まだ、ここにいる。
「霊夢...どうしたんだ......?」
妙に落ち着いた声が、雨音に紛れて届いた。
振り返るとそこには、そこには魔理沙が立っていた。
肩に雨粒を受けながら、どこか戸惑ったような目で霊夢を見つめていた。
霊夢は何かを言おうとした。
けれど、それは言葉になる前に胸の奥で溶けてしまった。
「なんでもないよ......。」
弱々しく放たれたその声は、どこか頼りなかった。
「なんでも......なくないだろ......」
魔理沙の顔がわずかに歪んだ。
その声には、怒りでも呆れでもない、ただどうしようもない不安がにじんでいた。
「霊夢がそんな顔するの......見た事...ないぜ...」
雨は止むことなく、そして弱々しく、ふたりの間に落ち続ける。
霊夢は、濡れた前髪の向こうで、ほんの少しだけまぶたを伏せた。
「助けて...魔理沙......。」
そう言った彼女の顔は、見れば見るほどに、博麗の巫女という姿を捨てた、ただひとりの少女に見えた。
「霊夢......。」
魔理沙は必死に言葉を絞り出す。
けれどその全てが、声になることを拒んでいた。
ほんの少しの静寂を打ち砕くように、魔理沙は歩き出し、そっと霊夢の手を握った。
「...わかった。いいよ。あたしが、いるから。」
ただ、それだけ。
霊夢にとってそのたった一言は、眩しいほどに、そしてどこまでも暖かい光を感じた。
霊夢は、魔理沙の手をぎゅっと握り返した。
確かに感じる魔理沙の手の温もり。
それだけで、ほんの少し自分が"まだここにいる"と、感じられた気がした。
「...ありがと。」
今までは言えなかったその一言。
今は言わずにはいられなかったその一言。
それが、霊夢の胸をむしばむ不安をわずかに溶かしていった。
雨が1滴、余韻を残して消えていく。
風が吹き、風鈴が揺れる。
霊夢には、やけに静かに聞こえた。