揺れる朝陽。
雨上がりの境内に、朝陽が差し込む。
まだ湿った空気の中で、魔理沙は、霊夢の隣に座った。
それから少しの間、そこに言葉はなかった。
霊夢は何度も口を開こうとして、やめた。 吐息だけが湿った空気に紛れて消えた。
霊夢は深呼吸をして話し始める。
「魔理沙...言わなきゃいけないことがあるの。」
魔理沙は息を飲んで、次の言葉を待った。
そこにある重々しい空気が、これから伝えられる事の大きさを物語っているようだった。
霊夢はほんの一瞬、視線を落とした。
けれどすぐに視線は魔理沙の瞳を捕まえた。
「......私、霊力がなくなった。」
魔理沙は目を見開いて、動けなかった。
「...今の...もう一度言ってくれないか...?」
聞き間違いだと、思った。
「霊力が、ないの。もう...何も感じない。」
霊夢の声は震えていた。
はやくなる鼓動が、決して嘘ではないと、伝えているような気がした。
魔理沙は、言葉を失った。
しかし、泳ぐ視線は偶然にも、霊夢の姿をはっきりと捉えていた。
その存在の脆さと重さに、胸の奥が締め付けられた。
ーーそれが本当なら、全てが終わる。
それは、誇張でも、飾り付けた創作でもなく、ただそこにある事実だった。
「結界は......?」
魔理沙は、絞り出すように聞く。
答えを聞きたくなかった。
答えはもう、わかっていた。
霊夢は、俯いたままだった。
今にも溢れ出そうな、限界をとうに超えたような重々しい不安が、空気を介して魔理沙へと伝う。
「もう...わかんないの...。結界がどうなってるのかも、もう...感じられない。」
霊夢の声はかすれて、言葉の終わりがかき消える。
「ただ、日が経つにつれて...少しずつ、薄れていく......。音も、空気も、色も...ぼやけて消えていってしまう...。そんな気がするの...。」
魔理沙はぴたりとも動かなかった。
まるで、そこにある空気が縛り付けているように。
ただ、思考だけが早くなっていった。
紫の言葉が、鮮明に呼び起こされる。
『結界が歪んだ時は、空も歪むわよ。』
彼女は、空を見上げた。
そこには綺麗なあけぼの色はありつつも、その輪郭は、はっきりとしなかった。
「じゃあ本当に...幻想郷が、消えていくってことかよ...。」
霊夢は返事をしなかった。
ただ、強く拳を握っていた。
「ごめんね、魔理沙...。どうしたらいいかも、もう...分からないんだ...。」
魔理沙は、呆然と立っていた。
霊夢が初めて見せる弱さに、思考が追いつかなかった。
けれど、考えるよりも早く、霊夢を抱きしめていた。
「魔理沙.........。」
それは泣き声でも、叫びでもなかった。
ただ祈るような声は、力なく辺りに染み込んでいった。
嗚咽が響くその場所で、幻想郷の全てが揺れた。
歯車がずれた音を、彼女たちは聞いていた。