9.村の秘密
「なにか口をゆすぐものないですか」
舌に触れる時間を少しでも短くしようと思って一気に飲み干した。魔法薬と聞いただけで身の毛がよだつ。
「今この森で獲れる冬ごもりベリーで作った茶を入れるが飲むか。ついでだ」
「とりあえず口をゆすぎたいです」
「ダメだ。魔法薬のレシピ通りに飲まないとどうなっても知らないぞ」
頑なに水はいけないと言われたのであきらめる。それにしても、魔法は不思議だ。あんまり自分が魔法を使って契約した実感はわかなかった。体の中に出会ったばかりの男の血が混ざっていると考えるとぞっとしてしまうが、体調に変化などはない。
「容量通りに飲まないといけない。口の中に薬がまだ残っていて、それが水と一緒に吐き出されたら困るだろ」
セロン様は茶葉をポットにそのまま入れると、お湯を注ぐ。
「魔法は使わないんですか?」
「たまにやらないと忘れるからな。忘れたら魔法も粗雑なものになる」
そう教えてくれたセロン様の表情は心底面倒くさそうだった。
「できるならやりたくない。でもいつ忘れるかなんてわからないからな。定期的に自分でやらないといけないんだ」
ポットを軽く揺らして、カップに注ぐ。とくとくと音を鳴らしながら注がれる薄紫色の液体は甘いベリーのにおいがした。
「冬ごもりベリーは寒さから身を守るために糖度が高いんだ。決して俺が甘党っていうわけではない」
私にカップをひとつ押し付けると、そのままキッチンの方へ消えていった。本人がいなくなったところで、もう一度部屋の中を見渡す。近くに座れそうな椅子を見つけて座った。足の長さが違うのか、ガタガタするが、我慢できる程度だった。
「あぁ、うまいな。最近人間が勝手に入って摘んでいくから久しぶりに飲んだ。まったく、肝が据わってるやつもいるものだ」
セロン様偉そうな態度で、ドカッと大きな椅子に座った。手慣れて様子で、杖を振ると、机の上がどんどん片付いていった。開きっぱなしになっている本も、乾燥している何かの植物も、袋の中にひとりでに戻っていく。
「ヘイズン村は今どうなっているか知っているか」
「いえ、私も村を出て5年経ちますから。家族にも会っていないですし、今はどうなのか全く」
「そうだろうな。僕も300年は帰っていない。まぁ、帰れない、っていうのが正確な話だ」
僕は魔法使いだからな。なんてことない表情でそういうと、ベリーティーに口をつける。私も一口飲み込んだ。甘さの中にほんの少しの酸味がある。零したらしみになりそうな色間が、子どもでも飲めるくらい甘くておいしかった。
「そもそも村に魔法使いがいただなんて記録は一切ないんですけど、本当の話ですか?」
「あぁ、本当だ。生まれてから50年くらいはそこにいた。僕が生まれたころのヘイズン村の村長は魔法使いだったんだ」
魔法使いが人間の村の村長をしているなんて信じられなかった。何も言えずに、ごまかすようにもう一度ベリーティーに口をつける。
「そんな話、聞いたことありません」
「一部の限られた人しか知らないだろう。僕も、疑われそうな時期を見計らって他に移ったからな。昔のあの村は幼い魔法使いを育てる場所でもあった」
懐かしむように目を閉じるセロン様はどこか寂しそうな雰囲気を漂わせていた。
「まぁ、今の僕は魔法使いとして名が知られてしまったし、あの村は入るのに面倒な手順がいるだろう? 唯一結界で守られている村だからな」
そうだ。私の故郷は太古の魔法使いが張り巡らせた巨大な結界の中で繁栄した。外部と簡単に交流は持てない。あの小さな村が幼いころの全ての世界だった。
「侵入するのは僕でも無理だ。でもあの村に用がある」
「というと?」
「秘密の場所にある魔法書を取りに帰りたいんだ。あんたはあの村の出身者だから入る手順が簡略化されているだろう? 僕を連れていけ」
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