10.大きな魔法
「え、嫌ですよ」
「なぜだ。久しぶりに家族に会いたいだろう?」
「そもそもあの村にたどり着くまでにあの森を抜けなきゃならないでしょう? あそこは抜けるのに最低一日かかるし、なにより危険すぎます」
「あの森って、村の周りにあるあの林のことか。大げさだな」
「貴方の魔法で一瞬でたどり着けるならそれでもいいですけど。魔物や野生動物がうじゃうじゃいるところには行きたくありません。それに、あそこは国境に近いでしょう? 今の情勢的にも危険です」
そう。私たちの故郷であるヘイズン村はウァルガト帝国のすぐそばにある。湖を挟んで向こう側の林は帝国のものだ。年に数回、帝国からの刺客が森の中で倒れているのを発見する。動物だけではない。人間の敵も多い。
「それに、私の使命であるあなたの護衛は、他国にあなたの身柄を奪われないように守る必要もあるのです。自ら危険な場所へ行くなんて、とんでもない」
私は飲み終えたカップを机に置いた。任務に就いてから数日で青の大魔法使いであるセロン様に何かあっては、面子が丸つぶれだ。称号付きの魔法使いは世界の中でも数えられるくらいしかいない。その中でも色がついている魔法使いは長寿で力が強いと言われている。私のせいで、万が一帝国にセロン様が連れていかれてしまったら、私の命はないだろう。
「魔法で行きたいところだが、生憎行き方を忘れてしまってな。だが心配ない。僕がいればかすり傷一つ負うことなく、故郷へたどり着けるぞ」
「貴方は青の魔法使いなんですよ」
「大、魔法使いだ」
細かなご指摘をいただいたがそのまま話し続ける。ここで押し負けるわけにはいかない。
「ご自身の存在価値をもう一度確認してください」
「分かっているさ。だが、僕は人間のための道具じゃない。それにさっき契約しただろう」
「だって、春の遺書に何の関係もないじゃないですか」
セロン様は大きくため息をついた。カップから漂っていた湯気はいつの間にか消えていた。沈黙のなか、時計の秒針が刻む音だけが耳の中に残る。
「おいてきた本の中に失われたものを再生する魔法が書かれたものがある。大がかりな術だし、詳しい手順をもう一度確認したい」
そう言って黙り込んだ。
「そう言ってくれればいいのに」
「こうも頻繁に話すのは150年ぶりだ。文句を言うんじゃない。申請には何日かかる」
「ひと月あれば大丈夫でしょう」
「じゃあちょうど一か月後、出発だ。それまではここに来なくていい」
「そうもいきません。上から怒られてしまいます。私の任務は身辺警護ですから」
「寝泊りはどうするんだ」
「近くに村がありますよね? そこから通おうかと」
「毎日?」
「はい。毎日」
セロン様はありえない、という表情で私のことを見てくる。だけど仕方がない。帝都から通うにしては、遠すぎる距離だ。
「ダメだ。村の人間があんたについてきて、僕の居場所がバレたらどうする」
「さぁ、でも私のことを拒むことはできませんよ? 契約しましたもんね」
そう言ってやった。やった、言い返した。世間知らず……当たり前だが、世間知らずの魔法使いに一泡吹かせてやった。
「はぁ、たしかにそうか。生活に必要なものは持ってきたのか」
「必需品だけ持ってきました」
「分かった。付いてこい。いや、雪に濡れたまあ上がられても迷惑だから、そこの窓から見ておけ」
そう言って、セロン様は杖を持って外に出た。私は暖かい部屋の中から彼の姿を目で追う。
真っ白な雪原に、深い青色の髪が良く映える。長い髪の隙間からちらちらと見える真っ赤な瞳は彼の目の前にあるだだっ広い何もない土地に釘付けだ。
薄手の黒いシャツと黒いパンツに白い雪が落ちては解けて消えていった。
そこでセロン様は杖を振り上げる。口がパクパクと何度か開くのが見える。次の瞬間、まばゆい光があたり一面を飲み込む。あまりの強さに私も目を瞑った、
数秒してから目を開ける。
そこにはドヤ顔で立つセロン様とこの家より一回り小さな家があった。
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