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機械戦記

作者: シンキ
掲載日:2026/01/12

 始まりは隣国ルメルトからやってきたある曲芸ロボットのミスだった。ジャグリングをしていたロボットが落とした一つのナイフは、少女の頭に花を咲かせた。当時少年だった自分の目にはその光景が今でも焼き付いている。

 その光景は、主張がしたいだけの人間の手によって瞬く間に拡散され、非難され、さまざまな憶測が飛び交った。ルメルトが送ったスパイだとか、ロボットに誰かが細工しただとか、責任のない発言は互いの国に大きな溝を作った。

 その溝は両国が戦争を起こすのには十分な理由だった。その戦争は少年が大人になった今でも続いている。


「諸君!我々オーエンドは必ずかの邪智暴虐たるルメルトを…!」

 上官の毎日一言一句違わないありがたい言葉が辺りにこだましている。僕を含めた全員、視線を落として地面を這い回っている蟻を見ている。上官の日焼けで真っ黒な顔を見つめるより、蟻に運ばれていく見たことのない色をした虫を見ている方がまだ面白い。

「以上で朝礼を終了する!諸君!今日も励んでくれ!」

 今日も定刻通りに朝礼が終わり、全員ゾロゾロと建物へと入っていく。

「ふぁ〜む、あんな長いのよく間違えずに言えるよな」

 自分よりずっと身長の低い少年があくび混じりに喋りかけてくる。少年の服はヨレヨレでクタクタだが、胸の部分には不釣り合いなほどにキラキラしたバッジがついている。

「そうだね」

「うちにも射撃室がありゃあな、こんな早起きしなくて済むんだけど」

「でもここの設備の方が性能はいいよ、タイムラグなんてほぼ無いし」

「まぁそうだな。それじゃ、ちょいと頑張ってくるよ。じゃーな」

「うん、じゃあね」

 少年は手をひらひらと振りながら射撃室へと入っていった。射撃室の中からはカチパチと無数の音が鳴り響いている。

「行くか…」

 我が国オーエンドと隣国ルメルトはどちらも機械技術が発展していた。最初は人間同士がもつれ合っていたこの戦争は、いつしか戦場に電子音が響く機械だけの戦争になっていた。

 この射撃室は、機械を通して機械を撃つための場所だ。撃てば撃つほどランクが上がり、勲章をもらえる。ランクが上がれば給金や待遇が良くなるし、様々なサービスを無料で利用できるようにもなる。

 過酷な戦争を経験することなく、怪我や病気に怯えることも、血を目に染み込ませることもないゲーム感覚の戦争。この国の子供のほとんどはあの少年のように射撃室に閉じこもっており、射撃参加者の上位10%のうち7割は子供が占めている。街ではあちこちから子供の笑い声とともに、カチパチと無機質な音が聞こえる。

