつもりだった。

――とどのつまり、僕は死んだ。


目を開ける。

真っ白な世界を想像していた。

……でも、違った。

死んだんだから、もっと静かなものだと思っていた。

何も聞こえなくて、何も感じなくて。

そんな終わり方を勝手に想像していた。


「お願いです! 信じてください!」


耳元で響いた悲痛な声に、思わず眉をひそめる。

……うるさい。

死後まで騒がしいのは勘弁してほしい。

ぼんやりと意識が戻ってくる。

……病院?

助かったのか。

いや、でも死んだはずだよな。

頭がぼんやりする。

まぶたは鉛でも乗せられたように重い。

このまま眠ってしまえたら、どれだけ楽だろう。

そう思って目を閉じかけた。

……待て。

僕、普通に考えてるじゃないか。

ゆっくりと目を開ける。

視界いっぱいに広がる天井。

白い布がゆるく垂れ下がっている。

病院……なのか?

いや。

ベッドが妙に柔らかい。

ホテルのスイートルームでも、ここまで寝心地は良くないだろう。いや。泊まったことないから知らんけど。

状況を確かめようと左へ顔を向ける。

……は?

そこには、小さな赤ちゃんが眠っていた。

ぷくぷくした頬。

規則正しい寝息。

黒く柔らかな髪。

長いまつ毛。

思わず頬をつつきたくなるくらい、かわいい。

……なるほど。

天使って、こういう子のことを言うのかもしれない。

赤ちゃんが小さく身じろぎをして、ゆっくりと目を開ける。

青い瞳だった。

吸い込まれそうなくらい澄んだ青。

……青?

カラコン?

日本人じゃない?

いや、それ以前に。

なんで赤ちゃんと同じベッドで寝てるんだ。

病院のベッド事情、だいぶ思い切ってない?

混乱したまま反対側へ視線を向ける。

騒がしかった理由は、すぐに分かった。

まず目に入ったのは、見覚えのない服装の男女だった。

その後ろには、何人もの人が控えている。

……いや、待て。

ここ、本当に病院か?

ベッドはある。

でも、それ以外がおかしい。

座り心地の良さそうな椅子。

壁に飾られた大きな絵。

床には傷ひとつない。

そして極めつけは、隅に置かれた壺だった。

どう考えても、病室に置くものじゃない。

……病院じゃないな、これ。


「お願いです! 信じてください!」


女性が涙を流しながら男へすがりつく。

男はその手を振り払い、眉ひとつ動かさなかった。


「あれを見て、どう信じろというんだ」


低く落ち着いた声だった。

怒鳴っているわけではない。

なのに、その場にいた全員の動きが止まった。


「それなら、あれをどう説明する」


男はためらうことなく腕を上げた。

その指先は、僕たちが寝かされているベッドを真っ直ぐ指している。

……この赤ちゃんか。

女性は涙をこぼしながら何度も首を振った。


「そんなこと私にも分かりません! ですが、間違いなくあなたの子です! 浮気なんて、絶対にありえません!」


……いや。

他人が口を挟む話じゃないんだけど。

隣の赤ちゃん、お父さんにそっくりですよ。

黒髪に青い瞳。

目元なんて、そのままじゃないですか。

そう思って改めて部屋を見回す。

黒髪。

青い瞳。

この赤ちゃんもそうだった。

……外国人が多い場所なのか?


その時、男が口を開いた。


「始末しろ」


それだけで、部屋から音が消えた。

女性の顔から血の気が引く。

使用人たちは息を呑み、誰一人として動けない。


「あなた、待ってください!」


女性が男の腕へしがみつく。

しかし男は容赦なく振り払った。


「ミュルト。何をしている」

部屋の隅に立っていた青年が、小さく肩を震わせる。


「レーゼント様……ですが……」

「聞こえなかったか」


男の声には、迷いがなかった。

だからこそ、逃げ場がない。


「早くしろ」


青年は苦しそうに目を閉じる。

握り締めた拳が、かすかに震えていた。

やがて諦めたように息を吐き、小さく頭を下げる。


「……承知しました」


青年が一歩、踏み出した。

足音はほとんど聞こえない。

それでも、一歩近づくたびに胸の奥がざわついた。

……待て。

何をする気だ。

嫌な予感しかしない。

咄嗟に隣で眠る赤ちゃんへ手を伸ばす。

守らなきゃ。

理由なんてない。

でも、体は勝手に動いていた。


届かない。

……あれ?

もう一度、腕を伸ばす。

短い。いや、短すぎる。

思ったように動かない。

何だこれ。

怪我……じゃない。

そんなことを考えている間に、青年は目の前まで来ていた。


「……申し訳、ございません」


震える声だった。

誰に謝ってるんだ。

隣の赤ちゃんか?

青年の手が、こちらへ伸びてくる。


あれ。違う。

そっちじゃないのか。

その手は、僕へ伸びてきた。

その手が、僕の体に触れた。


……え?


ふわり、と視界が浮く。

抱き上げられた。

…………僕が?

いや、待て。

なんで?

大人一人をそんな簡単に持ち上げられるわけ――

ない。

体が、信じられないくらい軽い。

踏ん張ろうとしても、足に力が入らない。

何が起きてる?

混乱したまま視線をさまよわせる。

その時だった。

部屋の壁際に置かれた大きな姿見が目に入る。

何気なく映った自分の姿を見て、思考が止まった。

鮮やかなオレンジ色の髪。

透き通るようなピンク色の瞳。

ぷくぷくした頬。

小さな手足。

鏡の中にいたのは、どう見ても赤ん坊だった。

…………。

誰だ。

そう思った。

もう一度、鏡を見る。

変わらない。

もう一度見る。

…………。

僕だ。

なるほど。

そういうことか。

いや。納得している場合じゃない。

全然よくない。

僕、赤ちゃんになってるじゃないか。

しかも、さっきまで「かわいいなぁ」と見ていた子は、ただ隣で寝ていただけだった。

つまり、僕は、こっち。

現実逃避するように、もう一度鏡を見る。

何度見ても変わらない。

赤ん坊だ。

どう見ても、日本人ですらない。

そこでようやく、一つの言葉が頭をよぎる。

――転生。


「始末しろ」


男の声が、鮮明によみがえった。

頭の中が、一気に冴えていく。

……あ。

男が指していたのは。

青年が近づいてきたのは。

抱き上げられたのは。

全部。

僕だった。

赤ちゃんになったことなんて、もうどうでもいい。

転生したことだって、今はどうでもいい。

問題は、そこじゃない。

僕。

今から、殺される。

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