16話 融合魔法 前編
宴の翌日早朝、親父とヴァンスは早々に城へ戻って行った。転移術式の使者は明日にでもヴァンスの部下と共に王城へ向かうらしい。
昨晩は旨い料理と酒を十分に堪能させてもらった。やはりエルフが作った酒は素晴らしい出来であるが、ドワーフ達が作った酒も初めて飲んだ種類のばかりであったが素晴らしかった。この地に暫く滞在するのだから夜はゆっくり酒を楽しもうと考えるのであった。
「アギエル殿下。おはようございます。早速、訓練を始めたいと思いますが準備はよろしいですか?」
「ああ。問題ない。宜しく頼む」
「では、訓練場に向かいましょう」
エルフ族の長ガンドアールの案内で訓練場に向かう。驚くことに訓練場は意外な場所であった。
王城らしき樹木とは別の樹木の中に訓練場の空間が作られていた。
訓練場にはフローラが待っていた。
「アギエル殿下。おはようございます」
「ああ。おはよう」
「そういえば2人に言っておくが、俺は教えを請う身。俺に対する敬称は不要だ。アギエルと普通に呼んでくれ」
「では、アギエル様とお呼びします」
「私はアギエル殿とお呼び致しましょう」
「困ったねぇ。敬称は要らないのだが、まあ仕方がないか」
「そうですね。最低限の敬称は必要です」
「分かった。では訓練をお願いする」
「承知致しました。訓練を始めましょう」
「訓練は10段階程に分けて順番にこなして頂きます。最初は瞑想をして頂きますが、まずはフローラが見本をお見せします。雑念を捨て無の状態を維持します。終了の合図は私がフローラの意識に念を送り知らせします。では、始めます」
「フローラ。瞑想を始めて」
「分かりました」
フローラは床に仰向けになり目を閉じた。フローラをじっと見ていると彼女から感じられた気配がどんどん薄れていった。彼女は直ぐ目の前にいるのに気配を全く感じない。生を持つ生き物であれば少なからず生命エネルギーの波動を感じ取ることが出来るが、それを感じることも出来ない。まさに死体と似たような状態である。今の彼女は無の状態となり気配を捉える事が出来ない。
暫くの間、様子を伺っていると突然、彼女の気配が戻った。ガンドアールが何かをしたようだが、俺には全く分からなかった。
「アギエル殿。見ていてフローラを感じることは出来ましたか?」
「気配の事を言っているのか?」
「はい。そうです。魔法によって気配を隠す方法もありますが、今回はそうではありません。一度、体の中に流れる気を感じ取ります。意識を体の中に流れる気に集中し、その後、自身の体を形成する肉体と血流の動きを感じて下さい。無理に無の状態になろうとせずとも、意識する事に順番を付けて行けば結果として意識は薄れ体の全身の動きそのものも無と化します。何か問題があればフローラが補助します」
「アギエル様。始めましょう」
「ああ。とりあえずやってみよう」
床に腰を下ろしてから仰向けの姿勢になり目を閉じる。それから体の中に流れる気を感じ取る事に意識を集中する。これは武技を使う時の感覚にかなり近い。自身の肉体と血流の流れを感じ取り細胞にまで意識を深めていく。意識は体全身の細胞全ての動きまで広がっていく。いつしか意識は体から発せられる熱も感じられるようになっていく。当たり前のように感じていたつもりでも意識を深く集中させる事により、今まで感じる事が出来なかった自身を取り巻くこの空間との一体感を知る事が出来た。
意識を更に深めていく。不思議な事にガンドアールとフローラを感じ取ることが出来た。その時、フローラの声が俺の意識の中で囁き始めた。
「アギエル様。アギエル様」「しっかり」「アギエル様」
「目覚めて。意識を正常に戻す為に、夢から覚めるように目を開き現実世界を認識して!」
突然の事に少し驚いてしまった。何故、目覚める必要があるのか?
俺の意識は、はっきりしているのではないか?