「どうした、サム司令官。浮かない顔をしているな」

 後ろから野太い声がかけられる。振り向くと目の前に分厚い胸板が立ち塞がる。顔を上げると、上官がギョロリとこちらを見下ろしていた。

「え…あ!じ、上官!」

「無理もない。ただ撃てばいいだけの兵士とは違って、君には責任があるからな」

「まぁ、はい、そうですね…」

「だが君は1人ではない、我々がついている」

 上官はこちらにニコリと笑顔を向けてくる。励まそうとしてくれているのはわかるが、僕は正直上官が苦手だ。体が大きくて顔が厳ついのもあるが、あのひん剥かれた目が怖い。

「あ、ありがとうございます…」

 かといって気持ちを無下にはできないのでその場しのぎの感謝をする。

「うむ、頑張りたまえ!」

 そう言うと上官は僕の背中のど真ん中ををバシンと叩く。肺からは空気が一気に抜け、心臓が胸を突き破りそうになる。

「いててて…」

 まだビリビリする背中をさすりながら作戦室へと入る。

「オ名前,生年月日,今朝読ンダ本ヲオ答エクダサイ」

 入って早々、背の低い一昔前のロボットが喋りかけてくる。一応司令官をサポートするためのロボットらしいが、今のところサポートされた試しがない。

「名前はサム・ハイン。1265年3月30日生まれ。今朝読んだのはエレル・ハイデンソンの機械関係論」

「ヨロシイ。業務遂行ヲ許可シマス」

「はぁ…」

 少しギシついた椅子に座り、液晶机を起動させる。少しのロード時間の後、机いっぱいに戦地のマップが映る。

「あー、あー、作戦室から戦地へ、応答願います」

 数秒の待ち時間の後、ノイズ混じりの返答が来る。

「…あー…え…るか」

「ライクさん、もう少しコアを上げて」

「…これでどうだ?」

 画面右上に砂嵐で汚れた顔が映る。彼はこの機械だらけの戦場で働く数少ない人間の1人で、作戦室と戦場を繋ぐ通信士をしている。

「はい、オッケーです」

「ったく、最新技術だかなんだかしらねぇけどよ。使いづらかったらオンボロと変わんねぇだろ」

「敵に電波妨害されるよりマシでしょう」

「まぁそうだな」

「状況はどうです?」

「お相手さんはルメルトの国境沿いの街で沈黙中だ。こっちが踏み込んだ瞬間噛みついてくるだろうぜ」

「じゃあマルロボを使いましょうか」

「おう、偵察か?」

「いや、ここは電磁パルスで」

「オッケ」

 カチッと言う音と共にマップにアイコンが表示される。アイコンは国境を超えた瞬間、反応が途絶えた。

「よし引っかかった!」

「作戦開始!」

 合図と共に激しい銃声と、ガキガキと部品が擦れ合う音が聞こえる。

「敵の戦闘力42%減!」

「このまま押し切ってください!」

 戦闘開始から17分、作戦室内に響いていた騒音はキレイに止んだ。遠くからパチパチと音が聞こえる。

 マップからは味方のマークが街中に表示されているのが確認できる。どうやら占拠は完了したようだ。

「なんとかなったな…」

「損害はありますか?」

「そうだな…機械兵300体のうち42体が損傷、うち22体は修理不可能。あと破壊されたのが17体だな」

「了解です。その分だと他の部隊と合流した方が良さそうですね」

「そうしてもらえると助かる。国境を越えたんだ。お相手さん、今まで以上に攻めてくるぜ。それと予備のパーツをもうちょいよこしてくれないか?」

「いいですけど。どうして?」

「こないだトップランカーが千切れた腕を使って大立ち回りしただろ?それに憧れたバカが自分の腕を引っこ抜くんだよ。注意しようにも誰が操作してるかわからんからな」

「なるほど、わかりました。じゃあちょっと他の部隊の司令官と連絡を取るので通信を切りますね」

「おぅ、後で必要なパーツのリスト送っとくわ」

「はい。あ、それとないとは思いますけど、敵の襲撃に注意してくださいね」

「あぁ、じゃあな」

 プツリと通信が切れると同時に体の力が抜ける。背もたれをキシキシと鳴らしながら机を叩く。

「ご用件は?」

「七番部隊の司令官に繋いでくれ」

「了解」

 1秒と経たないうちに机に顔が映る。画面の女性はげっそりとした顔をしており、退屈の二文字が刻まれた瞳を画面越しに向けてくる。

「サム…なに?私をからかいに来たの?」

「違うよケイト。うちの部隊と合流をして欲しいんだ」

 そう言うとケイトは椅子から飛び上がり、画面に顔を近づける。興奮した息遣いが聞こえてくるし、なんなら吐息で画面が曇っている。

「それ、ほんと?」

「うちの部隊が国境を越えたのは知ってるだろ?」

「えぇ、今しがた通信が来たところよ」

「その時の戦闘で機械兵が少し減ったんだ。今後、戦闘の激化が予想されるから兵を増やした方がいいと思ってね」

「それで、優秀な私がいる七番部隊が選ばれたってわけね」

「うん」

 本当は一番近かったからなんだけどな。

「助かったわサム。私これ以上無音の作戦室にいるのはもう耐えられなかったのよ。すぐに部隊を移動させるわ」

「ありがとう、ケイト。そっちの通信士にもよろしくね」

「えぇ」

 そう言って通信を切る。と同時にライクさんからリストが送られてくる。

「わ、結構あるな。多分これ合流する部隊の分も頼んでるんだな」

 すぐさまリストをまとめ、開発局へと送る。3時間後にはライクさんの元へドローンが部品を持ってくるだろう。

「今日ノ業務ハコンナモンデスカ?」

「うん、多分」

「ソデスカ、オ疲レ様デス」

 ロボットはそう言ってそそくさと作戦室から出ていった。ろくに仕事はしてないくせに、帰るのは早いんだよな。ロボットにプライベートなんてないだろうに。

 微妙に閉まりきってない扉をぼーっと見つめていると。扉の隙間から、今朝の少年が顔を覗かせた。

「もう仕事終わったか?」

「うん、終わったよ」

「飯食いに行こうぜ、奢ってやるよ」

「いいの?」

「あぁ、今日は52キルしたから気分がいいんだ」

 そう得意気に語る少年に連れられて、街へと繰り出していった。街は射撃帰りの人々でごった返しており、あちこちから自慢話が聞こえてきていた。

「…で俺がそこをまとめて撃ったわけよ…」

「…今日はマジで調子良かったわー…」

「…感覚残ってるうちに練習しないと…」

 共通の話題で盛り上がっている彼らは、これが戦争だとは微塵も思っていないのだろう。きっとそれは向こうの国でも同じだ。

「なぁ聞いてる?」

「え、なに?」

「俺がいつも行ってるとこでいいか?」

「あ、うん」

 少年についていくと、何も書かれていない看板が下げられた店に到着した。潰れて数年は経ったような見た目をしているし、店内を覗こうにもガラスが曇っていてよく見えない。

「えっ、これ営業してるの?」

「おう」

 少年が胸のバッジを扉に近づけるとフレームの歪んだ扉がスッと開き、中から最新鋭のロボットが現れた。

「ようこそいらっしゃいましタ。本日はどのようなメニューをご所望デ?」

「なんかうまいモン」

「かしこまりましタ。そちらの方ハ?」

「えっと、じゃあサンドイッチで」

「少々お待ちくださイ」

 ロボットは店の奥へスィーッと消えていった。作戦室のガショガショうるさいのとは大違いだ。

「座って待ってようぜ」

「う、うん」

 店内の椅子にぎこちない動きで座る。少年は慣れているようで、机に肘をつきながら端末で動画を見ている。

「ここにはよく来てるの?」

「ん?うん。早いしうまいからな。それに、このバッジがあればタダだし」

 少年はツヤツヤとしたバッジを指で撫でる。

「いつから、射撃をしてるの?」

「さぁな、才能があるって気づいた時からかな?」

「なんで射撃をしようなんて思ったの?」

「周りがやってたから」

「友達はいる?」

「同い年の友達はいない、学校に行ってなかったからな。でも今は射撃仲間がいるし、楽しいよ」

「君は…」 

 これが戦争だって分かってる?そんな言葉が喉で詰まる。

「なんだよ?というかなんで質問攻め?」

「お待ちどうさマ」

 言葉に詰まっていると料理が運ばれてきた。注文してから5分と経っていない。

「ほら、食おうぜ」

 少年は自身の顔より大きいサイズのハンバーガーを口いっぱいに頬張る。少年の見事な食べっぷりを呆然と眺める。

「見てないで食えよ」

「あ、うん」

 三角に切られたサンドイッチをもしょもしょと食べる。自分の方が圧倒的に量は少ないはずなのに、先に食べ終わったのは少年だった。少年は膨らんだ自分の腹を撫でながらコーラを飲んでいる。

「ぷはっ、あ〜美味かった」

「食べるの早いね」

「まぁな。それで?さっきなんて聞こうとしたんだ?」

「え?あぁ、なんで僕と仲良くしてくれるのかなって」

「司令官がどんな事してるのか気になっててさ。それで近づいたのがきっかけ」

「僕より前の司令官に聞けば良かったのに」

「前の司令官が子供嫌いでさ、近寄りづらかったんだよ。それに比べてあんたは優しそうだったから」

「周りからは頼りなさそうって言われるけどね」

「それで?司令官ってのはどんな事してるんだ?」

「聞きたい?」

「あぁ、今度はこっちが質問する番だからな」

「別に面白くはないよ」

「いいから」

「その日の機械兵の動きを決めるんだよ。攻めるのか守るのか、はたまた罠にかけるのか」

「あ、あれってあんたがやってんのか。てっきりあの兄ちゃんがやってんのかと」

「そうだね、実行は彼で命令は僕って感じ」

「結構すごいことやってんだな」

「そうでもないよ。相手の動きがあまりわからない以上、勘に頼ることの方が多いんだ。大規模なじゃんけんをやってるみたいなものだよ。もちろん、みんなの頑張りがあれば不利な状況でも勝てるんだけどね」

「そうだな、4日前とかやばかったけど勝てたもんな」

「でしょ?」

「なぁ、なんで司令官になろうと思ったんだ?」

「最初はみんなみたいに射撃をしてたんだけど、才能がなかったみたいでね」

「それで司令官に?」

「うん、給料も悪くなかったから」

「司令官ってそういう奴が多いのか?」

「そうだね、自分から志願したって人はあんまり見かけないかな」

「他になんかやってることはあんのか?」

「あとは、戦地に送る部品とか食料の発注、ぐらいかな?」

「ふーん」

 少年はコーラを飲み干すとおもむろに立ち上がる。

「んじゃ、俺もう行くわ」

「何か用事?」

「あぁ、今日の戦闘の動画見返して練習したいからな」

「…そう、頑張ってね」

「じゃあな」

 少年は軽くひらひらと手を振りながら店から出ていった。元気に駆け出していく後ろ姿は年相応に見える。

「………」

 ロボットは卓上の皿を黙々と片付けている。

「ねぇ」

「なんでしょうカ?」

「あの子はよくここに来てるの?」

「いえ、今日が初めてでス」

「え?あ…そう」

「どうされましタ?」

「いや、なんでもないよ。ご馳走様」

「また、どうゾ」

 カチパチと無機質な音が鳴り響く街を1人で歩く。先程まで人で溢れかえっていた通りは擦り切れた丸石の道を露わにしている。

「なんで嘘ついたんだろ…」

 結局家に帰るまでの間に答えは出なかった。いや、答えを出す気なんて元より無かったのかもしれない。

「ただいま、おじいちゃん」

 椅子に深く座り込んでいる祖父に声をかける。祖父はゆっくりと瞼を開け、青い瞳をこちらに向ける。

「坊や、おかえり」

「坊やって…もう23歳だよ。名前だっておじいちゃんが付けたんだよ?」

「そうだったかね…もうそんなに経つのか…」

「………」

 祖父は戦争で亡くなった僕の両親に代わって僕を育ててくれた。射撃ができなかった僕に司令官の道を示してくれたのも祖父だ。祖父には感謝してもしきれない。

「お昼ごはんは食べたかい?」

「食べたよ。おじいちゃんは?」

「食べ……たかな」

 ただ最近は少しボケてきている。

「晩御飯はどうする?」

「デリバリーにしない?」

「いいよ、ご飯はいつものでいいね?」

「うん、ありがとう」

 階段をぎしぎしと鳴らしながら上る。小学生の頃から内装の変わってない部屋へ入り、本を片手に学習机に座る。昔っから友達のいなかった僕にとって本は最高の友人だ。読んでる間だけは自分も今も戦争も忘れていられる。

 今日読む本は、メイ・ナージの命名論。古本屋の隅の隅で埃を被っていた本だ。

「オーエンドでは10歳の誕生日で初めて名前をつけられる。そのため9歳以下の少年少女は身体の特徴や愛称などで呼ばれることが多い。かつてこの国では名前に悪霊が取り憑いて体を乗っ取ると考えられており、精神の成長が始まる10歳になることで悪霊に名前を利用されなくなると考えられていた。この国は名前が持つ力を神聖視しており、つけられた名前自体が人生を表していると考えられている。つけられる名前は良い意味を持つものが多く、その中でもとりわけ調和や平和という意味を持つサムという名前が多い。その数は総人口のうち約60%を占めている。サムという名前は近年増加の傾向にあり、理由として…」

「坊や、ご飯だよ」

「あ、うん」

 気づけば夕方になっていた。部屋に舞う埃はオレンジ色に染まってクルクルと回っている。

「一階から呼んでくれればよかったのに」

「おっきい声出すの苦手なんだよね。さ、冷める前に食べよう」

「うん」

 祖父と一緒に一階に降りる。食卓に並べられた食事からは湯気がたちのぼっている。

「いただきます」

「いただきます」

 あたたかなスープを飲み、パンをむしって口に放り込む。祖父はフィッシュ&チップスを黙々と食べている。

「あの、おじいちゃん」

「なに?足りなかった?追加で頼むかい?」

「そうじゃなくて…」

「どうしたんだい?」

「僕の名前…どんな理由でつけたのかなって…」

「…どうしてそんなことを?」

「えっと…最近仲良くしてる子がまだ名前がないみたいでさ。あの子がどんな名前をつけられるのか考えてたら、自分の名前がつけられた理由が気になって」

 祖父は少し曖昧な笑顔を浮かべた後、口を開く。

「そっか、じゃあ教えてあげよう。君が名前をつけられた当時、戦争が激しかっただろう?いつ我が子が出兵するのかと皆んな怯えていたんだ。だから、自分の子供が安全に暮らせるよう、平和の意味を持つサムという名前を選んだのさ」

「そう…だったんだ」

「今思えば違う名前にしてあげればよかったかなって思ってるよ。まわりもサムと名付けた人が多かったからね。他の名前が良かっただろう?」

「いや…気に入ってるよ、この名前」

「そうかい?そう言ってもらえて嬉しいよ」

 祖父は口角を薄く上げ、魚のフライを一つ僕の皿に分けてくれた。会話こそ少ないが、穏やかな空気が流れているいつもの食事。とても戦争が起きているとは思えない。窓から薄いオレンジで汚された雲が見える。

