光のない朝に
「最近、夢を見るの。」
おにぎりをひとつ、手に取って霊夢は言う。
魔理沙は、ぴたりと手を止める。
「夢?」
「そう。小さい頃の私がいる、幻想郷。けれどそこは、幻想郷であって、幻想郷じゃない。」
魔理沙は、おにぎりを握ったまま霊夢の顔を見つめる。
「それ、どんな場所なんだ?」
「それは、何も変わらない幻想郷。でも、薄いの。音はなくなって、太陽は消えて、明るいはずのそこには、なにもない。それに、ーー。」
霊夢は、まぶたをそっと閉じ、続けた。
「私の知らない誰かだけが、そこいた。輪郭はぼやけていたけど、私を見てた。」
魔理沙は、おにぎりを1口食べてその手を止めた。
「ただの、夢じゃないよな?」
霊夢は、静かにうなずく。
周囲の空気さえも、揺らいでいる。
彼女の心の揺れに、呼応するように。
うつむいた髪の隙間から、唇だけが僅かに動く。
言葉は、声にならずに胸の中で揺れた。
重く、霧のように広がる空気が、辺りを満たす。
魔理沙は、何も言えないでいた。
そして、ほんの少しの静寂をかき消すように、霊夢は言葉を繋ぐ。
「この夢は、きっと夢じゃなくなる。 あの幻想郷は......いつか、絶対にここにくる。」
返事はなかった。
けれどその瞳は、霊夢の覚悟を確かめるようにまっすぐだった。
「でも、異変があるなら止める。それが、博麗の巫女。力があろうがなかろうがね。」
口を開いた瞬間、魔理沙の口元が緩む。
「そーーうこなくっちゃ!やっぱり異変を止めるのは霊夢だよな!!」
霊夢の表情が、少し柔らかくなった。
手を伸ばした先、机の上にあったはずのおにぎりはもう、影も形もなかった。
「あんた...いったいいくつ食べたのよ...。」
「数えてないぜ?」
どこか誇らしげな声だった。
「まったく、非常識までたいらげるとか...あんた異変の1部でしょ。」
異変の匂いは、遠くに、確実にあった。
けれど、ここだけはまだ、穏やかだった。