「アギエル様。今はそれ以上深く行かないで!」
何故だかフローラの意識が俺自身と混ざり合うような錯覚を感じる。
「アギエル様。痛みを伴いますが我慢して下さい。貴方を必ず引き戻します」
俺にはフローラの言っている意味が理解出来なかった。直後、体全身が痺れる痛みを感じる。
体の痛みから自然と目を空けて何が起こっているのかを知る事が出来た。フローラが俺の体に両手を当てて雷の魔法を使い電流を流していた。
「フローラ。もう大丈夫だ。それを止めてくれ。俺が黒焦げになってしまう」
フローラは俺の体から手を離した。
「良かった」
フローラは安堵した表情で俺を見ている。
「何か問題があったのか?」
「私から説明を致しましょう」
ガンドアールが困惑した表情で説明をしてくれた。
「やはりアギエル殿は、この魔法を習得する為の素質と素養がおありのようだ。最初の訓練で難易度の高い訓練内容に早々と到達してしまいました。恐れながら申しますと、私はこの段階に到達するまでに少なくとも1週間程の期間が必要と思っておりました。これ程早いとは全く予想をしていなかったので私とフローラが油断をしてしまいました」
「10段階の内容として6段階目くらいには到達している状態です。しかし、ここから先は非常に命の危険を伴いますのでサポート役の存在が非常に重要になります」
「アギエル殿は今、意識を集中させ体を無にすることに成功していました。そこからさらにこの訓練場内の空間に意識を溶け込ませ、私やフローラとも意識の共有化が行われようとしていたのです。しかし、自己意識の回復方法の訓練を行っていない状態で意識を深め続けてしまうと、本人の自覚なしに現実世界から意識が切り取られてしまいます。幽体離脱のような状態と言えば理解して頂けるか分かりませんが、肉体から離れた精神が戻ることが出来なくなれば、死に繋がることとなります。精神が強化されていれば戻ることも可能ですが、アギエル殿にはまだ手段を伝えておりません」
「そうか。だからフローラが俺を引き戻したと?」
「そうです。あのまま放置すればとても危険な状態でした」
「なるほど。そういう事なのか。心配をかけてすまない。ありがとう」
「礼には及びませんよ。気になさらないで下さい」
「さて、これから先の訓練は油断をすると命を落とします。より一層の注意が必要となります。肉体と精神の結び付きの強化を図るために先程の流れを再び行って頂きます。と言っても意識を肉体の外へ広げるのではなく、外に向けた意識を体全体を包み込むように維持して下さい。最初は半日程の時間としましょう。フローラも同様に行います。私は、アギエル殿の状況を常時観察しております。問題があった場合には直ぐに対応致します」
「分かった。よろしく頼む」
「それでは始めて下さい」
俺は再び床に仰向けなり瞑想を始めた。先ほどと同じように意識を徐々に深めていき、体の細部まで意識が浸透すると再びこの空間と混ざり合うような感覚を感じる。意識を空間全体に広げることはせずに、今回は外側から体全体に意識を広げていくと、膜のようなものが自然と体全体を覆っていくことが出来た。体を包んでいる物質を維持するために意識を集中する。どのくらいの時間が経過したのだろう。今は時間という感覚が全く感じられない。不思議な事に今の状態では時間という概念が全く気にならない。ただ自然の揺らぎに身を任せて漂っている感じではあるが苦痛はなく、むしろ安らぎを感じていつまでも落ち着いていられる。とても不思議な状態である。
「アギエル様。意識をゆっくり戻して下さい」
フローラの声が聞こえた。約束の時間がきたのだろう。俺は先程とは違い自身で目を覚ますことに成功した。
「アギエル殿。お見事です」
俺が目を開くとガンドアールが称賛の言葉をかけてくれた。フローラは俺を見て何度も頷いている。
訓練が順調に進んでいるようで上々である。
「今日の訓練はここまでに致しましょう。このままであれば1週間もかからずに融合魔法を習得することが出来るでしょう。本当に驚くべき成果です」
「そうか。それは良い事だ」
「この後の食事ですが、よろしければご一緒にいかがですか?」
「そうだな。一緒にいただくとするかな。それから、ドワーフが作った酒の用意もお願いしたい」
「もちろん。問題ありませんよ」
「それでは一度部屋へ戻りましょう。準備が出来ましたらお声を掛けさせて頂きます」
「わかった」
今日の修業を無事に終え、ほっと安堵し、この後の料理と酒に期待を膨らませた。