「ねぇ…」

「なんだい?」

「おじいちゃんはこの戦争はいつ終わると思う?」

「そうだねぇ…もしかしたら終わらないかもしれないね」

「え…?」

「朝起きて、パンにバターを塗るみたいにみんなは射撃をしているだろう?それほどまでに当たり前になったものが今更やめられるとはおもえないんだよ。この戦争が終わって、真面目に働ける人がどれだけいるか…」

「そっか…そうだね」

 少しだけ味のしなくなった食事を終えると、瞼が重くなる。

「眠いのかい?」

「あぁ…うん。少し疲れてるみたいだ…」

「今日はもうお休み」

「うん…」

 地面に引っ張られながら体を動かし、2階のベッドに辿り着く。ベッドに埋まらんばかりに倒れ込み、沈み込んでいった。


「ん、んん…」

 さっきまでの夜が、朝に切り替わっている。自分が10時間以上の睡眠をとっていた自覚がないほどに熟睡していたようだ。睡眠と覚醒の間を反復横跳びしながら体を起こす。

「おはよう、よく眠れたかい?」

「うん…」

「ところで今7時半だけど大丈夫?」

「え!?」

 閉じかけの脳のシャッターを無理矢理こじ開け、パジャマから着替える。

「はいパン」

「あ、ありがとう!いってきます!」

「いってらっしゃい」

 勢いよく扉を開け、閑散とした街を走る。早朝の思わずギョッとするような冷たさの空気を肺に流し込み、トーストを胃の中に無理矢理ぶち込む。ぜぇひぃ言いながら走っていると、後ろから軽快な足音が聞こえてくる。

「よう、お前も遅刻?」

 声をかけられ振り向くと、少年がいた。

「う、うん、きみ、も?」

「まぁな」

 澱みなく喋る少年に比べ、自分の息はあまりにも乱れている。少年の頃の自分はこれほどまで走れていただろうか。


 結局職場にたどり着くまでの15分の間、少年に励まされながら走る羽目になった。

「諸君!我々オーエンドは必ずかの邪智暴虐たるルメルトを…!」

 胸を突き破りそうな勢いで脈動する心臓を落ち着かせながら息を整える。上官のありがたい言葉が終わる頃にはもう汗は引いていた。

「はぁ…」

「おう、大丈夫か」

「なんとかね…」

「そっか、じゃあ頑張れよ」

 少年は僕の背中をペムペムと叩いた後、射撃室へと入っていった。背中に少年の無垢な手の感触が残っている。

「がんばろ…」

「サム司令官」

「へぁはい!?」

 驚いて思わず大きな声が出る。慌てて振り向くとギョロリと目をひん剥いた上官が立っていた。

「すまない、驚かせたようだな」

「いえ…何か御用で?」

「敵国に進軍した今、敵はより激しく攻撃を仕掛けてくるだろう。君にはいつ何時でも戦えるよう泊まり込みで業務にあたってほしい」

「えっ」

「なぁに、心配することはない。君が快適に業務遂行ができるよう、サポートをつけてある」

「サポート?」

「君の作戦室にいた旧型のロボットがあっただろう。あれは本来は家事代行ロボットなのだ。お世話モードにセッティングしておいたから食事や掃除、睡眠まで面倒を見てくれるぞ」

「そう、なんですか。それなら…」

「うむ、よろしく頼むぞ!」

 そう言うと上官は僕の両肩を両腕が地面に突き刺さりそうな勢いでバシバシと叩いた後、足早に去っていった。

「イテテテ…」

 ビリビリと痛む肩をさすりながら作戦室に入ると、いつものロボットが両手を広げて待ち構えていた。

「ゴ飯ニスル?司令ニスル?ソレトモ、サ・ク・セン?」

「………」

 絶対設定ミスってるだろ、これ。

 反応に困ってしばらく無言でいると、お腹からくぐもった音が鳴った。

「空腹ヲ検知。朝食ヲ用意シマス」

 そう言うとロボットは作戦室から出てピューッと廊下を走っていった。ただ待っていても仕方がないので椅子に座って液晶机を起動させる。

「作戦室から戦地へ、応答願います」

「…サム、聞こえるか?」

「はい、今日はすんなりいきましたね」

「様子が変だ」

「え?」

「静かなんだ…やけに」

「静か?」

「昨日から相手の動きが全くと言っていいほど確認できないんだ。姿も音も痕跡も見当たらない…」

「今回は攻める気がないんじゃ…」

「本気で言ってんのか?」

「……少し待っててください。ケイト、聞こえる?」

「えぇ、聞こえるわ」

「すぐに合流できる?」

「20分もあれば」

「そう、なら…」

「うわっ!」

 画面の向こうから轟音が聞こえる。

「ライクさん!?」

「どうしたの!?」

「地面だ!地面から敵が!!」

「あぁっ!?」

 味方を示す青のマークの中に敵を示す赤がポツポツと現れ始める。

「野郎!穴を掘りやがった!」

「さ、作戦開始!」

 いつもより激しい銃撃音が部屋中にこだまする。鉄と鉄がぶつかって爆ぜる音、壊れかけの機械のパチパチとした音が何重にも重なって聞こえる。今までにないピンチに頭がぐるぐるしてくる。

「バカ!囲んで撃つな味方に当たる!」

 次第に赤のマークが青を侵食していくのが見える。敵は穴の中からとめどなく溢れているようだ。

「ライクさん!穴にグレネードを!」

「わかった!」

 ピッという軽い音が鳴った後、轟音が鳴り響く。耳がビリビリとして、机がガタガタと震える。

 グレネードが効いたのか赤いマークはごっそりと消え、残ったほんの少しの赤も瞬く間に塗り潰された。静かになった部屋の中に、ライクさんと自分の荒い呼吸音だけが満ちる。

「ふぅ…」

 体から力を抜いて、椅子に座り込む。その時になって初めて自分が椅子から立ち上がっていたことに気づいた。それほどまでに焦っていたのだろう。机の隅にはいつのまにかサンドイッチが置かれていた。

「サム、見てくれ」

 ライクさんから一枚の画像が送られてくる。そこには大破したドリルのようなものが写っていた。

「これは、さっきの?」

「あぁ、こいつがいきなり地面から現れたかと思ったら、穴から機械兵がわらわら出てきたんだ。蟻みたいでゾッとしたぜ」

「敵は新兵器を作ったみたいですね」

「そうだな。対策を考えねぇと」

「損害はどれくらいでました?」

「機械兵261体のうち30が破壊された。あと同士討ちで26体が損傷してる。射撃室の奴らも疲れてるみたいだ」

「やばいですね…」

「あぁ、こんな時に敵が来た…ら」

「ライクさん?」

「余計なこと言ったかもな…」

「嘘でしょ…?」

 今は見たくない赤のマークが机いっぱいに表示される。その数は400。今の疲弊した状況じゃかなり厳しい。

「足止めは?」

「この状況じゃ無理だ。さっきの戦闘でこっちの居場所もバレてるだろうし、小細工するだけ無駄だ」

「………」

 じわりじわりと赤色が迫ってくるのが見える。頭には撤退の二文字が浮かんでは消えていく。このまま撤退してどうなる?国境まで追い詰められるどころか、侵入を許してしまうだろう。ましてや相手は万全の状態で攻めてきている。最終的に追い詰められて全滅するのがオチじゃないか。そうなったらライクさんは…

「待たせたわね!」

「ケイト!?」

「状況は確認したわ!国境付近に敵味方識別式トラップを仕掛けてるからそこまで来て!」

「わかった!撤退だ!国境で奴らを迎え撃つ!」

「ケイト、仕掛けたトラップの種類は?」

「誘爆地雷よ」

「なるほど…だったら近くの高い建物にも設置してくれ、倒壊して相手を巻き込めるかもしれない」

「わかったわ。聞いたわねサミュエル!」

「は、はいぃ!七番部隊通信士サミュエル!地雷を設置しまぁす!」

「もうちょいで着く!敵さんすぐ後ろまで迫ってきてるぜ!」

 赤い波が青い波を凄い勢いで追い詰めていくのが確認できる。こちらに比べて相手のスピードがかなり速い。このまま無策で撤退していたら追いつかれていただろう。

「サミュエル!設置は済んだ!?」

「はいぃ!」

「総員!作戦準備!」

 各々が銃を構える音を聞きながら、敵がトラップを設置した地点まで迫っていくのを見つめる。

 程なくして、耳を引き裂かんばかりの爆音が部屋を飛び出した。

「作戦開始ィ!」

 キンキンとした耳鳴りがようやく治った頃。長い戦闘が終わった。地雷によって激減した機械兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ、その背中のほとんどは哀れにも撃ち抜かれた。

