第17話 テディベア、ふわふわになる
クリスティーナたんのおじいさまとおばあさまの家は、港からだいぶ歩いた高台にあったけど、おれたちはぶじにそこまでたどりついた。
おじいさまおばあさまの家は、火事になっちゃったクリスティーナたんのおやしきのように広大なお庭とか巨大なおやしきがあるわけではないけど、庶民の家よりはずっとりっぱな館だった。
海も見えるし、山も見えるし、町までも遠すぎないし、住むのによさそうな家だ。
館の中に入るとすぐにメガネをかけたかしこそうな人とお上品な婦人がでむかえてくれた。
「クリスティーナ」
「おじいさま! おばあさま!」
ふたりとも50代くらいかな。
おじいさんおばあさんと呼ぶにはちょっと若いけど、このふたりがクリスティーナたんのおじいさまとおばあさまらしい。
だけど、それより、おれには、クリスティーナたんのおじいさまとおばあさまの向こうに、ものすごく恐ろしい存在が見える。
なんか、ゴゴゴゴゴみたいな効果音が見える気がする。
ズズン、とおそろしい存在が前にすすみでてきた。
「おじょうさま」
「メアリ? どうしてメアリがここにいるの?」
メアリのうしろにはひっそりジャックもいる。
メアリは怒りすぎていてしゃべられなさそうで、かわりにジャックが答えた。
「おじょうさまのお手紙を見て、追いかけてきたんすよ。道中、どこにもいないから、おれら、もう首くくるしかねぇ、って思ってぜつぼうしてたんすよ」
おれたち、海の上にいたからね。
メアリたちは本来通るはずの陸路をやってきて、クリスティーナたんをみつけられなかったから、絶望していたらしい。
メアリはつかつかとこっちに向かって歩いてきて、そして、クリスティーナたんの横を通り過ぎ、ミャオリーの前に立った。
「ミャオリー。あなたは一体何をしていたのですか?」
「みゃー? ミーはごえいをしていたミャー?」
ミャオリーはなにか悪いことした? みたいな顔でいる。
たしかに、いちおう、護衛はしてたけど。むしろ、ミャオリーのせいでよけい危ないことになっていたような。
道中のことを知ったらメアリはさらに怒るだろうなぁ。
まぁ、もうすでにこれ以上ないくらいに怒っているけど。
怒りすぎて、あぜんとして、とっさにことばがでない、みたいな感じのメアリに、クリスティーナたんがあわてて言った。
「メアリ。ミャオリーはなにもわるくないの。ミャオリーはわたしについてきてくれたの。おてがみをかけたのも、ミャオリーがカモメールをおしえてくれたからなの。だから、おこらないで」
クリスティーナたんがいっしょうけんめいミャオリーをかばっていると、メアリが何か言う前に、とてもお上品なおばあさまが言った。
「そのことは、向こうの家に帰ってからでもいいでしょう。クリスティーナ。今日はお風呂に入ってもうねなさい。さ、メアリ。この子をお風呂にいれてあげて」
メアリはおばあさまに頭をさげた。
「はい。わかりました。おじょうさま。おふろに入りましょう」
だけど、そこで、クリスティーナたんはたずねた。
「おばあさま。おかあさまは? おかあさまはどこにいらっしゃるの?」
「それは……」
「ベアトリスの行方はわからないのだ。だが、今日はもう遅い。その話はまた明日しよう」
おじいさまはそう言った。クリスティーナたんのおじいさまは、なんかすごそうなオーラをまとっている。娘が公爵と結婚する人だもんね。
でも、なんというか、えらそうというより、すごそうなんだよなぁ。
「さ、テディは私が……くさっ!」
メアリはおれをつかんだところで、びっくりしたみたいに、おれをほおりなげた。あわててジャックがおれをキャッチした……んだけど。
「うわっ! くっさー! なんか臭いなと思ってたら。なんだこの海の臭いと生臭さ! それに、テディがべとべとしてるぞ!」
そんなに、くさいくさい言わないでよー。
クリスティーナたんが説明した。
「おふねのうえで、おおきなイカさんがテディをだっこしちゃったの」
メアリがひきつった顔をしていた。
「船? 大きなイカ? おじょうさま。その話はあとでくわしく聞かせてください」
あーあ。ぜんぶバレちゃいそう。こりゃ、ミャオリーがたいへんだ。
ジャックがミャオリーのそばで鼻をうごかして顔をしかめた。
「うわっ、ミャオリー、お前もくっさ! 早くふろ入れよ!」
ミャオリーはぶんぶん頭をふった。
「ミーはおふろ入らないみゃー! 水は嫌いみゃー!」
「ふろ入らなかったら、クビだ! クビ! こんなくさいやつ、だれもやとわないぞ!」
そこで、この館のメイド長らしき人が近くにやってきて、てきぱきと指示をだした。
「ローズ、チェスター様用のお風呂でテディ様をあらってください。デイジー、ミャオリーどのを使用人用に案内してください」
