白銀令嬢は暗殺者
深夜、邸内に響き渡った耳障りな警報音に、私は目を覚ます。
「お嬢様、ご無事ですか!」
邸のメイドが、扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んでくる。
「侵入者です!私の側を離れないでください!」
邸の奥から、銃声や怒声が響き渡る。
メイドたちは、こんな事態にも備え、日頃から戦闘訓練を積んでいた。
だから安心……のはずだった。
「お嬢様、落ち着いてお聞きください。奥様と旦那様が……」
不意に告げられた訃報。犯人は逃亡し、ママとパパは変わり果てた姿で見つかったという。
胸が締め付けられる。けれど、私の心に浮かんだのは、半分だけの悲しみだった。
「エルマーナ!」
「ママ!」
ママは私を抱きかかえ、白銀の髪を撫でる。
そう。私には、ママとパパが二人ずついた。顔も、声も、性格も瓜二つの、全く同じ人間が二人ずつ。
生まれた時からそうだったから、それが普通だと思って生きてきた。
だから、片方のペアが死んでも、もう片方のママとパパが残っている。
この異常な家族構成が、私にとって初めての救いになった。
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「……不気味ですね」
翌朝、執事は書斎のモニターを見つめ、低く唸った。
深夜の防犯カメラ映像。そこには、邸の二階から侵入してきた犯人の姿が映し出されていた。
しかし、その行動は、常軌を逸していた。キッチンへ向かったかと思えば、静かに皿を洗い、布巾で皿を拭き、乱れた洗濯物を丁寧に畳み始めたのだ。
その動きは、侵入者にしては不自然であり、意図が読めない。まるで日常を演じるかのような不可解な行動が、より恐怖を際立たせていた。
一通りの「家事」を終えた侵入者は、そのまま夫妻の寝室へと向かい、犯行に及ぶ。その後、従者に発見され、銃撃戦をかいくぐった侵入者は、ガレージの飛行機を盗んで夜の闇へと消えた。
執事は椅子にもたれ、深く息を吐く。
不気味な余韻が、静かな書斎に残る。
コンコン。ガチャ。
静寂を破るノックとともに、扉が開く。
「しつじー!いるー?」
「お嬢様、どうなさったのですか。お辛いでしょうが、今は……」
「わたし、暗殺者になる!」
一瞬、部屋の時間が止まった気がした。
執事の応答を待たずして、お嬢様は続け様に言葉を放つ。
「暗殺者になって、ママとパパを殺した犯人を見つけるの。そして、仇を討つ!」
「お嬢様。家業の継承はいかがなさるつもりですか。先代から続くプラスチック飛行機の製造会社や、パン工場の経営は……」
「そんなの、執事がやればいいの!」
再び、二人の時間が止まる。
エルマーナお嬢様は、祖父の代から続く会社を継ぐ予定だった。
もっとも、パン工場に関しては、不評で家畜の餌にしかならず、今では糞屋に売る始末だが。
全く、これからが大変だというときに……。
執事が返答にあぐねている間に、お嬢様は「もう行くから!」とだけ言い残して、つかつかと部屋を出て行ってしまった。
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「でも、暗殺者ってどうやってなればいいんだろう?」
ふと思った疑問を、私は庭園の掃除をするメイドの一人にぶつけた。
「ご安心ください、お嬢様。私たちが卒業したメイド学校の師範は、裏社会にも精通しております。お仕事も紹介して下さるでしょう」
案内されたのは、場違いなほど賑やかな喫茶店だった。
そこで待ち構えていた人物は、黒いスーツに身を包んだ、顔に消えない傷跡を持つ男、マエストロ。
「君がエルマーナか。……なるほど、その白銀の髪。まさにあの家の子、オリジナルの輝きだね」
マエストロは、私の髪を愛でるように見つめ、意味深に目を細めた。
「おじさん!わたし、暗殺者になりたいの!」
「暗殺者に……か。そうだね、まずは見習いから始めよう」
そう言って、マエストロは仕事を紹介してくれた。
差し出された書類は、ある実業家の跡継ぎに関する調査依頼だった。
ターゲットは三人の息子。
