第8話 乳母は見た(メアリ視点)
乳母である私の仕事は、クリスティーナお嬢様の身の回りのお世話をしてすこやかにお育ちになるよう気を配ること……だけではない。より重要な仕事は、お嬢様の命をお守りすることだ。
政争激しい昨今、お嬢様の命を狙うやからがあらわれてもふしぎではない。
しかも、お人よしの公爵様が領民に開かれた場所とアピールしたいがために、屋敷のしきち内には誰でも簡単に出入ができる。
警備はざる、どころか、ほぼない。
ある朝、私は気がついた。お嬢様がいつもだいているテディベアに異変が起きている。
何かが宿っている。
黒魔術か?
悪い妖精のいたずらか?
けれど、私の解析スキルをもってしても、その正体は見抜けなかった。
解析スキルが反応しないということは、すぐにお嬢様に危害を加えるたぐい、魔物のようなものではなさそうだ。
しばらく様子をみよう。
そう思ってしばらくたったが……この日。
「お嬢様? クリスティーナお嬢様?」
お嬢様の姿が館から消えた。まさか……
こういう時のため用意してある追跡用アイテムを使い、私はすぐにお嬢様の後を追った。
私がたどり着いたのは、祭りの行われている町から少し離れたうすぐらい林の中。
地面には大男たちが伸びていた。
ジャックが叩きのめしたのだ。
私のおいのジャックは、フットマンという名目でお屋敷で働いているが、本当の仕事は警護だ。ジャックは3歳から各種の武術を叩きこまれ、16歳の現在、レベル40を超える戦士だ。その辺のモンスターなら素手でしめ殺せる。
今日、ジャックは祭りに行きたいからと休みをとっていたが、どうやら偶然、クリスティーナ様があのやからにさらわれているところを発見したらしい。
ジャックはかがんでクリスティーナ様に言った。
「もう、おじょう様、なんでこんなとこにいるんすか」
「ごめんね。ジャック。どうしても、おまつりにいきたかったの」
「あねさん……メアリに見つかったら大変っすよ。早くバレないように帰らないと……」
バレないように、だと?
私はそこで彼らの前に姿をあらわした。
「私なら、ここにいますよ」
「げっ! あねさん……」
ジャックはとびあがった。
「メアリ! ごめんなさい!」
素直にあやまるお嬢様のかわいさは天使のようで、私にはきつくしかることができなかった。
「はぁ.......。すぎてしまったことは仕方がありません。お嬢様がご無事で何よりでした。さ、早く帰りましょう」
クリスティーナお嬢様はかなしそうな表情で頭を左右に振った。
「だめなの。テディがいないの。テディが……」
「テディをなくしちゃった? じゃあ、俺が探してくるよ」
ジャックがそう言ったが。
これはむしろいい機会だ。この機会に、あのあやしいテディベアを処分しよう。
「テディのことはジャックにまかせて我々は先にお家に帰りましょう」
そうお嬢様には言い、それから、私はジャックにテディベアを始末しろ、と耳打ちしようとした。
だが、その時、私はやぶの向こうから、猛スピードで走ってくる何かの気配を感じた。
ジャックがそくざに戦闘態勢を取り、私も武器、ムチを手ににぎった。
近づいてい来る気配は、人にしては小さい。
モンスターか!?
やぶの中から、それがとびだしてきた。
クリスティーナ様が叫んだ。
「テディ!」
「えー!? テディベアが、すんげぇ顔ですんげぇスピードで走ってくる!」
叫んでるジャックに、「おどろいている場合か! 走るテディベアは、モンスターだ!」と、どなりつけたい気持ちをおさえ、私は冷静に指示をだした。
「ジャック、やつを片づけろ! あれはただのテディベアではない!」
しかし、私たちが動くよりも早くクリスティーナ様がテディベアの方へとびだしていた。
「お嬢様!」
私がとめるより早く、クリスティーナ様のむねの中にテディベアがすいこまれていった。
「テディ! よかった」
「お嬢様。テディをこちらに」
私はテディベアをとりあげようとしたが、お嬢様は、私を拒絶するように、さっと逃げた。
「お嬢様、そのテディベアはおかしいです。走るぬいぐるみなんてありえませ……」
「テディはテディだもん。さ、おうちにかえりましょ」
クリスティーナ様は絶対にテディベアを離そうとしない。まるいかわいい目でこっちを見ているテディベアが、私には悪魔のように見えてしかたがないのだが.......。
はぁ.......。しかたがない。
テディベアの処分は、今度、すきを見て行おう。
私たちは手配しておいた馬車に乗っておやしきに戻った。
しかし、帰宅した我々の目にとびこんできたのは、予想もしない光景だった。おやしきが燃えていた。
私ですら不覚にもうろたえてしまった。ジャックとクリスティーナ様はショックをうけ、つぶやいた。
「な、なんだよ、これ!」
「おうちが、もえてる……」
私はメイドのエリーに介抱されているロビン様付きのナースメイド、ネリーを見つけ、つめよった。
「ネリー、何があった! ロビン様はどこに!?」
「とつぜん、はげしい炎が……わたしは爆風にふきとばされてしまって……」
ネリーが炎に焼かれたのどで苦しそうに話す中、動揺した様子でメイドのエリーが言った。
「ロビン様がいらっしゃいません。まだ中にいるのかも……」
ロビン様をお助けしなければ。
だが、おやしきは炎に包まれている。
今、あの中に突入しても、生きて帰ってくることはできないだろう。もう手おくれだ……
絶望的な状況に、若いメイドたちは涙ぐんでいた。
ロビン様を失ってしまった......この失態、私の命なんかではとてもつぐなえない.......
その時、クリスティーナ様がおやしきにむかって走り出した。
「なりません! クリスティーナ様!」