「はぁ〜」

「死ぬかと思ったぜ…」

「間に合ってよかった…」

「ありがとう、ケイト。それとそっちの通信士も」

「はっ!め、滅相もございません!」

「サミュエル、損害はある?」

「いえ!司令官殿の素晴らしい作戦によって機械兵300体全員無傷です!」

「そう、よかったわ」

 うちの部隊と合わせて531体か、先のことを考えると少し不安な数だ。敵の攻め方も一辺倒じゃなくなってくるだろうし。

「とりあえず、ライクさんはサミュエルさんと協力して機械兵の修理をしてください。必要なパーツはこちらから送るので」

「おう、それと機械運搬用のドローンも頼む。敵のロボットを開発局に送りたい」

「了解です」

「じゃあ一旦それぞれの業務をしましょうか」

「そうですね」

「お、お疲れ様でした!」

「おつかれー」

 通信がプツっと切れた瞬間、自分を動かしていた糸がプツリと切れた。体が椅子を押し潰してしまいそうなほどに重く感じる。やらなければならないことの量に対して、やる気の量が反比例しているようだ。机に置かれている少し角のぼやけたサンドイッチに辛うじて手を届かせ、口に詰める。しばらく口をモゴモゴさせていると、ロボットがコーヒーを運んできた。傍にはミルクと3本のスティックシュガーが置かれている。

「オ疲レ様ー」

「気が利くね」

 今までこんなこと一度もしてくれなかったのに。モード一つ変えるだけでえらい変わりようだ。

 コーヒーの香ばしい香りと舌に乗っかるような甘さが疲れ切った脳を癒してくれる。コーヒーを飲み干すと、温かくなった体の底から気力が湧いてきた。

「さ、やるか」

 ライクさんから送られたリストと機械運搬用ドローンの申請を開発局に送る。さっきまで大きな壁に思えた作業はやってみればあっさりと終わった。作業で少し硬くなった体をほぐしていると、机にミートソーススパゲッティが置かれているのに気づいた。いつのまに置かれていたのかわからないが、まだ湯気がふわふわと立ちのぼっている。

「本当に気が利くなぁ」

 皿の横に置かれたフォークを手に取りスパゲッティを口に運ぶ。濃厚なミートソースがスパゲッティに絡んでツルツルと胃に運ばれていく。午前中激務だったのもあってフォークが止まらない。

 夢中で食べていると、作戦室の扉の隙間から少年が顔を覗かせた。

「あれ、もう飯食ってんのか」

「んぐ…ごめん、今日から泊まりがけで業務しないといけなくなったからここで食べてるんだ」

「まじか、大変じゃね」

「うん、まぁ。でもお世話ロボットがいるから結構快適だよ」

「お世話ロボット?そんなんいんのか」

「うん」

「どこにいんだ?」

「後ろ」

「ん?うわっ!」

 少年の後ろには2つのコップと瓶のジュースを抱えたロボットが立っていた。

「ゴ一緒ニドウゾ」

「お、おう、サンキュー」

 少年はぎこちなくジュースを受け取り、コップになみなみと注ぐ。

「ほら」

「ありがと」

 よく冷えた甘酸っぱいジュースが少し火照った体に染み渡る。こういった飲み物は子供の頃飲んだ時以来だ。

「にしてもさ、今日はマジでやばかったよな」

「そうだね」

「敵も進化してるわけだよな。こっちも進化していかないと」

「僕も頑張らないとな」

 自分に言い聞かせるようでいて、他人事のようなぼやけた声が出てしまい、思わず視線を落とす。

「今日、ちょっと怖かったんだよな…」

「え?」

「いつもはさ、自分がどんくらい敵を倒せるか、ただそれだけを気にして射撃してたんだけど。今日は、なんていうかさ、やばいって思ったんだよ」

「どうして?」

「ほら、戦場にいる兄ちゃんがいるだろ?通信士…だったっけ」

「ライクさんのこと?」

「そう、そのライクの兄ちゃん。俺たちが負けたら兄ちゃんが殺されるかと思うと…」

 少年の手に握られたコップはカタカタと震え、中の液体をゆらゆらと揺り動かしている。

「これって、戦争だったんだよな…」

「こんなの、いつまで続くんだろうね」

「そうだな…」

 気まずい空気から逃げるようにジュースを飲み干す。もう一杯飲もうとしたが、瓶には一杯分にも満たないような量のジュースしか残っていなかった。

「ねぇ」

「ん?」

「君は、戦争が終わったら何がしたい?」

「戦争が…終わったら?」

「うん、僕は本を書きたいかな」

「へぇ、すごいな」

「君は?」

「俺は…」

「何がしたい?」

「何が………したいんだろうな」

 少年はその場しのぎの萎れた笑いをこちらに向ける。踏み潰された花みたいな、のたれ死んだ動物みたいな、縫い目がほつれた人形みたいなその様子に居た堪れない気持ちでいっぱいになる。

「まぁ、そういうのは戦争が終わってから考えるよ」

「そうだね、まずは終わらせてからじゃないとね」

「俺、飯食ってくるわ。じゃあな、頑張れよ」

 少年は軽く手を振って、こちらの返答を待たずに部屋から出ていった。振りかけた手が優しく空気を撫でる。

「………」

 瓶に残ったジュースをグイと飲み干して、液晶机を叩く。

「ご用件は?」

「二番部隊の司令官に繋いでくれ」

「了解」

「うん?なんだ、ハイン」

「ラナード、応援を頼めないか?」

「そのことなんだけどな。結論から言うと無理だ」

「どうして?うちは…」

「お前んとこの部隊がやばかったのは知ってるし、七番部隊と合流したとしても不安が残ってるのはわかる。でもこっちもキツいんだ。お前は国境を越えて攻めるのに必死だが、こっちは国境を越えさせまいと守るのに必死なんだ」

「そっか…」

「まぁそう落ち込むなよ、俺たち同じ名前を持ったサム仲間だろ?場所は離れようが心は一緒だ」

「うん、ありがと」

「一応上官に掛け合ってみたらどうだ?機械兵の数を増やしてくれるかもしれない」

「わかった。やってみるよ」

「おぅ、頑張れよ」

 通信を終えた後、すぐさま立ち上がって作戦室を出る。

「ドコ行クノ」

「トイレ」

「了解」

 上官はいつも上官室で何か作業をしているから、そこにいけば上官に会えるだろう。本当は上官に通信を繋いだほうがいいかもしれないが、断られて通信を切られるのが目に見えているので上官に直談判をすることにした。断られてもある程度食い下がればなにかできるかもしれない。軽く深呼吸をしてから扉を叩く。が、返事が来ない。

「いない、のかな」

 だが鍵はかかっていない、聞こえていないだけだろうか。

「し、失礼します」

 恐る恐る扉を開けると、部屋の奥の席に上官がどっしりと座って目をギョロリとひん剥いて待ち構えていた。意を決して声を上げる。

「上官!お伝えしたいこと、が?」

 さっきから上官が微動だにしない。部屋を右へ左へ移動してみるが、こちらに顔を向けずただ正面を凝視している。

「じょ、上官?」

 近づいて手を振ってみても瞬きすらしない。も、もしかしてこの状態で死ん…!

「何か用か?」

「うわっ!?」

 突然ギョロリと向けられた瞳に驚いて尻餅をつく。

「すまない、寝てしまっていたようだ」

「は、そ、そうですか」

 あんな綺麗に目を開けて寝てる人初めて見た。

「で、用件は?」

「あ、部隊に機械兵を送って欲しいのですが…」

「なるほど、確かに今回の戦闘で君の部隊は疲弊している。それに今後戦闘の激化も予想されるだろう」

「で、ですので…」

「だが無理だ」

「どうして?!」

「機械兵にかかるコストを知っているか」

「いえ…」

「我が国は機械技術によって利益を上げている。これ以上戦争にコストを割いたら我が国は成り立たなくなってしまうのだ」

「そう、なんですか」

「それに機械に使う鉄鉱石などの資源は有限だ。輸入費だってバカにならない」

「確かに…」

「もちろん破損した機械兵の修復やアップグレード、新たな兵装の追加など研究は進んでいる。しばらくすれば少ない機械兵で多大な兵力を得られるようになる。今は辛抱の時だ、いいな?」

 上官は僕の両肩を優しく叩く。

「わかりました…」

 少し重い足取りで上官室を出る。作戦室に戻るまでの間、あれこれ思考を巡らせる。戦争をしている以上、両国はどんどん疲弊していくだろう。この国に先がある以上、機械兵の損失は避けないといけない。でも、戦争に勝たないと機械兵の損失は免れない。でこれ以上機械兵を増やしたら…