怠惰な遊び人、ペレソッソ。
実直で真面目な、セリオ。
粗暴な半グレ、マトン。
三人は全く同じ顔をしていた。
「全員同じ顔……? 三つ子なの?」
「いや、クローンだよ。どれかが本物で、残りはスペアだ。誰が家督を継ぐのか、調査してほしい。成功報酬は、君の両親が殺された事件についての情報で良いかね?」
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カラッと晴れた冬空のもと、私は早速、彼らの邸へ向かった。潜入……なんて面倒なことはしない。事前にもらった情報から、作戦は立ててある。
「ごめんあそばせ! 縁談に参りましたわ!」
荘厳なゲートの呼び鈴を鳴らす。
情報によると、彼らは結婚相手を探しているらしい。これを上手いこと使って、正面突破だ。銀髪の令嬢が堂々と現れれば、門番にも疑われない。
作戦は奇跡的に成功し、そのまま応接間に案内された。これでターゲットに接触できる。
柱時計の規則的な音が室内に響く。
応接間には、これ見よがしに立派な置物があった。両翼を大きく広げた狡猾な目の鷲、まるで生きているように猛々しく躍動感を放つ闘牛、そして可愛らしく耳を立てた野兎。それらに自然と目を奪われる。
しばらくして、応接間にターゲットの一人が現れた。
「はじめまして、僕はセリオ。君は?」
「私はエルマーナ!この家の跡継ぎと結婚しに来たの!」
「あぁ、それなら、君の相手は僕じゃないよ。家督を継ぐのはマトン兄さんだ。今は外出しているけど、きっと近くの路地裏にいると思うから、急ぎなら探してみるといい」
ぎゅっと握手を交わして驚いた。彼の肌は、まるで作り物のように冷たかった。
邸を後にし、路地裏を探して歩き回っていると、一際温度が低く、くすんだ壁に囲まれた場所に彼はいた。
薄暗い路地裏で見つけたマトンは、絡んできた浮浪者を殴り倒しているところだった。
「おいガキ、何見てんだ。ここはお前みたいなのが来る場所じゃねぇ。とっとと家に帰ってママと遊んでな」
「待ってよ!あなたマトンでしょ?家を継ぐって聞いて来たんだけど……」
「俺が継承者だと? 笑わせんな。俺は『不良品』だ。家を継ぐのは兄貴のペレソッソだ。俺には関係ねぇ。兄貴に用があるなら、近くのパブに行ってみろ」
たらい回しにされ、最後にたどり着いたのは妖艶な雰囲気を醸し出すパブ。陽はすっかり落ち、辺りは闇夜に包まれていた。街灯の明かりだけが道を照らす。
中に入ると、探していた顔の男は、両脇の女の子の胸に手を回し、鼻の下を伸ばしていた。
「ペレソッソ!やっと見つけた!あなたが家を継ぐんでしょ!」
「……僕が、家業を継ぐ? そうだよ。僕は表に立つためだけに作られた『スペア』なんだから」
ペレソッソは自嘲気味に笑い、私の白銀の髪を見つめた。その目は色を失っており、あまりの黒さにゾッとする。
「君も……誰かの身代わりかい? 似ているね。僕たち、作られた人形同士、仲良くしようじゃないか」
「私は人間よ……一緒にしないで」
差し出された手を振り払う。
ペレソッソは顔色一つ変えずに言葉を続ける。
「なぁ、頼みがあるんだ。弟のセリオを暗殺してくれないか?彼が 死ぬことでしか、僕は自由になれないんだよ」
家業を継ぐはずの兄弟たちが、自らを『スペア』だの『不良品』だのと呼び、弟の死を望んでいる。
この異常な家族関係に、私の胸の奥がチクリと焼けるような感覚を覚えた。
ペレソッソとのやりとりに不気味な違和感を覚えた私は、最後に一つだけ質問する。
「じゃあ、セリオがオリジナル?」
「いや、違う。オリジナルはもういない。俺たち三人は、全員クローンなのさ」
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「なるほど、三兄弟全員がクローンだったか。皮肉なものだな」
報告を受けたマエストロは、葉巻の煙を吐き出しながら冷たく笑った。
「おじさん!暗殺の仕事、私にやらせて!」
「ダメだ」
きっぱりと断られる。期待していた返答がもらえず、私の背中は痒くなる。
