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2.冬の森

「私は、国王陛下からのご命令で手紙をこの森に住む魔法使いに渡すためにここに来ました。少ないですがこの食料を対価に、魔王使いの家まで案内してください。そんなに軽装でこの森に入るなんてかなり詳しいのでは」

「名を明かせ。僕は身分を明かさないものを信じない」

「私の名はリベラ・ハワード。王立騎士団の騎士です。ここに紋章もある」


 私はローブを捲って紋章のワッペンを見せる。ローブを捲ったせいで冷たい空気が隙間から入ってきて首元まで抜けた。ここの寒さは並大抵のものではない。


「王国騎士だな。その食料をよこせ」


 少し離れた位置から男はそう言ってナイフを向けてきた。仕方ない。ここで怪我をしたら、私の目的は果たすことなく変えることになる。初の単独任務でそんなことになれば、今後もらえる仕事はますます減るだろう。バッグからさっきもらった袋を取り出して投げつける。足元に転がった干し肉を目にした男はどこかへ歩いて行ってしまった。

男とある程度の距離を保ちながら進んでいく。相変わらず周りの景色は変わらないままだったが、何度か見ていた自分の足跡はいつの間にかなくなっていた。


「着いたぞ」


 男が指をさす先には小さな一軒家がぽつんとあった。家の周りには大きな木が一本だけ生えていて、森の中に突然空き地が現れたようだった。男はずかずかと家の方向へ進む。


「待って。大魔法使いだからしっかり対策していかないと。剣をしっかり鞘にはめて、一応小型の爆発する小包も……あなたもいりますか?」

「僕はいらない。その苦労も無駄になるぞ」

「なんでですか? 念には念を入れないと」

「なぜって、僕が青の大魔法使いだからだ」


 男が扉に手を当てるとカチャッと鍵が開く音がする。自然に空いたドアはまるで家主を部屋の中に誘っているようだった。


「一人でやってきたその度胸を褒めて殺さないでやるから、その小包はそこにおいて来い。家が吹き飛ぶのはごめんだからな」


 男がローブを外す。深い青色の髪の毛は緩くハーフアップされていた。ワインレッドの瞳が私を捉えると、ゆっくりと細められる。恐ろしいはずの魔法使いは案外普通の見た目をしていた。思わず凝視してしまうと、男は怪訝な様子で私を見つめ返す。


「そこにいても手紙は受け取らん。早く来い」


 その声に促されて小包を地面に置く。一応隠しナイフを持っているから武器の心配はいらない。意を決して一歩踏み出す。そのまま魔法使いの家に入った。


「お邪魔します」


 私は玄関先に立ったまま中を見渡した。男は木製の椅子に座る。中は薄暗くて暗い色の家具で統一されていた。普通の家と変わりない。ただ、ところどころに本が散らばっているのと、毒々しい色のナニカがそこら中に散乱しているのは一般家庭と違うところだろう。暖炉の火がパチパチと弾ける音が聞こえる。


「ふぅ。生肉がないのは気に食わないが日持ちしそうなものばかり。悪くないな。しばらくのんびりできそうだ。ほら、とっとと手紙をよこせ」

「こちらです」


 王家の紋章が刻印されている手紙を手渡すと男は小さく舌打ちをした。そのまま手紙ごと破ってしまいそうな勢いで封を切ると、どんどん表情は険しくなる。


「おい、どういうことだ。この手紙には馬鹿げたことが書いてある。説明しろ、リベラ・ハワード」

「説明と言われても。私はその手紙を届けるように言われただけで……」

「ここには本日付でリベラ・ハワードを俺の護衛騎士に任命するから、と書いてある」


 男は手紙を私に手渡す。私が使っているものよりも何倍も触り心地の良い上質な


『本日より王立騎士団の騎士リベラ・ハワードを管理ナンバー02青の魔法使いセロン護衛騎士に任命する。尚この契約は従属の契約により破棄することはできない』


「なんですかこれは。そもそも従属の契約って私はそんな契約を結んだ覚えは……」

「それは僕の契約だ」


 男は苦虫を噛み潰したような顔で机にこぶしを叩きつけた。


「あの時に契約なんてしていなければ……」


 最恐と言われている魔法使いが従属の契約? 浮かんだ疑問はすぐに頭の端に追いやった。男は立ち上がって何かを探し始めたのだ。

 私はローブの中に隠し持っていたナイフに手をかける。とにかく私も把握していない状況である以上どうしようもない。男の家を見渡す。特に武器にできそうなものはない。うなだれている男から視線を逸らさずに手探りでそっとドアノブを探す。手に当たるのは木目らしきへこみだけでなかなか取っ手に手が届かない。


「無駄だ。扉の開閉は僕にしかできないようになっている。お前のところの騎士とやらが勝手に侵入してこようとするからな」


 男は立ち上がって、さっき脱いだローブを身にまとった。どこかに出かけるのだろうか。

 どこか他人事にそんなことを考えていれば、いきなり手首を強くつかまれる。あっけにとられていると、男が口を開いた。


「目を瞑れ、三つ数えるうちに」


 恐る恐る言われた通りにする。私よりも何倍も低い男は急ぎ足にカウントを終えると、一瞬の立ち眩みの後、ふわりと華やかな香りが鼻を抜けた。


「ここは……」

「城だ。ついてこい。本人に聞くのが手っ取り早いだろう」

「本人って」

「国王だ」

「陛下に会うためには事前に申請が必要なんです。申請しても却下されることがほとんどですよ」


 振り払おうにもほどけないほど、男の掴む力は強かった。そのまま絨毯が敷かれている長い廊下を歩く。日差しが窓から差し込んでいたはずなのに、太陽はいつの間にか雲に隠れていた。


「そこの男、止まれ」


 歩いているとやがて行き止まりにたどり着く。大きな扉の前に立っているのは屈強な男二人。見覚えのある顔に呼び止められる。団長だ。ということは間違いない。ここは陛下のいる部屋だろう。

 私は咄嗟に敬礼をしようとしたけれど、男に阻まれてしまった。特に抵抗もしていないのに、強くつかまれている手首にはもう血は通っていないに違いない。


「ここは立ち入り禁止だ。早く立ち去れ」

「ここに王がいるんだろう。早く開けろ」

「後ろにいるのは……ハワードか。ということはお前が」

「いかにも。僕が青の大魔法使いだ。早く扉を開けてくれ」


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