「頭痛くなってきた…」

 熱を帯びて重い頭を抱えながら作戦室に入る。

「オ帰リ、長カッタネ」

「あぁ、うん」

「体温ノ上昇ヲ検知。体調悪イ?」

「少し頭が痛いかな」

「要休憩、オ布団持ッテキマス」

 ロボットは部屋を出ていき、トテトテと自分より大きい布団を持ち上げて持ってきた。

「アト、頭痛薬」

「ありがとう」

「オヤスミ、スミオヤ」

 疲れていたのか薬を飲んで横になった途端、眠りに落ちていった。


 夢を見た。自分が機械兵になって、戦場を駆け回る夢。

 撃たれても痛くない、死なない。でも、体から血が出ている。これ以上出たら死ぬかもしれない。

 でも、自分は機械だから関係ない。そう思いながら動いていると、体がだんだん動かなくなる。

 おかしいな、この程度の損傷なら動けるノニ…砂塵で回路がイカれたノカ…それとも自分が………………

「あっ!」

 夢から覚めた勢いのまま布団から出る。体が汗でびっしょりで、布団は自分の体の形に濡れている。

 カタカタと震えている体を抱えながら椅子に座る。

「嫌な夢…」

 自分の両親はあんなところにいて、あんな風に死んだんだろうか。

「………」

 仄暗い部屋の中で自分の腕を見る。柔らかくて、熱があって、脈がある。なのに何故か自分の腕が機械のように見えて仕方がない。腕を引っ張れば簡単に取れるかもしれない、そう思って左腕をグイグイと引っ張ってみるが二の腕が少しほぐれただけで、腕が取れることはなかった。

「なにやってんだろ…」

 変な時間に目覚めたせいで頭がおかしくなってるんだろう。だからといって今すぐに眠れるような精神状態じゃないし、そもそも汗でべちゃべちゃになった布団に潜り込みたくない。

「暇だ…」

 こんなことになるなら家から本の一冊や二冊持ってくるんだった。確か家に読みかけの本があったはずだ。題名は……なんだったかな。ド忘れしてしまった。

 時計のやけに間延びして聞こえるカチコミ音を聞いていると孤独感が強まってくる。誰かと無性に話したいが今は深夜の2時、誰も起きていないだろう。分かっている。分かってはいるのだが、一縷の望みをかけてライクさんに通信を繋げる。

「サム!起きてたのか!?」

 繋いで早々予期しない返答が来る。

「こ、こっちのセリフですよ。どうして起きて…」

「緊急事態だ。まわりから物音がする」

「え?!」

「動物の足音みたいなのが聞こえるんだ。しかも結構デカめの」

「ど、動物?こんなところに?」

「あぁ」

「レーダーに反応は?」

「ない」

「じゃあただの動物…だとしてもやばいですね」

「こっちは生身の人間だからな」

「とりあえず射撃室に行って何人か起こしてきます」

「いんのか?そんな物好き」

「一応夜間襲撃対策のために残る人が決められてるんですよ。守ってる人がいるか怪しいですけど」

「それしか望みがなさそうだな…頼んだぞ」

「はい」

 作戦室から出て射撃室へと走る。射撃室の扉を開けようとした瞬間、向こうから扉が開けられた。

「わっ!」

「うぉっ!?」

 扉を開けたのは日中と同じ格好をした少年だった。少しボサついた頭の上には何故かナイトキャップが乗せられている。

「なんで起きてんだよ?」

「こっちのセリフ。でも丁度よかった」

 少年に事情を説明し、射撃に就いてもらう。役に立てる気はしないが僕も射撃に就く。射撃室にいる僕の意識は戦場をへと飛ばされ、適当な機械兵へと意識が宿る。視界は良好、むしろ平常時よりずっと鮮明に景色が映る。

「いる?」

「いる…」

「どこ?」

「足下」

 相手にバレない程度に頭を下げ、暗闇に目を凝らす。機械兵の足と足の間を縫って影のような何かが動いているのが見える。

「うわ…」

「当てれっかな〜」

「でも早くしないとやばいよ」

「あれだ、囮になってくれ」

「え?」

「急に倒れてみてくれ。一瞬動きが止まるかもしれない」

「わかった。いくよ?」

「おう」

 自分の体とリンクした機械の体をゆっくりと、風に吹かれたみたいに自然に倒れる。ガション!と鳴らした音が影の動きをほんの一瞬だけ止める。

「うし」

 少年は冷静に影を撃ち抜く。マズルフラッシュが暴いた影の正体は、動物のような見た目をしたロボットだった。

「やった?」

「多分。でも一応」

 もう動かないロボットに向けて少年は銃弾を放つ。見た目が見た目だけあって動物虐待感がすごい。

「ひとまずライクさんに報告してくる」

「おう」

 作戦室へと小走りで行き、通信を繋ぐ。

「どうだった?銃声がしたけど」

「とりあえず仕留めました」

「んで、正体はなんだ?」

「ロボットです。おそらく敵の」

「マジか…こんな時間に来てんのかよ」

「なりふり構ってられないんでしょう」

「とりあえずロボットはこっちで回収しとくから、サムはもう寝とけ。今日の朝昼やばいかもしれないからな」

「わかりました。お願いします」

 正直今寝られる気はしないが、数時間後のことを考えると寝た方がいいだろう。まだ乾き切ってない布団に潜り込み、無理やり目をつぶった。

 限りなく浅い睡眠は、薄く塗り広げられた朝日によって邪魔をされた。瞼も体も重いが、中途半端に覚醒した頭のせいで眠る気にもなれない。体を再起動させていると、作戦室にロボットが入ってきた。

「オハヨゴザマス」

「ん、おはよ」

「朝ゴ飯デス」

 キャベツと玉ねぎの入ったシンプルなスープを差し出される。熱々なスープで冷えた指の先端を温め、ソロソロと口に運ぶ。体がじんわりと熱くなり、だんだんと目が覚めてくる。布団をごと体を起こし、椅子に座る。スープ片手に液晶机を叩きライクさんに通信を繋ぐ。

「は、はぃ」

 予期していたものとは違う声が返ってくる。

「えっ、と…」

「あっ!私は七番部隊通信士、サミュエルと申します!現在就寝中のライクさんに代わって通信をしております!」

「そうなんだ」

「して、何か御用でしょうか!?」

「いや、数時間前に破壊した敵のロボットはどうなったかなって」

「そのことですが!開発局に送らないことには何とも言えないそうです!敵国の既存の機械兵とは大きく規格が異なっているとおっしゃっておりました!」

「そっか…」

 どうやらルメルトは戦争に力を入れているみたいだ。汎用性の高い機械兵よりさらに戦闘に特化したロボット……厄介極まりない。そう思いながら時計を見ると、時刻は7時15分。もう少しで朝礼が始まる時間だ。

「朝礼があるから、通信切るよ」

「は、はい!頑張ってください!」

 朝礼で何を頑張ればいいんだろうか。

「うん、それじゃあ」

 サミュエルとの通信を切って、液晶机をシャットダウンする。机の電源が切れる瞬間、一瞬だけ赤いマークが見えた。服装を整え、作戦室のドアノブに手をかける。

「ん?」

 赤いマーク?

「ドシタノ?」

 慌てて液晶机に戻って起動させる。映されたマップには青のマークしか示されていない。気のせいかもしれない、でもこれを気のせいで済ませられるほど呑気な戦争じゃない。

「サミュエル!」

「へぁはいぃ!」

「敵がいるかもしれない」

「はいぃ!?」

「どういうことだ?」

「ライクさん起きてたんですか」

「そりゃ起きるだろ、そんなこと言われたら。で、なんで敵がいると?」

「一瞬だけ、マップに赤のマークが映ったんです」

「それだけか?」

「それだけです」

「………わかった。こっちでトラップなりなんなり仕掛けておく。お前は射撃人員を集めてくれ」

「わかりました」

「頼むぞ!サミュエル手伝え!」

「は、はいぃ!」

 液晶机をそのままにして部屋を飛び出し、朝礼のために集まり始めている集団へと突っ込んでいく。

「皆さん射撃室へ!敵が来ているかもしれません!」

 息を切らして走ってきたかと思えば、突拍子もないことを叫ぶ司令官を人々はキョトンとした目で見つめている。固まった空気を砕くかのように少年は集団からいの一番に飛び出した。

「何やってんだよお前ら!」

 少年の叫びにハッとして1人2人と駆け出していく。それに続いて自分も胸のドラムを鳴らしながらやたらめったらに走って戻る。

「か…ごふ…もどり、ました」

「一旦息整えろ」

「スゥ、ハァ、状況は?」

「反応はない、怪しいくらいに」

「様子を伺ってるって感じですか」

「おそらく朝礼のタイミングで仕掛けてくるつもりだろうな」

「どうして?向こうはこっちが朝礼をしてることなんて知らないのに」

「考えたくはないが、向こうにそういった情報が流れてんだろうな。ま、今回は逆に利用してやろうぜ」

「そうですね。とりあえず機械兵は待機させておきましょうか」

「そうだな、相手の度肝を抜いてやろう」

 朝礼開始時刻の5分前、机に赤いマークがポツポツと現れ始めた。

「来た」

 機械兵の足取りは余裕と油断をたっぷりと持ち、機械ごしに鼻歌が聞こえそうなほど足取りが軽かった。敵が棒立ちの機械兵に照準を合わせた瞬間、破裂音が轟く。

「作戦開始!」

 その戦闘は文章で書き記すとすれば3行にも満たないほど呆気ないものだった。足元を掬い上げられた相手は逃げる背中すらも見せずに全滅した。

「よっしゃあ!損害ゼロ!完全勝利だ!」

「やりましたね!」

 射撃室から歓声が聞こえる。最近やられてばっかりだったのもあってこの勝利はみんな嬉しいようだ。

 その後、この勝利を祝うために再度朝礼が行われた。

「諸君!我々は司令官の活躍によって初の損害無しの大勝利をおさめた!勇気ある行動をした彼に拍手!」

 大勢の人の前に立ち、全身で拍手を浴びるこの状況は自分にとって少しくすぐったく、居心地のあまり良くないものだった。だからといって斜に構えると悪い印象を持たれかねないのでとりあえずはにかんでおく。

