4.魔法
「おや、お疲れさん」
「お疲れ様です」
寮につくと、夕食の準備をしているおばちゃんに声をかけられた。小さく手を振ると、いつもと変わらずにっこりと笑いかけてくれる。なんだか、見られたら行けない気がして、咄嗟に封筒をカバンの中にねじ込んだ。
「なんだか疲れた顔してるけど、大丈夫かい?」
「えぇ、久しぶりに重めの任務があって」
「あら、それは大変だ。無理だったらやめてもいいんだ。女の子なんだから」
軽く礼を言ってから自室へ向かう。去り際に分けてくれた試作品のクッキーの袋はかわいらしい柄で彩られていた。一口かじると、甘くておいしい。緊張していたせいか胃がキリキリと痛んだ。
階段を上がって。三階の端から二番目の部屋の扉を開けた。扉を開ける。意味もなく、ただいまとつぶやいてみる。当然、返事なんてなく、ずいぶん掃除をしていないせいで、ほこりが溜まった鏡の頭が目に入った。
バッグを下ろして、ベッドに寝転がる。この部屋も随分と冷え込んでいるが、あのほこりを目にすると、換気がしたくて仕方がない。ベッドのすぐ横にある小さな窓を開けた。冬の冷たい風が部屋の中を駆け回る。そのままもう一度寝転ぶと、くしゃっと音がした。バッグの上に寝転がってしまったから、しわになってしまっただろうか。急いで封筒を取り出す。封の上には王家の紋章が象られた印が押されていた。重要な書類をあんな感じで渡すなんて、少し呆れて封を切る。すると、封筒がひとりでに動き出し、中に入っていた紙が飛び出してくる。
「うわっ!」
紙は弧を描き、やがて私の前で停止する。真っ白の何も書かれていない紙。手に取ろうとすると、私の手をよけて、再び私の目の前で浮遊したまま停止した。
「なにこれ、とにかく、報告……」
だめだ。誰にも言ってはいけないし、見られてもいけない。そう団長が言っていた。私は大急ぎで窓もカーテンも閉める。扉の鍵を閉めて再び紙の目の前に行くと、紙は自然と私の手の中におさまる。そしてじんわりとインクが滲むように文字が浮かんできた。
『大命。リベラ・ハワードは青の大魔法使いを監視し、必要であれば処分をすること。また、他国からの攻撃から守ること』
大命。重大な命令だ。下の方には王家の印が押してある。震える手のまま髪を握りしめる。すると、インクが消え、新しい文字が浮かび上がってくる。
『すべては王城の魔法研究室、室長の部屋にて命ず』
読み終えると、紙は私の目の前に再び浮かび上がる。そして、橋の方から黒くこんがり焼けてしまった。床には黒いすすの山が出来上がる。私は、震える手を抑え扉の鍵を開ける。そしてそのまま、走り出した。すれ違う人に挨拶もせず、ただ一心に目指す。まるで風になったみたいだった。そんな気分だった。
せっかく寮まで帰ったのに、結局たどり着いた場所は魔法研究屋だった。鉄製の扉をノックする。手紙には室長と書いてあったが、この研究室に勤めているのは一人しかいない。
「おやおや、これはまた珍しいお客様だ」
三回ノックすると、扉が自動で開く。中には白を基調とした内装のこじんまりとした部屋があった。部屋の中には鼻がツンとするミントに似た何かのにおいが充満していた。
「いらっしゃい。陛下から聞きました。あなたが新しい執行官ですね。俺がうまく説明できるかなぁ」
家主の白い髪は編み下げられていて対照的に黒い瞳は霧がかかったように曇っていた。手に持っている本を近くにある棚に置くと、手招きして私を迎え入れてくれた。
「室長さん、私、なんで青の大魔法使いの護衛なんて。それに、まだ騎士団で正規の騎士としてやりたいこともあって……」
「まぁまぁ、落ち着いてください。ひとまずお茶でも飲みながら……おや、茶葉がありませんねぇ? 失礼。あなたは魔法使いが作ったお茶に抵抗はありますか?」
「いいえ、ないです」
「それはよかった。やはり、人間の風習にのっとっていったほうが、打ち解けるのも早いのではないかと思いましてね。歓迎のお茶は必須でしょう?」
家主は近くに置いてあった杖を振る。すると、どこからか茶葉が現れ、浮遊するティーポットの中におさまった。家主がティーセットを用意している間にどこからか現れたお湯を注ぎ、ひとりでにポットは揺れていた。
これが、私が初めて目にする魔法だった。




