3.魔法と封筒
「それは無理な話だ。あのお方はお取込み中だ。後日通達が再度いくはずだから、それまであの森で待っていろ」
団長はそう言い放つと、男の肩を強く押す。男はふらついて、その拍子に私から手を離した。
「ふんっ。こんなのでふらついてしまうのか。数百年も生きているのに、軟弱な体だな」
団長は吐き捨てるようにそう言い放つ。静かな廊下の空気は張りつめていた。私はどうすればいいか分からず、団長の様子をうかがう。視線は交わることなく、団長とともに扉の前に立っていた騎士も緊張している様子だった。
「たかだか人間風情が偉そうに。くだらない」
「くだらないのはそちらの方だ。いらだっているのに、なにもできないのは“あの契約”のせいだろう」
太陽は完全に雲に隠れて、廊下は薄暗いままだった。
「おい、貴様……」
男が静かに、怒りを見せる。団長もどこか緊張した面持ちだった。男が一歩前に出る。二人はもう少しで額が触れいそうなほど近距離にいた。次の瞬間男が団長の胸元をぐっとつかんだ。
「団長!」
思わず声が出てしまう。逃げて、死んでしまうとも思った。でも、私の予想に反して、一歩足を引いていたのは男の方だった。
団長の胸元を右手でぐっとつかんだ瞬間に、何かに弾かれたように、右手を庇うように後ろへ引いた。私は何が起こったのか分からず、何もできなかった。ただ、目の前でしびれる腕をさすりながら団長を睨みつける男が、あの家の中で見た男よりも数倍小さく見えた。
「情けないな」
「僕が契約に縛られて何もできないと思っているのか。僕は魔法使いだぞ」
いつの間にか、右手には杖が握られている。そうだ。行きの馬車の中で読んだ。魔法を使うのには杖が必要らしい。
「魔法使いは誇り高い。童謡で聞いたことはなかったのか」
「なっ……」
無理だ。男は団長に杖を向けた。この場を収めたいけど、魔法使いと対峙したことが無くて対処法が分からなかった。団長も同じだろう。魔法使いはめったに人里に降りてこないから。私はそっと隠し持っていた短剣に手をかける。自分の上官が目の前で倒れるのを何もせずに見ていられるほど臆病でもなかった。男にすぐに攻撃するほどの勇気もなかった。格上なのは確実だ。なんで、私なんかがこの人の護衛を任されたのか聞き出さなきゃいけない。そのためには、団長には生き延びてもらうしかない。
意を決して一歩踏み出す。対人戦は初めてだった。でも、それにしてはうまくやったはずだ。
「動かないでください。動いたら、殺します」
男の背後にいてよかった。男の首に短剣の先端を向ける。もう、この恐怖が短剣に伝わって少しでも震えたら男の白い肌に、穴をあけてしまうだろう。
「生意気だな。小娘が」
「私は人を殺せます。無論、あなたも。その杖がこちらに向くより先にね」
「どちらが早いか試してみるか」
「私です。諦めて、その杖を下ろしてください」
男は小さい舌打ちをして、杖を下ろす。団長の喉がこくり、と動いた。
「僕は護衛もいらない。剣を向けてきたものに守られる気はないと、上にそう伝えてくれ」
そう言い残すと、男はその場から立ち去った。
「団長、大丈夫ですか」
「あぁ、情けない姿を見せたな。それに、お前のような新人に助けてもらったなんて、面目ない」
団長はすぐに、一緒に敬語をしていた隊員に本部に報告に行くように伝えた。
「団長、私はこれからどうすれば……」
「……悪いが、引き続きアイツの警護をしてくれ」
「なんで私が。私は何の経験もないですし、まだ騎士団に所属してから一年しかたっていません」
「詳しいことは話せないが、上からの命令だ。俺も大まかにしか理由を知らない」
「それは、私が女だからですか」
そう聞くと、団長は黙り込んでしまった。その様子を見て胸がズキズキと痛む。騎士団の中でも一割にも満たない女性騎士の存在。合格した時はとても嬉しかったけれど、配属されてからは苦悩の連続だった。
「分からない。でも、お前には度胸がある。さっき見て分かったよ。俺も魔法使いは初めて見たんだ。その中であの決断ができた。お前には実力がある。それを示すのに絶好の機会だ」
不意に団長はあたりを見渡す。行き止まりである上に、来る人が限られているこの部屋に用事がある人はいなかったらしい。しんと静まり返っており、まるでさっきの出来事もなかったみたいだった。
「今日は休んで、明日、またあの森へ向かえ。あと、これを。部屋で一人の時に人目を避けて読むように」
団長に手渡されたのは一つの封筒だった。封がされていて、開けるのに時間がかかりそうな作りだった。私はしぶしぶそれを受け取って自室へ帰った。




