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プロローグ:結ばれし想い、遠き庭にて



 とある国の宮廷庭園。

春の息吹が芽吹く頃、王妃ラディウスはガゼボの中で、静かに手紙に目を通しながら、優雅なティータイムを過ごしていた。

一通り読み終えると、そっとカップを傾け、目を細めて庭を見渡す。


その手紙には、弟・アレクサンドルと、かつてラディウスの従者であり友人でもあったリアンが結ばれたことが記されていた。事情があり式には参列できなかったが、手紙を通して二人の幸せを知ることができ、ラディウスは心から喜びを覚えていた。


まぶたを閉じ、彼はかつての親しい友人を思い浮かべる。

自分がこの国に嫁ぐと決まった時、「従者としてお供したい」と申し出てくれた友人。その申し出は、異国へ嫁ぐラディウスにとって心強く、嬉しいものだった。

だが結局、彼を連れて行くことはしなかった。そこには、深い理由があった――。


ラディウスの弟、グライヒアリト国第二皇子アレクサンドルが、リアンに恋心を抱いていたからだ。

 

ラディウスはグライヒアリト国の第一皇子として、幼い頃から「眉目秀麗・才色兼備」と称され、次期皇太子と周囲から期待されていた。だが十三歳のとき、「第二の姓の儀式」によってΩであることが判明すると、それまでの好意的な態度は一転する。

オメガであるという理由だけで、周囲の人間は彼に冷たい視線を向けるようになったのだ。


三つ年下の弟・アレクサンドルが、同じ儀式でアルファと判明すると、民の期待はすぐに彼へと移った。

アレクサンドルの周囲には人が集まり始め、側近の影響を受けた彼は、次第にオメガである兄を侮るような発言をするようになった。


――「オメガだから、皇太子になれない無能。」


その一言を、実の弟から聞かされた時の痛みは、今も胸に残っている。

差別的な言葉は許されぬものだと、兄として諭したかった。けれど、胸の奥に湧いた感情が邪魔をして、どうしても言葉にできなかった。


そのとき――

まだ従者になって間もなかった、同じくオメガである友人が、代わりに口を開いた。


「今の言葉、撤回なさいませ。」


初めて叱られた弟は、驚きのあまりポカンと口を開けたままだった。

しかし、アレクサンドルの側近は顔をしかめ、ラディウスに向かって怒鳴る。

「不敬だ! これだからオメガは……!」


その非礼に、友人は一歩も引かずに言い返した。


「このお方は、グライヒアリト国第一皇子にして、未来を担うお方です。いかに高位貴族であろうと、その尊い御方に対して、品位を欠く発言は慎むべきではありませんか?」


威圧的なアルファの空気にも怯まず、静かに凛とした声を放つその姿は、オメガとは思えぬほど堂々としていた。


「オメガだからといって、アルファの威圧に屈するとお思いでしたら、足元をすくわれますよ。

フェロモンは確かに毒のようなもの。けれど、アルファのそれがオメガにとって毒ならば、オメガのそれも、アルファには毒となるのですから。」


そう言い切った彼は、見事な所作で一礼し、そして背を向けた。

扉が「バタン」と閉まる音が、誰よりも鋭く響いた。


あの日を境に、弟・アレクサンドルのオメガへの態度は目に見えて変わった。


まず、兄であるラディウスに対して、これまでの無礼をきちんと詫びた。

そして、オメガを貶めるような発言を繰り返していた側近を解任し、代わりに、意見をきちんと進言できる家柄の子息を新たに迎え入れた。


友人に対しては、素っ気ない態度を貫いていたものの――

冷たい言葉をかけられれば落ち込み、褒められれば口角を上げてニヤつくという、実にわかりやすい反応を見せていた。

にもかかわらず、肝心の友人だけがその好意に気づいていない。そんな二人の関係を、ラディウスは従兄であり親しい友人でもあるフィオリアと共に、静かに見守っていた。


やがて、ラディウスの縁談が決まる。

その知らせを聞いた弟は、沈んだ顔でラディウスの部屋を訪れ、「彼を連れて行ってしまうのか」と。

返答に詰まった兄を見て、彼は項垂れたまま、何も言わず部屋を後にする。


その背中があまりにも寂しげで、ラディウスは思わず胸を痛めた。

だからこそ、友人にこう頼んだのだ。


「弟のことが心配だから、フィオリアと一緒にそばにいてやってほしい」


友人は最初こそ不服そうだったが、ラディウスの願いであればと、最終的には首を縦に振ってくれた。


嫁いだ後も、二人の近況はフィオリアとの定期的な手紙のやりとりで知らされていた。

慣れない他国での暮らしのなか、フィオリアから届く手紙は、ラディウスにとって大きな心の支えとなっていた。


そして――

つい先ほど読んだ手紙には、弟とリアンの婚儀の様子が、まるで絵巻物のように細やかに綴られていた。

諸事情により参列は叶わなかったが、それでも情景はありありと脳裏に浮かび、自然と頬が綻ぶ。その笑みに気づいたのは、最近ようやく打ち解けてきた従者のアレンティカだった。


「如何なさいましたか?」


アレンティカの声に気づいたラディウスは、膨らみ始めたお腹を愛おしげに撫でながら、ゆっくりと視線を向けた。想いが実った弟と友人の物語を、誰かに話したくてたまらなかった。


「これから私が語る友について、君に聞いてほしい。話し相手になってくれたら嬉しいな。」


そう告げると、アレンティカは一瞬ためらいながらも「失礼いたします。」と静かに礼を述べ、向かいの席へと腰を下ろした。

ラディウスは彼の動きを確かめ、目を細めると――

かつての従者であり、大切な友人だったオメガの青年、リアンの話を、ゆっくりと語りはじめた。



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