「おれがテディをあらうよ」とジャックが言ったので、おれとジャックはローズという若いメイドにおふろ場につれていかれた。
ミャオリーは、デイジーというかっぷくのいいおばさんメイドに首ねっこをつかまれて、どこかにひきずられていった。
おれとジャックがむかった場所には、底の浅い小さめのバスタブが置いてあった。
洗い場とはちがって、壁紙とかランプとかもおしゃれな、きれいなお部屋だ。壁には絵画までかざられている。
バスタブもおしゃれなもようがついていて金色のあしがついている高級そうなバスタブだ。
でも、このバスタブ、人間が入るにはちいさすぎるな。
「この館、ペット用のふろまであるんだ?」
ジャックが話しかけると、ローズとよばれたメイドは無表情に説明した。
「ペット用ではありません。こちらはチェスター様用の特注のバスタブになります。心してお使いください」
「チェスター様?」
ジャックは聞き返したけど、メイドのローズはそれには答えず、代わりにたなにおいてあった高級そうなビンを手渡した。
「こちらがチェスター様用のシャンプーです。どうぞありがたくお使いください」
ちなみに、この間、館のどこかから、「いやみゃー! おふろはいやみゃー!」っていうミャオリーの叫び声と、「逃げるんじゃないよ!」っていう、おばさんメイドのどなり声が聞こえてきていた。
おれもあらわれるのは、いやなんだけど。自分でもいやになるほど臭くてべとべとだから、今回はおとなしく洗われてやろう。
さぁ、ジャックよ、おれを洗うがいい。
おれはいそいそとお湯がちょっとだけたまったバスタブにはいってねそべった。
あ、いー湯だな。
このおふろ、とってもいいぞ。
いい香りのシャンプーをあわだてて、きめ細かいあわをおれの頭につけながら、ジャックがつぶやいた。
「そういや、テディって動けるから、自分でふろ入れるんじゃないか? おれがあらわなくても」
あ、そっか。
おれはあわのかたまりをジャックの手からうけとって、自分で自分の体全体にあわをつけようとした。
だけど……あれ? あれれ?
手がみじかすぎて、頭の上とか背中とか、ぜんぜん手がとどかなかった!
おれの手が届くのは、顔とおなかのへんだけだ。
「あ、だめか。いーよ、いーよ。おれがあらうよ」
ジャックはそう言って、あっというまにおれの全身をあわまみれにした。……なんか、エリーの洗い方とちがって、苦しくない。
むしろ、マッサージされているみたいで、いいかんじだぞ。
あらわれるのが、ごうもんみたいにじごくだったのは、エリーの洗いかたがひどかっただけみたいだ。
しかもエリーはおれをつめたい水につきおとすんだから。
まったく、ひどいぞ。あのメイド。
ジャックがくんくん鼻をうごかしながらつぶやいた。
「このシャンプー、すげーいいにおい。おたかい香水みたいなにおいだぜ」
うん、たしかに。いい匂いだ。
おれは今、とっても高級なあわぶろにはいりながらマッサージされている気分だ。
ジャックがお湯でおれについたあわを流しおえた後、ふっわふわのタオルでふいていると、ローズが、
「こちらがチェスター様用のドライヤーです。大いに感謝しながらお使いください」
と言って、バスタブのよこの魔法陣みたいなものが描かれたタイルをゆびさした。
「なにこれ?」とジャックは言っていたから、この世界でもめずらしいアイテムらしい。
おれがそのタイルの上にのると、ボワーッとあたたかい風が吹いてきた。魔法のドライヤーみたいだ。人間には小さすぎるから、これも、ペット用?
うん、これも、いいかんじだぞ。
おれは中に綿が入ってて、かわくまでにじかんがかかるから、そこにずっとすわったりねころがったりしていた。
そして、おれがかわいた頃には。
「あふっ なにこれ。むねがぽわんとする」
「つぎ、わたし、わたし。はわぁ~」
おれのそばにはハグまちのメイドの列ができていた。
「あー。テディさま、かわいくて、ふわっふわぁ~」
元からかわいいのに、ふわっふわで良い匂いがする最強かわいいぬいぐるみになっちゃったから、もうみんな、はなしてくれなくて、たいへんだ。
「おーい。そろそろ、おじょうさまにテディを返さないと」
ジャックがおれをメイドたちからひっぺがした。
でも、ジャックもおれを運びながら、おれの腹に顔をくっつけてスーハスーハーにおいをかいだりしてた。へんたいめ。
おれがクリスティーナたんのもとに戻った時、クリスティーナたんはすでにベッドの中だった。
「テディ。とっても、いいにおい。それに、とってもふわふわ」
クリスティーナたんはそう言って、おれのあたまにほおずりをしながらねむった。