「それより、約束の報酬の話をしよう。殺されたのは君のオリジナルの両親だ。そして、今生き残っているのは、クローンだ」
それは、私にとって予想外の言葉だった。
ママとパパがクローンだなんて、考えたこともなかったから。背中の痒みは痛みに変わり、心臓まで達するナイフを突き立てられた気分になった。
「エルマーナ、君は両親が四人いることについて、疑問に思ったことはあるかね?普通はね、両親は二人なんだ」
私は他の家庭を知らなかった。私にとっては、ママとパパが二人ずついることが当たり前だった。生まれたときからそうだったから。
だから、私は初めて、自分の存在意義について疑問を抱いてしまった。私は、オリジナルとクローン、どっちの子なんだろう。
深い思考の渦に飲み込まれる。
見かねたマエストロは、その思考を断ち切るように話し始めた。
「それよりエルマーナ、君には『犬』を探してもらいたい」
組織内部に「犬」、すなわち警察のスパイが紛れ込んでいると言う。そいつを炙り出すため、私は二人の屈強な男たちと共に、ある廃墟へと向かわされた。
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「廃墟となった建物の地下で、身元不明の男性の遺体が発見されました。警察は事件の可能性も含めて捜査しており……」
ピッ。ラジオが消される。
「聞いての通り、俺たちのシマを荒らしている連中がいる。それを突き止めるのが、ボスからの指令だ」
崩れ落ちそうな雑居ビルの地下。カビと鉄錆の匂いが鼻を突く。風が地下まで流れ込んで吹いている。
メンバーの一人、ペロが、ライトで辺りを照らしながら呟く。
「気をつけな。ここで見つかった死体は、両の目玉をくり抜かれ、全身の皮膚は焼けただれていた。見せしめの拷問だ」
今回のミッションは、死体が見つかった廃墟の地下を調査してくること。しかし、これは表向きのもの。私には、警察のスパイをあぶり出すという特別なミッションが与えられている。ここにいるメンバー全員が容疑者だ。
エルマーナは、廃材置き場となってごちゃごちゃしたエリアを探索する。すると、もう一人のメンバー、ガトーが苛々した口調で言葉を発する。
「おいクソガキ。ボスの命令だから連れてきただけで、俺はお前を認めたわけじゃないからな!」
「クソは余計です!」
「やめないか、二人とも。ボスが認めたんだ。それとも、ボスの命令に逆らう気か?」
ペロに制止され、ガトーはそれ以上何も言ってこなかった。このメンバーでは、ペロがリーダー的な立ち位置なのだろう。
「しかし、何も手がかりは残されてないか……警察が入った後だからか……」
ペロは諦めかけて、早々に見切りをつけようとする。
確かに、これといって目立ったものは何もない。でも、私はこの空間にある違和感を覚えた。
「なんだか、私の家の地下室と空気が似ている気がする……」
私は壁や床を叩き、音の反響を探る。お嬢様としての教養は、こういう時に役に立つ。
「空気の流れが……下へ向かっている。この奥に、隠し通路があるはず……」
「探せ!」
私の言葉を聞き逃さなかったペロは、号令をかけてガトーにも指示を出す。
廃材の奥の埋もれた一角、不審なベニヤ板を剥がすと、さらに地下へと続く階段が現れた。
先を争うように飛び込んだガトーが、通路に充満した異臭に喉を焼かれて倒れ伏す。
「ガスが充満している……近づくな」
「息止めて行けばいいんじゃない?私、行ってくる!」
ペロがたじろぐ中、私は迷わず階段を駆け下りた。
「待て、エルマーナ!」
ペロの制止を無視して突き進む。肺が焼けるような熱さを感じるが、構わない。息を止めて、急いで進む。
通路は一本道ではなかった。奥へと続く通路と、左に曲がる通路。
床に落ちていた血痕は、左から続いている。
直感的に左に曲がって、真っ直ぐ。
階段を昇った通路の先には、信じられない光景が広がっていた。
「なに……これ……?」
牢屋。
湿気と悪臭が立ちこめ、檻の中には生きているのか死んでいるのか分からない人間。口を縫い合わされ、皮膚を剥がされた肉塊が積み上がっていた。
目の前の凄惨な光景に気を取られ、硬直していると、背後から声がした。