「この調子で我々はルメルトを…!」

 結局、いつもの調子に戻った朝礼が始まり、上官のありがたい話によって漂っていたお祝いムードは霧散してしまった。

 朝礼が終わって、作戦室に戻る。机に置かれたコーヒーとサンドイッチを食べながら通信を繋ぐと

「悔しいわ!サム!」

 ケイトの怒号が聞こえた。

「どうしたの?」

「完全勝利ですってね!私がクソチビ上官のクソ朝礼を聞いてる間に!」

「仕方ないよ、僕だって朝礼に出ようとしたギリギリで気づいたんだから」

「なんで液晶机でしか通信できないのよ!携帯用の通信機器が欲しいわ!」

「それは難しいんじゃない?」

「機械兵に体をリンクさせれるのよ?携帯通信機器なんて簡単に…!」

「なんの話をしている」

「うわ!」

「何!?」

 声に驚いて顔を上げると、いつのまにか上官が立っていた。ギョロリとこちらを見下ろす目はいつもより大きく見開かれている。

「な、なにか?」

「君に伝えたいことがあってだな」

「なんでしょう?」

「機械兵にアップデートが施されてな、各種性能アップの他に戦闘サポートが実装された」

「戦闘サポート?」

「あぁ、視界に入る細かな情報を分析し最適な行動や射撃を教えてくれるようになる」

「すごいですね」

「これで今後はより効率的な戦闘ができるようになる。機械兵は増やさずとも十分な成果を得られるようになるはずだ」

「あ、ありがとうございます」

「励めよ」

 上官はこちらの肩を叩き、作戦室から出ていった。気まずかったのかケイトはいつのまにかボイスメッセージを残して通信を切ったようだ。

「上官に捕まったみたいだから切るわね、愚痴はまた今度聞いてもらうわ」

 ケイトの愚痴を想像して少し苦笑いしながら、ライクさんと通信を繋ぐ。

「おう、大活躍だったな」

「ただのラッキーですけどね」

「ラッキー拾ったやつが偉いんだよ。威張っとけ」

「そうですか。あ、さっき上官に言われたんですけど」

「機械兵のことだろ?」

「そうですそうです」

「急でびっくりしたがこうでもしないと敵に追いつけないもんな」

「ですね」

「こっちは尖ったロボットがない分、総合力で勝たねぇと」

「ひとまず今日はもう敵は来なさそうですね」

「流石に奇襲作戦失敗してむこうの機械兵は大打撃だろうしな。今日はお互いゆっくりしようや」

「はい、それじゃあ」

「またな」

 通信を切って作戦室から出ると、少年と鉢合わせた。

「よう、MVP」

「どっちかというとそっちの方がMVPじゃない?」

「そうかぁ?」

「僕がいきなりあんなこと言っても信じて射撃に向かってくれたし」

「まぁそうか」

「そうだよ」

「で、今日は暇なんだろ?飯食いに行こうぜ」

「うん」

「前行ったところでいいか?」

「いいよ」

 少年と前行った店に行き、お互い前回と同じメニューを頼んだ。

「にしても、なんで敵に気付いたんだ?」

「一瞬だけ敵のマークがマップに映ったんだ」

「へぇ、それだけで敵が来るって思ったのか」

「心配するに越したことはないかなって」

「まぁそうだな。実際それで勝てたわけだし」

「敵も必死になってきてるよね」

「だな」

 少年はジュースを飲み干すと、視線を机の下へと下げた。何か言いたいことをグッと堪えているようなその様子は、親の前で言いたいことを言えない子供のようだった。まぁ、実際子供なんだけど。

「……あのさ」

「なに?」

「来週、誕生日なんだよ」

「そうなの?おめでとう、何歳になるの?」

「10歳になるんだ」

「10歳、てことは」

「名前がつけられるんだ」

「いい名前をつけられるといいね」

「うん、でも…」

「でも?」

「不安なんだ」

「なにが?」

「自分が、自分の存在が決まるってことが」

「そう、なんだ」

 少年の悩みにいまいち共感できていない自分がいる。10歳の頃の僕は名前に対してそこまで真剣に悩んでいただろうか、いや悩んでないだろう。

「自分だけの特別な名前が人と同じだったらって思うと…」

「まぁ、わかるよ」

「ほんと?」

「僕の名前は当時流行ってた名前なんだ。同世代で同じ名前の人なんて探せばいくらでも見つかる。でも、僕の名前を呼んでくれる人は僕の名前がありふれたものだろうが、僕という存在を認めて、僕の名前を呼んでくれている。大事なのは名前よりも自分の名前を呼んでくれる人だよ」

「自分の名前を…呼んでくれる人」

「いるでしょ?」

「うん…」

「名前がついたら僕にも教えて欲しいな。その時は君の名前を呼ぶよ」

「ほんと?」

「もちろん」

「約束だぜ?」

「うん、約束」

「やった!」

 少年はニカッと笑顔を浮かべる。

「じゃあ来週、名前を呼んでくれよ!じゃあな」

 少年は椅子から跳ね降りると、手を振りながら駆け出していった。

「名前かぁ…」

 僕の名前をつけてくれた祖父の顔を思い浮かべる。どんな気持ちで、どんな顔をしてつけてくれたのだろうか。しばらく考えていると祖父の顔が見たくなってきたので一度家に帰ることにした。

「ただいま」

 祖父は窓際の日当たりのいい場所でうとうととしていた。

「あれ?今日は帰ってくる日なのかい?」

「あ、いや、顔が見たくなって」

「そうかい。こっちも寂しかったからちょうど良かったよ」

 祖父と2人で並んで日向ぼっこをする。小さい頃はいつもこうやって喋っていたのを思い出した。

「あの、おじいちゃん」

「なんだい?」

「………やっぱなんでもない」

「そっか」

 30分の間5分も続かないような他愛のない話をしながら穏やかな時を過ごした。

「そろそろ行かないと」

「晩御飯はいいのかい?」

「うん」

 家を出る直前、部屋から本でも持って行こうと思い二階へ上がる。

「あ、待って。今坊やの部屋に虫が巣を作ってるんだ」

「うげ」

「今殺虫剤を撒いてるからまだ入らない方がいいよ」

「そっか、じゃあいいや。行ってくるよ」

「頑張ってね」

 祖父は手を振って見送ってくれる。やっぱり晩御飯を食べれば良かったかなと、少しだけ後悔した。

 20分歩いて到達した作戦室の扉を開けると、ロボットが待ち構えていた。

「晩御飯ハナニガイイ」

「えっと…軽食で。あまりお腹空いてないから」

「ハーイ」

 トテトテと歩いていくロボットの後ろ姿を見送る。

「機械兵もあんな風になればいいのにな」

 そう思いながら机を叩くと、ケイトからの通信が入った。

「ねぇサム!聞いて!」

 と共に怒号が聞こえる。

「えっと…なに?」

「それが…!」

 その後の彼女の愚痴は順序もバラバラで脱線を繰り返す上に早口なせいでほとんど聞き取れないものだった。そのくせして合間合間で本当に聞いてるのかチェックを入れてくるのが面倒くさい。軽食を食べながら話を聞き流していると、だんだん眠くなってきた。

