1.始まり
風が読んでいる本のページを捲る。私は慌てて読んでいた個所を探した。駄目だ。あまり内容が頭に入っていなかったせいか、その箇所が見つからない。諦めて表紙を閉じた。
「お嬢さん、ずいぶん珍しい本を読んでいるんだね。魔法使いの本なんて、年寄りくらいしか読まないものよ」
馬車のカーテンの隙間からは鬱蒼とした木々が見える。この馬車には私と話しかけてきたおじいさんの二人きりしかいなかった。隙間風が吹き込む馬車の中でおじさんも私も本を読んでいた。
「仕事の関係で魔法使いのことを学ばないといけなくて。おじいさんは魔法使いについて詳しいんですか?」
「あぁ、わしがまだ小さかったころおばあさまが教えてくれた。魔法いとは、魔法を扱い、長生きで、美しく、恐ろしい。わしの村は魔法使いが作った村だったんだ」
おじいさんは読んでいた本をぱたりと閉じてその拍子を撫でる。その本には『魔法使いの物語』と金色の文字で描かれている。
「魔法使いは人を嫌い、群れない。ここのような深い森や高い山の上、洞窟のなか、地中に住んでいる人もいるんだ。でもね、軍人のお嬢ちゃん」
馬車が止まる。どうやら目的地に着いたみたいだ。
「魔法使いはまだ謎が多い。果ての大地にすべてが眠っていると、よく言うが、どうなのかねぇ」
おじいさんは荷物をまとめて馬車からおりていった。私も慌ててマントを羽織って外に出る。ブーツが雪を踏む音が聞こえる。やっと着いたのだ。王都からここ、冬の森までとても遠かった。
「騎士さん、ここからどこに行くんだい」
「ここ周辺の調査を任されております」
「大変だね。これでも持っていきなさい」
そう言って手渡されたのは首からかけられる小さな笛だった。
「それは野生生物と魔法使いに効く笛だ。一回吹いてみな」
深い焦げ茶色の木製の笛を吹く。空気がぬけるような音しかしないが、これが効くらしい。魔法使い除けと言われると吹きたくなくなる。私は魔法使いを探しに来たのだ。だが、それを知られても困るため仕方なく吹いた。
「いい感じだな。嬢ちゃん、騎士さんとはいえまだ若いだろう。この食べ物も持っていきな。ここはずっと冬だから食料を探すのも大変だ」
「こんなに、悪いです。あなたが食べるものが」
「いいんだ。俺の村は昔騎士さんに魔法使いの攻撃から救ってもらった経験があるから。じゃあな。気を付けて」
おじさんは半ば強引に私に食料を押し付ける。革袋にはパンパンに果物や日持ちがするパンが詰まっている。ありがたくカバンの中に詰め込むと、ある生き物が肩に上ってくる。
「カバンの中苦しかった?」
六つ足の超小型のドラゴンは私の頬に頭をこすりつけながら小さく鳴いた。名前はないが三号という番号が振られている。冬の寒さに強いドラゴンの幼体を連れてきたのは正解だった。一応ドラゴン騎士として籍を置いているから一匹くらい連れて行こうと思ったのだ。おかげで道中も怖いことがなかったし、間違いではなかったはず。
そのまま、あても無く歩き始める。私は手紙を届けに来ただけなのだ。とっとと手渡して通常任務に戻りたい。こんな寒いところに好き好んで住みたがるのは青の魔法使いくらいだろう。その魔法使いの住処もわからない状況で手紙を渡してこいだなんて馬鹿げている。しかも、配達員とかでもない、一人の騎士、たった一人に任せるだなんて。分かりやすい嫌がらせだ。
ふと、肩に乗っている三号が唸りだす。地図に向けていた視線を前に向けるとオオカミがいた。目は赤く光っている。仕方なく笛を咥える。息を吹き込むと、オオカミはひるんでどこかに逃げて行ってしまった。
「三号はこの音大丈夫?」
小さく鳴いたのを確認してまた進みだす。ブーツが新雪を踏みつける音が森の中に響いた。それ以外には全く音が聞こえない。すごく静かだった。
それにしても地図の通りに進んでいるはずなのに全く魔法使いの家が見当たらない。捲ら足の魔法でもかかっているんだろうか。そんな魔法があるってさっきの本に書いてあったはず。団長に任務機関が一週間と言われた意味が分かった。団長もわかっていたなら私だけじゃなくてもう一人くらい人をよこしても良かっただろうに。男一人だって冬の森で一週間生き残るのは至難の業なのだ。
「あれ、ここさっきも」
「そうだ。さっきも通っていた」
声がして後ろを振り返る。後ろには長いローブを身に纏った男が立っていた。雪がパラパラと降り始める。冷たい風が私のフードを剥した。
「お前がその笛を吹くせいで俺は頭が痛い。狩ろうといていた動物も逃げてしまっただろう。どうしてくれるんだ」
「これはここまで乗せてくれた馬車の男にもらった」
「……あの村の男か。二百年前の恩も忘れて国に寝返った愚か者め」
男が指を鳴らすと、笛が砕けてただの木片になる。
「この森に近づくなんて物好きだな。お前の体は取り損ねた獣くらいの日数は腹を満たせそうか?」