「エルマーナ!勝手に行くなと言っただろう……っ!なんだここは……」
ペロはその光景を見て、言葉を失った。
私は、呆気にとられているペロを置いて、先に進む。
突き当たりを曲がって階段を上がり、扉を開ける。
そこは、白色の蛍光灯に照らされた、清潔な空間だった。白衣を着た看護師らしき人たちが、表情一つ変えずに歩いている。
「……なんなの、ここは……病院?」
「我々の『牧場』ですよ、エルマーナ様」
通路から現れ、声をかけてきたのは、白衣を身にまとった医者のような老紳士だった。その隣には、警察の制服を着た男もいる。
警察の制服を着た男は、隣で顔を強張らせているペロを見て、冷ややかに告げた。
「ペロ。君は優秀な潜入捜査官だったが、少々深入りしすぎた。君にはそちらの組織を潰してもらう手はずだったんだがね……連中も我々を嗅ぎ回っていたというわけか」
「署長……なぜ……こんなことを!」
ペロは醜悪を蔑む目で訴える。
「ここでのクローンを使った実験と臓器売買は、警察、ギャング、そして医療が共存するために必要な『配給』なのだよ」
ペロが「犬」だった。そして何より、正義の味方であるはずの警察は、それ以上に汚れていたのだった。私は、胃のそこから何かがこみ上げてくるような不快感に襲われる。
「ペロ、君の任務はここで終わりだ。連れて行け」
看護師たちがペロを取り囲み、彼の両腕を抱え込んで病院の奥へと連れて行く。
私は呆然と立ち尽くし、その様子を見ていた。
「エルマーナ、君は心配しなくていい。君は我々にとって最も大切な『成功作』なのだから」
「成功作……?」
「忘れたのか?君はクローンだよ。優秀なオリジナルを元に、我々が作り出したんだ」
白衣の老紳士の言葉が、頭の中で反響する。心臓を撫でられ、冷や汗をかいたような緊張感が走った。
私はそのまま、不浄な病院から放り出された。
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私が、クローン……?
そんなこと、知りもしなかったし、考えたこともなかった。私はずっと、一人っ子だと思っていた。
ママとパパがクローンだったと聞いたとき、私の心は僅かにざわついた。まさか、私までもが、作られた存在だったなんて。
私は何のために生まれてきたのだろうか。私の価値とは、一体何なのだろうか。
震える足でマエストロのもとへ戻ると、彼は既にすべてを悟ったような顔で待っていた。
「……真実を知ったようだな。エルマーナ、これが最後の報酬だ。君の探している人物を見つけた。今日、例の邸にてセリオの暗殺が行われる。もし会いたいなら、行くんだ。自分自身の決着をつけろ」
「それって、私のママとパパを殺した人……?」
「そうだ。この世界では名の知れた暗殺者だよ。名前は……」
マエストロが言い終わるのを聞かずして、私はあの邸へと走り出した。
呼び鈴を鳴らしたが、応答がない。
塀をよじ登って中庭に侵入し、庭石で邸の窓を割り、中へと滑り込む。
月明かりが差し込む廊下。そこに、私と同じ白銀の髪をなびかせた少女が立っていた。
「……やっと来たのね、エルマーナ」
彼女が振り向く。私と全く同じ顔をしており、鏡を見ているような錯覚にとらわれる。だが、その瞳には私にない、凍てつくような虚無が宿っていた。
「あなたが、ママとパパを……」
「そうよ。この手で殺した。でも、驚いたわ。現場に侵入した私の身体が勝手に、お皿を洗って洗濯物を畳み始めたんですもの。……染み付いた『予備』としての習性が、私を邸に引き戻そうとしたの」
「予備……?あなたがオリジナルでしょ?」
「それは違うわ。オリジナルはあなた。クローンは私。誰に何を聞いたのかは知らないけど、それが真実よ」
目の前の私は不敵な笑みを浮かべて、私に血の付いたナイフを見せつけてきた。
体温が数度下がった気がする。予期せぬ真実に思考がまとまらない。
「あなた、私を恨んでいるんでしょう?私に復讐するために、ここに来たのでしょう?」
「……わからない。でも、一つだけ教えて。ママとパパを殺したのは、どうして……?」
