5話
「ありがとうございましたー」
そう言ってお辞儀をするなり、女子たちが奏斗さんに群がりました。
「ねぇねぇ、ここに来る前はどこにいたの?」
「遠いところだよ」
「好きなスポーツとかある?」
「どれも好きだけど、強いて言えばサッカーかな」
そんな質問が次々と浴びせられ、それをにっこり笑って答えていっています。
一見いい感じに会話が弾んでいるように見えますが、私から見るとめんどうくさそう、と言うか嫌そうに会話をしているように見えます。
……人気者は大変ですね。
そんな質問大会が繰り広げられているうちに、休み時間は終わりました。
その後も奏斗さんへの質問は止まることなく、授業がが終わるたびに女子たちが詰めよっていました。
全く、ずっと質問をしていてよく飽きないですね。
帰りのHRが終わり、帰りの支度をしていました。
私が荷物をバックに詰めている間にも、奏斗さんの席には女子たちが群がっています。
よく質問だけでこんなに続きますね….…。
その時、一つの質問が耳に入ってきました。
「あ、そうだ。奏斗くんの名字って篠原でしょ?もしかして篠原財閥の息子さんなの?」
篠原財閥――聞いたことがあります。詳しいことは”わたし„の記憶には少ししか残っていませんが、たしか江戸時代から続く名門の家で、世界的に有名な企業をしているはずです。
そんな家の息子さんが奏斗さんのなのかしら?
本当なのかと思い、奏斗さんの方を見てみると、
奏斗さんの瞳から光が抜け落ち、身にまとう雰囲気も暗くなっていました。
ですが、見間違いかと思うような速さでもとにもどり、また笑みを浮かべました。ですがその笑みも先ほどよりもこわばっているように見えます。
「……うん、そうだよ」
奏斗さんの回答に、女子たちは興奮したように言いました。
「えー!すごーい!」
「めっちゃ大金持ちじゃん!」
特に恵里香さんの食いつきがすごく、目を輝かせて奏斗さんに手を伸ばしました。
「ね、今度一緒に遊ぼ――」
奏斗さんは、その手が自身に触れそうになるのを見て、固まりました。その表情は、嫌悪、憎悪など。とにかくいやだ、と言うような感情が詰め合わさった表情でした。そして、少し見える恐怖の感情――。
パシリ
その音と共に、私はその手をつかみました。
「なにすんのよ」
恵里香さんは私を睨みつけて言いました。勿論、それが奏斗さんにばれないようにこっそりと。
睨まれた私はというと、驚いていました。
自分自身がした行動に驚いていたのです。
なんで、止めたのでしょう….。別に、止めなくてもよかったはずです。なのに、なんで。
自身に問いかけても答えは出てきません。
「なんとかいいなさいよ」
そこに、恵里香さんの低音が入ってきて、思考は中断されました。
「….…勝手に人の体に触ろうとするのは、ぶしつけではなくて?」
私の言葉に、イラっとしたように顔をゆがめました。そして、下を向いたかと思うと、ぱっと顔を上げました。その顔には、先ほどまでなかった涙が流れていました。
「奏斗くん!鈴華ちゃん、何もしてないのにあたしの腕強くつかんで事睨んできたのぉ!」
気色悪いくらい甲高い声で、奏斗さんに媚を売るように言いました。
はぁ、と私は大きなため息をついて言いました。
「そもそもの原因はあなたにあります。何もしていないとは….…随分と白々しいですね」
「え、そんな嘘言うなんて.…。ひどいよぉ!」
「こんな大勢の前で堂々と嘘がつけるなんて逆に感心します。役者でも目指したらどうですか?」
私たちの間でバチバチと激しい火花が散っています。
クラスの男子たちはその火花に気づいておらず、恵里香さんの言ったことを信じているようで、私に敵意の視線を向けてきます。女子たちは、恵里香さんのウソ泣きに気づいているのか、私に同情の視線を向けてきます。
「恵里香ちゃん泣いちゃってんじゃん!」
「人を泣かせて謝りもしないなんて、最低だよ!」
恵里香さんの取り巻きの方の言葉を皮切りに、次々と非難の言葉を浴びせられます。
「矢野さんに謝れよ!」
「どうせ矢野さんが奏斗くんとしゃべってるのが気に食わなかったんでしょう!」
うるさいですね……。魔法で黙らせようかしら?
近くにある机でも倒せば少しは静かになるでしょう。
そう思い指を机の方にこっそり向けると、その手が誰かにつかまれました。
「え?」
誰ですの?
きっと睨みつけるように私の腕をつかんでいる方を見ると、そこには奏斗さんがいました。
そのまま無言で奏斗さんは私の腕を引っ張り教室から飛び出しました。
「ちょっ」
抗議する間もなく、あっという間に近くの空き教室まで連れていかれました。
奏斗さんは私をつかんでない方の腕で扉を閉め、鍵を掛けました。
「放してください」
バッと奏斗さんの手を振り払い、距離を取ります。
….…なぜ奏斗さんは私をここに?女性が嫌いなのではなくて?いや、むしろ触るのに恐怖を感じているのでは?なぜ私の腕をつかんだのでしょうか?
頭の中が?で埋め尽くされます。
私が頭の中の疑問を奏斗さんにぶつけようとしたとき――
「たしか….…鈴華、だったか。さっきは助かった」
『ありがとな….…』
数学の授業で聞いた、普段より1オクターブほど低い声で言いました。
投稿遅れちゃってすみません。