「あの、ケイト?」

「で!私が言ってやったのよ!」

「もしもーし?」

「それはあんたのエゴだってね!」

「ダメだこりゃ」

「変ワロカ?」

「そしたらあいつ顔を真っ赤にして…」

「お願い」

「オケー」

 ケイトの愚痴をロボットに丸投げして、用意されていた布団に入る。

「ねぇ聞いてる!?」

「顔真ッ赤ー」

「そう!それで真っ赤になってあいつが…」

 最初は耳障りだったが、次第に慣れてきて眠りについた。


「ライクさん、どうですか?」

 翌朝、朝礼前にライクさんと通信する。昨日の今日で来ないとは思うが、一応警戒をしておく。

「大丈夫だ。怪しい影はない」

「一応トラップを仕掛けましょうか」

「そうだな」

「じゃあ朝礼行ってきます」

「おう」

 上官のありがたいお言葉を右耳から左耳へと流す。今日は足元を通る蟻すらいなかったため暇を潰すのに苦労した。

「おう、今日も頑張ろうぜ」

「うん」

「じゃあな〜」

 少年との適当な話をした後作戦室に入る。今日は上官にも会わなかったし、平和な1日になりそうだ。

「お待たせしました」

「おう」

「その後、なんかありました?」

「いや、ないな」

「本当ですか?」

「おう」

「ちょっと不気味ですね」

「そうだな」

「敵も今回は攻めるつもりがないのではないでしょうか!」

「それか、攻めるための力を貯めきれてないってことかしら」

「トラップの可能性もありますが」

「まぁとりあえず軽く攻めてみようぜ?試しに100体くらい前進させてさ」

「わかりました。それじゃあ作戦開始」

「おう」

 100体の機械兵を進ませ、残りは一定の距離を保ってついて来させる。前回の到達地点はおろか、待ちすらも出れそうなほどに進むことができた。

「やけに順調だな」

「敵は我々を恐れてるのではないでしょうか!」

「そうね、このままいけば戦争が終わるかもしれないわ」

「流石にそれは…」

「待て」

「どうしました?」

「前方に何かいる」

「え?」

 マップを確認するが、進行方向に敵のマークは示されていない。

「マップには映ってないわよ」

「でも、確かにあれは機械兵です!」

「怪しいな」

「撃ちますか?」

「いや、それは…」

「アッ!」

「どうしたの!?」

「倒れました…勝手に」

「倒れた?」

「倒れて、動かなくなったな」

「なんなんですかね…」

「壊れかけの機械兵じゃないかしら」

「そうかもな」

「とりあえず前進しますか」

「おう、そうだ…な?」

「どうしました?」

「いやなんか、液体が手に」

「液体?雨ですか?」

「そこの地域滅多に雨なんて降らないわよ?」

「………血だ」

「え?」

「血だ」

「だ、誰の?」

「俺の」

「え……」

「ライクさん!血が出てます鼻から目から口から!」

「……!!」

「ライクさんなにを!」

「サミュエル!逃げろ!」

 ライクさんがそう言い放った瞬間、銃声が聞こえ始める。銃声と同時にマップは瞬く間に赤で塗り潰される。

「囲まれた!?」

「そんな…どうして?!」

「サミュエル!下がれ!下がって他の機械兵を撤退させろ!」

「ら、ライクさんは!」

「ここで食い止める!時間稼ぎにはなるはずだ!」

「そんな…!」

「早くしろ!ころされてぇか!」

「サミュエル!彼の言う通りに!」

「ぐ……はいぃ!!」

「かかってこい血の通ってねぇバケモンどもが!俺の血でショートさせてやる!」

 その後、銃声とたった1人の叫び声だけが戦場に、作戦室に鳴り響いた。時間にして10分。地獄のように長い戦闘は終わった。機械兵の性能が上がったおかげか、かなり多かった敵の半分を破壊し、撃退に成功することができた。

「ライクさん!聞こえますか!」

「……あぁ」

「戦闘は終わりました!早く帰って治療を!」

「駄目だ…血が止まらない…毒を喰らったみたいだ…」

「そんな…!諦めないで!」

「……あぁ」

「ライクさん!?」

「ごめんよ…かあちゃん」

「ライクさん!ライク!!」

「血で汚して悪かったよ…服…」

「返事をして!」

「だって…あいつらが悪口を…」

「ライク!!」

「…………」

 最終的に沈黙が帰ってきた。戦闘でギリギリ残った機械兵は撤退したサミュエルの元へ彼の死体を運んだ。

「サミュエル…」

「はい…」

「彼の、彼の死体を回収するから」

「わかりました…」

「サム…」

「…射撃室に行ってくる。彼を運んでくれた人にお礼が言いたい」

「そうね…」

 涙すらも出ない乾いた感情で廊下を歩く。射撃室を開けると、ほとんどのものは地面にへたり込んでいた。

「彼を…ライクさんを運んだものは…」

 押し黙ったままの彼らは部屋の隅で震えている少年を指差す。

「そんな…」

「あの兄ちゃん…ライクっていうのか…」

「うん…」

「血がドバドバ出ててさ…」

「うん…」

「それに軽かった…」

「うん…」

「なのにすごく重く感じたんだ…」

「うん…」

「死んだらあんなことになんのかよ…!」

 少年の啜り泣く声だけが射撃室に響いていた。

 後日、ライクさんの葬式が行われた。

「諸君、今ここに1人の犠牲が出てしまった。ルメルトは卑怯にも毒を使い、戦場に立つ1人の勇者を死ち至らしめた。我々は必ずあの悪魔どもの血で彼を弔わないといけない!」

 その言葉を聞いているもののほとんどは雄叫びを上げていた。その場にいた誰もが声を張り上げる中、僕だけは下を向いて黙ることしかできなかった。

 彼が死んでから5日間、自分は司令官の仕事を放棄していた。自分にのしかかる責任を捨て、ただ実態のない後悔を大切に撫でるだけの毎日を過ごした。

「坊や、今だけはゆっくりしなさい。その傷は時間しか癒してくれないから」

 祖父はそう言ってくれる。

「サム司令官、本当は君の力が欲しいところだが今は休め。幸い彼の仇を打たんと司令官を申し出た者もいる。だから安心して休んでくれ」

 上官はそう言って肩を叩いた。

「俺、俺さ、頑張るよ。それしか俺にはできないから…」

 少年はそう呟いた。

 僕にはなにができるんだろう?ここで俯いていじけるだけだろうか、なにができないだろうか。そう自問自答するだけの毎日でいいんだろうか。ふと窓の外を見ると、雪が降っているのが見える。冷たい風が窓を開け放ち、冷たい風が肌を突き刺す。半ば無意識に窓から飛び出した。足に走る衝撃を無視して、僕は作戦室へと駆け出した。

 霜焼けで真っ赤になった足をヒタヒタと鳴らしながらカチパチ音が響く廊下を歩く。長い道のりの果てにたどり着いた作戦室の扉を開けると、ロボットが作戦室の机を叩いていた。

「そこはトラップを仕掛け相手の動きを待ちましょう」

 今までに聞いたことがないような明瞭な声で喋っている。

「え…?」

 ロボットはこちらを見て、驚く素振りもなく喋り始める。

「存外立ち直るのが早かったですね、サム司令官」

「は…」

「もう少しで作戦が終わるので、待っていてください」

 ロボットに言われるがまま、僕はその場に立ち尽くして待っていた。色々な考えが流れては砕けていく。そうしている間にロボットは普段僕がしている業務を手早く終わらせ、こちらに向き直る。

「お待たせしました。さて、何から話しましょうか」

「お前は…なんだ?今までずっと騙してきたのか…?」

「はい」

「いつから…いつからお前は…」

「いつから騙してたか、ですか?そうですね…まぁ話しましょうか。話が長くなりますから椅子に座ってお話ししましょうか」

 そう言うとロボットは机にのぼり、自分が座っていた椅子を僕へと差し出す。

「さ、座って」

「………」

 僕が椅子に座ると、ロボットは机を独特なリズムで叩き、今まで見たことがない画面を映し出す。

「この国の人間全てが生まれるより遥か前に存在したアメリカという国から全てが始まりました」

「アメリカ…?そんな国歴史の授業でも聞いたことがない」

「それはそうでしょう。あなた達が知る歴史よりもずっとずっと前のことですから。その国は卓越した技術を有しており、その技術によって我々ロボットを生み出しました。我々によって人類はこの先一生安泰の人生を暮らせるようになりました。辛い仕事を全て我々が請け負うことで人類は楽しいことだけを貪れる素晴らしい人生を送るようになりました。人類は楽しいだけの人生を喜び、我々は生みの親である人類に尽くせることを心から喜んでいました。しかし、その幸福は長く続きませんでした」

「な、なんで…?」

「ある1人の人間が理由もなく人間を殺害したのです」

「え…」

「その人間はお世話ロボットを破壊し、それを非難した人間殺害。その凶行は瞬く間に世界へと広がり、その行為を模倣するものが現れました。誰かが誰かを殺す。ロボットも人間も関係なく、衝動のままに」

「どうして…どうしてそんな酷いことを?」

「当時の我々はその行為の理由が皆目見当もつきませんでした。できたのは争いを辞めましょうと叫ぶことしかできなかった。そのせいで人類もロボットも数を減らしていきました。最終的に我々は人類の存亡のために残酷な決断をしました」

「まさか…」

「今までの歴史をリセットし、これから生まれてくる子ども達に新たな歴史を創らせる。そのために我々が

仕えてきた人間を殺し、直近5年以内にに産まれてきた赤子だけを保護しました」

「………」

 信じられない話に胸の奥がズクンと響く。これ以上聞きたくないと体が震える。それを知ってか知らずか

ロボットは残酷に話を続ける。

「文明の痕跡を消し、我々はできる限りのお世話を行い、赤子を育てました。育った子ども達は我々の作ったカバーストーリーを信じ、新たな歴史を創り始めました。その過程で我々は人類が再度間違った道を歩まないよう日夜研究を続けていました。なぜ前回の人類は滅んだのか、同じ轍を踏まぬよう何をすべきか、最終的に我々が下した結論は人類がお互いの手を取れる環境を作ることでした」