「……そうするのが、私の役目だったから」
二人の間に緊張が走る。
月が陰り、闇が深くなる。
規則的な柱時計のリズムが、時間の経過を知らせる。
「そこで何をしているのですか。お嬢様」
背後から、聞き慣れた、けれど冷酷な声が響く。
影から現れたのは、私の成長を見守ってきたはずの執事だった。
「執事……?どうして、ここに?」
「……」
「セリオの死を確認するためよ。依頼主は彼だから。この家のワイン工場とブドウ畑の買収が目的じゃないかしら。セリオにその気はなかったみたいだから」
口を閉ざした執事の代わりに、目の前の私が応える。
「余計なことを。それに、あの日、お嬢様も殺すように依頼したのですがね……自分のオリジナルに情でも移ったか」
「……」
今度は目の前の私が口を閉ざす。三人の間に微妙な時間が流れる。私は震える唇を引っ張って、言葉を絞り出す。
「執事、何が目的なの……!」
「プラスチック飛行機の会社はクローンの隠密輸送に、パン工場は不要になった個体の肥料化に。すべては一族の繁栄のため。ご両親は私に逆らったから、交換したまでのこと……すべてはお嬢様のためなのですよ」
「一族の乗っ取りでしょ。権力掌握と財産が目的だわ。私は、そのために作られたのだもの」
「また余計なことを。エルマーナ、オリジナルを殺しなさい。そうすれば、あなたが次の『お嬢様』です。これは命令ですよ」
目の前の私が、ナイフを持ったまま近づいてくる。
私は死を覚悟した。……けれど。
「……嫌よ」
彼女はナイフを執事の方へ向け、執事へと牙を剥いた。
「クローンは所詮クローンなの。オリジナルには敵わない。それに、私と同じ顔の人間を殺せるわけない!」
「もうよいです。あなたは用済み、お嬢様は私の手で処分いたしましょう」
執事は懐から銃を取り出し、銃口を私に向ける。
その瞬間、「そうはさせない」と目の前の彼女が執事に飛びかかる。
パン、パンと乾いた銃声が二発。
それでも、彼女は怯まずに突進し、執事の腕にナイフを突き刺す。
「逃げて!」
「で、でも……」
私が逃げることもできずに立ち尽くしていると、どこからともなく見知った顔のメイドたちが一斉になだれ込んできた。
彼女たちは執事の陰謀を察して後をつけ、銃声を聞いて私を守るために駆けつけてくれたのだった。
「お嬢様に手出しする者は、たとえ誰であっても許しません!」
戦闘訓練を積んでいた邸のメイドたちにより、執事は一瞬にして制圧された。
執事は最後まで「お前たちは私の所有物だ」と喚き散らしていたが、その声もすぐに警察のサイレンにかき消されていった。
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数日後。
私は邸と家業をすべて売り払い、邸に残った忠実なメイドたちへの退職金と、私たちの「自由」のための資金にした。
ママとパパはというと、クローンだということが公にならないように、マエストロに取り計らってもらった。二人は施設でのんびり暮らせるという。
バルコニーには、二人の白銀の髪の少女が並んで立っている。
「一つ聞いていいかしら?」
不意に、隣に立つ鏡の私が問いかけてきた。
「どうして私を殺さないの?あなたの両親を殺したのは私よ。私を殺したいほど憎んでいるはずでしょう?」
「……たぶん、あなたが私を殺さなかった理由と同じかな」
風が吹き抜け、二つの白銀の髪が空に溶けるように舞う。
「ねぇ、私からも一つ、聞いてもいい?」
私は、隣に立つ無愛想な少女に問いかける。
「……二人ともエルマーナじゃ、分かりにくいよね」
「そうね。私はクローンだから、名前なんていらないのだけれど」
「そうかもしれないけれど。……じゃあ、私が新しい名前をつけてもいいよね。再生と、始まり。そんな意味を込めて……『レナセル』なんてどう?」
少女は少しだけ目を見開き、不器用に視線を逸らした。
「……悪くないわ」
令嬢として育った私と、道具として生みだされたもう一人の私。
警察、ギャング、医療……この腐れきった世界を浄化すべく、二人は暗殺者として生きていくことを誓った。




