境界に、雨が落ちる。
霊夢の胸の奥には、どこか冷たく、実像をもたない不安があった。
それはじんわりと、けれど確実に流れ込んできていた。
考えたくない想像が、頭をかすめる。
「まさか......」
平静を装おうとすればするほど、その不安はくっきりと輪郭を帯びていく。
"霊力が消えたなら、博麗大結界も...."
その瞬間、霊夢は無意識に遠くの空を見つめていた。
その視線の先に広がるのは、どこまでも薄く、どこまでも静かな空。
普段なら平和の象徴であるはずのその空色が、どこか張り詰めた静けさを孕んでいた。
「感じ取れはしない......でも.........」
冷や汗が額をなぞる。
その感覚さえも不安を煽るようだった。
霊夢は、震える声で言葉を紡ぎ出した。
「博麗大結界は......ない。」
霊夢にはもう分からないはずだった。
けれど、幾度の異変をくぐり抜けてきた直感が、慈悲もなくそう告げていた。
もし、このまま結界が消えたらどうなるか。
最悪の状況が脳裏に滲む。
幻想郷という理が、外の世界へと溶けていく。 誰にも気付かれず、誰にも止められず。
「違う...そんなの......。」
祈るように漏れ出た言葉が、もろく空に消えていく。
1粒の雨がぽつりと霊夢の頬に落ちる。
先程まで雲ひとつなかった空には、薄く小さい雨雲が寂しげに広がっていた。
季節の変わり目を感じさせる、弱々しい雨。
それさえも霊夢には、境界のほつれを告げる警告のように思えてならなかった。
「誰か......。」
声にならない言葉をやっとの思いで紡ぐ。
「誰か...助けてよ......」
振り返っても誰もいない。
いるはずがない。
それでも霊夢は、いるはずのない誰かに助けを求め続けた。
1人では、抱えきれない。
そんな当たり前のことに、霊夢は今更気付かされた。
博麗の巫女であった彼女は、音もなく崩れ去った。
そこに残ったのは、強さを失い、孤独に震える1人の少女。
助けを求める手は、届かないとわかっていた。
それでも、誰かに気付いて欲しかった。 支えて欲しかった。
声にならない願いだけが胸の奥で膨らんでいく。
行先も分からず、救いも見えないまま。
それでも霊夢は、歩き出すしかなかった。