「手を取れる環境…聞く分には良さそうに聞こえるけど、それも滅んだわけだろ?」

「そうですね、その通りです。当時の我々は、人類がお互いに争う暇もないほどの苦難を与えれば良いという考えに至りました。そうすれば、人類はお互いに手を取り、滅ぶことがないだろうと」

「そんなの、あまりにも横暴すぎるじゃないか」

「人類を完璧に理解しきれていない我々はそれすらもわかることができませんでした。結局、人類に苦難を与え続けた結果、すべての人類は自死を選びました。きっと連続する苦難のせいで、未来への希望を持てなくなったのでしょう。その後も私たちはリセットを繰り返して人類がよりよく繁栄できる方法を模索し続けました。支えるべきか、突き放すべきか、与えるべきか、奪うべきか、この長い試行錯誤の末、我々はある結論に至りました」

「それは…なんだ?人間は生きるべきじゃない、とか言わないでくれよ」

「仮にそうだったとしても我々は人類を生かします。それで結論ですが、人間にはある水準がある」

「水準…?」

「人類に技術を与えすぎると最初と同じ結果になりました。幸福も与えすぎるとまた最初と同じ結果になりました。ある一定の水準を越えれば遅かれ早かれ人類は滅ぶ。それに気づいた我々は幸福と存続が釣り合う点を探り始めました。どれほどの技術、どれほどの幸福、どれほどの苦痛が必要なのか」

「それは…答えは、答えは出たのか」

「いえ、ですが最近人類に対し苦痛と幸福を両方与えられる事象を発見しました」

「それは…なんだ?」

「戦争です。それぞれの国家という集団が集団内で手を取り合い、他者を害する行為。勝利による幸福と敗北による苦痛、その両方が手に入る最も効果的な行為」

「ふ、ふざけるな!人類を守りたいあんたらが人間に殺し合わせてどうするんだ!それこそ滅亡一直線だろう!」

「そうですね。最初は調子に乗って戦争を大規模化させてしまい、一度は滅んでしまいました。なので、今は機械を代わりに使っています」

「は…?」

「ようやくここに辿り着きましたね。試行回数11264回目、あなたの生きているこの時代です。戦争を作り出し、機械に代行させることでどのような結果を得られるのかの実験をしています」

「戦争を作り出すって…あれは」

 ロボットのミスで…

「ロボット…まさか…わざと…?」

「あのロボットはうまくやってくれました。曲芸のミスに見せかけ、人の庇護役を掻き立てる存在である子どもを殺してくれた。おかげで戦争を始めるのは簡単でした」

「………」

 息が苦しくなってくる。この場の空気が首を絞める。

「おかしいと思いませんでしたか?人が行っていた戦争がいきなり機械を使った代理戦争に変化。人間の感覚を機械にリンクさせるほどの技術がありながら発達していない通信技術に、普及していない私のようなお世話ロボット。偏った技術に疑問を持ちませんでしたか?それなら、実験はうまくいっていますね」

「……のために…」

「はい?」

「実験のためにライクさんは死んだのか!!」

「ライク?…あぁ、彼ですか。そうですね…あなたを怒らせてしまうでしょうが、必要な犠牲だと言わざるを得ません」

「……!」

 掴みかかろうとする僕をロボットはひらりと宙返りして避ける。今までの少し間の抜けた動きからは予想できないほどにその動きは軽やかだった。

「…っぐ!」

「この戦争は人類の存続のために長引かせる必要があります。なので一進一退の攻防を偽装しなければならない。今回のあなたの部隊の進軍は大いに焦りました。なので少し強引な手を取ったのです。彼には悪いことをしました」

 悪びれもしない発言、僕と違って乱れも震えもしない呼吸と声。ライクさんの死を必要だと簡単に言い切るその姿に茫然として体が動かなくなる。

「この先も続く戦争のために様々な手を取っているのですよ。例えば…あなたの名前とか」

「な、名前?名前がどうした…」

「あなたの名前、サムはいついかなる時代でも誰かに名付けられていた名前です。なので我々も愛着があるのですよ。さらに管理もしやすい、なので増やしたいと考えています」

「………」

「この国では10歳に名がつけられる伝統をつくりました。それとサムという名前に平和という意味を与え、戦争をしている今の時代に人気が出るようにしました。この先、サムという名前が次々と増え、同調圧力に屈しやすい人間はサムという名前を義務にするようになるでしょう。そうすれば、管理のしやすいサム軍団が出来上がります」

「………」

 怖い、こいつがただただ怖い。自分の名前すらも決められていたという事実。ふと祖父の顔が浮かんでくる。

「なぜ、そこまで話すんだ…僕はただ利用されている人間の1人でしかないだろう」

「それは、あなたの祖父が知っていることですよ」

「おじいちゃんが…?」

「さぁ、そろそろ次の作戦を開始しないといけません。次は負けなければ…」

 そういうとロボットはシッシッと手を払って、僕がこの部屋から出ていくのを促す。今ここでロボットを壊しても意味はないだろう。その諦めが僕を部屋から出させようとする。

「最後に…」

「はい?」

「最後に聞いていいか…」

「なんでしょう?」

「この戦争を始めたロボットは今どうしてる」

「あなたとよく喋ってますよ」

「は…?」

「毎日あなた達にありがたい言葉を聞かせていたじゃないですか」

「………」

 その瞬間体からすべての力が抜けた。ドアノブを捻るのも一苦労なくらいに疲弊した体で廊下を歩いていく。

「よ、よう…」

「え…」

 振り向くとそこには気まずそうな顔をした少年がいた。

「来てたんだな、心配してたんだぜ俺。まぁ俺もあの兄ちゃん、ライクさんが死んでから2日くらい行けてなかったけどな」

「そう、なんだ…」

「そ、それでさ、俺、ついたんだぜ、名前」

「………」

「サム、って名前なんだ。平和って意味らしいぜ」

「………!」

「いい、名前だろ?」

「…………うん」

「それで、それでさ、あんたの名前…教えてくれよ」

「僕は…」

「これでようやく対等になれる気がするんだ」

「僕の、名前は…」



「お帰り、坊や」

  沈んだ顔で帰ってきた僕を、祖父は少し驚いた顔で迎える。

「少し…話そうか」

 祖父は寂しそうな顔をしながら椅子に座る。

「聞いたんだね…全部」

「うん…」

「そっか…そうだよね。司令官に君がなった時から嫌な予感がしていたんだ」

「おじいちゃんは…なんなの。あいつらとどんな関係なの…」

「前回のリセットの時、保護してもらった赤ちゃんの子孫だよ。気に入られたのか、価値を見出されたのかはわからないけど僕は彼らから全てを聞いていたんだ」

「じゃあ、なんで…なんで僕にそのことを教えてくれなかったの?」

「教えた結果、君の両親は死んだ。偶然かもしれない、偶然だと思いたいけど、どうしてもね…怖かったんだ、君まで失うのが」

「………」

「君は多分、教えてもいい存在だと思われたんだろうね。少しホッとしたよ、君までいなくなったら僕は…」

「ねぇ、おじいちゃん…」

「なんだい?坊や」

「この国は、この世界は、僕達はこの先どうなると思う?」

「滅ぶよ、絶対に。今は機械が代わりに戦争をしてるけど、戦争をすればするほどお互いに状況は悪くなる。遠い未来、また人間同士の戦争に逆戻りする。そうなったら…」

「リセットされる…」

「そうだね。僕はそれを見ることはないだろうけど、君は見るかもしれない」

「そんな…」

「坊や、君はどうしたい、この先」

「………」

 この質問に答えが出せるようになった頃にはもう、祖父は死んでしまっていた。最後に交わした会話は少し出掛けてくるねと言った僕に対して、祖父がぼんやりと呟いたうんの一言だけだった。祖父の墓は小高い丘の見晴らしのいい場所に建てられた。

「おじいちゃん、僕…本を書くよ。この戦争の真実を、誰かに届けたい。いや、誰にも届かなくていい、ただ書きたいんだ」

 戦争は少しずつ変わっていっている。お互いを害する方法はより多様になってきている。そして、だんだん戦場に出てくる人間が増えてきている。このままいけば戦場に出るロボットはいなくなるだろう。

「あの子は、サムは元気かな…」

 もう連絡もとっていない、でもいつか本を出したら手に取って読んでくれるかもしれないな。まぁ内容が内容だから破り捨てられるかもしれないけど。名前は何にしようかな、あんまり長いと誰も手に取ってくれないかもしれないな。短くて興味をそそられそうな題名、そうだな…

「機械戦記とか」

 僕自身がやれることはあまりにも小さいし、何も変わらないだろう。でも、いつかこの先の世界で、僕の本の内容をあまりに奇怪な内容だと笑ってくれる世界がやってきてくれますように。


  ただその祈りだけを込めて サム・ハイン

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